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ユーくん尾行大作戦・半分成功半分失敗

「はわっ、あの子こっちくる!」

「チ、チヤちゃん! もっとこっちに!」


 さっきまでは飛び出しそうだったチヤを引っ張っていたのに、今では彼女はすんなりそれに従ってくれる。

 ユーガと親しそうに話していた少女がこちら側に走ってきたからだ。

 さっき隠れていた立て看板よりは小さい看板に二人で隠れるのはさすがにきついが、彼に尾行がばれるよりはマシだ。

 真っ黒で長い髪をした少女が看板の影から飛び出してくる。彼女は走りながらもこちらを見て驚き、一瞬視線を後ろに戻すとすぐにまたこちらを見た。

 そして、ニヤリと小さく笑い、鼻で笑った。ように見えた。

 それの意味は分かりかねるが、ルカは別のことで驚く。彼女がつけているのは、能力の発動を抑える封印具の一つで、中等部最上級生が外出する時に必ず身に着けさせられるもの。

 名前は『完封具』。『完全封印具』の略だ。名前どおり、能力を完全に封印するものである。ちなみに、通常の封印具はこれと区別するために『半封具』と呼ばれている。『半抑封印具』だ。閑話休題。

 『完封具』は能力を完全に封印するのだが、元々『能力』というのは『心』に大きく左右されている。つまり、能力を封印することは『心』にも少なからず影響が出てしまうのだ。

 しかも、完全に封じるとなれば、その影響は感情にまで出る。

 何にも心躍らされないのだ。美しいものを見ても、良い匂いを嗅いでも、汚いものを見ても、臭い匂いを嗅いでも、あまり気持ちよくないし、あまり不快にもならない。無関心で、興味もわかず、憧れも薄れる。

 なのに、彼女はこちらに驚き、そして笑った。『完封具』に『心』が縛られないのは、封印具でも抑えるのが精一杯なほど相当『能力』の質が高いか――もしくは、『心』そのものが強いか。

 ルカは自分以外で『完封具』に縛られない人間をはじめて見た。最も、自分の場合は能力の特性上、心が縛られなかっただけらしいが。


「……むぅ」

「チヤちゃん? どうしたんですか、頬が膨れてますけれど」

「なんでもないもんっ! ほら、ユーくんを追おっ!」

「あ、は、はい」


 なんでもないというか、どうみてもヤキモチを妬いているようにしか見えないのだが。これを言ったらまた騒ぎ出すかもしれないので、黙っておこう。一応自分たちは、ユーガの尾行をしているのだから。



 どこからともなく現れる野良犬や野良猫や野鳥に対応しながら歩いていたユーガが、また立ち止まった。動物たちは周囲に折らず、あの少女も、誰か別の知り合いが現れたわけでもないので。立ち止まった理由は一目瞭然。

 彼が見上げる。


「……喫茶店?」

「……喫茶店、だよね?」


 立て看板を入り口の前に置いた、三角屋根の喫茶店。真横のこちらからでは名前は見えないが、喫茶店であるのは分かる。喫茶店で良くあるマークが描かれた小さな看板が高めの位置から突き出ているから。

 ユーガはしばらく喫茶店を見上げたあと、中に入っていった。


「ユーくんが喫茶店でお茶?」

「……図書館で本を読む、なら簡単に想像できましたけれど」


 彼が喫茶店でお茶を飲んでゆったり過ごしているという姿は全く想像できない。そもそも『食』に関して全然関心の無い彼がわざわざ喫茶店に来てまで何かを口にするだろうか。

 喉が渇いたら寮の水道水で済ませるほうが想像しやすいです。


「すぐ出てくるかな?」

「どうでしょう。どちらにせよ入り口でばったり、なんてことにならないよう、少し様子を見ましょうか」



 とは言ってみたものの。


「……出てこないね」

「……そう、ですねぇ」


 何人かのお客さんは入っていくのだが。



「…………普通に何か食べたとしても、これは遅すぎですね」

「うん、ボクだったら二十分前には出てたよ」


 結局、彼は出てこず、もうお昼前になってしまった。

 一体わたしはなにしてるんでしょうか……。心の中で後悔のため息を吐く。

 確かに彼を尾行するのは中々楽しかったが、ここまで時間を無駄にすると分かっていれば勉強をしていたほうがずっと有意義だった。

 もう、さっさと終わらせて帰ったほうが良いかもしれない。


「出てこなければ仕方ないですね。昼前だからお客様も入ってると思いますし、わたくしたちが入っても怪しまれないでしょう」

「……かな?」


 不安そうにするチヤ。ルカとしてはもうバレても良いので早くこの大作戦を終わらせたい。

 それに、喫茶店で偶然出会っただけで、まさか自分を尾行していた、なんて思わないだろうし。


「……ユーくん、つけてたこと知ったら怒るかな……?」

「彼のことだから、謝ればきっと許してくれます。まぁその前にバレなければいいんですよ。わたくしたちもあの喫茶店で食事をすれば、ユーガに尾行がバレることも、怪しまれることはないとおもいますし」


 まだ不安そうにするチヤを何とか説得し、彼女の手を引いて喫茶店のドアに向かった。

 怒られたくないならこんなことしなければいいですのに。

 思ったが、気持ちは分かりますけどね、と即座に考えを変えた。



「いらっしゃいませー!」


 ドアを開けた瞬間鈴の音が鳴り響き、数名の男の人の声が同時に聞こえてくる。きょろきょろと店内を見回す。真っ直ぐ正面にカウンターがあり、右側奥までテーブルと椅子が広がっている。

 カウンター側に木彫りを模したテーブルや椅子が並んでいて、窓際のほうにソファーと白いテーブルが敷き詰められていた。

 灰のソファーと白いテーブルは店内の雰囲気にあまり合っていなかったが、窓際ということを考えれば、まぁ、悪くは無いと思う。

 それにしても中等部の時、一人で入った喫茶店とは全然違う。二回入ったことがある別の喫茶店はもっとこう、女の子らしかった。一度目は同級生たちと、二度目はもう同級生たちは外出しなくなっていたので、一人で。

 その喫茶店では可愛い女の人に席を案内されたが、全ての喫茶店で案内されるわけではないらしい。チヤと相談して決めよう。


「わー、すごいよ、ルカちゃん。ほら、ふかふかっ!」


 と思ったら、彼女はすでに入り口すぐ近くの窓際のソファーに座ってその感触を楽しんでいた。小さくため息をついて、彼女の向かい側に座る。

 確かに、気持ち良い。これは良いソファーだ。


「あ」


 危うく目的を忘れるところだった。ユーガを探さねば。

 首を回して辺りを見ようとしたところで、声をかけられた。


「いらっしゃいませ」


 男の人がすぐ近くまで来ていた。水の入ったコップが二つ、目の前に置かれる。


「ご注文がお決まりなら、お伺いします」


 男の人はそう言って何かを手に持ち、メモを取るような姿勢で止まった。これは別の喫茶店でも見たことがある。

 黄髪の男の人は緑の目をじっとこちらに向け、妙な微笑みを浮かべながらこちらの言葉を待っていた。

 でも、困った。メニューすら見ていなかった。


「えっと……それじゃあ、アイスティーを」

「ボク、オレンジジュース!」

「かしこまりました」


 男の人は一礼して去っていく。別の喫茶店に行った時と同じものを注文したが、有ってよかった。というか、今チヤは迷うことなく注文したが、喫茶店に入ったことがあるのだろうか。


「チヤちゃんは、喫茶店に来たことあるのですか?」

「うん、あるよ。小さい頃、父う、じゃない、おとーさんたちと一緒に何回か。ルカちゃんはないの?」

「わたくしは……その、小さい頃からあまり外には出ませんでしたので……」


 そうか。普通に考えれば、家族と触れ合うことは普通だった。馬鹿な質問をした。

 ともあれ、ユーガを探さなくては。


「うーん? おかしいなぁ、いないねぇ」

「居ませんね……喫茶店からは出てないはずですけれど……」


 しかし、どこを見てもユーガの姿は無い。他の客は何人か居るが、どれをみても服装すら一致しない。


「むー、いったいどこに隠れたんだろ」

「……何から隠れるんですか?」

「ボクたち?」

「それは尾行がバレてるってことになりますけれど」

「う、それは困るよ……じゃあ、ボクたち以外の人!」

「まずは隠れたという点から離れませんか?」


 そんなことを話していると、また誰かが傍に来た気配がした。


「お待たせしました、アイスティーとオレンジジュースになります」


 低い声と共に、目の前に置かれる注文した飲み物。


「あ、ありがとうございます」

「わーい、ありがとー」


 チヤとお礼を言いながら、そのウェイターを見上げ。

 時が止まった。


「ん? 誰かと思えば、ルカとチヤじゃないか。いらっしゃい」


 これだけ驚いているというのに、当の本人……尾行の対象だったユーガは、執事服に似た制服を身に着け、呑気にそんなことを言った。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 びっくりした。オレンジジュースを持ってきたお兄さんが、ユーガに変身して来た。


「な、にをしていらっしゃるんですか?」

「何って、見て分からないか? バイトだが」

「え、ええ? バイト? ユーくんバイトしてるの?」

「あぁ。ここの店長に頼んで、たまにバイトをさせてもらっている」


 なんでユーガはこんなに平然と会話しているんだろう。何とか我に返ったとはいえ、こっちは滅茶苦茶驚いているというのに。

 そうだ。その前に聞きたいことがある。


「ユーくん、さっきの……」

「ん?」

「サカタキくーん、オーダーおねがぁい」


 聞こうと思ったのに、ユーガを誰かが呼んだ。お店の人が言ったのかと思ったら、他の席に座っている女性客が手を上げていた。名指しでユーガを呼んだようだ。


「はい、ただいま。悪いな、仕事に戻る。ゆっくりしていってくれ」


 そう言って立ち去ろうとするユーガ。まだ何も聞いていない。


「待ってっ、ねぇ、ユーくん、さっきのおむぐっ!?」

「さっき?」

「あ、いえ、気にしないでください。お客様が呼んでますよ。どうぞ」


 首をかしげて今度こそユーガは去ってしまった。ルカの手が口を塞いでいるせいで呼び止めることも出来ない。

 彼女の手を振り払って睨む。


「うーっ、ルカちゃんなにするの! ユーくんにさっきの女の子のこと聞こうと思ったのに!」

「落ち着いてください。聞いたらなんでそんなことを知っていると思われますよ? 尾行していたのがバレてもいいんですか?」

「あ、う、それは……やだ」


 忘れていた。気になるけれど、怒られるほうが嫌だ。


「でも、ほら、彼が何をするのか分かってよかったじゃないですか。『ユーくん尾行大作戦』は成功ですよ」

「……知ったと同時にばれちゃったもん……こころざしなかばでせんしだもん……」


 オレンジジュースのストローを咥えてテーブルにアゴをのせる。息を吸うと甘くて酸っぱい風味と冷たさが口の中一杯に広がった。


「ま、まぁ、わたくしもあの子についてはちょっと気になりますし、いつか二人で聞きましょうか。たまたま見た、とユーガには言って」

「ほんと!?」

「えぇ」

「絶対だよ! 一緒に聞いてね!」


 向かい側のルカが頷く。やった。ルカが一緒に聞いてくれるなら勇気が出る。

 安心したら、お腹がくーっとなった。


「あ……え、えへへ、お腹すいちゃった」

「くすっ、そうですね。お昼ですものね。何か注文しましょうか」


 ルカがメニューを開く。同じくもう一つのメニューをとって開いた。見ただけで色々ある。

 と思ったが、実際は絵がスペースを取っていて両手で数えるくらいしか料理はなさそう。でも、その絵の料理がどれもすごく美味しそうだ。

 何にしようか選んでいると、さっき注文をとった男の人でも、ユーガでもない男の人がこっちに歩いてきた。

 細く長い体で、緑色の髪を後ろに撫で付けている。黄色の目に、無精ひげが目立つ男は、ユーガとは違った『大人』を感じさせた。


「やぁ、いらっしゃい。君たち、サカタキの友達かい?」


 いきなり話しかけられて戸惑うが、答えは躊躇(とまど)うことは無い。


「うん、ユーくんのお友達。あなたはだぁれ?」

「ああ、失礼。まずは自分から名乗らないとな。俺はこの店の店長にしてオーナーにして責任者でもあるマスターだ。気軽にマースタっ☆と呼んでくれな」

「うん、店長さん。ボクはチヤ。チヤ・ライドウ。ユーくんのお友達だから、気軽にライドウさんって呼んでね」

「わたくしはヒナモリと申します。サカタキくんの友人なので、お気軽にヒナモリさんとおよび下さい。店長さん」

「お、おおう、さすがサカタキの友達。変な上にガードが超固ぇな。すげぇ笑顔なのがまた胸にくるぜ……」


 何故か引きつった顔で後ずさりをする店長さん。変とは失礼な人だ。


「まぁいいか。ライドウさんとヒナモリさん、何か食いたいものはあるか? この店長ことマスターがおごるぜ」

「? どうして?」

「わたくしたちはあなたにおごっていただくことは何もしてませんが……」

「君たちサカタキの友達なんだろ? 立場上、あいつに何かしてやるってのは出来ないが、まぁ友達になら礼してもいいだろってな」


 理由を聞いてもますます分からない。どうしてユーガに礼をするんだろう。

 自分とルカが見て分かるほど不思議そうにしてたのか、店長さんは「見てみろ」とユーガを親指で指した。

 よく分かった。

 ユーガは何故か名指しで女性客に呼ばれ、何故か一緒に写真を撮ったり談笑したりしている。今浮かべている微笑みはこっちには向けてほしくないが。


「分かったろ? あいつに店を手伝わせたのはサカタキが十五のときからだが、今じゃもうあいつ目当ての女性客が常連になるほどさ。ま、体の良い客寄せパンダってやつ? 実際、あいつが来てから売り上げ増えたしなぁ。あと目の保養も出来る」

「十五? 都市法では働けるのは十六になってからのはずですが。そもそも、十五であればまだ中等部の五年生だったのでは?」

「おおう、色んなところスルーされたよ。まーいいじゃないか、細かいことは。あいつが十五の時突然働かせてくれと言い、理由を聞いたこの店長ことマスターがその真剣な目と真剣な理由に心打たれ、店を手伝ってもらってるっつーことで」

「……その働く理由って?」


 多分、教えてくれないと思った。


「だから、いいじゃないかって。そんなこまけぇことは。で、何食う? 今ならこの店長ことマスターが腕によりをかけてうんめーもんつくってやんぜ」

「……じゃあ、このハンバーグステーキ」

「わたくしは『マスターの秘伝・霜降り肉厚ステーキ』をお願いします」

「ちょ、おい、それうちで一番高いやつだって! ちょっとは遠慮しろよな!」

「ルカちゃん、そんなに食べられるの?」

「……冗談ですよ?」


 あの目は本気だった。きっと食べられなかったら残すつもりだったに違いない。ナポリタンに変えてくれたから良かったが。


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