オーレリウス・ベルベッドという敗残兵⑨
轟く雷は、決着を示すかのように高らかに雷鳴を轟かせていたかに思えた。
しかし閃光の奥より、何かが自身の体を打ち据え、吹き飛ばす。
衝撃が、オーレリウスを襲う。
それは、岩。
大イノシシの躰より出た、岩である。
招雷の衝撃が迫る中で、大イノシシは自らの表面を覆っていた岩石を爆発反応装甲のように炸裂させ、衝撃と威力を相殺しようとしたのだ。その際飛散した岩石は、散弾のようにオーレリウスを襲う。
地面へ叩きつけられつつも、即座に体勢を整え巻き散る煙を見やるオーレリウス。
「流石に、コレ一発じゃぁねぇ」
そうぼやきながら、それを見る。
煙が晴れていく中で、それが形を成す。
岩石の肌の奥で、黒い表皮と脈動する赤い血管が浮かび出た異形の姿をした大イノシシが、そこに立っていた。
「なかなか、イケメンじゃねぇか」
軽口をたたくオーレリウスであったが、即座に左腕の違和感を感じる。
左腕を染めた黒がじわじわと肩より肩甲骨、背部並びに胸部まで侵食が開始している。
身体の奥で、体が左腕に作り替えられていく感覚。
「異化の進行が早いな。開幕から景気よくかっ飛ばしすぎたか」
左腕の一部が衣服を突き破り、衣服の奥から赤々と脈動する血管がまとわりつく黒々とした棘のように隆起した甲殻が現れる。肉が肉を作り替える痛みは今はわずかだが、きつくなってくるのはこれからだ。
契約者の魔法は、契約した対象と結びついている。契約した対象より自らの躰へと彼らが体内に保持している「マナ」を引き出す過程で、その体はどんどん契約した対象へ引っ張られていくのだ。
最終的には、身体が絶えられなくなって崩壊するか怪物となって自我を崩壊させるかの2択。
それまでに、決着を付ける必要がある。ギリギリでも人間として踏ん張ることさえできれば、人としての活路は残されている。
オーレリウスは岩石の鎧がはがされた大イノシシを見やる。その黒さは、今まさに自らを侵す「力」の本質が同じであるかのように、黒く、そして赤々と血管が脈動している。
今度は、大イノシシの方から動き出した。
子分ともいえるイノシシたちが次々と土中より姿を現す。それらは眼前の親分と同じく岩の鎧を身に纏い、オーレリウスへ脚を鳴らしている。
迫りくる子分たちの突進に合わせ、宙へ舞い周囲の木を蹴る。そのまま宙を舞うように
イノシシたちを撹乱していく。
途中、周囲より突出する土の柱を躱す。大イノシシの使用する土魔法である。
それらの間隙を縫うように、鎧を纏う子イノシシの一匹を左腕で殴りつける。
岩と剛腕がぶつかる音は、まるで城門へ炸裂された大砲の一撃のような轟音を響かせ、イノシシを吹き飛ばすものの、ダメージが先ほどより通りが悪い。物理攻撃では分が悪い。
ならばと、オーレリウスはダンダリアンを抜く。
-招風:付呪-
ダンダリアンに刻まれた彫刻が爽やかな緑色に光を発する。
指定した器物へ特定の属性を付与させる竜魔法第一階位派生型であるがそれでもあの鎧をいなすことは難しいだろう。
であれば、どうするか。
オーレリウスは周囲より迫る土柱を跳んで避け、イノシシの内一匹に狙いを定める。イノシシが突進を開始する。衝突までの数瞬でオーレリウスは左へ吹き飛ばされるように移動した。
-疾風-
ダンダリアンを、左手で構える。
宙を舞い、頭が地面を向いている格好でオーレリウスはその狙いを定める。
引き金を絞る。
火薬の炸裂音はレイジ・オブ・ハートとは異なる、迫る魔獣ではなく吼え猛る狂獣の声に似ている。
僅かに風を纏った弾丸は、イノシシの瞳を貫き、そのままの周囲の肉を引きちぎり対象を絶命させる。
横っ飛びの状態のまま脇に迫る木を再び蹴り、大イノシシへ迫る。
右に構えたレイジ・オブ・ハートが狙いのは、招雷によって剥がされた岩の鎧のない場所。
ワスプ・バイト弾によってそのまま肉を食い散らかせば死合終了である。
付与:腕によって変異を起こしていない右手一本でも十分に取り廻すことができる。
オーレリウスは大イノシシの横を駆け抜けるような格好で、レイジ・オブ・ハートの引き金を絞る。
腹に響くような鈍い音が左耳を襲う中、白煙と共に12ケージワスプ・バイト弾が大イノシシの肉そのものを貪らんと食い込む。
背後に着地したオーレリウスは衝撃の反動で、2,3度宙がえりをする格好で地面に着地する。
だがその時、再び腹に鈍い音が響く。
地面より現れた土柱が、オーレリウスのわき腹を抉り抜いたのだ。
振り返る大イノシシ
その黒い皮膚の表面を舞い踊るように回転している球体が、まるで皿の上で回る独楽のようにそこから動いていない。
みれば大イノシシは器用にもワスプ・バイト弾がぶつかった場所にのみ凹状の岩を生み出し、ワスプ・バイト弾が貫通できないようにしていたのだ。
だが、大イノシシもまた警戒を解いてはいない。
腹を抉られたはずのオーレリウスは、そこに崩れ落ちる。
しかし、その傷は既に止血が完了しておりまるで逆再生でもしているかのように徐々に血肉が再構築されているのだ。
-治癒加速-
自らの体の中に保管しているマナを動員し、外傷的要因を加速度的に治癒できる竜魔法第一階位に属するものだが、逆を言えばその分攻撃へのリソースを消費してしまうことを意味する。
「う…ゴホッ」
僅かにむせ込んだのち、黒々とした粘液をプッと吐き捨てるオーレリウス。
赫四眼の髑髏面の裏では、既に顔の半分以上が黒々とした皮膚に変わり、赤々とした血管が、火傷跡と交わり始めている。
EW-SC「レイジ・オブ・ハート」:迎撃形態/残弾3
EW-SC「レイジ・オブ・ハート」:狙撃形態/残弾1
EW-SC「ダンダリアン」 :残弾1
右下の数字は、淡々と現状使えるオーレリウスの手札を示している。
それでも、オーレリウスは立ち上がりフォアエンドを引く。
排莢された薬莢が地面に軽い音を立てて落下する。
予想以上の手練れである。流石はヒュンドラの蝙蝠の配下やってたことだけはあるだろう。
「やれやれ、厄介ってレベルじゃねぇな」
そう愚痴をこぼすも誰が聞くわけでもなく周囲に霧散する。
戦って分かったことは、あの大イノシシは土属性の魔法を卓越した技術で使用できるということ、その影響で物理攻撃はほぼ効果がない。恐らく風属性もあれを何とかしない限り効果は薄い。
一番の方法は―――。
そう思案したときのことだ。宙に逆巻く風が、相棒の到着をオーレリウスへ伝えた。
「おせぇよ、ダボが。死んだらどうする」
宙より放たれる無数の不可視の一撃が周囲のイノシシもろとも大イノシシを襲う。
「その時は地獄でお前のケツを噛み千切ってやるから安心しろ。そもそもこんな程度じゃ殺しても死なないくせに良く言うぜ」
オーレリウスの背後へ着地した黒い甲殻を持つ飛竜が浮ついた軽口を相棒に叩く。
突如とした上位飛竜の襲撃は、イノシシたちを地面に戻らせてしまう結果となった。
だが、今はこの時間がありがたい。
「…お客さんか?」そう問うオーレリウスに。
「乗客のエスコートは、機長のお役目では?」
とストルムの上でミュレが口を開く。
「本日はお日柄もよく、最高の殺し合い日和ってか?空挺便やってんじゃねぇんだぞこっちは」
ミュレは自分でストルムより降りたち「機長の挨拶としては殺伐としているわね。満場一致の0点を上げましょう」
と杖を構える。
オーレリウスは、ため息をついた。
その杖を握る手が、かすかに震えているのを見逃すほど死線はくぐり抜いてはいない。
ミュレに声をかける
「お前、これが『初めて』か?」
そうオーレリウスに尋ねられたミュレは、威勢だけは変わらないものの
「だから?」と肯定して見せた。
ミュレは続ける。
「飛竜兵として、いつかは避けて通れない。私にとってはそれがこの仕事だったってだけよ。それとも、足手纏いとでも言いたいの?」
オーレリウスは「そうだ」と答える。
「なに、を…ッ!」
激昂するミュレを突き飛ばすオーレリウス。
その足元から突進してきた子イノシシを左腕の一撃で吹き飛ばす。
「まずは、自分の戦い方を思い出せ。雌鶏」
オーレリウスはミュレを冷たくあしらうと、ストルムにハンドサインで合図を送る。
人差し指を伸ばし、2回手を回す。
その合図を受け取ったストルムは四つ足で踏ん張り大地を蹴る。そしてそのまま上空へと飛翔を開始する。
ミュレは自分を見る赤い4つ目髑髏を見返すように、杖を構えなおす。
-演算調律-
ミュレの周囲に、薄いマナの膜が展開する。本人の自己主張の通り周囲15m範囲内は間違いなくカバーされている。
それを見たオーレリウスは、ミュレに問う。
「お前んとこの学校では、ああいうものと戦う際ってのはどういう風に教わるんだ?」
教官気取りでもしているのか?とミュレは内心の怒りを隠せなかったが
-自分の戦い方を思い出せ-
そう言われたことを思い出した。
「…なぁに?まさか。私を落ち着かせようとでもしているのかしら」
思わずミュレに笑みがこぼれる。
「で?どうなんだ」
「…」僅かにミュレは授業を想起し、言葉を紡ぐ。
「禍つ獣は『根源3元素』のうち『混沌』に属し、四則魔法などによる従来の方法での撃破は困難とされている。但し、自らが行使できる魔法に準じた『循環4元素』に基づく属性を必ず保持しているため、属性の循環作用を用いた対象の崩壊を誘発させる戦術構築が基本戦術となる…」
まるで自分に思い出させるかのように説明を続けるミュレは一つ、口を開くたびに。
一言、言葉を発するたびに自分の中で何かがすとんと落としこまれていくのが分かった。
オーレリウスは、左腕を何度か握ったり話したりを繰り返しミュレに尋ねる。
「自分の戦い方を思い出してきたか?」
ミュレは頷く。
「30秒…それだけでいい。その間だけアイツをこの領域の外に出さないようにしてくれれば…」
そう口を開いたミュレを、オーレリウスは無言で頷いた。
「30秒だな」
いうが早いか、オーレリウスは再び大地を突き破り能われた大イノシシめがけ迫る。
既にワスプ・バイト弾はそこにはなく、再び全身を岩の鎧で覆っている。
オーレリウスは大イノシシに向かって、上向きにした左手で手招きするように指を手前に動かす。人を挑発するようなそのしぐさで。
大イノシシはオーレリウスへと突進する。その瞬間、領域の中へとするりと侵入した。
岩の鎧がいくつも隆起し、無数の棘の筵のようになりながらオーレリウスへと迫る。
左へ跳んだオーレリウスは大イノシシの牙を掴み反動のまま眼前まで身体を動かすと、その瞳に向かってレイジ・オブ・ハートを発射する。
いくら防御を固めようと、有効打ではないにせよ肉を食いちぎらんと迫り続ける呪装弾にひるみ動きが鈍る。
フォアエンドを引きながら後ろへと回り込むオーレリウス。
それを地面より迫る子イノシシたちをぶつけることで回避する大イノシシ。
その左目では呪い尽きるまで眼前を回り続ける球体の羽虫たちがせわしなく追い立て続ける。
ミュレは、意識を集中させる。
循環4元素とは、「火」「風」「土」「水」の4つの属性を指し、この大地における自然循環を示したものである。
即ち、
火は風を喰らい燃え盛る「消滅、破壊」を示し
風は土へ植物を植え、その種を運ぶ「移動、発散」を示す。
土は水を押しとどめ、安定させるため「固定、収束」を示し
水は火を弱らせ、落ち着かせる。「変形、成形」を示す。
ミュレの眼前に広がる青白い燐光文字はイノシシの様々な性質や形態を次々と露にしていく。
領域魔法にあって解離にないものは、まさしくこれが一番大きい。
生物の本質を知ることができるのが解離であるのならば
生物の性質を知ることができるのが領域魔法なのだ。
このうち、あの大イノシシは見ての通り土属性を保持している。
つまり風属性の循環には抵抗力がない。しかしながらそもそも強固すぎる土属性と相対する場合、単純に風の刃をあてたところでダメージとしては難しいだろう。
では、どうするか…
ミュレは、周囲の水をかき集めた。
大地に染み込んでいるもの
空気中に溶け込んでいるもの
領域内にある水をかき集めていく。
その刹那、右側より迫りくる子イノシシ。
大地を突き破り、ミュレへと迫る。
ミュレは思わず身をかがめ防御の姿勢をとるが
「臆するな!」
という檄が飛ぶ。
見ればその左手に握られた巨大な拳銃、ダンダリアンがこちらへ銃口を向け構えられている。
50口径の獣がミュレを襲うイノシシを撃ち貫く。
その瞬間、ミュレは杖を高らかに掲げる
-水氷旋律:射出-
ミュレの周囲に浮かんでいた水弾が大イノシシを直撃する。
ダメージ自体はほとんどないものの、その岩の鎧を見る見るうちに濡らしていく。
ミュレは杖を素早く振りなおす。周辺の木の実がミュレの元へと集まり
-転調、疾風旋律:射出-
風を纏わせた木の実を濡らした岩の鎧へと次々打ち込んでいく。
鎧へ深々と打ち込まれた木の実
最初こそ何をされたのか理解できない様子であった大イノシシが、ミュレへと狙いを変え始めたころ
「30秒」
ミュレがそう口にする。
刹那、大イノシシがその場に崩れる。
みれば岩の鎧から次々と植物の芽が生え、樹木を形成し始めていったのだ。
強固な岩の鎧、土属性を崩壊させるためにはあえて水の力を借りる必要がある。
それ自体は土属性に吸収されるものの、水属性が持つ「変形、成形」の力によりその強度にほころびを作り、そこに風属性の力を与えた植物を打ち込んだのだ。
植物は、土と水、そして日光の力で成長する。
ミュレは30秒であの岩の鎧を湿潤な土壌へと変化させたのだ。
その結果、循環4元素に基づき植物、風属性の力により土属性へ影響を及ぼした。
今や大イノシシに取って岩の鎧は、身を護るものではなく
自らを養分として吸い上げる寄生蟲へと変化を遂げていたのだ。
「でも、やっぱり…」それでも、イノシシは倒しきれない。
崩壊する岩の鎧の奥で水にぬれ、植物の根にまみれた大イノシシが姿を現す。
その時だ
その時をずっと待っていた。
大イノシシの岩の鎧が崩壊するその時を
奴を仕留めるその瞬間を。
月下のもとに、現れるは赫四眼の髑髏を持つ男。
その背後より跳び迫る漆黒の飛竜。
オーレリウスはストルムの背へと飛び乗り、宙を飛ぶ。
月夜をかき消すほどの、雷鳴が迸る。
⦅オーレリウス!息を合わせろ⦆
(もうやってる!)
お互いの「マナ」を研ぎ澄ませていく。
ストルムの背後に展開された魔法陣が、黄金の閃光に包まれる。
「「同調!」」
マナが混ざる。
2つに分たれていたそれが
隔絶されていたそれが、一つに交わる。
そして放たれるは、粛清の雷撃。
生まれてしまったという罪を裁く、赦しの雷撃。
-断罪-
ストルムがそれを放つ。
空を切る雷槍が、植物にまみれた大イノシシを焼き貫いていく。
そして最後に残ったのは巨大なクレーターの中央で、動かなくなった大イノシシ
それを空より見やるオーレリウスは、静かに祈りを捧げていた。




