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試験勉強・後

「あぁ、そうそう。赤点とったやつはその科目の教科書と技術書をノートに丸写しさせっから。くくく」


 バラキン教師がそう告げて教室から出て行った後、ルカとチヤの席に人が殺到した。

 勉強、や、教えて、の単語が聞こえてくる。


「ヒナモリさん、主席で上がってきただけあって、すごい人気ですね」


 いつの間にかアヤナが傍まで来ていた。手に持つ鞄を見ると、彼女はルカたちと一緒に勉強するわけではないようだ。


「あ、あの、サカタキくん、良かったら試験の勉強、一緒にしませんか?」

「む? 構わんが、俺が一緒にいて邪魔じゃないか?」

「あ、いえっ、そんなことは! ほら、二人で教えあったりしたらいい勉強にもなりますよね!」


 ぐっと鞄の取っ手を握って詰め寄ってくるアヤナ。ユーガは椅子から立ち上がり、確かに、と頷いた。


「そうだな。なら、図書館はどうだ? 俺もよく利用するんだが、蔵書量がすごいぞ」

「あ、わたしも図書館にはよく行きますよ。本がいっぱいあってたのしいですよね」


 歩きながら尋ねると、彼女がそう返しつつ付いてくる。

 楽しい。そういう見方もあるか。とユーガは内心呟いた。



 二日目。

 自分の席でアヤナと勉強のことで話していると、コウノが近づいてきた。


「サカタキィ! てめー、期末試験の点数で勝負しろ!」


 大声で言っているようだが、勉強中のクラスの皆に配慮してか、小声だ。だが、アヤナを怯えさせるには十分だったようだ。安心するように言い、コウノを見上げる。


「勝負?」

「あぁ、勝負だ。合計点数が高いほうが勝ちだ! いいなっ」

「良いなも何も、筆記の試験で勝負する理由がないが」

「ああ!? てめ、逃げる気かっ?」

「試験から逃げたら補習とバラキン先生からの罰が待っているぞ?」

「そ、そういうこといってんじゃねーんだよ!」


 首をかしげる。相変わらずコウノの言うことは意味が分からない。


「まーいいじゃねーの? サカタキ、勝負してやれよ」


 今度はシノハラが声をかけてきた。一体なんだというのだろう。

 最近、何故かこうしてシノハラとコウノが話しかけてくる。以前まで交流は無かったが、コウノはあの戦闘技術の実習があった次の日から、シノハラは二度目のダンジョン授業の次の日からだ。


「……確かに、誰かと競うのは向上心が高まるが、それは負けたことにより何かしらデメリットがある場合と、敗北感を感じる場合に限られる。俺はコウノに敗れた場合、そのどちらにも当てはまらん。そもそも、俺は試験の点数に興味がない。『学生』の本分だからやっているだけだ」

「……お前って実は結構な理屈屋だったんだなぁ」


 シノハラが驚いたように言う。コウノにいたっては表情を引きつらせて怒りをあらわにしていた。アヤナだけはくすくす笑って「テストの点数が高くてもつよくはなれないですもんね」と言ってくれる。そういうことだ。


「くっそ、てめぇはやっぱ気にいらねぇ! 意味分からんことばっかり言いやがって! テストと勝負、どっちが大事なんだよ!?」

「テストだな」

「即答すんなよ!?」


 コウノが両手で頭をガジガジとかきむしる。この男はどうしていつも怒っているんだろうか。不思議だ。

 今回は、テストが赤点だった場合の罰が困る。書き写しに時間をとられては訓練に差し支えが出てしまうのだから。

 埒が明かないと思ったのか、シノハラが苦笑しながら口を挟んできた。


「じゃあ、負けた奴は勝った奴にメシをおごるって言うのはどうだ?」

「よし、受けよう」

「即答かよ!?」


 勝負をするといったのに、またコウノが怒鳴ってくる。勝負を拒否しても受けても怒るのは、さすがに理不尽だと思う。

 勝負を受ける気はなかったが、食費が浮くというなら話は別だ。


「ま、まぁ、いい。受けたな、二言はないな?」

「あぁ。一度言った事は絶対に曲げん。父の教えだ」

「けっ、このファザコンやろーが。首洗って待ってやがれ!」


 大またで去っていくコウノを見送りながら、ユーガは驚いた。


「……筆記の試験は首がはねられるような事態が発生するのか?」

「額面どおりにうけとってどーするよ」


 真剣に尋ねたが、シノハラとヨシムラからは笑いが返って来る。コウノが発する敵意からまさにそのままの意味かとおもったが、違ったようだ。

 それにしても、何故あれだけ敵視されているのか分からない。だが、実習のときの殺意は微塵も感じないので、よしとしておこう。



「それじゃあ、サカタキくん。また明日」

「あぁ、また明日。ヨシムラ」


 校門前でアヤナと別れる。見上げれば橙色の光が大空を照らしていた。いつもの特訓は今日は無しだ。試験までは勉強のみに集中する。

 この時間になると帰宅中の生徒の姿はほとんどない。図書館にもあまり人は居なかったのだから、恐らく家で勉強しているのだろう。

 いつもより静かな帰り道と寮。夕焼けと相まって少しの寂しさを感じた。


「お、サカタキ、ちょうどよかった。お前に電話だよ」


 寮に入ると、すぐに声をかけられた。入り口すぐ右のカウンター、その窓口から中年の男性が顔を出していて、握った受話器を軽く持ち上げている。

 中年の男性はこの寮の寮監で、常日頃からさっさとあの女の子二人を部屋に連れ込んだらどうだと意味不明なことをいってくる訳の分からない人だ。

 ちなみに、この寮の電話機は数百年前の骨董品で『黒電話』と言うらしい。


「電話? 俺にですか?」

「おお、『マスター喫茶』の店長って人からだよ」


 ますます首をかしげる。店長から連絡をしてくるなんて、初めてのことだ。

 受話器を受け取って耳に当てる。「もしもし」と言うと、すぐに声が返ってきた。


「お、サカタキか? お前ねぇ、ケータイくらい持てよ。お前の帰りを待ってる間寮監のおっちゃんと仲良くなっちまっただろ」

「良いことですね。それで、何か用ですか? 店長から連絡をしてくるなんて珍しい」

「おう、それがよ、お前、明日暇か?」

「明日?」


 聞き返して明日のことを考える。いつもの日常しか思い浮かばず、すぐに答えた。


「特に何もありませんが」

「おっ、そうか、そりゃ良かった。じゃあよ、ちーっと明日てつだってくんね? 学校終わってからでいいから」

「良いですよ」

「おおう、相変わらず即答だなお前は……。まぁいいか。んじゃあ、頼むぜ!」

「はい、ではまた」


 通話終了の音が聞こえてきたのを確認して、寮監に受話器を渡した。

 



「ヨシムラには悪いことをしたな……」


 マスター喫茶への道を歩きながら呟く。折角勉強に誘ってくれたのに、断ってしまった。

 今日は用事があるのは事実だが、残念そうな顔をされると罪悪感に駆られる。

 ため息をつくと、足に野良犬が擦り寄ってきた。


「む、なんだ。慰めてくれるのか?」


 頭を撫でてやる。本当なら立ち止まってゆっくり撫でてやりたいのだが、そうなると何故か他にも沢山集まってくるので、立ち止まれない。


「……あいつは、居ないか」


 普段、レイが待ち伏せしている場所に、あの子は居なかった。

 どうやら「しばらく会えない」と言っていたのは本当だったようだ。会えなくなるのと困らせないのは違うのだが……。

 そういえば、高等部に上がってから会ったのはあの時の一回だけだったな。思い返せば、中等部の頃は頻繁に会っていたような気もする。

 それはレイが脱走する回数が多かったのか、それとも自分が喫茶店へバイトをしにいく回数が多かったのか。

 余裕が出来たというべきだろうが、会えないというのはやはり寂しい。今までも会わなかった時期などかなりあったが、寂しいと思わなかったのはこの道を歩けば出会えるという安心感があったのだろう。

 会えない、と言葉にされて気づくとは。


「……む?」


 気づけば両肩にスズメが止まっていた。足元にはあの野良犬以外に、猫や犬が擦り寄ってきている。

 無意識の内に立ち止まっていたらしい。


「仕方ないな」


 喫茶店には遅れるが、こうなったら一匹ずつ撫でてやらないといけない。それに、そうすればきっとこの寂しさも少しは薄れるだろうから。




 試験は明々後日に迫った。

 部屋でテーブルの代わりにしてある箱の上で教科書を広げて、ノートに文字を書き込んでいく。今日はヨシムラから誘われることは無かった。というよりは、彼女は他の女生徒たちと図書館に向かった、らしい。

 コウノがニヤニヤ笑いながら教えてくれたのだが、「振られたな」とも言っていた。あれはどういう意味だったのか。相変わらず彼の言っていることは半分も理解できない。


「……これは、魔薬学と魔能科学の応用か。魔薬の図鑑はどこにしまったか……」


 立ち上がって、大量にある箱のなかで、自分の物だけを入れてある箱に近づく。この部屋を使うことになって、一応、最初よりは箱の数は減った。片付けの甲斐もあり、二人くらいなら住めるスペースも確保できている。もっとも、そこまでしてもやはり物置にしか見えないが。

 箱の中をゴソゴソとあさっていると、部屋のドアからノックの音が聞こえてくる。


「む?」


 一体誰だろうか。この部屋に誰かが訪ねてくるとは珍しい。思い、すぐに首を振る。

 いや、二人ほどいるな。

 ドアを開けると、そこに居たのは予想通りの人物たちだった。


「こ、こんにちは……」

「こんにちは、ユーガ。良ければ一緒にお勉強をしませんか?」


 ルカと、チヤだった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 目の前のドアが開かれて、ユーガが現れる。いつものように黒の長袖を着て、いつものように瞳に力強さを持った青年。


「こ、こんにちは……」

「こんにちは、ユーガ。良ければ一緒にお勉強をしませんか?」


 背中に隠れているチヤが小さく挨拶をし、自分はそれに目的を追加して言う。

 彼は予想通りと言わんばかりの表情だった。


「やはりルカとチヤだったか」


 訂正。予想通りだと言って来た。なんだかお見通しだと言われたようで、少しイラッとする。

 だが、彼の次の言葉で、何故かそれが吹き飛んだ。


「あぁ、もちろん良いぞ」

「ほんと!?」


 背中に隠れていたチヤが飛び出して目を輝かせる。ユーガはさも当然だと言わんばかりに頷いた。


「当然だ。断る理由がない」


 また訂正。当然だと言った。しかし、そう言われたら悪い気はしない。

 彼が振り返って部屋を見回し、またこちらを見てくる。


「俺の部屋は狭いから、場所を変えるか」

「……いえ、もう場所は決まってますよ」


 言って、首をかしげるユーガに指で指し示してあげた。


「ほらっ、はやくお勉強しよっ!」


 ユーガが視線を外した隙に部屋の中に侵入したチヤが、テーブルの代わりにしてあるらしい箱の隣で座っている。

 彼の顔を盗み見ると、ため息をつきながらわずかに、ほんの僅かに唇を吊り上げていた。


「……構わんが、あとで狭いと文句を言うんじゃないぞ?」


 柔らかい口調でユーガが言う。そのままこちらに視線を向け、力強さが幾分弱まった漆黒の瞳を見せる。


「まぁ、入ってくれ」

「あ、は、はい」


 なんだか調子が狂う。普段表情を変えない人間が僅かでも笑みを見せたりすると、こう……調子が狂う。

 部屋に入った瞬間、それは加速した。

 物置に使われていたと言っていたが、あまり埃っぽくない。それどころか、清潔であると言っても良い。

 だが、問題はそこじゃない。この部屋に充満した――――匂い。


「あ……」

「どうした?」


 思わず後ろに下がってしまった。ユーガに何でもないと言い、再度入る。

 くらくらした。どうしてこんなにも匂いが充満しているのかと思えば、この部屋、なんと窓がない。

 ゆっくり歩き、テーブルっぽい箱の近くでチヤと向き合うようにして座る。いや、もう腰が抜けたに近い。


「ふわー……」


 チヤが妙な声を出す。見れば、ぼんやりとした表情でどこか宙を見上げていた。……大丈夫だろうか?

 というものの、ルカ自身も少々きつい。


「む、しまったな。買い置きの飲み物がない。買ってくるが、何が良い?」


 ドア近くの箱の中をあさっていたユーガが何かを言ってくる。しかし、内容がうまく頭に入らない。


「なんでもー……」

「いいです……」


 口から出た返事は特に考えて言ったわけではなく、チヤの言葉に反応して出ただけだった。

 彼が部屋を出てドアが閉められる。窓がないため、明かりは天井からぶら下がる電球一つ。

 本当に、この部屋の匂いは何なのだろう。答えは分かりきっているが、認めたくない上に言葉にもしたくない。それに、もしそれだとした場合、いくらなんでも異常だろう。こんな匂い、それ用の観賞植物でも出さない。

 何か他に原因があるはずです。思い、部屋を見回す。

 壁に立てかけられた大剣が目に入った。この物置のような部屋においては鞘にも入れられていない武器は、かなりの異彩を放っている。

 いつ見ても、大きい。戦闘技術学の教科書にある『武器の種別と一覧及び見本』の『大剣』の項目にあったものに似ている。確か『ツヴァイハンダー』と書かれていた。

 しかし、似ているだけで所々少し違う。別の種類だろうか。


「……あれを振り回せるんですから、結構力ありますよね」

「……すぅー……はぁー……」

「チヤちゃん? って、なにをしてるんですか!?」


 返事がないことを怪訝に思い、視線を向ければチヤはユーガの物だと思われる黒いTシャツに鼻を埋め、深呼吸している最中だった。見た目幼すぎる彼女が他人の服の匂いを嗅いでいるのは、もう、凄まじく、何ともいえなかった。


「ぷはぁ、だって、良い匂いなんだもん。ルカちゃんも嗅いでみたら分かるよっ!」

「か、嗅ぎませ、わぷっ」


 拒否する前にチヤが身を乗り出してTシャツを押し付けてくる。ただでさえ部屋中に充満していたあれが鼻の奥、いや、脳を直撃した。

 なんだか眠くなって……。

 瞼が重くなる。そのまま寝てしまいそうになり。


「……他人(ひと)の服で何をしているんだ?」

「――――――――!!??」


 顔に押し付けられたTシャツを戻ってきたユーガ目掛けて思い切り投げつけながら、悲鳴は声にしなくても出せるものだったんですね、と思った。




「……落ち着いたか?」

「……はい……」


 ユーガに聞かれ、答える。俯いているので彼がどんな顔をしているかは分からない。

 テーブルの代わりにしていた箱は二つになり、ユーガは後で連結した箱のほうに教科書とノートを広げている。


「じゃあ、勉強をはじめるか」


 言って、一人勉強を始めようとするユーガ。そこで当初の計画を思い出す。


「あ、ユーガ、良ければでいいんですけど、チヤちゃんにも勉強を教えてあげてくれませんか?」

「む? 俺はそこまで勉強が出来るわけじゃないが……それを言うならルカは主席で上がってきたんだろう? ルカが教えたほうがいいんじゃないのか?」


 そう思われても仕方ないが、それが出来たらわざわざユーガの部屋まで来なかった。ちらとチヤを見て、ユーガの耳に口を近づける。


「わたくしだと、チヤちゃんに厳しく出来ないんです。分からないところはわたくしが教えますから、とにかくユーガはチヤちゃんに厳しく教えてくれませんか?」

「む……それならまぁ。だが、厳しくして良いのか?」

「はい。すごく厳しくお願いします。このままだとチヤちゃん、赤点だらけになってしまいそうですから」

「そういうことなら協力しよう」


 ヒソヒソと話している間、チヤが泣きそうな表情を向けていた。思わず全部ぶっちゃけようとしてしまう。危ない。


「チ、チヤちゃん。ユーガと一緒に教えますから」

「ユーくんも教えてくれるのっ?」

「あぁ、俺が分かるところであれば、チヤが分かるようになるまで教えよう」


 ユーガの言い方に妙な不安を覚えてしまう。なんだか嫌な予感がする。大丈夫だろうか。


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