乾期は歓喜の季節㊲
鮮明に嘶くサイレンを聞いたスクールとヴァルキュリアズは、それが今まさに戦場で鳴り響いているのを確認した。
計器の動作確認なぞ待っていられない。上級生の指示にて周囲へ広域展開型の領域魔法が作動する。
その内に記された状況と、監督生の悲痛な声とともにマリエルがその状況を飲み込む。
工場より発生される強大な熱源が3つ。
うち二つは契約者を示している。つまり二つでひとつだ。
では残りは?
その片方が、帝国が誇る母蜘蛛―重機動型兵器であることを確認するのはもう少し、後になってからである。
マリエルがスクールの生徒を纏め、ミュドランダ、テレズレム両軍との通信に手状況の確認を急ぐよう指示を送る。
ヴァルキュリアズのメンバーが頭を抱えながらも、戦闘の準備を進めていく。
スクールに属する飛竜兵たちはたとえ少女であっても一人の兵士としてこの世界では扱われる。それであっても、子供を率先して戦場に送るなどというこの世界の狂気に真っ向から異を唱えるのは、まさに自分たちもかつてそうであったからであろうか。
ミュレ・アンダーソンの行方が最終点呼以降分からない。
あのはみ出し者が何かしたのだろうか。ともすれば国際問題になりかねない暴挙に出たのか。
それとも、何かトラブルに巻き込まれたののだろうか。
何はともあれ、マリエルにはある確信があった。
今あの工場に、彼女がいる。それだけは確かなのだと。
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それは、魔法刻印である。
ダガーの茎に彫りこまれていたこの魔法刻印こそ、偏マナクリスタルが持つある特性を回避するために用いられていたものだ。
魔法刻印とは、粉末状にした偏マナクリスタルを彫刻などの形として彫りこむことである特定の効果を発生される魔法技術の総称である。
この際、偏マナクリスタルにはある特性により粉砕において非常に危険が伴う。
それは周囲の環境、自身の形質変化に対する脆弱性。ともいえるだろうか。
偏マナクリスタルは、それ自体がマナクリスタル内部へ長い時間をかけて特定の属性エネルギーを内包し続けた結果誕生する物質である。この時内包されたエネルギーは外部からの衝撃に対し非常にもろく、偏火マナクリスタルを落としただけで大火事を誘発するなぞの事故事例はこれまで何度も発生している。
そのため、粉砕前にまずマナクリスタル自体に魔法刻印を施すのだ。自身の安定化と形質変化への耐性を高めておくことで粉末状にしたとしてもエネルギーの発揮を防げる。というものだ。
また、偏闇マナクリスタルに限って言えばこれ自体が周囲へ瘴気と呼ばれる虚無との類似物質を散布し続ける特異性を持つため、それを抑え込む意味もあるのだろう。
ミュレは、このダガーが瘴気を発生させていないことに気が付いた。当然、その方法として用いられるものは魔法刻印である。
その読みは大当たりだ。
まず一つ、それは魔法刻印であること。
そしてもう一つ。
それはミュレにとってオーレリウス以外では見たことがない文字であるということ。
オーレリウスと、偏闇マナクリスタルの刀身を持つダガー。
その二つを結ぶものがこの魔法刻印なのだ。
この魔法刻印は、南方勢力であるアースラズの所持品であることから南方における一台魔法技術の勢力である「導霊国」をルーツに持つ魔法刻印である。
彼らの魔法は、帝国が使用した魔法と同等と呼ばれるほど古来の魔法技術を使用する。ミュレが知らないのは導霊国が徹底した鎖国体制を敷いており、それにより技術や魔法をはじめとしたあらゆるモノがメルカッタへほとんど流出してこなかった。
だが、これがヒントだ。
古来の、魔法刻印技術。
昔にあって、今にないもの。
ミュレはそれを考える。
無意識にその場に屈み、手帳とペンを持つ。
手帳の隅が血を吸い、赤く滲んでいくがそれを気にしている場合ではない。
これまでマリエルとのやり取りの中で精霊召喚に対する不足は見つけた。
理論上は必要ないとされた、「誕生要因」と「加速要因」となる雷の属性。
雷の属性は、自然現象を除けばそれ扱える種族は、竜と烈魔しかいない。
…自然現象?
ミュレは、即座にその場から小さな瓦礫を一つ手に取り工場の床に白く文字を描き込んでいく。
物体同士をこすり合わせるがりがりという摩擦音とともに、論理数式が描かれていく。
雷の発生方法は、メルカッタでは2つの方法が確認されている。
竜、烈魔による「マナを使用した魔法による発揮」
もう一つは、「天候条件の合致により生まれる自然現象」である。
雷を生み出す条件というものは、天候に関して言えば早い話が「摩擦」。
物質同士が何らかの要因を持って擦りあわされることで電気エネルギーの移動が促される。
それが空気中、もっと言えば上空に上った水蒸気が冷やされた際に発生する雲の中で、氷の粒同士がぶつかることでこの移動が促され、それが最大化した結果雷が発生するのだ。
烈魔などは自身の周囲に嵐を引き起こす結果として、雷を生み出しそれを操るともいわれている。
つまり…そぅ。
きっとトーマスは、こうなるからこの魔法刻印を敢えて四則魔法の中に取り入れなかったのだ。
これだけでは、人一人が扱えるマナの総量を優に超える。
小規模の砲塔レベルが必要になってしまう。
だが、それは四則魔法が持ち魔法刻印が持たないもの。
―拡張性の有無―
これを最大限発揮するため敢えて採用を見送ったと見るほうが、ミュレにとってはなお理解できるものであった。
オーレリウスたちが用いる竜魔法は、その効果を単純化させた効果。例えば風を生み出す魔法ではそれを周囲に発生させ、相手を吹き飛ばす。などのほか様々な運用を用いる。
だが、風そのものを生み出すだけである場合、オーレリウスは指パッチンだけで魔法の発揮を行える。もっと言えば、より簡素な魔法であれば動作すら不要としている。
つまり、こういう仮説が成り立つ。
竜魔法が用いる魔法は、魔法刻印同様魔法を特定の効果を引き起こすようにあらかじめプログラミングされている。つまり、魔法効果のパッケージ化だ。
これの最大のメリットは、発動にかかる動作を最大限簡略化させることができる。というものだ。オーレリウスがこれまで発動してきた魔法を鑑みるに、複雑な動作を持つ魔法に関しては魔法刻印を一部解体し、それぞれを繋ぐ拡張性を持たせることで魔法における論理数式を「再定義化」させることで発揮している。あの溶岩の槍もそうやって生み出したものなのであろう。
このとき、飛竜兵としてみればカプセル何本分か想像もできないほどのマナの消費が発生するが、契約者自身が持つ膨大なマナの容量をもって力業で解決している可能性が高い。
一方、ミュレ達が用いる四則魔法をはじめ「杖」を用いる魔法ではより簡略化された燐光文字が採用されているが、実はそれぞれの文字にはあらかじめ拡張性。燐光文字同士をつなぐ接続数式を生み出すようあらかじめ考案されている。
これにより、竜魔法に比べ圧倒的な柔軟性を誇る一方で「杖を振るい、マナ粒子を操作する」という工程が発生してしまった。
それでもなお、一般人でも魔法の行使を可能とするのならばその恩恵は計り知れない。
改めて、トーマスという天才の御業をミュレが窺い知ることとなった。
同時に、魔法のパッケージ化という要素を排することとなったのだ。その工程自体があらかじめ拡張性を持たせるという四則魔法の根底論理と相いれなかったからであろう。
だが、精霊召喚に関して言えばその限りではない。
「誕生」「加速」「生存」
この3つの要素を一つにパッケージする事であるメリットが生まれる。
それぞれの発生に関するエネルギーを、それぞれの要素へと転化可能という点だ。
サラマンドラで例えるのならば
誕生には、火
加速には、雷
生存には、火
四則魔法で誕生を加速することができない。という点は置いておいても火という条件をそれぞれ連立した燐光文字で行う場合、接続数式に消費されるマナの分だけ、僅かづずつではあるが「ロス」が生まれ、また接続したとはいえ単独ごとの数式である以上特に生存には大きくエネルギーを配分する必要がある。
結果として、誕生に回すだけのエネルギーを確保するために召喚者側へ要求されるマナの総量が大きくなってしまうのだ。
だが、パッケージ化をすることで、これらは「一つの魔法」として行使が可能となる。
誕生と加速によって生み出されたエネルギーを、そのまま生存にあてがうことができるのだ。
後は、加速要因。雷を生み出すことである。
ここまで練り上げることができたミュレにとって、もはやこれはヘメリックの問題よりも簡単だ。
四則循環の法則。
四則は、自然界においてそれぞれがバランスを保つように循環しあうという法則だ。
これのバランスを操作する。
それにより、雷を生み出す。
ミュレは、取り掛かる。
燐光文字の中に、世界を作り上げる。
それを、閉じ込める。世界を一つにしてやる。
火、ないし熱が風を生み出す。それは気流となって世界を流れる。
その流れに水を凍らせた粒を投げ入れることで相互に摩擦を生み出す。
それを大地でくるみ、外に漏れ出ないようにする。これは卵の殻の役割も果たす。
最後に火が生んだその風を、火が喰らうことで自らを燃やす糧としていく。
大地の殻の中で弾かれ続ける氷と風。それが電力を生み出し、全ての属性を加速させる。
この魔法刻印にはこれ以外の機能はない。
精霊を生み出すための卵となる以外の、拡張性はない。
へその緒、とも呼べる拡張性のみを残すだけとなった。
ミュレがそれに気が付いたときには、柄の外れたダガーを手に駆けだす。
その様子を見ていたグドレ姉妹は、ヨルへと命じる。
命令のままに、ヨルもまたミュレのもとへと駆け出していった。
再度起き上がった母蜘蛛の全身から、無数の球体が展開される。
それは様々な色を持ち、さながらカラーボールのごとき様相であった。
だが、アルハンブラとオーレリウスはその正体に気が付いていた。
故に、即座に回避行動をとる。
エレメント・ボール。
それ自体が魔法を射出する燐光文字を持つ小型ドローン兵器。
直後、アルハンブラを中心に周囲にいた対象もろともに迫る様々な属性のレーザーが放たれる。
焼かれ、凍らされ、貫かれ、切り刻まれていく。
オーレリウスもその一撃を防ぎきれず、弾き飛ばされる。
血に濡れた左腕が漆黒に染まり、竜の甲殻が隆起していく。
頭の中をなり響く頭痛に耐えながら、レイジ・オブ・ハートを構える。
迫り来る灼熱のレーザーを右に避け、その体勢のまま隣に浮遊している青色のエレメント・ボールへ狙いを定める。
レイジ・オブ・ハートより放たれた7.62×55mmMCLBによる雷撃がエレメント・ボール内の属性エネルギーを加速させ、自壊へと導く。
本来のそれとは違う使用用途ではあるが、ああいう手合いになら破壊目的として十分機能する。
ボルトを展開、排莢を完了させ再度薬室を閉じながら、周囲へ迫り来る小蜘蛛たちを一瞥すると、その奥からやってくる飛竜兵の少女を確認する。
ダガーを持ち、ヨルに護衛されるようにオーレリウスのもとへと駆けてくる。
オーレリウスは銃口をそちらに構え、引き金を絞る。
放たれた一撃は彼女たちの背後を取っていた炎を纏うエレメント・ボールへと食らいつく。
「アルハンブラ!」
その声に反応したアルハンブラがアースラズと入れ替わる様に小蜘蛛へと迫り、次々と破壊していく。
彼の五体が機銃掃射に晒されてなお、暴力の暴風と化した破壊行為を押させるには小蜘蛛では火力が不足している。
オーレリウスがミュレの手を引くと、その場から飛翔する。申し合わせていたかのように到来するストルムの背に二人で乗り込むと、オーレリウスは追跡するエレメント・ボールに対しレイジ・オブ・ハートの一撃で沈黙させる。
「何しに来やがった、雌鶏女」
そう野次を飛ばすオーレリウスの顔面にメモ帳を叩きつけるミュレ。
記されている燐光文字、それはオーレリウスが知りえぬ全く未知のものであった。
だが、オーレリウスは確信する。
ミュレの思索。その果てに生まれるであろう一発大逆転の可能性を。
メモを手に取り、左手はすでにその燐光文字を描き始めていた。
「ミュレ」
オーレリウスは、ミュレへと言葉を掛ける。
「…よく、考えたな」
感服と、労わりを含んだ、やさしい声色であった。




