二度目のダンジョン・後
「なるほど。じゃあ、得意な属性はやはり風か」
「あ、はい。そうです」
「そうか。ヨシムラの能力と相性がいいかもしれないな」
「そうなんですか?」
何度目かの分かれ道の右を歩きつつ、アヤナはユーガに質問を、それに答えたユーガは逆にアヤナに質問、というのを繰り返していた。
「魔術に関しては詳しくないが、確か風系の魔術は見えている他の属性魔術と違って自分の体から離れている場所にも発生させることが出来るんだろう?」
「あ、そうです。媒体が空気だから、世界中の風に触れてることになります」
「つまり、発生場所が良く見えればそこに集中できるんじゃないのか?」
「あ、なるほど! たしかにそうです!」
アヤナが感心したようにユーガを見上げる。元は眼鏡をつけていたが、今は能力を常時使用中といってつけていない。
「すごいです! わたしですらきづかなかったのに!」
「それは能力と魔術を同時に使うことがなかったからだろう。少し戦えばヨシムラもすぐに分かったことだ」
ユーガは視線を前に向けたまま返すが、アヤナは首を左右にブンブンとふって左右の三つ編みおさげを振り回した。
「そんなことないです! サカタキくんは強いし、魔獣のことも良く知ってるし、それに戦い方にも詳しいなんてすごいです!」
「ありがとう。だが、俺はまだまだだ。もっと強くならないといけない」
「……そんなに強いのに、もっとですか?」
歩みを止めずにアヤナが首をかしげる。ユーガもまた相棒を担ぎなおして頷いた。
「あぁ」
「どうして、そんなに強くなりたいんですか?」
「……俺の両親は、冒険者だった」
「あ、ほんとですかっ? すごいです!」
冒険者。この超巨大都市の外界に赴き、過去の遺産や宝を探したり、外界の魔獣を討伐することを生業としている職業である。
現在外界は魔獣で溢れかえっているため、それを撃退するための高い戦闘能力を要求される職業でもあり、また、外界という未知の世界を旅する姿は子供たちの憧れでもあった。
「あぁ。父さんと母さんは、本当にすごい冒険者だった。幼い頃はあまり家に帰ってきてくれなかったが、冒険から戻ってきた時は外界で起こったことを沢山話してくれた。土産もすごかったぞ。この相棒も、父さんが外界で見つけたのを第三都市ゴヨウで鍛えなおしたやつだ」
「へぇー、この大きな剣、外界からのものなんですかぁ」
大剣の切っ先を天井に向けるユーガ。高く大きな剣をアヤナは感嘆の声と共に見上げた。
「俺は将来、父さんたちと同じ冒険者になりたい。そして、父さんたちと同じくらい……いや、もっと、もっともっと強くなって、父さんと母さんに恥ずかしくない立派な冒険者になりたいんだ」
同じく大剣を見上げて誓うように言うユーガを、アヤナは嬉しそうな顔で見つめた。そして、杖を握り締めて口を開く。
「サカタキくんは立派な冒険者になるのが夢、ですか。すごいです」
「……まだ実現してないからな。すごくはない」
「いえ、すごいですよ。だって、サカタキくんはそのために強くなろうって努力してるじゃないですか。実際、すごく強いです」
そこで言葉を切ったアヤナは軽く俯く。
「わたしは……夢が無いんですよね。小さい頃は目がすごく悪くて、眼鏡がないとなんにも見えなくて、このまま目が見えなくなるんじゃないかってこわかったです」
ユーガは前を向いたまま、何も言わない。
「それで、目覚めた能力がこれだったとき、すごくうれしかった。眼鏡のレンズなしではじめてみる風景はすごく綺麗でした。まるで、夢がかなったみたいに……。そう、もう夢はかなっちゃったんですよ。だから、将来何をしたいとか、どんなことをしたいとか、そういうのが何も……」
段々と暗く、悲しげな声音になるアヤナ。
ユーガはアヤナの言葉を遮って、声を出した。
「ヨシムラ」
「あ、はい?」
「……俺がこんなことを言うのは、余計なお世話かもしれないが」
前置きをして、ユーガは立ち止まりアヤナと向かい合った。
「母さんが言っていた。『前に進むだけが、最速じゃない』と。ただひたすら前に進むだけでは疲れてしまう。たまにはその場に立ち止まって、座って、ゆっくり休んでからのほうが疲れているときより前に進めるんだと。だから、俺は一週間に一度休む日を決めているし、それ以外の日はがむしゃらに前に進む。休んだ分だけ進む」
目を見開かせるアヤナを見て、ユーガは視線を一瞬だけ逸らす。
「だから、その、ヨシムラが今夢が無いとか、将来なりたいものがないっていうのは、きっと、その場に立ち止まって、座って、休んでいる状態だと思う。夢がかなったなら、少しくらい休んでも良いんじゃないか? きっと、ヨシムラの中にはやりたいことはいっぱいある。ただ、いっぱいありすぎてどれを選んだら良いか分からないだけで……なら、それを探すためなら、少しくらい立ち止まっても良いだろう?」
言い終え、今度は顔ごと視線を逸らしてユーガは前を向いた。
「……余計な、お世話だったな」
呟いて頬をかく。だが、その言葉にアヤナは首を横に振った。
「ううん、そんなことないです。ありがとう、サカタキくん。やっぱりサカタキくんは優しいです」
「……俺の? どこがだ?」
「ほら、前にわたしが飲み物かけちゃったときも、転びそうになったわたしを支えたから、あたまからかぶっちゃったんですよね」
「……そんなことあったか?」
ユーガが首を傾げるが、アヤナは薄く微笑んでから頭を下げる。
「あのときは動揺してて……改めて、飲み物ひっかけちゃってごめんなさい。助けてくれて、ありがとう」
「む、まぁ……気にするな。言われても思い出せないしな……」
「あはは、やっぱり優しいですね」
笑うアヤナに、また頬をかくことで返事をしたユーガ。だが、次の瞬間、穏やかになっていた漆黒の瞳が鋭くなる。
「ヨシムラ、気をつけろ。魔獣だ」
「……っ!」
杖と大剣が構えられた。
しっかりと正面に据えられる大剣と、小さく震えだす杖。
「安心しろ」
「……え?」
「ヨシムラの事は俺が絶対に守る。魔獣は俺の後ろには行かさない。それが前衛の仕事だ。援護、しっかり頼むぞ!」
左右に揺れる緑の三つ編みおさげに挟まれたアヤナの顔が真っ赤になるのに気づかず、ユーガは地面を蹴った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「やっぱダンジョンっていうだけあって入り組んでるなぁ」
「うんー、なんか楽しいねー」
剣を帯びている男子生徒――名前はシノハラというそう――にチヤは返した。試験回廊では一本道だったが、今回はここに来るまでに何度か曲がったり引き返したりしたのだ。正直迷いそうになる。
「雰囲気もそれっぽくて怖いね」
「ほんとほんと。いかにも何か出ますって感じ」
自分とシノハラの後ろを歩く女生徒二人が声を投げてきた。二人とも薄い赤色の髪で、それぞれ杖と弓を持っている。
何か出そうも何も、このダンジョン内には魔獣が居るというのを忘れているのだろうか。もっとも、ここに来るまでに一匹も魔獣に出会ってなければ緊張感が薄れるのも仕方がないが。
なんて思っていると、さっそく出てきてくれた。
「みんな気をつけて! おっきなネズミさんがいるよ!」
「うお、でけぇ……つーか、きめぇ」
少し先にネズミに似た魔獣が居る。一般のそれとは大きさが違いすぎだ。猫よりもはるかに大きい。
「いっくよぉ!」
気合を入れて駆け出す。相手は二匹。すでに気づかれているが、こっちのほうが人数は多いのだから、問題ない。
「『右脚強化』っ! でぇぇいっ!」
魔術で右足の筋力を強くして、一匹を蹴り上げる。真っ赤な脛当てから鈍い振動が伝わってきた。
これであの浮いている魔獣は後回しに出来る。
「ギチチチィッ!」
「むむっ、『左腕強化』!」
飛び掛ってきたネズミの牙に左手の手甲をぶつける。甲高い音と小さな火花が飛び散った。
「『右腕強化』! はあああっ!」
魔獣の腹に右の拳を叩き込む。同時に能力開放。
「ぶっとべえええ!!」
右腕を真っ直ぐに伸ばしながら、魔獣の体を吹き飛ばした。ネズミは天井に激突し、バウンドして今度は壁にぶつかる。そこでもまた弾かれ、最後は床に体を四散させた。
「ギチチッ!」
「え!?」
右側から魔獣の声と気配がする。すぐさま目を向ければ、大きなネズミがもう眼前に迫ってきていた。
ネズミにしては長すぎる上に鋭い牙が向かってくる。
必死に体を動かし、思い切り頭を後ろへ引く。同時に地面から両足を離して空中で横になるような体勢になる。目にうつるのは魔獣の腹。
無理矢理右腕を動かして、浮いたままの姿勢で魔獣を殴り飛ばした。能力で増加した衝撃がネズミを勢い良く壁に吸いこまさせる。
水で膨らませた風船が割れるような音が響いた。
「あ、ぐっ!?」
遅れて体全体に衝撃と痛みが走る。無理な体勢で攻撃にうつったせいで、受身が満足に取れなかった。
「ラ、ライドウ! 大丈夫か!?」
「ライドウさんっ」
シノハラと女生徒二人が駆け寄ってくる。でも、彼らの手を借りようという気にはなれなかった。
ゆっくり立ち上がって尋ねる。
「……ねぇ、どうして、戦ってくれなかったの?」
三人の表情が固まった。他人に任せきりにするつもりはないが、せめて蹴り飛ばした魔獣を抑えてくれても良かったのではないだろうか?
「ボクが戦ってる間、ただ見ているだけだったの……?」
「それは……その、悪かった。どうしたらいいかわからなくてさ」
シノハラが答える。視線を彼から外して女生徒の二人に向けた。
二人は軽く体を引いたが、すぐに口を開く。
「だ、だって、魔獣なんて初めて生でみたし」
「こわかったから……」
頭が段々と冷えてくるのが分かった。それがどうしたというのだろう。
「怖いのは分かるよ。ボクだって怖かった。でも、戦わないと駄目なんだよ。いつでも、誰かが守ってくれるとはかぎらないから」
そうだ。ただ守られるだけじゃ駄目なのだ。自分を守ってくれた人のためにも、ただ守られるだけじゃ、駄目なのだ。
「それは、わかってるけど……!」
「ま、まぁまぁ! ほら、おれらだって初めての魔獣との出会いっつーの? それでちっとビビっちまっただけだからさ! でももう平気だぜ! なんたって一度見たからな! ライドウだけに戦わせてごめんな、次からはがんばるからさっ」
自分と女生徒の間にシノハラが割って入ってきた。熱が戻ってくる。
「……うん、えっと、ごめんなさい」
「う、ううん、わたしもごめんね。ちゃんと戦うから」
女生徒の言葉に頷き、振り返って歩き出す。その時、魔獣がダンジョンに喰われていく光景が目に入った。
そういえば、あの化け物もこんな風にきえていったっけ……。
ぼんやりと考える。ミノタウロスと戦った時はとても怖くて、すごく痛くて……でも、今みたいに嫌な気持ちにはならなかった。
「……何が、違うのかなぁ……」
口の中だけで、小さく呟いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
先行する赤髪の男子生徒が自らの槍を、物理的に伸ばしてネズミのような魔獣を一突きにする。彼の能力は外部干渉系で、触れた物の長さを増やすことが出来ると言っていた。ただ、発動の条件が槍のように元々長くある程度細い物でなければ伸ばせないらしく、また、縮めることは出来ないとも言っていた。
能力を解除したのか、槍が元の長さに戻っていく。男子生徒がくるりと振り返ってにこやかに声を投げてきた。
「ヒナモリさんッ、このコウノ、魔獣を排除しました!」
「ありがとうございます、コウノさん。お強いんですね」
「いやぁ、こんな魔獣どもには遅れはとりませんよッ。はははー!」
ルカは内心でため息をつく。魔獣とは何度か遭遇したが、その度に彼は突撃して倒し、そしてああやって報告してくる。その目はもう「褒めてください」と言わんばかりなので、その度に褒めてやっている。
「う、ううー……ヒナ様ぁ、魔獣はもういないですかぁ……?」
「えぇ、もう大丈夫ですよ。コウノさんが倒してくださいましたから」
腕にすがり付いてくる少女が弱弱しい声で見上げてきた。彼女はダンジョンに入ってからずっとこの調子だ。怖がりつつも自分についていこうとしているので、帰還魔術を発動して戻れとも言いづらい。
というのも、この女生徒、能力が戦闘向きではないのだ。聞けば、神経強化系で『味覚を敏感にする』ものだという。能力名すら確定していない、ある種珍しい能力であるとは言える。
能力は万能でもなければ、全てが戦闘で使えるものというわけでもない。発動させるのに『条件』が必要になるし、意味不明なものも多数存在する。
例えば、目の前で槍を振り回してご機嫌な男子生徒コウノ。彼の能力発動条件は、先もあげたとおりある程度長くある程度細い『棒状』のものであることだ。もっとも、全ての能力に条件がつくわけでもないが。
そして、この発動条件が厳しければ厳しいほど、能力は強力なものとなる。
この点においては、自分の能力はかなり強力だ。よって条件も厳しい。
魔術に『擬似意思』を付与する能力だが、実は付与できるのは一つだけだ。つまり、『エンロウ』のみ。『狼』と『炎』の条件を満たさなければ、『エンロウ』を生み出すことが出来ないし、逆にその『狼』と『炎』を形象した魔術にのみ、『エンロウ』の『擬似意思』を付与できる。
強力ではあり、かつ極めて純粋に戦闘向きでもあるこの能力をルカは気に入っていた。が、限定的であるのも理解している。
そういえば、『能力』は本人の深層心理といった『心』の現れとされているが、自分のこの能力は何の表れなのだろうか?
「ヒ、ヒナさまぁ、また魔獣ですぅ」
「よっしゃあっ! かかってきやがれ! ヒナモリさんには指一本触れさせやしねぇぞぉ!」
右腕が引っ張られ、暑苦しい声が耳に入ってくる。何度も出てくるネズミのような魔獣だが、数は三匹だ。
前衛がコウノ一人で、その唯一の前衛も先行しすぎている。
「……おいで、エンロウ」
左手を地面に向けてかざす。瞬時に炎が巻き上がって狼の姿をとった。こちらを見上げながらかざした手に擦り寄ってくる。
そのままコウノと魔獣に目を向けて、また見上げてきた。
「ごめんなさい、今回はわたくしの傍にいて、この子とわたくしを守ってもらえる?」
エンロウは前足で地面を二度叩き残念そうな声を漏らすが、すぐに自分と女生徒の前に出る。
「ヒナ様……」
「大丈夫ですよ、もし魔獣が来てもこの子が守ってくれますから」
わき腹をこちらに向け、頭だけを真っ直ぐ向けているエンロウを撫でてあげた。
この先、エンロウを維持しながらこの子を慰めて、かつ、あのコウノも褒めないといけないのかと心の中だけで盛大なため息をつく。
戦闘をしてないのにこの疲労感。あのミノタウロスと戦った時の疲労のほうが何倍も心地よかった。
ユーガとチヤが一緒だったらもっと楽だったんでしょうか……。
思いながら、女生徒を慰め、コウノを褒めてやった。