乾期は歓喜の季節㉞
静かな部屋であった。
僅かな物音が鮮明に聞こえるほどの部屋の奥で、それは今も演算を続けている。
それは迫り来る侵入者に対し、思案を続けていた。
現在、相対している勢力は大きく分けて3つ。
南方種族の勢力
難民受け入れを行った勢力。
造反疑惑のある勢力。
それは、思案する。
静かに、戦術を練る。
そうして結論に至る。
答えは、静寂であった。
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オーレリウスとミュレは迫り来るスパイダーたちを掻い潜りながらも、中央管理室へと足を進めている。
ダンダリアンより放たれる50口径の一撃が、スパイダーの脚へと噛みつく。
衝撃により装甲板ごと歪んだ脚部の無限軌道がそれでも歩みを止めることはない。
何より数が数だ。
6発の弾丸では止められる訳がない。
先程のように魔法を行使すればいいのだろうがこの先何が出てくるかわからない。可能な限り温存しておくほうが良いだろう。
無駄であったのならそれでよい。結局死ななければよいのだ。
そう考えるのは、きっとオーレリウスだけだろう。
隣にいる雌鶏はさっきからおっかなびっくり叫びながらついてきている。いよいよお荷物が板についている様子だ。
物陰に隠れ、手動でダンダリアンの回転弾倉を操作する。
装填した弾丸のうち、次弾として発射する弾丸を決定する。その視線が下に向いているまさにその時である。
ミュレがオーレリウスへ思い切り突っ込んでくる。思わず二人でその場に倒れ込むが、その背後に降り立ったスパイダーたちを確認した次の瞬間には、招風の衝撃により壁に叩きつけられていた。
天井を見やると、複数のスパイダーが尾部牽引用ワイヤーを使用し天井から静かに降りてきている最中であった。
オーレリウスの舌打ちとともにその右腕はミュレを小脇に抱え走り出していた。
赤と黒の光の明滅。
その中で点滅するマズルフラッシュをかいくぐる。
「ミュレ」
そう声をかけるオーレリウスだったが、機関銃が喧々と騒ぎ立てるこの渦中では彼女の耳もあまり役には立たないらしい。
仕方がないので、彼女への無礼を働くことにする。
ダンダリアンをホルスターにしまい、空いた左手で彼女のベルトへと手を伸ばす。
当然服をまくり上げられたため彼女は暴れるのだが、それを異に返さずオーレリウスは目当てのものを手にする。
そのカプセルは、本来飛竜兵が用いる杖へのエネルギー補給用の器具である。同時のこの中には濃縮マナプールが入っている。
それを手にしたオーレリウスは眼前の地面へと投げつける。小気味いい音を立てて割れたカプセルの中から無色透明の液体が溢れだす。
跨いで移動しながら、左手で燐光文字を生み出す。
招風:圧縮障壁
再び生み出された圧縮された空気の壁が先程のマナプールへと触れた途端。
それは台風のごとき暴風を伴いスパイダー達を巻き込む。
オーレリウスはミュレを抱えながら左手を壁にめり込ませその暴風の中をじっと耐える。
一機、また一機と暴風に絡め取られていく。天井、床をはじめとして施設の壁にその身を打ち付けながら遠くへと追いやられていく。
再びの静寂が訪れた際には、その空間は暗闇の中スパークが走るだけのものとなった。
その後、暗闇の中を何か柔らかいものを力強く叩くような小気味いい音が響き渡るのだった。
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「おかしい」
ヨルがそう呟く。
ヨル達とアースラズは、あの後行動補歩調をとることとした。
狙いは両者ともに、中央管理室にある。しかしながらこの状況において今現在敵対するよりも上手く互いを利用しあったほうが結果として双方の狙いを果たせると判断したからである。
元より、グドレたちが狙うものとアースラズたちが求めるものが異なる点も、今こうして共同歩調を取るには十分過ぎる理由であった。
何はともあれ、迫りくるスパイダーへ対応しながら進行を進めていた時だ。
ヨルは違和感を感じ取っていた。
その真意を尋ねるべく、グレゴリーはヨルへと返答する。
「何が、おかしいって?」
ヨルが通路の奥へと見やりながら、両手に構えたガトリングを腕へと戻していく。
「あの小蜘蛛共の気配が消えた。まるでどこかへと逃げたみたいに」
「いいことじゃねぇか。機械共にも恐れって感情があったんじゃねぇか?」
グレゴリーの冗談に、ヨルは首を横に振る。
「恐れも何も、何も考えてないような連中だった。そうだな…言われたとおりにしか動かない。って感じだった。さっきまで俺たちを殺すように言われていたからそうしていただけ。みたいな感じだった。そんな連中に恐れも何もあるかよ」
だからこそ、スパイダーの行動はその命令者の意図が多分に反映される。
ヨルはそう考えていたし、グレゴリーもその考えに基づけば確かに奇妙だ。と考えた。
「この工場の主。一体何者かは解んねぇが…そいつが何かあの蜘蛛共に命令を下したってことか」
そういい終わった時、グレゴリーは何か感づいたように部下を率い真っ先に駆けだした。
もし自分が、同じ状況に立った時はどうする?
手元に貴重な宝があるとして、大切でも何でもない手勢を率いているのなら。
その宝を守ろうとするのなら、自分ならどうする?
駆けこんだ部屋の奥で、グレゴリーは確信した。
その静寂。
アルハンブラと、飛竜兵。
そして真っ黒になった画面を見やる赤い四つ目の仮面を被った契約者。
もうそこには、誰もいなかったのだ。
オーレリウスがその部屋にやってきたとき、アルハンブラがそこに立っていた。肩にはレイジ・オブ・ハートを担いでいる。
向こうがこちらを確認すると、レイジ・オブ・ハートを投げてよこしてくる。
思わず右手でつかんでしまったものだから、その重量によろけてしまう。
それにしても。
「暗いな」
「俺が来たときには、もうこの状態だったぜ。まさか何かしたと思うのか?」
そういうアルハンブラにオーレリウスはこう返す。
「てっきり目覚ましに一発喰らわせたのかと思ったが、違うのか?」
「ハハ、言ってろ」
そういう二人のやり取りを無視して、ミュレが駆けこんでいく。
アルハンブラが肩をすくめ、オーレリウスが魔法で小さく光を灯す。
どこを押しても、何をしても。反応がない。
魂の抜けた肉体のように返答がない。
ついにミュレが機械を蹴り上げる。
金属が鈍い音を響かせるも、それでも何がどうなる訳でもなく無情なほどに静寂がここの空間を包み込んでいた。
「…うそでしょ。ここまで来て……」
その場にへたり込むように座るミュレ。それを見るオーレリウスは己の右大腿をさする。
先程の無礼の返礼としてここにいい一撃をもらったのだ。肉も骨も丈夫ではあるが、痛いものは痛い。
そんな時、アルハンブラの周りにいたスパイダーを見つける。
皆一様に潰されたように胴体部がひしゃげている。
訝しむオーレリウスを、アルハンブラが笑って答えを示した。
おおよそオーレリウスの読み通りである。
ここに来るなり、アルハンブラはスパイダーを積みつぶしたのだ。
「なんで、そんなことした」
この状況で、アルハンブラはスパイダーたちに狙われることなく悠々と離脱だってできたはずだ。
その言葉に、今度は機嫌を損ねるアルハンブラ。
彼はこういう。
「もし俺のダチがピンチで、手をかけようとしているのが帝国だったら。俺は迷うことなく帝国を敵に回す男だぞ?」
「そういう男だったな」
分かってはいたが、よく帝国はこの男を手なずけることができたなと感心してしまう。
そういうやり取りの後で、ヨル達がこの場に駆け込んできたのだ。
ヨルがアルハンブラの姿を確認するかどうかというその時、視線の隅より赫色の髑髏が迫る。
その右腕を断ち割らんとする漆黒の手斧が深々と食い込んでいる。
「おいおい、やめてくれよ…それ、苦手なんだからさ」
僅かな静寂ののち、距離を取るオーレリウス。
アースラズの面々がその静寂の闇の中でと足を踏み入れていく。
グドレ姉妹もまたその中へと入る。
ネ・グドレは眼前の暗闇でおおよそ察したのだろう、周辺の機材や収納されているものから何かないかと探し始めている。
グレゴリーがアルハンブラへと歩み寄る。
そうして、何か言いたそうにしたところを掌で制止する。
「おいおい、この状況で言いっこなしだぜ?危ない橋渡ってんのはお互い様だ」
そういわれ溜息をつくグレゴリーは残存するアースラズをまとめながら次のプランを思案する。
この状況的に、ここの『工場主』はデータと呼べるものは全て持ち逃げをしたと思われる。
どうにかしてこの機械を再稼働させたところで中に何か残っているかという確証はない。
完全に、してやられたというわけだ。
その場にへたり込む飛竜兵にはどちらかといえば普段辛酸を舐めさせられる側ではあるグレゴリーも、ああなってしまった人間として思わず見てしまうほどに、ミュレの落胆は相当なものであった。
大の大人がそろいもそろって、声をかけることができないほどであった。
「こうなってしまっては、もうどうしようもないな…とにかく残ったものの中で使えそうなものがないか探して持ち帰るほかあるまい…持ち逃げされたものと比較してどれほどの価値があるのか……」
そう呟いたグレゴリーの言葉に、何かを閃いたのはオーレリウスとアルハンブラであった。
即座に、二人は行動を開始する。
ミュレをどかせて、床の一部を剥ぎ取ったアルハンブラ。その下にあるケーブルの類をいくつか引きちぎるとオーレリウスへと手渡す。
オーレリウスの左手に浮かぶ燐光文字より電光が迸ると、周囲に明かりが灯る。
眼前の機械たちが息を吹き返し、カリカリと起動していく。
アルハンブラが端末を器用に操作していくと、やはりデータの類は何も残っておらず、ディスプレイの前には真っ青な画面が浮かぶだけであった。
だがアルハンブラはそんなことなぞお構いなしに何かを入力していく。
そうしていくつかの黒い画面を映し出した結果をオーレリウスに伝えると、即座に二人はその場を後にしようとする。
当然再び、周囲は闇へと包まれてしまった。
「どうした?」
グレゴリーの静止に答えたのはアルハンブラであった。
「よく考えればそうだよな。さっきまで稼働していたこの工場に何もないわけがない。ここが稼働していないわけないんだよ」
「…何が言いたいんだ!」
「持ち逃げ、されたんだよ」
そういい、アルハンブラについていくミュレとアースラズ。
「この工場主には、自立思考型の高度管理用AIが使用されているんだ。つまり、奴自身データの塊ってわけで、それを入れるためのサーバー。器が必要なんだがな」
そういう奥で、僅かに音がする。
何か、大きなものが蠢く音が。
「あるんだよ。そういうものが入る器を持つものが」
その窓の奥の光景を見て、皆が騒然とした。
「母蜘蛛、って俺たちが呼んでいたそれの本来あった戦術AIを全部破棄してしまえば、この工場にあるデータをほぼすべてあれに格納できる。つまり、あれが『逃亡先』ってやつになる」
眼前の扉が開かれていく。
その巨体を持つ蜘蛛が、ここから逃げようと鉄扉をこじ開けようとしている。
ここの全てをもって、逃げようとしていた。




