乾期は歓喜の季節㉜
犇めく
群がる
蠢く
粉砕されたドアの向こう。その奥に、小蜘蛛が集う。
背部にマウントされた2連装軽機関銃の双穴が、オーレリウスを見る。
「いったい、どういう了見だ?銃を向けられるようなことをした覚えはねぇんだが」
オーレリウスは努めて冷静に、右手でジェスチャーを取る。
傍ら、その左手を後ろに回し掌の内に燐光文字を描く。
天井の黒い円盤状の、スピーカーより無機質な音声が齎される。
〈オーレリウス・ベルベット特務上等狙撃兵。あなたは現在、帝国軍事刑法が定めるところにある反逆罪の嫌疑を当工場より帝国軍事裁判所へ告訴いたしております。先程、地下排水用パイプラインより数十名の侵入者を確認。現在「質問」中のスクール所属、飛竜兵からの回答により、あなたは当工場へ侵入者の手引きを行った可能性が浮上してます〉
成程、ミュレが持ってきた爆薬といい…このタイミングで侵入してきた馬鹿どもといい。
まるで逆説的にオーレリウスを嵌めるように仕向けられたとしか思えないほどに噛み合いを見せていた。
軋みを上げて動き出した歯車でそのまま首を締め上げられそうなほどに。
「俺の周りで起こる奇跡ってのは、こういうのしかねぇのかよ」
悪態をついてしまうオーレリウスをよそに、アルハンブラは腰に手を当てながら工場へ声をかける。
「で?俺はどうすればいいんだ。こいつをここでふんじばれって感じになるのか?」
一瞬の間ののちに、肯定する旨の音声がなる。
アルハンブラの剛腕が、オーレリウスの肩を掴む。アイコンタクトで「諦めろ」と告げてくるようにオーレリウスを見やるその腕を払い、スパイダーたちのほうへと歩み寄る。
そうして、その両手を前に出す。
「俺を捕まえたいのなら勝手にしろ。軍法会議だろうが軍事裁判だろうがこっちは書類仕事の傍らでこなして来たのを忘れたか?」
〈それは軍人として、誇るべきではないと判断します。提案:アルケイディア自然公園の清掃ボランティアへの申請を推奨します〉
「手前の分際で冗談に冗談で返すな」
スパイダーの一体が近づいてくる。内蔵された契約者用偏闇マナクリスタル内包型手錠が姿を現す。
これを装着すると、手首と魔法の両方を拘束される。
オーレリウスのような手合いを拘束するには、こういうものが必要になってくる。
だが、ここで素直につかまるつもりはない。
それでもいいが、それよりも手っ取り早く証明できるものがある。
ならもう一度、奇跡が起こる必要があった。
その奇跡は、存外耳に突き刺さる爆音とともにやってきた。
オーレリウスが手にできる奇跡なぞ、いつもこのようなものだ。だが、掴むときは誰よりも素早くそれに手を伸ばすのも、また彼であった。
先ほど編み上げられた燐光文字が、文字通り光を発する。その閃光に機械蜘蛛たちの動きが一瞬鈍る。
反逆の契約者は、既に駆けだしていた。
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地下排水用パイプラインの一つが弾けるように吹き飛ぶ。
工場の静脈が切られ、轟々濁々と噴き出す水をかき分けながら、アースラズが襲来する。
その身につけられた各々の武器を手に、堅牢な鉄扉を前にする。
鱗肌属の大男が振り落とす大斧の一撃がそれをバターのごとく切り裂く。
アースラズが次々と工場内へと進行を開始する。それを知らせるアラートが、工場を赤く染め上げていく。
工場が痛みにうごめく。
格納庫が稼働を始める。まるで無数の卵がひと固まりにされたような機械が地面に置かれていく。そのカプセルが次々と開放されると、中からスパイダーが生まれていく。
傷を確認した体が侵入する細菌を撃退するべく白血球を送り込むように。
侵入者へと差し向けられていく。
スパイダーたちの各脚部は無限機動構造となっており、またそれらが魔法刻印により壁などの場所へ吸い付くように移動が行えるようになっている。
壁や天井にその身を這わせ、会敵予測地点に待機する。
それぞれが持つ2連装機関銃が赤黒く染まる廊下の奥へと向けられている。
遠くから、音が聞こえる。
無数の、群れの音が聞こえてくる。
機関銃から放たれるマズルフラッシュの閃光が、戦闘開始の合図を告げた。
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僅かに工場全体を揺らすような爆音。
ミュレ達がいる場所にもそれがわずかに響く。
ドローンが僅かに上向き、何かを受信している様子であった。
ミュレはこの瞬間、自身を絡めとるワイヤーを確認する。
ワイヤーは自身を椅子に座らせるような形で繋ぎとめ、身動きの一つも許さない。
だからこそ、ミュレは確認していた。
確認する。
ワイヤーの発射部。自らとワイヤーを固定しているその先端。それは椅子に深々と食い込んでおり椅子を粉砕することでしか解くはできないだろう。だが、ミュレが知りたかったのはそこではない。
ウィンチ機構の有無。要はワイヤーの延長・格納がこれ単品で可能かという点である。
それがない。
つまり、もともとこの長さのワイヤーであることを確認したミュレは、即座に行動をとる。
みじろくように体を動かし腕を前に持ってくる。ワイヤーが肉に食い込み、擦れる痛みに耐えながら次の工程へ。
左腕を可能な限り上げて隙間を作り、右手を服の中へと潜り込ませる。
体に取り付けられていた、指向性爆薬のマウントを解除する。
そのまま一つ、体から抜き出す。それだけでワイヤーの中に生まれた隙間が広がる。後は簡単だ。これをあと一回繰り返せば上半身を開放できる。
上半身からワイヤーを取り払えば、蛹の殻を滑るように体を抜くことができた。
その時には、ミュレはすでに行動を開始した。
ドローンがこの状況に気が付いたのは、このタイミングである。
そのレンズに映る光景が、最後の映像記録となった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
オーレリウスの背後を、無数の銃弾が追いかける。
4機のスパイダーたちが放つ機関銃から放たれる7.62×55mmFABは工場の壁を安々と穿いていく。
それでも、オーレリウスに彼らを破壊する理由はない。
今のところは、少なくとも。
結局のところ、機械というものは融通が利かない。Aというコードに対してBという応用は最初からインプットしていない限り、A以外の選択肢を許さない。人の機微やその場のアレンジをしようものなら彼らは容赦なく、NOを突きつけてくる。
どれだけ機械が発達したとしても、当時の帝国の技術をもってしても。機械による知能をその先の領域へと届けることはできなかった。可能な限り近づいたであろうが、最後の線を超える手段を知る前に、滅びた。
何はともあれ、口でどれだけ弁論を述べたところで。
今は亡き帝国最高裁判所からの判断を仰ぐまでこの工場に拘束されていたであろうことは否めない。
であるのならば、行動あるのみ。
それが結果的に「明確な敵対行為」と判断されたところで、それを最終的に判断する場所はもうないのだ。ならばこちらから動いて相手に導き出してやるほかない。
最終的な、妥当な着地点というものを。
疾走の魔法により、廊下を滑るように移動するオーレリウス。
機関銃の轟音と曳光弾がオーレリウスを追い立てる猟犬のごとき追い詰めていく。
⦅おいおい、今更帝国軍同士だからって気を遣うこともねぇんじゃねぇのか?少なくとも向こうはお前のケツに風穴開けるつもり見たいだぜ?⦆
(それは困ったな相棒?明日からクソが止まらなくなっちまう。だがもっと困ったことにな…この後のことを考えると壊さない方が言い訳がたつってもんなんだよ)
⦅お前のそういう考えが、その通りになったことがこれまで何度あったと思う?⦆
(少なくとも、2回はあった)
⦅数えられる地点で察しちまうな。とことん意地の悪い女神さまに愛される男だ⦆
(…今度紹介してやるよ。死んだらな!)
その場で壁を蹴り、宙を舞う。左親指と中指を擦り合わせる。
指パッチンの軽快な音とともに空間を吹きすさぶ招風:圧縮障壁。
密度を伴う瞬間的な暴風は哀れな小蜘蛛を弾き飛ばす。最も、この程度で壊れるほど軟にできてはいない。
帝国の堅牢と実直性を軸としたドクトリンに基づいて製造された兵器だ。
オーレリウス自身、スパイダーは傑作の機械兵士だと常々思う。その証拠に、すぐに起き上がり、追撃を再開する。だがその距離を引き離すことには成功する。
そのまま、左腕を握りこむ。
2つの魔法陣が生み出された左腕。その双方が雷光を発しながら距離を離していく。
それらがぶつかり合う時、オーレリウスの左腕から発せられる雷撃の杭が、地面を焼き穿つ。
―招雷―
轟音と噴煙。
スパイダーたちが再びそれを捉えた時には、完全に広がる大穴のみがそこにあるだけであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
周囲を赤く染めるアラート音というものは、聞き慣れないものにとっては恐怖をあおるには十分な旋律を伴う。その直前に工場を揺さぶる轟音が伴えばなおのことである。
そのけたたましい警告は、グドレ姉妹を混乱の渦に叩き落とすには十分であった。
「何、なになに!?」
ミ・グドレが慌てふためきダ・グドレへとしがみつく。
一方のネ・グドレはドアのほうへと駆けこもうとしたその時、ヨルがそれを制止する。
そのままヨル自身がドアを開け、周囲を見やる。
暗くなった工場内を赤黒い光が明滅を繰り返す。明らかに異様な光景だ。
「何かは知らないが、トラブルの種が芽吹いちまったみたいだな。花を咲かして大爆発する前に避難したほうがいい」
そういうヨルに対し、ミ・グドレがみゃぁみゃぁと喚くように反論する。
「だとしても!どこで何が起こってるかも判らないところを歩かせるつもりなの!?」
出入り口までの道は、ヨルの頭の中にはしっかりと叩き込まれている。
ミ・グドレの言い分が最もだとしてもここで何もしないより、少なくともさっさと出て行ってしまったほうが幾分か安全だ。
ミ・グドレの頭を撫でて宥めながらダ・グドレはヨルにドアの向こうを見張る様に指示を飛ばす。
「さて、どうするつもりだい?ネ」
そう問われたネ・グドレはどこか困った様子でその顔を見る。
漆黒の肌を持つ雌獅子を前に、雌豹は笑う。
「もしかして、察してました?ダ姉さん」
「あんたがあの機械にご執心だった地点でなんとなぁく、は」
溜息をつき、ミ・グドレをよそに立ち上がるダ・グドレ。
赤と黒の点滅の中でも、その金色の長髪が麗しく揺れる。
ネ・グドレが続ける。
「この工場は今、トラブルの対応に動いているはず。であるのならば、私はこの工場の管理を行う区画へと向かいたいと思います」
その発言に、愕然とした表情をみせるミ・グドレ。多分今この状況下で一番現実味を帯びている感情を持っているのは皮肉にも彼女だけであった。
「何言ってるのよネ姉さん。わざわざ死ぬために行くようなものよ!」
「ミ…わかってる。だとしても私たちの本来の目的のために、きっと必要なものがあるはずなの。ここからが正念場」
そういい、ヨルのほうへと視線を投げるネ・グドレを確認したヨルは溜息をつきオーレリウスの言葉を思い出す。
―ネ・グドレが、おそらく最もあの姉妹の中で恐ろしい奴だ。―
「…あの人、案外良く分かってるじゃねぇかよ」
グドレ姉妹には、目的があった。
自らの、国を持つことである。
国を持つに足る、力を得ることである。
今もなお、メルカッタの地をあてどなくさ迷う同胞たる灰かぶりたちと自分らのために、帰る場所を作りたかった。
工場の話を聞いたとき、真っ先にこの依頼を受けるようダ・グドレに打診したのはネ・グドレである。
ここではないどこかの、帝国の工場を拿捕する。その力で自らの国を興す。
そのために、情報が必要であった。今もなおメルカッタの地にあるであろう。工場の場所を記した情報が。
今それを知るに最も適した場所が、手の届く場所にあるのだ。
この話に乗った時からダ・グドレは決心していた。
同胞のため、命を賭けろというのなら…それはきっと今日が始まりなのだろうと。
意気揚々と出るダ・グドレが拳を合わせ、笑みを浮かべる。それに続き、ネ・グドレとヨルが続く。
「さぁ行くよ!国を興すために、大地をかき混ぜようじゃないか」
その後ろをついていくミ・グドレ。
「ついてくるんじゃ、なかったぁ!」と喚きながら、おっかなびっくり追いかけていった。




