乾期は歓喜の季節㉝
ドローンのレンズを貫いた木の棒。それがミュレの杖である。杖の措定されていない運用をされた結果それはついに本物の残骸となり果てていた。
杖だったものを名残惜しそうに一瞥したのち、ミュレは即座に行動を開始した。
このような結果を選択したのならば、次に警戒するべきはこの工場からの反撃である。周囲を赤と黒の警告がちらつく。それはミュレにも警告をしているようであった。
もたもたするな。迅速に行動せよ。
ミュレは手に持った指向性爆薬をドアノブ付近にセットする。床に転がった残りの爆薬を服の裏に隠す。
壁の隅に移動しなつつ再び服をまさぐりながら、起爆装置を取り出す。グリップ型のそれは1~4の数字とそれに割り当てられるように赤と緑の色をともしている。
現在、1のみが緑―起爆可能状態にセットされている。
グリップを握りこむ。
次の瞬間。
鼓膜を大きく振るわせるほどの爆音を生み出しドアがはじけ飛ぶ。吹きあがる粉塵にむせこみつつも、ミュレはこの尋問室を後にする。
ふと、後ろを振り返る。
今もまだ、ドローンに突き刺さったままの杖。
それが、無言のまま語りかけているようにミュレには思えた。
先に、進まなければ。
そう振り返った刹那。彼女の手は闇の奥へと引きずり込まれていった。
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床に空いた大穴へと降下するスパイダーを確認したオーレリウスはすぐさま行動を開始する。
オーレリウスの狙いは、シンプルなものであった。
おそらく、侵入してきた勢力はアースラズであろう。あの夜に殲滅した者たちはおそらく半数程度。
オーレリウスたちが到着した段階ですでに工場周辺にはいたのだろう。そうして先客に遅れまいと強硬手段に出た。というところか。
正面ドアは人間用の入り口であっても対爆用の魔法刻印もある。ミュレが持ち込んだ指向性爆薬では破ることはできない。それは彼らにも理解するところであったのだろう。
だから、下からを選んだ。
あのパイプラインはいわばこの工場の弱点となりえる場所であったのだろう。
もしくは長年の流水によって一部の魔法刻印が脆弱になっていた可能性もあり得るが、今はその考察をしている場合ではない。
彼らは工場の血管を食い破り、侵入してきた。
それを殲滅することで、少なくとも共謀の嫌疑は晴らせる。
果たしてそうか?オーレリウスの頭の中で何度も思案された項目であるが、同時に今考えても仕方がないという結論に至る。
やらないと、解らないこともある。
なら、やるだけだ。
再び迫り来る猟犬が如き銃弾を掻い潜りながら、ある部屋のドアを通り過ぎた時だ。
背後より吹きすさぶ衝撃に僅かに吹き飛ばされるオーレリウス。
吹きあがる塵の奥で、ミュレがいた。
のこのこと、顔を出している。
その頭をスパイダーの機関銃が向いていくのを確認したオーレリウスは、改めてこの女が厄病神に思えて仕方がなかった。
立ち上がり、駆ける。
ミュレの手を引き、自らの内へ覆う。
残された左手の周囲を踊る燐光文字から生み出される灼熱。
それはどろどろとしていて、それでいて鋭利な槍を模していく。
「 複合発動 」
―招炎/土:溶岩投擲槍―
その一撃に焼き熔かされるスパイダーを確認したオーレリウスは、左肩に格納していた手斧と右脇に吊り下げたホルスターよりダンダリアンを抜く。
この段階になって、レイジ・オブ・ハートを整備室へと置いてきてしまったことにを少しだけ、後悔した。
⦅世の中、思ったとおりに行かねぇもんだな⦆
(長い人生の中で、2回だけだったしな。そんなもんだろ)
⦅多分お前以外はもっとうまくやるだろうよ⦆
(うるせぇよ)
などと念話を終えると、ミュレを見やる。
「よぅ、飛竜兵。帝国式の質問は大変だったろ?」
手の内にいたミュレは溜息をついてオーレリウスより離れる。
「次は紅茶とクッキーを用意してほしいわね。礼節にかけるわね」
「飛竜兵に、礼を尽くすつもりなんてねぇんだよ。当時はな」
そういい、奥へと進もうとするオーレリウスを制止するミュレ。
「どこに行くの?」
「地下から侵入してくる連中を排除する。お前も聞いたろ?あの爆音。あれはおそらくアースラズだ。お前らの妨害といい、最初からこの工場の技術を同盟国のテレズレムに齎すための、戦争中なんだよ」
「…確かに、アースラズであれば色々納得がいくけど…」
そういい、背後に沈むスパイダーたちを見やる。
灼熱の溶岩に溶かされ、火災探知機によって降り注がれた冷水で冷まされた残骸がそこにあった。
「……今更?」
「俺には、悪辣な女神と厄病神に好かれるきらいがあるみたいでな」
「答えになってないんだけど」
「答えそのものがそこにいるもんでね」
「なら私も、最悪な男神と厄病神に好かれるきらいがあるみたいね」
「なんじゃそりゃ」
「答えがなんか言ってるわね?」
呆れる様に一息ついた後、オーレリウスは先に進もうとするが、再びミュレに止められる。
「どうせアースラズを殲滅したところで、その次があんたと私になるだけよ。プランを変える必要があるわ」
一拍置き、ミュレが再び口を開く。
「この工場の中央管理室はどこにある?」
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アルハンブラは赤と黒の光が織りなす点滅の奥で、レイジ・オブ・ハートを眺めていた。
「お前も、置いて行かれた口か?」
そう問いかけるも、ただ静かにそこにあり続けている。
「大した忠犬っぷりだな。だが多分、お前の忠義は空振りになっちまうかもな…このままだとよ」
レイジ・オブ・ハートはそれでも、何も言わない。
何も言えない。が正しい。レイジ・オブ・ハートは銃器であり発声機能を持つ道理がない。
心がある道理がない。
だがそれでも、アルハンブラはレイジ・オブ・ハートへ声をかけてしまう。
長く使い込まれたその銃器に宿っているであろう、何かへ問いかけたくなったのだ。
部屋へと飛び込んできたドローンによりグドレ姉妹たちも工場から逃げるどころか立ち入り制限並びに禁止区域にまであちこち歩きまわっている様子だ。おそらくネ・グドレが何か言いだしたのだろう。
オーレリウスも、ついにドローンへ攻撃を仕掛けた後、飛竜兵とともに中央管理室へ向かっている。
アースラズたちとスパイダーは未だ交戦中。だが意外にもアースラズたちが善戦しているようで、前線の後退が続いている様子だ。これに関しては、アルハンブラにとって喜ばしい報告となった。
手段の立場も違う者たちではあるが…皆がそろいもそろって、この工場主がいる場所―中央管理室を目指しているのは明白だ。
のんびり構えてしまった結果、ここにきて置いてけぼりになってしまったアルハンブラはレイジ・オブ・ハートを肩に担ぐと、行動を開始する。
―なら、俺はどうしたい?―
自らに問う。
意味なぞなかった。
最初から、決まっているのだから。
だが同時に、これは必要な儀式である。
自らの宗教に、教義に、敢えて問うのだ。
俺は、どうするべきなのかと。
アルハンブラ・カザンドラなら、どうするべきなのかと。
答えは明白。
だからこそ、問う。
そうして導き出される必然に、意味がある。
アルハンブラもまた、中央管理室へと歩み出した。
それにしても…
「ホント、お似合いだな。あの二人はよ」
ミュレという飛竜兵だ。これまでの動向の中で、アルハンブラは彼女のことを好いていた。
もちろん、愛しているという意味ではない。そういう意味での相手はとんとご無沙汰だ。
あの小さい体の中に収まりきれない正義感とそれに伴う権力への渇望が、彼女を向こう見ずな行動へと突き動かしてしまう。
そういう人間を、アルハンブラはよく知っている。大昔からの親友の一人だ。
自らが定めた道のために、自分を死地に追いやる向こう見ずな大馬鹿者を。
向こうは気の許せない相手と思っているだろうが、アルハンブラにとっては気の置けない相手の一人である。
きっと二人を繋ぐのは、精神でも肉体でもない。
磁石のように、それは二人を反発させあう。
だがその本質において、同じ。
因果なものだ。
そういうものが、時に人を繋いでしまうのだ。
これを機械に話しても、どこまで理解されるものか。
彼らはこういう次元に至れなかった。
だからこそ、アルハンブラは
ドローンに対し、不敵に笑みを浮かべるにとどめたのだった。
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大盾に、いくつもの凹みが生まれていく。
スパイダーに搭載された機関銃が放つ7.62×55mmFABは元来対禍つ獣用の銃弾である。
それが生み出す衝撃を、大盾を持つアースラズがその五体を総動員し抑え込む。
剛腕のもとに、大槌を振るう南方種族の男。
グレゴリーの体に施された魔法刻印とともに、鍛えた五体が生み出す衝撃は、帝国の末端とはいえ、機械兵士のであるスパイダーを粉砕する。
「連中に、刀剣や槍はだめだ!総員、鈍器を以て…叩き潰せ!」
その号令とともに、アースラズの面々が腰に下げた金属製の鈍器を手に持つ。
オーレリウスの疾走とは言わないにせよ、まるでそこも床であるかのように壁や天井を駆ける、飛び回る。
アースラズの面々が確かに、スパイダーを圧倒する。
その内、前に出過ぎた者が通路の奥より到来するスパイダーの機銃掃射に晒される。
肉がそぎ下ろされ、内臓にたらふく鉛が注ぎ込まれる。
喰いきれないというかのように、その体を多くが貫通していく。
地面に倒れ伏したアースラズの体を紫が怪しく輝く。
そうして再び立ち上がる。
死兵となりても、立ち上がる。
その背に、仲間がいる限り。自らの骨肉を磨り潰してでも前線を押し進める。
そうして、アースラズは戦い続けていた。
確かな損耗とともに、体中を傷と血に染めながら進軍する。
そんな時であった。
通路の奥より迫り来る新手のスパイダーたちを前に構えるアースラズ。
その間に、誰から出てくる。
別の通路からやってきたそれは、通路の奥にいる誰かへ静止を促すような動作をしたのち、スパイダーの機銃掃射を浴びる。
体が静かに踊り、ゆらゆらと銃弾の衝撃で舞う。
アースラズが、滑稽にも思えるほどのダンスを終えたそれが獣擬きであることを確認したのは、この時であった。
その両手が蠢き、変化する。
スパイダーたちが持つ2連機関銃よりも明らかなオーバーサイズの回転銃身。
かつて、唾吐きの大喰らいと揶揄されたそのガトリングを、その両腕に一つづつ構える。
「お返しだ」
そう呟いた次の瞬間には、周囲が閃光で照らされる。
桁違いに煌めくマズルフラッシュの奥で、スパイダーたちが先程のダンスを踊っている。
堅牢であるはずの装甲が凹み、歪み、粉砕されていく。
それでもなお、スパイダーたちの反撃が止むことはない。
獣擬きの体をなおも銃弾が貫く。
その傍ら、スパイダーたちの体を銃弾が砕いていく。
まるで獣の喰らい合い。
わが身を爪牙で抉られながらも、相手を食い破ろうとする。
そうしているうちに、獣擬きの口元が大きく広がる。
脊椎が後ろに伸びていく。それは円筒状であり、何かを射出するための機構を備えているようにも見えた。
獣擬きの口元からその銃身が展開される。
キノコの形にも似たその弾頭が噴煙とともに射出される。
直後に響くの死の絶叫がもたらす爆炎をその身に浴びてもなお、そこに獣擬きが立っていた。
こちらを、アースラズを見ながら
立っていた。




