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乾期は歓喜の季節㊱

 レイジ・オブ・ハートの咆哮が響く。

 放たれたスラッグ・ボム弾はスパイダーの装甲へと食い込むと、そのまま起爆する。

 足を失い、もがく小蜘蛛をオーレリウスは踏みつぶし破壊する。


 スパイダーの弱点は各種センサーや行動決定基礎論理用電子脳が搭載された腹部管理モジュールを直接潰すことである。


 中央管理室でアルハンブラがそうしたように、そこを潰されると蜘蛛たちは活動が行えなくなる。人間でいうのならば脳を直接潰されたような状態になってしまうのと同義であるからだ。


 スパイダーのうちいくつかの個体が目標をオーレリウスへと切り替え、攻撃を開始する。

 2連機関銃の掃射を躱し、母蜘蛛の影に潜る様に回り込む。


 察知した母蜘蛛の右後脚部が持ち上がると、虫を潰すかのようにオーレリウス目掛け迫り来る。その瞬間。オーレリウスの眼前に母蜘蛛の腹部までの道が開かれてしまう。


 招風を自身の背後で逆巻かせることで瞬間的な加速を得たオーレリウスが母蜘蛛の内部へ侵入する。その背後で地面を揺らすほどの重量物が大地を破壊する。

 腹部に搭載された旋回機構の機械音とともにオーレリウスを見やるグラトニーの銃口より放たれる弾丸を(ライトニング・)(リアクティブガード)で弾き防ぐ。

 ダンダリアンを抜き、引き金を引く。

 アーマー・ブレイク弾がグラトニーと腹部を結ぶ結合部と命中すると、オーレリウスはストルムの気配を感じた。



 既に燐光文字を展開し終えたストルムのマナが収束、母蜘蛛の下部より発揮される。


 ―招土(サモン・グランド)針金山脈(ニードルマウンテンズ)


 周囲を無数の岩石の鉢山が展開し、母蜘蛛を貫かんと隆起する。

 大部分が無事ではあるものの、腹部下部に搭載されたグラトニーが異音を上げて歪曲する。


 (予算が足りなかったようだな。流石に搭載火器にまでは装甲と同じ魔法刻印が施されてはいねぇぞ)

 

 アーマー・ブレイク弾は別名、指向型装甲軟化弾である。それは確かに物理的な干渉ではあるものの、複合反射魔法装甲の場合それに施された魔法刻印が対象とする物理的・エネルギー的な干渉を「その弾丸自体は一切の損傷効果を持たない」という特異性により意図的にスルーすることを可能とした、いわば帝国自身の兵器に対する自らが用意した対策(メタ)。ともいえる特殊弾頭である。しかしながら、これは魔法刻印そのものを無視するわけではなくあくまで「装甲に指向的な軟化性(硬度の崩壊)を持たせる」というものであり、この状態であっても物理的・エネルギー的な干渉は保持される。

 これらの条件下で、あの腹部のグラトニーが壊れたとするのなら。搭載火器にはこの魔法刻印が施されてはいない。ということになる。現に接合部より上の部位には一切の損傷が見られない。母蜘蛛は足元からの攻撃を察知した直後にグラトニーを切り離し、即座にハッチを閉めることでこの攻撃を回避していた。

 

  

 ⦅ってなれば、あの厄介な榴弾砲も破壊は可能か⦆


 ストルムの魔法により一瞬足が持ち上がったところをすり抜けるように外へと飛び出たオーレリウスへストルムの念話が飛ぶ。


 (だろうな)


 小蜘蛛の掃射の雨を掻い潜り、物陰に隠れたオーレリウスが返答する。

 だが、そうはさせまいと小蜘蛛たちが今度はオーレリウス一人目掛け制圧射撃とともに接近を開始する。


 機銃掃射の雨に晒され、身動きを封じられたオーレリウスへと母蜘蛛の榴弾砲が旋回を開始する。

 ⦅オーレリウス!⦆


 ストルムの叫びとともに事態を察知したオーレリウスは飛び出すようにその場を離れる。

 自身の背後へ飛来する榴弾の爆発に巻き込まれ吹き飛ばされるものの即座に体制を持ち直す。


 その奥で、アースラズたちが行動を開始する。


 先程まで自らをけん制していた小蜘蛛たちが今度はオーレリウスへ一斉に向かい始めた瞬間を見逃すほど、死線を潜り抜けてはいない。


 彼らは手にした鈍器を持ち、小蜘蛛を背後から襲撃し始める。


 グレゴリーは既に察していた。

 もしあの母蜘蛛に乗っている「工場主」が本来の搭乗者…つまり戦術AIではない場合、その戦況処理能力には優先度の差異がある。と考えた。


 現に小蜘蛛たちの攻撃対象は常に「自身への脅威度が高い対象」への飽和攻撃が中心だ。


 先程腹部へ攻撃を仕掛けた黒竜よりも、腹部へ潜り込んだあの契約者に攻撃を集中させたということは、あの契約者は母蜘蛛の弱点を心得ているということになる。

 

 先程自身に攻撃が収集していたのは、偏闇マナクリスタルの鏃により魔法刻印への阻害行動が見られたからである。


 自身への脅威度を計算し、優先対象へ飽和攻撃を仕掛ける。

 周囲を敵に囲まれている状況において、それはあまりにも愚かな選択としか思えない。

 常に周囲へ柔軟な思考とともに攻撃力を分散せざるを得ない状況において、一極集中させた場合自身への攻撃を誘発させるチャンスになりえるのに、それを厭わない。


 母蜘蛛というあの存在に対する信頼ともとれるが、グレゴリーはそうではないと断ずる。

 あの工場主は、戦い慣れていない。ないし、自身の破壊を何より恐れている。怖い目に合わせたものを必死に追い払おうとしていると自ら言っているようなものである。


 僅かに、活路が見いだされた。


 アルハンブラは、この状況を見てオーレリウスが壊したグラトニーよりヒントを見つける。

 多分、オーレリウス自身もその可能性を見出したに違いない。

 アイツの狙いは、おそらくあの砲塔。


 今もアースラズを貪り、オーレリウスを肉薄し続ける2連高射迫撃砲。後方支援向きに改良された大型の戦車砲ともいえるし、小型の艦砲とも呼べるそれは本来人に対して向けるべき代物ではない。


 そして、アルハンブラは今の状況に少し不満があった。

 「やっぱり、俺。ちょっと無視されてね?」


 なれば、やはりやるしかあるまい。

 誰がこの戦場で一番「怖い」のかを、教え込んでやる。


 アルハンブラは改めて母蜘蛛へと肉薄すると、その頭部を殴りつける。

 当然、反射装甲により自らの拳が弾かれる。

 だが、大地を踏みしめ耐える。


 殴る

 弾かれる

 踏ん張る。

 

 殴り

 弾かれ

 耐える。

 腕からは血を流し、体は衝撃を受けずたずたになっていく。


 それでも、笑う。

 それでいて、止まる気配がない。

 

 そのボロボロになったアルハンブラをついに母蜘蛛は視認する。

 両前足の無限機動が躍動したまま、それをアルハンブラへと押し付ける。

 アルハンブラはその場にとどまり、指が無限軌道に絡め取られそうになりながら母蜘蛛の圧殺を抑え込む。

 

 母蜘蛛はさらに前足への稼働圧力を上げ、重量を前方へと傾ける。


 アルハンブラの足が地面を抉り、わずかに屈み始める。


 このまま、押しつぶされる。

 オーレリウスがレイジ・オブ・ハートを狙撃形態に切り替え、構えた時だった。

 

 (ストルム!)


 オーレリウスは、竜の名を叫んだ。


 アルハンブラは、笑っていた。

 この状況で、嗤っていた。


 指がいよいよ無限機動へと絡め取られ、血を吹き出す。

 


 そこからだ

 そこから、()()()()()()()()()()()


 動きを止めたのだ。あの轟々と躍動していた無限機動が。

 母蜘蛛が。

 それは、均一になったことを意味した。


 母蜘蛛の、重量とパワー。

 アルハンブラの筋力。


 それが等しくなったことを、意味していた。


 「……はは、っ」


 アルハンブラが、嗤う。

 上半身を弓なりにしならせ、腋を閉める。

 その体勢はまるで、何かを持ち上げるような姿勢であった。ギリギリと音を立てて軋む無限機動に挟まれた指からは既に赤と白に染まった骨が見える。

 だが、離れない。

 僅かな瞬間以外、離さない。


 いつの間にか手の持ち方が変わる。

 親指を上に、それ以外を下に。


 機械の稼働が開始するその一瞬にすら体の動きを間に合わせる。


 そうして、アルハンブラは嗤う。


 「…ははは、っ」


 嗤う。

 嗤う。

 母蜘蛛は帝国陸軍で採用されていた重戦車の重量を優に超える。

 その巨躯が今、宙に浮かび始める。


 ただ一人の契約者の、筋力一つで。


 「…ッラァ!」


 ただ乱暴に、母蜘蛛が宙を舞う。

 飛竜がいるそのほうへと、投げ飛ばされた。


 ストルムはその尾へと雷光を集約させていく。

 2つの魔法陣が距離を離す。

 自ら翻る様に体をしならせ、母蜘蛛の背へと雷の杭を射出した。


 ―招雷(サモン・ライトニング)


 衝撃と雷撃により高射砲が崩壊する。

 乱暴に地面へと叩きつけられた母蜘蛛だが、それでも致命傷には程遠く両足をじたばたともがきながら体勢を戻していく。



 「…ははっ、いいねぇ。久々に楽しくなってきたぜ」

 

 そういうアルハンブラの蝶手にあるはずの指はズタズタに引きちぎれ、血があふれている。


 『相変わらず、馬鹿の一つ覚えみたいなことをしやがって』


 そう野次を飛ばすストルムへ、アルハンブラは中指を突き立てる。

 指はすでに、完全に癒えている。


 「その馬鹿の一つ覚えを、これまで何人ものやつが攻略しようとしてきたもんでな。嬉しくなって居たらよぉ。馬鹿の一つ覚えで全員ぶっ倒してきたんだよこっちは」


 その顔は、嗤っていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


 ぶつぶつと、未だ何かを唱え続ける少女。


 ミュレ・アンダーソンは言葉にしているのは呪詛でも呪いでも、オーレリウス・ベルベットへの恨み言でもない。


 考えていた。

 これまでの、発見を考えていた。


 ここに来るまでに、何度も見た。それは燐光文字。

 スクールでも採用されているその燐光文字は、所謂魔法文字であり、その言葉自体が魔法の詠唱を代替し、その言葉に含まれたマナとともに魔法の発揮を高速化・簡略化させてくれる。


 オーレリウスもストルムも、それは当然のように用いていた。歴史を考えれば当然だ、四則魔法は竜魔法の後期発展及びダウングレード版とも言えるものだからだ。


 だからこそ、その両者の用いる燐光文字にも違いがあった。


 量や質の話ではない。そんなものは向こうのほうが何倍も上なのは当然である。


 ミュレの着目は、燐光文字の運用そのものである。

 四則。つまり火・水・土・風そのものを生み出す「基礎燐光文字」を起点に作用効果、距離、展開方法などをそれぞれを意味する燐光文字同士でつないでいくことで魔法の発揮とするのだが、オーレリウスたちが用いている魔法は明確に違う。


 ミュレ達が杖を用い、濃縮マナプールより発揮されるマナ粒子を中に描くことで燐光文字を発生させる一方でオーレリウスたちは難度の低い魔法を用いる場合それすら必要としない事だ。

 虚空より燐光文字が勝手に生まれ、魔法を発揮する。

 あの大型拳銃を持ちながらでも疾走の魔法を発揮したように、契約者は何らかの方法で魔法の中でも要求される「タスク」。言い換えるなら文字数が少ない魔法はより簡略的に行使ができる技術を持っていることになる。


 今にして思えばそんなこと現代のスクールの技術をもってしても不可能だ。ペンがなくともノートへ文字を書くことができるようなものだ。


 そんなこと、果たしてできるのか。


 なぜ今になってそんなことを考えているのか。これは現実逃避ではない。

 遠くから聞こえるその声に導かれるように、ミュレの中である可能性が浮かび上がっている。

 それを用いるためには、精霊魔法による召喚をいよいよ完成させる必要があるからだ。だからこそ、ミュレはこれまでの中で得た知見を最大限解釈し、思索という大鍋へとぶち込んでいった。


 それを煮込み、蒸留したその果てに答えがあると信じたからだ。


 ふと、ミュレの傍に落ちていたダガーを見る。

 それは偏闇マナクリスタルでできた刀身をしており、その刃には魔法阻害の効果を持つことを意味している。

 おもむろにミュレはそのダガーを手に取る。

 そして柄にあった留め具を外すため、周囲に落ちていた瓦礫の一部を取り、柄へと叩きつける。

 

 グドレ姉妹とヨルはいよいよ気が狂ったのかと、そういう目でミュレを見ていたがその当人はむしろ鮮明に思考が巡らされていくのを感じていた。


 これが、狂気の果てにたどり着く境地であるのならもっと狂ってやる。


 この鮮明さをより得られるのなら。

 今はこの鮮明さを手放すわけにはいかない。



 柄の留め具を破壊すると、刃と柄を分解する。

 その時手をわずかに切る。

 小さな痛みとともに自身の手が血に濡れる。


 一瞬。ミュレを現実へと引き戻そうとするが、ダガーのタングを見た瞬間―


 人が狂気とそれを呼ぶのなら


 彼女は再びその坩堝へと意識を放り込んでいった。

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