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冬の童話祭り参加作品

レイラのないしょ

作者: 水泡歌
掲載日:2025/01/04

 あなたはレイラを知っていますか?

 飴色のソバージュにそばかす。綺麗な青い目をした10歳の女の子です。

 あの森の入り口、あの丸太小屋にレイラは1人で住んでいます。

 とても働きものでがんばり屋な女の子です。

 もし、森のことで知りたいことがあるのなら、どうぞ、レイラにお尋ねください。

 おいしい果物のなる場所も、おいしいキノコが生える場所も、透き通る水が湧く場所も。

 彼女は何でも知っています。

 少しの報酬と引き換えに教えてくれますよ。

 それが彼女のお仕事なのです。


 冬の足音がそっと近付いてきた時のことです。

 レイラが暖炉に火をつけようとしていると、扉をノックする音が聞こえてきました。

「はい」

 返事をして立ち上がります。

 扉を開けるとそこにはレイラと同じくらいの年齢の少年が立っていました。

 赤いぐるぐる巻きのマフラーにニット帽。ほっぺたをまっ赤にしてニコニコ笑っています。

「こんにちは。君がレイラ?」

 レイラはニコリともせず答えました。

「ええ、私がレイラよ」

 少年はニコニコ笑顔のまま続けます。

「ぼくはライム。君、この森のことならなんでも知ってるんだってね」

「ええ、なんでも知っているわ」

「じゃあ、ぼくをこの森の1番楽しい場所に案内してよ」

「この森の1番楽しい場所?」

 そんなところ、あったでしょうか。

 うつむき悩むレイラ。ライムはその顔をのぞき込みます。

「わからないの?」

 レイラの身体がビクリとはねます。

 わからない。

 それはレイラにとってとても怖いことでした。

 この森のことを教える。

 それがレイラのお仕事なのです。

 わからない。

 それではお仕事にならないのです。

『なんだ、そんなことも分からないのか』

 悲しい思い出。怒る大人の姿が頭をよぎります。

 わからないは悪いことなのです。

 きっとこの子も──

 おずおずとレイラはライムを見つめ返します。

 そこには怒る顔、ではなく、顔いっぱいの笑顔がありました。

 驚くレイラ。

 ライムはその両手をぎゅっとにぎります。

「わからないならいっしょに探しに行こう?」

「いっしょに?」

「うん、ぼくといっしょにこの森の1番楽しい場所を探しに行こう!」

 はじめて言われた言葉。

 レイラはパチパチとまばたきをくり返します。

 私が案内するのではなく、いっしょに探してくれるの?

 ライムはもうワクワクが止まらない様子で続けます。

「そうと決まれば冒険の準備をしなくっちゃ。外はさむいよ。あったかくしていかなきゃ。ぼくはもう準備はばんたんさ」

 ライムは背中のリュックをフリフリします。

 それは何もかも入っているようで、反対に何もかも入っていないようでもありました。

 レイラはうなずきます。

「わかったわ、準備をしてくるから少し待っていて」

 そう言って、奥の自分の部屋へと向かって行きました。


 白いニット帽にマフラーを巻いて、レイラはライムと冒険に行きます。

「どこに行ったらいいかしら」

「見て、レイラ。虹がかかっている場所があるよ。あそこに行ってみようよ」

 ライムが指さした先。森の奥に確かに虹がかかっていました。

「なんであんなところに虹が? 雨なんて降ったかしら」

「まあ、いいじゃない。選ぶなら楽しそうな方だよ」

 そう言ってライムは右側に歩き出そうとします。

「待って、ライム。あそこに行くならそっちは遠回りよ。こっちの方が近道だわ」

 レイラはその手を取って左側に案内します。

 ライムはふしぎそうな顔をします。

「何を言ってるの、レイラ。そんなの、つまらないじゃないか」

「え?」

 ライムはニッコリ笑って言います。

「冒険って遠回りするものでしょ」

 レイラはまたまばたきをくり返します。

「さあ、出発出発~!」

 ライムはウキウキと遠回りの道を歩いて行ってしまいました。


 ライムは遠回りの道を選び続けます。

 レイラが右が近道だと言ったら左を選ぶし、左が近道だと言ったら右を選ぶのです。

「もういいわ……」

「あれ、どうしたの、レイラ」

「あなたったら遠回りの道ばかり選ぶんだもの。もうあきらめたわ」

「レイラこそ、どうして近道ばかり選ぶのさ」

「だって、遠回りは悪いことなのよ。目的地には最短の道でたどり着かなきゃ」

「へんなの。大人ははやくはやくって言うけどさ。ぼくはいやだよ。寄り道ってとっても楽しいもの」

 ライムはニコニコ笑ってそんなことを言います。

 ライムはレイラが思いもしなかったことを言います。

 いいえ、ちがうのかもしれません。

 それはただレイラが忘れていただけなのかもしれません。

「この木……」

「ん?」

 レイラは立ち止まり、1本の木にふれます。

「とても木登りがしやすいの。登ってみる?」

 ライムの顔がぱーっと輝きます。

「うん、登る!」


 それから2人はたくさんの楽しいものを見つけていきます。

「ライム、この植物は5色の実がなるの。赤、青、白、黒、黄。人間が食べられるのは黒色だけよ」

 そこには同じ植物がいくつもいくつも生えていました。

 小指の先ほどの小さな実が5つきちんと並んでたくさん実っています。

「へ〜、他の色を食べたらどうなるの?」

「辛かったり、しょっぱかったり、すっぱかったり。とても食べられるものじゃないわ。青い実なんて毒なのよ」

「そっかあ。ひとつしか食べられないなんてざんねんだね」

「そうね。ライム、口を開けて」

「あ〜」

 レイラは青い実をライムの口に放り込みました。

「ん!」

 ライムはびっくりして目を大きく見開きます。

「レイラ、青は毒だって……! あれ、おいしい」

 レイラはクスクス笑います。

「本当はね、一番おいしいのは青い実なのよ。でも、あまりにおいしくて、みんな取られてしまうから。ちょっぴりおいしい黒い実を教えているの」

「な〜んだ、そう言うことか、びっくりした。この実、本当においしいね。もう1個……」

「だめ。食べるのは1日1個までよ。それ以上は行き過ぎた欲だわ。これは本来、森のものなんだから」

「レイラはきびしいなあ。でも、大切なことだよね」

 ライムは実をくれた植物をそっとなでました。

「ありがとう、とってもおいしかったよ」

 レイラもそっとなでながら「ごちそうさま」と微笑みました。



「ここにはね、鳥の巣があるのよ。4年に一度、まっ白で綺麗な鳥が巣を作るの。私、落ちた雛を助けてあげたことがあるのよ」

 見上げた木の枝にはいくつもの鳥の巣がありました。

 雪に紛れ込むようにまっ白な姿をした鳥です。

「あれ、レイラ、あの子は?」

「あら?」

 一羽の白い鳥がレイラに向かって飛んできます。

 レイラはそっと右手を伸ばします。

 鳥はその手に乗るとチチチと鳴きながらレイラの手に頭をすりつけました。

「あなた……」

 レイラは木の上を見ました。

 そこには雛が元気に鳴く巣がありました。

「そう、あなた、お母さんになったのね」

 レイラはうれしそうに目を細めました。



「わあ、ここ、落ち葉がいっぱいあるね」

「ここはお日さまがよく入るから雪が積もりにくいの。あら、ライム、なにをあつめているの?」

「なにって落ち葉だよ」

 ライムは腕いっぱいにあつめていました。

「あつめて何をするの?」

「え〜、決まってるじゃないか。レイラこそ、それをあつめて何をするの?」

 レイラの手にも腕いっぱいの落ち葉がありました。

「そんなの決まってるじゃない」

 2人は顔をあわせてニッカリ笑います。

 たくさんあつめてあつめて──

『せーの!』

 声を合わせて飛び込みます。

 ふっかふっかの落ち葉のベッドは2人をしっかり受け止めてくれました。

『あははははは!』

 落ち葉まみれになってレイラとライムは大きな声で笑いました。

「あ〜、楽しい。レイラったらわからないなんて言ってたけど、楽しいところいっぱい知ってるんじゃないか」

「仕方ないじゃない。こんなに遊んだのひさしぶりなんだから。そもそもライムはどうしてそんなにこの森の楽しいところを知りたいの?」

「ん? あのね、ぼく、この前、この近くの村に引っ越してきたんだ。そしたら、とってもすてきな森があるじゃないか。ぼく、この森のことをもっともっと知りたくなったんだ。思った通り。ここは本当にすてきなところだね」

 レイラの中にその言葉がすっと染み込んできます。

 レイラは空を見上げて目をつぶります。

 木々の間から差し込むポカポカとしたお日さま。

 この森のことを思います。

 豊かなところも貧しいところも。あったかいところも厳しいところも。

「ええ、そうね、本当にすてきなところよ」

 心からその言葉がこぼれてきました。



 たくさん遊んで疲れた2人は少し休むことにしました。

 大きな切り株に腰掛けて、ライムはリュックから水筒とコップを出します。

「ぼくのお母さんが作ったスープだよ。とってもおいしいからどうぞ」

 そう言ってコップに注いだスープをレイラに渡してくれました。

「ありがとう」

 レイラは受け取ってこくりと飲みます。

「おいしい……」

 レイラの口からほっと息がもれます。

「それにしても大きな切り株だね」

「そうよ、大きくて、でも、おじいさんの木だったの」

「おじいさんの木?」

 レイラはそっと切り株をなでます。

「去年の夏、お母さんとお父さんがここで亡くなったの」

 ライムは小さく言葉をのみました。

 レイラは思い出すように続けます。

「嵐の日だったわ。朝、森の様子を見てくるって2人は私を置いて出て行ってしまったの」

『危ないからレイラはここで待っていてね』

 そう言ってレイラの頭をなでて2人は出て行ってしまいました。

 それから嵐が過ぎ去っても、夜になってもお母さんとお父さんは帰ってきませんでした。

 村の人々の話では倒れた大きな木の下でお互いを守るように抱き合って亡くなっていたと言います。その日からレイラはひとりぼっちになってしまいました。

「でも、私、平気なの。お母さんとお父さんからこの森で生きていく方法は全て教わっていたから。2人がいなくなってもなにもこまらないの」

 レイラは誇らしげに胸を張ります。

 ライムはじっとその姿を見つめて言いました。

「そうかなあ……」

「え?」

 聞き返すレイラにライムは続けます。

「自分で出来ても、いないことはさびしいでしょ。ぼくはお父さんを亡くしたけれど、やっぱりさびしいよ。おしゃべりしたいし、ふれたいと思うよ。それってちっともおかしいことじゃないとぼくは思うけど」

 ニコニコ笑顔ではなく、真剣な顔でライムはそう言いました。

 レイラの瞳は揺れていました。

 でも、動揺を悟られないようにふるふると頭を振りました。

「私、そんなに子どもじゃないわ。休憩はおしまい。もう行きましょ」

 ライムにコップを返してレイラは先に行ってしまいます。

「子どもじゃないって……。ぼくたち、まだ子どもじゃないか」

 ライムは納得できない様子で、その後を着いていきました。



 遠回りして遠回りして。

 2人は虹の下にやってきました。

「たぶん、ここだと思うんだけど……。こんなところに何かあったかしら」

 レイラとライムはキョロキョロと周りを見ます。

「あ! 見て、レイラ!」

 ライムが指差した先、そこには木が身を寄せ合って出来たトンネルがありました。

「冒険の終わりになんてふさわしい場所なんだろう! ここに行かなきゃどこに行くって言うの。行こう、レイラ!」

 キラキラな目をしながらのばすライムの手。

 レイラはその手をつかみました。

 2人でトンネルの中を駆けて行きます。

 開けた景色。

 2人は息をのみました。

 一面の青い花畑。

 雪を被りながらもそれは凜と美しく咲いていました。

「すごい、すごいよ、レイラ!」

 興奮しながらレイラを見るライム。

「レイラ?」

 その表情が曇ります。

 レイラの瞳からポロポロと涙がこぼれていたからです。

「どうしたの、レイラ」

 ライムはやさしくたずねます。

 レイラは言います。

「私、この場所を知っているわ」

「え?」

「ちゃんと教えてくれていたの」

 レイラ。

 頭の中によみがえってきます。

 レイラ、覚えていてね。

 それは彼女を想うお母さんとお父さんの声でした。



 レイラが6歳のころでした。

 ニコニコしている2人の間で手を握ってレイラは森を歩いていました。

「お母さん、お父さん、どこにいくの?」

「ん? とってもいいところよ」

 お母さんが答えます。

「たべものがあるところ?」

「たべものはないかな」

「わかった。まきをひろいにいくのね」

「ん~、それもないなあ」

 今度はお父さんが答えます。

「じゃあ、なにがあるの?」

 ふしぎそうにたずねるレイラに2人は口の前に人差し指をあてました。

『ないしょだよ』

 レイラは首をかしげました。

 その表情はとても楽しそうでした。


 お母さんとお父さんは遠回りの道ばかり選びました。

 5色の実のなる植物たち。

 青い実を3人でひとつづつ口に入れて「ごちそうさま」を言いました。

 白い鳥たちの巣。

 レイラは下に落ちてしまった雛を見つけて助けてあげました。

 お母さんとお父さんはたくさんほめてくれました。

 落ち葉がいっぱいある場所。

 みんなでたくさん落ち葉を集めて「せーの」で飛び込みました。

 大きな木の下で一休み。

 そして、木のトンネルがあるところまで連れて行ってくれたのです。

「お母さん、お父さん、今日は楽しい道ばかりえらぶのね」

 レイラがそう言うと2人はクスクス笑っていました。

「そうじゃないと辿り着けない場所もあるのよ」

「そうだぞ、レイラ。ほら、最後はここだよ。みんなで通り抜けよう」

 3人で並んで手を繋いで通り抜けます。

「わ〜!」

 開けた景色。一面の青の花畑にレイラは目を輝かせます。

「お母さん、お父さん、きれい!」

 はしゃぎながら花の間をくるくるまわるレイラ。

 2人はうれしそうに笑ってその姿を見ていました。

 お母さんは言いました。

「レイラ、覚えていてね。レイラの瞳とおんなじ色よ。お父さん、お母さんともおんなじ色。もし、私たちがいなくなっても、きっとこの花はここにあるわ。この色はここにあるわ」

 お父さんがレイラの頭をくしゃくしゃになでます。

「レイラ、俺たちの色はここにあるからね」

 レイラはその言葉の意味がよくわかっていませんでした。

 でも、2人からの贈りものとしてレイラの中にちゃんと残っていたのです。

「お母さん、お父さん……」

 この場所に生きるために必要なものは何もありませんでした。

 でも、美しく温かいものがありました。

 それはレイラにとってとても大切なものだったのです。

 おんなじ色の花にレイラの涙が落ちていきます。

 それは2人がいなくなってから、レイラが初めて流した涙でもありました。


 ライムはレイラが泣き止むまでだまってそばにいてくれました。

 レイラは赤くなった目をこすりながらライムに言いました。

「ライム、私、ちょっぴりいじわるなの。たとえお仕事でも、この場所をだれにも教えたくないと思ってしまうの」

 ライムは否定するように横に首を振りました。

「いじわるなんかじゃないよ。だれでも自分だけの「ないしょ」にしたいものはあるものだよ」

「そう、そうなのね、それでいいのね」

 うれしそうに微笑むレイラ。ライムは「あ!」と何かに気付いたように声を出しました。

 ライムはあわてて言います。

「どうしよう、ぼくはこの場所を知ってしまった。レイラだけのものにしたいなら、忘れた方がいいのかな?」

 レイラはきょとんとしました。それから、おかしそうに笑いました。

「なにを言っているの、ライム。私はあなたといっしょに「ないしょ」にしたいのよ」

 今度はライムがきょとんとしました。それから、うれしそうに微笑みました。

「そっか、ありがとう、レイラ」



 あなたはレイラを知っていますか?

 飴色のソバージュにそばかす。綺麗な青い目をした10歳の女の子です。

 あの森の入り口、あの丸太小屋にレイラは1人で住んでいます。

 とても働きものでがんばり屋で笑顔のかわいらしい女の子です。

 もし、森のことで知りたいことがあるのなら、どうぞ、レイラにお尋ねください。

 おいしい果物のなる場所も、おいしいキノコが生える場所も、透き通る水が湧く場所も。

 彼女は何でも知っています。

 少しの報酬と引き換えに教えてくれますよ。

 それが彼女のお仕事なのです。

 あ、でも、今は少しお待ち下さい。

 どうやら、彼女は出掛けているようです。

 え? どこに行ったのかって?

 それは「ないしょ」です。

 誰だって自分だけの「ないしょ」にしたいものはあるもの、ですよね?

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― 新着の感想 ―
自分1人しか知らない秘密と、大切な誰かと自分しか知らない秘密。 多分どちらもそれぞれに意味があって大切なものなのだろうなぁって思ったりします╰(*´︶`*)╯♡
2025/02/04 18:50 退会済み
管理
森のことを教えるのが仕事のレイラ。でも、ライムとの冒険を通じて、森に対して仕事や効率ではなく、子どもらしい楽しさを思い出したことに、温かいものを感じました。 レイラの両親は、大切なものを教えていたので…
少し背伸びをして暮らさなければならなかったレイラちゃんが、寄り道という冒険を通じて元の自分を思い出せたんですね。良かった……良かった……! 連れ出してくれたライム君の明るさが眩しかったです。 綺麗な…
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