試験勉強・結果
ルカはこういうことに関して自分の考えはかなり甘いのだと改めて思い知った。
「チヤ、ここの答えが間違っている。やり直せ」
「う、うん。あ、えっと、ここ、よく分からないんだけど……」
「なんのための教科書だ。分かるまで読み返せ。それでも分からなかったら、さらに読み返せ。五分で正解を書け」
「ふえ……」
「どうした、もう四十三秒たったぞ」
言われた通り、教科書を読み返すチヤ。すでに涙目だ。
というか、やり方を教えるとか、教科書のどのあたりかを教えても良いと思う。
「チヤちゃん、教科書の」
「ルカ、教えるな。自分で探し出さなければ勉強にならん」
ユーガに厳しい口調で言われ、仕方なく口を閉じる。厳しくしろと言った手前、彼を叱るわけにもいかない。無論、納得もしないので気づかれないよう睨んでおくが。
「で、できた……よ?」
チヤがおずおずとノートをユーガに差し出す。彼はノートを受け取って、すぐに返した。
「間違えている。やり直しだ。分かるまで次の問題に移るな」
「うう……はい」
涙目で教科書を読み出すチヤ。それを確認し、ユーガがこちらに視線を向けた。
「ルカ、勉強しにきたんじゃないのか?」
そんなこと言われなくても分かってます! 心の中で怒鳴り、ノートにペンを走らせる。
しばらくして、急にユーガが手を素早く動かした。驚いて彼を見ると、ペンをチヤの顎にあて、無理矢理顔を持ち上げている。
「チヤ、寝るな」
「んっ……ご、ごめんなさい……」
どうやら舟をこいでいたチヤを起こすための行動らしい。厳しくしろとはいったが、起こすだけならもっとやりようがあったのではないだろうか。
これにはさすがに怒りを覚える。怒鳴ろうとした矢先に。
「あ……これ、かな。そっかっ、わかった! ユーくん、みてみてっ、これ当たってるっ?」
チヤがノートに文字を書き連ね、すぐにユーガに突きつける。彼はそれを手にとって、確かめるように読んでいく。
「正解だ。頑張ったな、チヤ」
先ほどとは全く違う、優しい口調だった。そのまま手を伸ばしてチヤの頭を撫でるユーガ。
チヤは一瞬目を見開くが、すぐに目をトロンとさせて「えへへ」と笑った。
「…………」
口がパクパク動くが何も言えず、怒鳴ろうとした気勢がそがれていく。侮れない、この男。頭を撫でるまでの動作が自然すぎる。一瞬、褒めながら頭を撫でるのは常識だと思い込んでしまうところだった。いや、それが幼い子相手なら常識になるだろうが、十六の女子に同じ年の男子がするのはいささかおかしいのではないか。
あれ? チヤちゃんは見た目幼いから問題はないんでしょうか?
内心首をかしげ、はっと我に返る。そういう問題じゃなかった。
しかし。
「それでは、次の問題だ」
「……あっ……」
「問題を解いたら、また撫でてやる」
「ほんとっ? がんばる!」
あの二人を見ていると自分のほうが非常識のような気がしてならない。……もし、彼の出す問題を自分が解いたら、チヤと同じように自分の頭も撫でるのだろうか?
少し気になったが、その時のことを想像する。自分の顔が嫌そうに歪んだのが分かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
とうとう試験当日だ。ちゃんと出来るだろうか。もし赤点を取ってしまったら、勉強を教えてくれたルカとユーガに申し訳が立たない。
「ううー……」
「大丈夫ですよ、チヤちゃん。ちゃんと勉強したんですから」
「うん……でも、ううーっ」
隣の席からルカがそう言ってくれるが、不安は消えない。二人に教えてもらった時間を無駄にしたくないと思えば思うほど、緊張は増す。
机に突っ伏してバタバタと足を動かしても、何の気休めにもならなかった。
「……チヤ」
「ふえ?」
呼ばれて顔を上げる。こう呼ぶのは一人しか居ないので誰かは分かりきっていたが、教室で彼から声をかけられるのは無かったので驚いた。
「ユーくん?」
「不安か?」
ユーガが聞いてくる。もちろん不安だ。コクン、と頷くと頭にあたたかい感触が乗せられた。また驚く。
「チヤはしっかり勉強した。大丈夫だ。……それに、赤点を取ったとしても勉強した時間は無駄にはならん。あまり気負うな」
それだけ告げてユーガは自分の席へ戻った。静かになっていた教室がまたざわめきだす。
「……やっぱり、わたしは非常識じゃなかったです」
ルカが何か呟いたように聞こえたが、撫でられた頭の温もりを手で確かめていたので、なんと言っているかは分からなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
解答用紙の返却の日。
教室は絶望の声や希望の声が入り混じっている。
「――――やっ、たあああああっ!!」
その中で一際大きな希望の声が響き渡った。見た目幼い少女、チヤが八枚の解答用紙を両手に握り締め、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
チヤは何度か飛び跳ねた後、ルカに抱きついた。
「やったっ、やったっ、赤点がないのはじめてだよっ。ありがとー、ルカちゃん!」
「ふふふ、良かったですね。でも、これはチヤちゃんが頑張った結果ですよ」
黄と蒼のオッドアイの少女ルカはチヤの頭を撫でる。だが、すぐに何かを思い出したようにはっとなり、手を引っ込めた。
「さっそくユーくんにも見てもらわなきゃ!」
チヤがルカから離れ、教室の窓際一番前の席に走る。ルカはゆっくりとした歩調でそれに続いた。
「てめっ、ざっけんな!」
ユーガの席はすでに三人の生徒で囲まれており、その中の赤髪の男子生徒が怒鳴る。
チヤとルカは不思議そうに顔を見合わせて、怒鳴った少年に声をかけた。
「コウノさん? どうかなさいましたか?」
「あっ、ヒナモリさん! 聞いてくださいよ! サカタキの野郎、テストの合計点が七百二十三点だっていってるんすよ!」
「ななひゃくにじゅうさんてん!?」
大声で怒鳴るコウノに、チヤも大声で叫び返す。隣のルカも口を開いていた。
「サカタキくん、やっぱりすごいです!」
「それって満点がいくつかあるってことだろ? ちょっと見せてみろよ」
「そうだ! 証拠を見せやがれ!」
アヤナが尊敬の眼差しでユーガを見て、シノハラとコウノが要求する。
ユーガは小さくため息をついて七枚の答案用紙を鞄から取り出し、男子生徒二人に手渡した。
「ユーくんほんとすごいよっ、ルカちゃんもね、七百六十点で七百超えしてるんだよーっ」
「あ、そうなんですかっ? さすがヒナモリさんですね!」
「え、あ、ありがとうございます。それよりユーガ、チヤちゃん、赤点を一つもとってないんですよ?」
「ほぉ、そうか。すごいな、チヤ」
「……なんか、ユーくんとルカちゃんの点数聞いた後は素直に喜べないなぁ。でも嬉しい、ありがとっ!」
軽く頬を膨らませた後、チヤがころころ笑う。そこでユーガの答案用紙を見ていた男二人が驚愕の声を上げた。
「な、七教科全部満点……だと!?」
「馬鹿な……満点など都市伝説じゃなかったのか……」
「七教科満点!? すごーいっ!!」
チヤもその驚愕の声にのり、嬉しそうにその場で飛び跳ねる。だが、そんな三人とは対照的に、ユーガは表情を変えておらず、ルカとアヤナは顔を青ざめさせた。
「ルカちゃん、ヨシムラさん、どうしたの?」
「……えーと、ヒナモリさん、赤点って、何点以下でしたっけ?」
「……三割。つまり、三十点以下が赤点です」
二人の会話に首をかしげるチヤ。シノハラとコウノは言いたい事が分かったのか、同じく顔から血の気が失せる。
「そんな、ありえねぇだろ……? サカタキィ! てめぇ、あと一教科の答案はどうした!?」
コウノが再度怒鳴り、シノハラが答案用紙を見比べて呟く。
「無いのは……魔術学だな」
「…………これだ」
ユーガが鞄から最後の一枚を取り出した。その答案用紙の右上に赤色で書かれた数字に、五人の表情が固まる。
答案用紙の右上には『23』という数字が大きく書かれてあったのだった。
「……魔術は苦手だと言っただろう」
『試験勉強・終』
読んでいただきありがとうございます!
試験勉強。正直コヅツミはどういうのが試験勉強なのか分かりません。なので適当です。えぇ適当です!!!
ユーガ君は見事赤点を取りました。まぁ、誰しも完璧ではないですよね。一つや二つ、三つ四つ五つは決定的に壊滅的な欠点があってもいいとおもうんですよ!
コヅツミは欠点だらけですがね、けっ!
ともあれ、今後ともこの欠点作者コヅツミにお付き合いくだされば幸いでございます!
ではではー