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日常と実習授業・前

 あのダンジョンの授業は、よく出来ているとルカは最近思うようになった。

 ユーガの言葉を借りるなら『修行場』として良い環境であるし、『能力』や『魔術』の実践性も高い。何より、力をあわせて戦ったことで仲間意識が各所で高まっている。

 もはや入学当初の男女共にある警戒などどこへやら、よき友人関係を築いている生徒たちもいるだろう。さすがに恋人同士というのは居ないだろうが……。

 しかし、分からないかもしれない。何故なら、その『恋人同士』という領域に一番近そうに見える男女が、自分の友人なのだから。


「あっ、ユーくんだっ」


 女子寮から一緒に登校して来たチヤが走り出した。左右に結んだ短めのツインテールが上下にピコピコ揺れる。

 そのまま目的の少年、ユーガの左腕にタックルを食らわせて「おはよー!」などと元気良く挨拶をした。正直、呆れてしまう。

 彼を呼ぶ愛称もさることながら、彼女は自分を巻き込んでユーガをお友達にして『あげた』次の日から、なんというか、そう、スキンシップが多いのだ。ああやって腕に抱きつくのは当たり前。休憩時間が訪れれば即座にユーガの席まで走って背後から圧し掛かり、お昼休みになれば素早く彼を物理的に誘う。

 そして、その度に自分の手を同じく物理的に引っ張った。そう、あくまで、自分はチヤに引っ張られているから、彼と行動を共にするときが多いのだ。自分の意思ではない。


 でも、ライドウさんは分かってるんでしょうか。


 彼女の行動が彼を孤立……いや、彼への反感を募らせているということに。

 ユーガは他の生徒から避けられている。理由は簡単だ。恐らく、あのダンジョンの日に自分とチヤ――つまり、クラスの人気者の女子二人とパーティを組んだことが、導火線。

 その後、ルカとチヤがユーガだけに「友達になって欲しい」と言ったことで発火。

 そして、ユーガが常に一人だということに感づいたチヤが彼に付きまとうようになったのが、現在進行形の燃料といったところだろう。

 あとは能力実習の時の態度で女子からは怖がられているようだ。まぁ、確かにあの目は見ようによっては睨まれているようで怖い。


 もっとも、彼が他のクラスメイトから嫌われようが全く、そう全く問題はない。実際失礼な人間であるし、人の話は聞かないし、無視するし、無茶するし、チヤとベタベタするし……。

 とにかく、その余波が自分とチヤに来るかもしれないのが問題なのだ。かといって、チヤに「サカタキくんに近づくのはやめましょう」なんて言えるわけがない。自分のイメージは誰にでも優しいというのがある。

 今のところ他生徒は「あんな怖そうな人ともお話できるなんてさすがヒナさま」(女子)とか、「あんないけすかねー奴にも話しかけてやるなんてライドウはやさしいなぁ」(男子)とか、「それに付き合ってあげるヒナさまもやっぱりお優しい!」(女子)と思っているので良いが、一人の、しかも他生徒からは嫌われてるっぽい男子生徒を特別扱いしている――ように見える――不満がいつ爆発するとも限らない。

 そして、その爆発の直撃を受けるのは、きっとユーガ本人だ。


 もちろん、それを緩和させようと努力はした。例えば、チヤがユーガを誘う前に他の女生徒たちからの誘いを受け、その後にいつも通りチヤにユーガを誘わせる。そうすれば、きっと彼は断る理由がないといって自分以外女生徒だらけでも共に昼食を取る。という、計画だった。無論、頓挫(とんざ)した。

 他にも、チヤがユーガを誘った後、あまり取りたくない手ではあったが、自分が他の生徒を誘うという手段もつかった。話さえすればきっと皆ユーガに対する誤解が解けるだろうと。無論、頓挫した。

 チヤに、いつもこちらから席まで行っているからたまには彼を呼んだらどうですか? とそそのかし、自分たちを囲む生徒たちの輪に加えようともした。無論、頓挫した。

 やっきになっていっそのことチヤと彼は恋人同士なんです! と叫ぼうかと思った。考えただけである。頓挫以前の問題だった。

 彼の存在に気づいた女生徒は即席の用事を用意して、男子生徒にいたっては険悪な雰囲気の錬金術師となる。

 

 そんなことばかり考えていたら、いつの間にか時計はお昼時間を指しており、同じく昼を告げる校舎の鐘が鳴り響いていた。

 手元を見れば綺麗に纏められたノートがある。書かれている内容は『戦闘技術』に関することだ。考え事をしつつも普段通りの行動が出来る自分は、やはり完璧だと満足する。

 そして、普段通り自分の手を引っ張り、ユーガを昼食に誘うチヤによって再度頭を悩まされるのだった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ここ最近の日常になってきているチヤからの誘いを受けて、ユーガは食堂に来た。いつものように食券を買い、首をかしげる。

 毎度の事ながら食券販売機にお札投入口が二つあるのが気になる。一つ目の口は慣れ親しんだ大きさだが、もう一つの口は少々小さめだ。明らかにお札が入らない大きさであるため、間違えてそっち側の口に入れることはないが、そうなればどういった用途でこの口はあるのだろうか。

 とりあえずここで止まっていては迷惑になるので、ユーガは食堂のおばちゃんに食券を渡した。


 高等部の食堂は、料理が出てくるまでがはやい。味も悪くはないと思う。しかし、少々値段が高めな気がする。裕福とはいえないユーガにとって、この食堂での選択肢は指で数えるほどしか無い。

 とはいえ、食堂近くの購買で安いものを買っても腹は満たされない。それに、またチヤに怒られる。普段、昼は購買で安いおかずパン二つと校内の冷水機で済ませていると言ったら。


「そんなんじゃだめだよ! 栄養が偏っちゃう! ちょっと高くても食堂のご飯を食べないと!」


 と、結構な剣幕で怒られてしまったのだ。それの監視だろうか、チヤは昼になると自分を食堂に連れてくる。それらの結果が現在手に持つトレイの上に並べられた、Cランチというわけだ。

 メニューの中で一番安いやつで、ご飯、味噌汁、漬物、そして申し訳程度の魚の塩焼き。

 中等部の朝食でももうちょっと豪華だった気がするが……まぁ中等部は『義務教育』ということもあり、都市政府が運営しているのだから仕方がない。

 逆に高等部は完全な独立機関と聞いたことがある。しかし、ユーガにとってはどちらも些細なことで、特に興味もわかなかった。


「ユーくん、こっちこっちーっ」


 丸いテーブルを陣取って、チヤが大きく手を振ってくる。椅子が一つだけ空いていて、そこに座れということなのだろう。それにしても、これだけ人が居る中ちょうど三つの席をよく確保できたものだ。

 トレイをテーブルに置き、座る。白の小さな大地の上にはすでに先客が乗せられていた。ピンクの布に包まれた弁当箱が二つ。そして、麦茶が入ったコップが三つ。


「麦茶、どーぞ」


 ユーガの視線に気づいたチヤがコップをずずっと軽く押す。


「すまん」


 コップを手にとって軽く口をつける。その間に二人は布を取り払って弁当箱の蓋をあけていた。

 中身は色とりどりの食材があり、料理や食べ物についてかなり疎いユーガから見ても綺麗に揃えられていると分かる。

 しかし、相変わらず弁当箱が小さい、とも思った。


「……俺には良く食えという割りに、二人の弁当箱は相変わらず小さいな」


 思っただけではなく、口にしてみる。チヤは首をかしげるが、すぐにころころと笑った。


「そうかなぁ? でもおいしいよ! ルカちゃんが作ってくれたのっ」

「ほぉ、そうなのか。ヒナモリは料理が上手いんだな」

「え? そんなことは……普通ですよ。それに、わたくしだけじゃなくてライドウさんも一緒に作ってますよ。ね?」


 ルカが微笑みを浮かべ、視線を反対側のチヤへ向ける。件の少女は嬉しそうに「えへへ」と笑った。目の前の二人の少女はどうやら共同作業で料理を作っているらしい。彼女たちは同じ部屋に住んでいるそうなので、そういうこともあるのだろう。

 話によれば、普通の部屋には台所とトイレ風呂場がついているそうな。もちろん、元は物置だったユーガの部屋にそんな便利なスペースなどない。なら普段どうしているかなど、食事時に言うことでもないだろう。


「それじゃあ、いただきますっ」


 手を合わせてチヤが言う。遅れてルカと共に食材への感謝の言葉を口にした。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ルカちゃんの玉子焼きはやっぱりおいしいっ」


 ふっくらと甘めに焼かれた玉子焼きに舌鼓。いつもながら彼女の作る料理は美味しい。最近は教えてもらいながら一緒に作っているが、同レベルになるにはかなりの時間を有すると思われる。

 これは自分だけで独り占めして良いものじゃないはずだ。チラと相席しているユーガのお昼ご飯を見る。ご飯に味噌汁に漬物に……なんだかよく分からない小さな魚。

 折角購買のパンとお水だけのお昼ご飯から脱却させたのに、そのメニューでは全く持って意味がない。自分の弁当箱を見た。

 見た目だけでもかなり美味しそうな料理が綺麗に並べられている。玉子焼きはあと一つ残っていた。


「ううー……ユーくん、はいっ」


 断腸の思いでその玉子焼きをユーガの小さい魚の隣に置く。彼は少しだけ目を見開かせた後、こっちに視線を向けた。


「あげる! おかずそれだけじゃ足りないよっ」

「……良いのか」

「い、いいの!」

「そうか。ありがとう」


 ユーガが軽く頭を下げて玉子焼きを頬張る。味を確かめるようにゆっくりと噛みしめ、ごくん。


「……すごいな、おいしかった。ありがとう、ライドウ」


 予想以上に美味しかったのか、ユーガが再度お礼を言ってくる。作ったのはルカなのだが、今はそれより気になることがあった。

 今は、というか、お友達になってもらった時からの不満。

 チヤは彼と友達になった時、名前で呼ぶようにした。ルカも友達になってくれた時に名前で呼ぶようにしたから、彼も同じようにだ。もちろん、先に名前で呼んでも良いかとは聞いてある。

 だというのに、彼とルカは自分のことを名前で呼んでくれない。呼んで良いと言ったのに、それでも呼んでくれない。

 美味しい玉子焼きもあげたのだから、代価としてそれくらいはしてもらわねば。


「ルカちゃん、ユーくん」

「ん?」

「なんですか、ライドウさん?」


 キッと二人を睨む。ルカは軽く身を引いたが、ユーガは首をかしげただけだった。


「ボクのことを、名前で呼んで! チヤちゃんと!」


 指差しつきで二人に叩きつける。ドーン! という効果音も欲しいところだが、それは贅沢だろう。

 ルカが困ったような笑みを浮かべつつも、嬉しいことを言ってくれた。


「えっと、チヤちゃん」

「うんっ、ルカちゃん!」


 あとはユーガだけだ。さぁ、言うのだ。

 黒髪を軽く揺らして、力強い瞳をこちらに向けたまま、彼が戸惑いながらも口を開いた。


「チヤ、ちゃん?」


 ぶはっと口や鼻から何かが飛び出そうになった。思わず手で押さえる。対面して座るルカも俯いているが、確実に口を手で押さえていた。


「……それはどういう反応だ?」


 珍しくユーガの声にむっとした色が入っている。本当に珍しい。

 しかし、それよりもっと珍しいもののせいで大変だ。


「だ、だって、だってっ、真剣な顔で、ちゃんって……!」

「も、猛烈に似合いません……!」

「…………確かライドウが言えと言ったと思うんだが?」


 あぁ、戻ってしまった。これはいけない。

 目尻の涙を指で取りながら、謝る。


「ご、ごめんね? えっと、呼び捨てでいいから、名前で呼んでほしいなっ」

「……分かった、チヤ」


 呼ばれた瞬間、飛びつきたくなった。なんだろう、彼は暗に「おいでおいで」をしているようにしか思えない。


「ふ、ふふ……ちゃんづけ……ふふふ」


 まだ笑いをかみ殺しているルカにユーガが目を向ける。

 あ、ちょっと怒ってる。

 また珍しいものを見た。今日で彼の珍しいところを三回も見ることが出来た。何か良いことがあるかもしれない。


「そんなにおかしいか。ルカちゃ」

「よ、呼び捨てでお願いしますっ!」


 訂正、四回目だ。まさか彼がこんな冗談めいたことを言うとは。ルカも突然のことに混乱したようだった。普段のおしとやかな姿からはちょっと想像がつかない感じだ。主に青くなっている顔が。


「そうか。なら俺のことも名前と呼び捨てで良いぞ、ルカ」

「あ、う…………はい」


 きっと彼女もユーガの「おいでおいで」に当てられたに違いない。青い顔が赤くなったのだからきっとそうだ。

 それにしても、名前で呼び合うのはこんなに恥ずかしいことだっただろうか?

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 午後の授業は『戦闘技術』の実習だ。

 能力実習の時のように、一年D組の生徒たちはグラウンドに集まっている。全員ダンジョンに入ったときに着た、ローブを上下に切り分けたような防護服を身に着けていた。

 そんな生徒たちを見回すのは午前中にも教鞭を振るっていた『戦闘技術』を受け持つ教師、ディルク・バックハウス。

 短く切りそろえた赤髪に、筋骨隆々とした体は浅黒く何故か真っ白なタンクトップに下ジャージという格好をしていた。生徒たちからの第一印象は『暑苦しい』で、それはまさに大正解であったことをここに記述しておこう。


「よぉし、全員そろっているなぁっ! 今から戦闘技術の実習に入る! 教員登録番号二十八番『ディルク・バックハウス』ゥゥ!!」


 叫びながらディルクはすぐ前の地面に指を向けた。人差し指から赤い光の線がのび、次に地面から銀色に輝く長方形が飛び出してくる。

 そのまま太い指を素早く動かして機械のボタンを次々に押した。


「戦闘技術での実習はぁ! 主に格闘術、剣術、槍術といった接近戦に重きを置く! つまり魔術や能力は使用せん!! 分かったか可愛い生徒どもぉ!」


 一際大きく叫び、太い人差し指で機械のボタンを思い切り押し込む。次の瞬間、生徒の群れと機械の間の地面から柵が現れた。

 その柵にはそれぞれ剣や槍、手甲、大槌などの様々な武器がかけられている。多種多様なそれらの共通点はただ一つ、木で出来ていることだけだった。


「さぁ、お前ら、自分に合った武器を取れ! しっかり選べよ! そのあとは誰でも良いからペアを組め! 今回は初めてだから男女別に分かれるかぁ!」


 何かを言うごとに叫ぶディルクに、生徒たちの顔がだんだんと嫌そうなものへ変わっていく。だが、そんなことなどお構いなしにディルクはまた叫ぶのだった。


「おれの授業の実習は実戦的だからなぁ! ペアを組んだらまず戦え! 午前に復習したことを思い出しながら戦えぇ! なーにっ、心配するな! 怪我をしても保健室にいきゃあまるっと元気になるからよ!!」


 ガハハハハ! と笑うディルクに、やはり生徒は嫌そうな顔をするのであった。


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