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二度目のダンジョン・前

「さて、防護服を着てここにあつまった時点でもう分かっていると思うが、今日はダンジョン実習だ」


 ウラディミルが生徒たちを見渡して告げる。

 高等部敷地内の最奥にある巨大な門。陽炎が立ち込めるそれの前に、一年D組の生徒三十九名は集合していた。

 皆それぞれローブを上下に切り分けたような服を身に着け、手には『冒険購買部』が貸し出している武器を持っている。白のカラーリングで統一されているそれらと違い、背の高い男子生徒と幼い女生徒の二人は自前のものを持っていた。


「さて、今回も先生がパーティ分けすっから、呼ばれたら適当にまとまれよ」


 言い終わると、ウラディミルは出席簿に視線をおろして番号を読み上げ始めた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「――――で、今回入るのは前回入った『試験回廊』ではなく、本当のダンジョンだ」


 バラキン教師が説明をしている中、ユーガは同じパーティになった生徒に目をやる。今回はルカもチヤも同じパーティではない。

 そういえば、今日はチヤが不機嫌だったな。何かあったのだろうか?

 思いながら同じパーティの生徒を観察した。黄髪と赤髪の男子生徒二人に、緑の髪の小さめな丸眼鏡をかけた女生徒が一人。自分を合わせて四人だ。


「課題は『帰還魔術の制限時間一杯までダンジョン内にいること』と『次の階層に続く階段を見つけること』の二つだ」


 黄髪の男子は槍を持っていて、赤髪のほうは杖だ。女生徒も杖を持っているので、前衛二人に後衛二人のパーティとなる。

 というのも、杖を使うのは魔術師だけだからだ。なんでも魔術を行使する為の形象(イメージ)の補助をするとか、威力が上がるとか、集中力が増すとか言われている。魔術については全く分からないので何故そうなるのかは分からないが……。

 今度ルカにでも聞いてみるとしよう。


「課題をこなすための手段は問わん。好きなようにやれ。あぁ、それとこの今から入るのは一番最弱のダンジョンだ。本物のモンスターが出るが、そう手間取らんと思うぞ」


 モンスター、という単語であのミノタウロスを思い出す。あれが平均的な強さかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 とはいえ、どんな魔獣とも確実に殺し合いになるだろう。油断は出来ない。


「だが、即死したら死ぬってことをわすれんじゃねーぞ」


 前回と同じようにバラキン教師がニヤリと笑った。



「はぁい、ちゃーんとごくごくしてくださいねー」


 受付の女性が言いながらカプセル剤を渡してくる。言われたとおり一気に飲み下した。


「これやっぱ大きいよなぁ」

「飲みにくいな」


 隣の男子生徒二人が同じくカプセル剤を受け取りながらそうこぼす。恐らくこの女生徒も同じことを思っているのだろう。口に含んだカプセル剤を飲み下そうと必死に「んっ、んっ」と言っている。


「はいはい、無理しないでこれといっしょにのんでくださいねー」


 女生徒は受付の女性に飲み物を渡され、やっと飲み干せたようだった。


「さて、お前らもこれからダンジョンに入るわけだが」


 皆がカプセル剤を飲んだのを確認し、バラキン教師が口を開く。その表情は前回と同様、真剣なものだった。


「いくら最弱のダンジョン、弱いモンスターばかりといっても、モンスターはモンスターだ。奴らはお前らを殺すつもりで襲い掛かってくる。だから、絶対に無理するなよ。一学期はダンジョンに、そしてモンスターに『慣れる』ことだけ集中しろ。まぁ、お前ら生徒はダンジョン内のモンスターと戦うことも本分の一つだから、戦うにこしたことはねぇが……怖けりゃ逃げろ。恥ずかしいことじゃねぇからよ」


 そこでニッと笑みを浮かべ、肩をすくめるバラキン教師。


「まっ、逃げるのが悔しくなかったらの話だけどよ。じゃ、いってこい!」


 親指で陽炎を指し示すバラキン教師に頷きながら、ユーガはダンジョンへ向かい歩き出した。




 そして、入った瞬間、居た。

 一瞬だけ感じる温かさが消え、石造りの廊下と壁と天井が視界に入るのと同時に、奴らもまた視界に入る。


「ま、魔獣……!」


 後ろで男子生徒のどちらかが叫ぶ。

 ダンジョンの中で待ち構えていたのは、ネズミだった。もちろん、ただのネズミじゃない。

 額から一本の角がのび、前歯はかなり長く先端が鋭く尖っている。脂や汚れで所々固まった灰の体毛が覆う体は、一般的に知られているネズミより遥かに大きい。

 中型犬ほどだろうか? もっとも、可愛らしさは比べ物にならないが。

 短い手足のせいで前歯――もはや牙だ――が地面をカリカリ擦っている。


「あれは……確かラルラットか」

「し、しってるんですか?」


 小さく呟いたつもりだったが、女生徒には聞こえたらしい。視線だけで左側を見やる。女生徒に少し違和感を感じたが、気にせずに答えた。


「あぁ。魔獣図鑑で見たことがある。見た目通りネズミ型の魔獣で繁殖能力が高く、一日に百匹は生まれているらしい」

「そ、そんなに……!? じゃ、じゃあ、このダンジョンの中にも、それだけのあの、魔獣が?」

「いや、ラルラットは魔獣の中でもかなり弱い種だ。主に狼型や大猫型魔獣の餌になっていると書かれてあった」


 つまり、目の前のラルラットが二匹しかいないということは、こいつらを餌に出来るほどの魔獣がダンジョン内にいるということだ。


「お喋りは終わりだ。奴らはまだこちらに気づいていない。不意を突いて一気に」

「ギチチッ?」

「…………気づかれたか」


 二匹のラルラットが赤だけの目でこちらを見る。隣の女生徒が小さく悲鳴を上げて後ろに下がった。

 その行動は奴らを勘違いさせるのに十分な効果を発揮する。


「ギィチチチチチイイイイイ!!」

「うわぁ!?」

「こ、こっち来るな!」


 ラルラットの耳障りな威嚇の声を合図に、背中に声が当たった。

 走りよってくる二匹の魔獣。野生の動物は人間の感情に敏感だという。女生徒がとった怯えの行動と感情で、ラルラットは自分たちを弱いと判断し、餌にしようとしているのだろう。


 だが、こいつらの殺気はあのミノタウロスの足元にも及ばない。


 地を蹴り、相棒を振り上げる。すぐに二匹との距離が埋まった。

 大剣を振り下ろして一匹を叩き潰す。水音が響いて灰の体毛が真っ赤に染まり、臓物が床に散らばった。

 もう一匹が奇声を上げながら飛び掛ってくる。地面に突き刺さったままの相棒を左手だけで握って支えしつつ、体勢を低くしながら回転。跳んでいるラルラットの横腹を右の踵で蹴り飛ばし、ネズミにしては大きすぎる体を壁に叩き付ける。まだ回転を止めずに無理矢理相棒を引き抜き、壁にへばりついたラルラットをさらに壁にめり込ませた。

 相棒を伝って赤い液体が流れてくる。それが手につく前に壁から大剣をぬき、軽く振るって剣先の肉と血を払った。

 しゅうしゅうと妙な音を出しながら魔獣の死骸がダンジョンに喰われていく。


「す、すげぇな」


 声のするほうを向けば三人が座り込んでいた。初めて魔獣を生で見ただろうから、少し休ませてやりたいところだが、制限時間が来る前に他の魔獣とも戦っておきたい。


「先に進むぞ」


 歩き出そうとして、呼び止められた。


「お、おい、ちょっと待てよ! 先に進むのか? ここで制限時間が来るまで待とうぜ!」

「先生も課題をクリアするのに手段はえらばねーっていってたじゃん! ここでじっとしててもいいってことだろ?」


 ユーガはそんな二人の言葉に首をかしげる。

 この二人は何を言ってるんだろうか。ここにいてはこの先にある強くなる好機(チャンス)を逃すのに。

 とはいえ、ここに残るつもりならそうすればいいとも思う。自分がそれに付き合うこともないし、また、彼らも自分に付き合うこともない。


「分かった。好きにしろ。俺は先に」


 言い終わる前に、石造りの廊下の先から遠吠えが聞こえてきた。女生徒がまた小さく悲鳴を上げる。

 反響してきたのだろうか、あまり大きな遠吠えではなかったが、そう遠くもないだろう。早速の好機(チャンス)だ。


「……俺は先に進む。ではな」


 それだけ言い残して、相棒を担ぎながら走り出した。




 そして、迷った。いや、正確には行き止まりにぶち当たった。

 どうやら試験回廊の一直線のせいでダンジョンを無意識の内になめていたらしい。中々入り組んだ迷宮だ。

 といっても、直進か右かで、右に曲がっただけだが。


「戻るしかないな」


 ため息をついて振り返り、元来た通路を戻る。

 壁に等間隔でつけられた……ランプ? の明かりに照らされた通路をしばらく歩くと、正面が壁になり、左右へ道が分かれた。左に進むと入った場所に戻るので、今度は右へ歩く。

 もう先ほどの遠吠えは聞こえてこない。もしかすると自分が行き止まりのほうに行っている間に、あの三人の所へ向かったかもしれない。

 あの状態の三人が戦えるとは思えないので、立ち止まって振り返った。やはり付き合わせたほうが良かっただろうか。


「きゃあああっ!」


 再度歩き出すと同時に悲鳴が響き渡る。入った場所とは反対側からだった。

 やはり進むことにしたのか?

 思うが、今はそんなことを考えている場合ではない。相棒を担ぎなおして走り出す。


 悲鳴の主はすぐに見つけることが出来た。ついでに、好機(チャンス)も見つけられた。


「こ、こないでくださいぃ」


 緑髪の後ろ姿が声を上げる。腰を思い切り引きながら、杖をブンブン振り回していた。

 女生徒の向こう側には犬のような魔獣がいる。灰毛が逆立ち、赤目と口から大量に出ている涎のせいで狂っているようにしか見えない。

 あれも魔獣図鑑で見たことがあった。『クレイジーウルフ』という名前通り狂っているようにしかみえない狼型の魔獣だ。

 図鑑には三匹以上で行動するとあった。となると、あの魔獣は群れからはずれたために遠吠えを出したのだろう。

 先ほどのラルラットを捕食する側だが、対して差も無いはずだ。

 走る速度をさらに速める。しかし、相棒の間合いに入れる前に、クレイジーウルフが女生徒に飛び掛った。

 このままでは間に合わん……仕方ない!

 あまり使いたくは無かったが、魔術を行使する。自分が無属性の肉体強化の魔術であり、唯一戦闘で使える魔術でもある、


「……『エラプロン・ソマ』」


 魔名(まな)を詠み、マナをめぐらせる。形象(イメージ)は全身を軽く。軽く。軽く。

 瞬間、強風が吹いた。それが自分が速く動いたことでぶつかった空気の壁だと気づいたのは、女生徒の後ろ姿が一瞬で大きくなったからだ。

 女生徒の肩を掴む。とても細く、力を入れたら砕けてしまいそうだと思った。なるべく優しく引っ張り、同時に大剣を前に突き出す。

 クレイジーウルフの首に相棒がめり込み、次の瞬間には反対側を突き抜けていた。突いた状態のまま横に薙ぎ、後方に向けて投げ飛ばす。

 ズルリと魔獣が相棒から抜け、そのまま後ろへ飛んでいった。少しの間をおいて水音が聞こえてくる。


「怪我は?」


 女生徒を見下ろし、大剣についた血を払い落としながら聞いた。

 青い瞳が呆然とこちらを見上げてくる。さっきは気づかなかったが、緑の髪が髪同士で編まれていて左右に垂れ下がっていた。


「あっ、あの、ありがとうございます。怪我は……えっと、無いです」


 彼女が我に返り、頭を下げてくる。相棒を担ぎなおして肩に乗せていた手をどけた。


「いや、怪我が無ければそれでいい。ところで、あの二人は?」

「あ、あの、あっちで待ってるそうです」

「そうか。それで君は……」


 先に進むのか? と続けようとして、彼女に遮られる。

 

「あ、わたし、アヤナ・ヨシムラといいますっ」

「あぁ、すまん。俺はユーガ・サカタキだ。で、君は先に進むことにしたのか?」

「あ、いえ、その、サカタキくん一人だと、その、危ないかなと思って……」


 そう言ってアヤナは恥ずかしそうに頬をかいた。


「わたしのほうがあぶなかったですね。助けられちゃいました」

「……そうか。俺を心配して追ってきてくれたのか。ありがとう」


 つまり、彼女は三人で待つより、たった一人で進んだ自分を心配して恐怖を感じながらも追いかけてきてくれたということ。

 良い子だ。


「あ、いえっ、その、たいしたことは出来ず、あの、すみませんっ。……そういえば、どうしてサカタキくん、わたしのうしろから?」

「む、あぁ……いや、ここに来る前に右に曲がるところがあっただろう? そっちに進んだら行き止まりでな」

「あ、やっぱりそうだったんですかぁ」

「やっぱり?」

「あ、いえ、その、実はわたしの能力神経強化系のもので細分は『視力強化』なんです。それで、あの分かれ道で真っ直ぐと右を見たんですけど……暗くて何か影が動いてるなぁくらいしか分からなくて、でも、どっちも影があったので、片方は魔獣だなって思って、それで」

「あぁ、大体分かった。落ち着いて呼吸してくれ」


 喋るごとにアヤナが苦しそうな顔をするのでつい言ってしまう。それは正解だったようで、彼女は勢い良く息を吸い込んだ。


「……ふぅー……その、それで、暗かったからどっちがサカタキくんか分からなかったんです。どっちかが魔獣と思うと怖くて……でも、どっちかが来るまで待ってるのも怖くて……」

「勘で進んだら魔獣のほうだった、というわけか」


 コクンと頷き、緑の髪が揺れる。

 とりあえず彼女をどうしようか、ユーガは迷った。自分はこれから先に進むので、魔獣とも遭遇するだろう。それなら、あの入り口に送ったほうが良いかもしれない。

 まずは彼女がどうしたいのかを聞くことにした。


「ヨシムラ、俺は先に進むから魔獣とも何度か戦うと思う。だから、ひとまず君をあの二人のところへ」

「あ、いえっ、わたしも一緒に進みます!」


 アヤナが杖を握り締めて見上げてくる。青い瞳は怯えや不安が残っているが、確かな決意も見えた。

 ユーガとしても、魔術師の援護がある状況での『慣れ』の練習にもなるので助かる。それに、彼女自身が選んだことをとやかく言うつもりもない。


「分かった。なら、付き合ってくれ」

「はいっ。……って、ええ!? つ、つきあっ!? そ、そんないきなりっ」

「む? 急すぎたか? 制限時間があるからあまりゆっくりはできないが、少しなら休めるぞ」

「あ、あぁ、付き合うって先に進むことにですか、びっくりした……」

「ヨシムラ?」

「あ、な、なんでもないです! 大丈夫です、先に進みましょう!」

「そうか……?」


 何故そんなに慌てているのかは分からないが、怪我もしていないようだし、本人が大丈夫というなら大丈夫なのだろう。

 ユーガはアヤナから視線を外し、歩き出す。

 そして、気づいた。


「……そうか。眼鏡をしてなかったのか」

「あ、はい。能力使ってると、眼鏡かけてても目が痛くなるだけですから」


 違和感の正体はそれだったようだ。

 普段は眼鏡をかけるほど視力が悪いのに、持っている能力は視力強化。


「良かったな」

「はい?」

「望んだものが能力になって」

「あ、はい、ありがとうございますっ」


 ユーガは一瞬だけ自分の左腕を見やり……その先を考えることをやめた。


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