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オーレリウス・ベルベッドという敗残兵⑧

 月夜の奥で、赫四眼(フォーレッドアイズ)()髑髏面(ブラックデス)が木々を駆け抜ける。

 髑髏の面の奥で、オーレリウスはその視界を覆う薄赤色のモニター類へせわしなく目を配らせる。なんなら付与(メタモライズ)(アナザー・アイ)を用いて自ら両頬骨のあたりに新しい瞳を生み出し4つ目で情報を処理している。


 闇夜に紛れ、イノシシたちの動きを追う。

 狙いはやはり村。食料を狙うつもりにしては動き方が妙だ。

 フヒル村の規模でいえばそこまで大きいものではない。100人足らずの村落である。そのはずなのに、イノシシたちはまるで大移動でも行うかのようにその数を大きく膨らませながら行進をし始めている。


 最も、今オーレリウスの眼前にある景色は、静寂な森そのものでありそのような大移動があろうものなら馬鹿だって気が付くだろう。

 ⦅見えたか、相棒⦆

 脳内に響くストルムの声を聞き、オーレリウスは応答する。


 オーレリウスが、正しくは「ストルムの視界」より見たオーレリウスの景色を表すのならば。

 大地の奥、その地脈を流れる溶岩のように。イノシシたちが一つの河のようにいくつもの仲間という支流と同流することによって規模を増していく光景である。


 竜という生物のうち、ストルムのような上位種となると生物や大地を流れる「マナ」の流れを視覚的に確認することができる。人間の瞳では従来見えないものを見える生物がるように、竜はマナを視認することができる。当然、その力が流れる契約者でもそれは可能だ。だがこの状態では遠くから見た川の流れのように詳細まではっきり確認することができなかった。


 (もっと深くできないのか?)

 そういうオーレリウスに対し、ストルムは鼻を鳴らす。

 ⦅なら、『手を貸せ』⦆


 オーレリウスは迷うことなく左手のグロ―ブを外し、その瞳を露にする。左手甲に存在するぎょぎょろしたその瞳を。


 ストルムが天を仰ぎ、月を見やる。


 地面に左手で触れたオーレリウス。

 ⦅繋ぐぞ⦆

 (いつでも)


 -解離(バック・アラウンド)感応(マナ・センシング)


 ストルムとオーレリウスの『世界』がぐるりと反転する。

 地中から見た地上の様子。

 地上という一つの世界の、本来は行くことのできない側面から世界を見ているような違和感を感じさせるその世界は、いくつもの光と線と、そして永劫に続くともしれない眼下に広がる深い闇で構築されていた。


 オーレリウスは、その側から世界を観測していた。

 世界の『裏側』から世界を見ていた。


 竜魔法第一階位にして、竜魔法の神髄とも目される「解離」。領域魔法の起源ともいえるそれは文字通り世界の「裏側」へ自らを移動させることで従来とは異なる知覚手段で広範囲の情報を取得可能というものである。

 それこそ、純粋な範囲だけでいえばミュレの領域魔法では足元にも及ばない。


 自然の比率が空間内のほとんどを占めていないと使えないという欠点を考慮すれば、どこでも使える領域魔法の方に軍配は上がるのだろうが。


 オーレリウスは瞳を閉じ、自身の脳が震えるように僅かな痛みを放っているのを感じていた。

 この世界では、視覚も聴覚もあまり意味をなさない。

 みようとして何かを見せてくれる世界ではない。ここは世界の「裏側」。この世界なりのものの見方がある。


 それが竜魔法第三階位「感応」

 自身が知覚できる範囲内のマナを識別し、それを現実風に再投影させるという魔法である。

 しかしながら「解離」によってもたらされる膨大な「マナ」の情報を処理することは本来なら困難極まりない。

 だから、オーレリウスは「絞った」

 シンプルに、より巨大で、より強力で、より「穢れ」を帯びたマナを持つ存在を絞った。


 そして、見つけた。


 地下200m付近、そこに「それ」はいた。


 大きく、猛々しく、そして強く穢れを帯びていた。


 レイジ・オブ・ハートを狙撃形態に移行し、構える。この銃にスコープはない。

 マスクに搭載されている射手とのリンク機能にて着弾地点にポイントが点灯する。

 自身に埋め込まれた付与:瞳へ付与(メタモライズ)拝瞳(テレスコープ)夜目(ナイト・アイ)を付与し、スコープとするのが帝国流だ。

 安全装置は既に外してある。あとは…


「撃って、当てるだけ」


オーレリウスは仄かに赤く光る四眼の奥で対象へ狙いを定める。

無数の水晶体を持つ瞳がせわしなくぐりぐりと蠢き、照準を合わせていく。


ゆっくりと、息を吐き

ぐにゃりと流れるときの中、息を止める。

殺意を伏せて

祈らず、驕らず

引き金を、絞る。


レイジ・オブ・ハートより開放された7.62×55mmM(マナ・)C(コンバーター・)R(ライフル・)B(バレット)/W(ウィンド)B(ブラスト)弾の咆哮が静寂の世界の中で響き渡る。それが開戦の一撃であるかと宣言するように。


数秒後、オーレリウス達は裏側よりこちらの世界へ戻ってくる。


オーレリウスはその場にえづき、腐敗臭のする黒い液体を吐き出す。


それを感じたストルムが声をかけてきた。

⦅馴らしもなしに長時間感応しているから「穢れ」を吐く羽目になるんだよ⦆


(うるせぇ。いつになってもこれだけは慣れるもんかよ)

 

 そういい、口をぬぐった刹那。

 森の遠方で小さな地鳴りと共に炸裂音が響いた。


 ⦅流石元狙撃兵⦆

 (馬鹿にすんなよ、相棒。倍の距離があっても当ててやる)


 そういって、オーレリウスは再び動き出すのだった。



 ミュレは、不思議な光景を目の当たりにしていた。

 竜が突然、天を仰ぎ、月を見たかと思えば、その少し後で遠方で炸裂音が響き渡る。


 「なんなの…」

 そういうミュレを無視するようにストルムはどこかへ飛び立とうとする。


 「あっ!ちょ…」

 いうが早いか、ミュレはストルムの鞍を掴み、宙を舞う。

 

 「……ん?は、え…はぁ!?」

 ミュレを三度見たストルム。

 「何やってんだ手前!死ぬ気か!?」

 とミュレに向かって吠えるものの、風圧で吹き飛びそうになっている少女を地面にたたき落とすわけにもいかぬと口を紡ぐ。

 だが、ミュレは杖を構え


疾風旋律(エアロ・メロディ)舞踏剣(ダンシングブレイド)


 空気を纏め上げ作られた刃がストルムの掠めるように飛翔すると思わず体を大きく左へ傾ける。

 ミュレはその隙を逃さず鞍についているハンドルを握るとストルムの背中へと飛び乗った。


 とはいえ、この鞍はいろいろ妙である。

 手綱をはじめとした誘導用の道具や、(あぶみ)がないため脚を乗せておく場所もない。

 あるとすれば鞍に設置されたこの奇妙なハンドルが一つ。

 両サイドと後方にマウント用のベルトやら金具が括られているだけの状態。

 これではストルムが左右に大きく揺れるだけで上に乗っている対象は振り落とされてしまうのではないだろうか。ミュレの思考を読んでか読まずか、ストルムが飛びながらミュレに言葉をかける。


 「お前さんの前にあるハンドルは、本来低姿勢保持の補助に使うものだが、今のお前さんにとっちゃ命綱だなぁ?」


 ミュレは杖を片手に、ハンドルをしっかりと握る。ついで魔法を駆使し鞍にまとめていた幾つかの留め具で自身の体を固定する。

 その様子を背中で感じていたストルムは口笛を鳴らす。

 「やるねぇ、いいマナの動かし方だ。お勉強はしっかりしていたようだな」

 褒められているというよりも茶化されているように感じたミュレはむっとして無言になる。 

 しばしの無言が流れ、ストルムが口を開く。

 「なんでついてきた?」と


 意外だったのか「え?」と素っ頓狂な声を上げるミュレ。

 「いろいろ妙なんだよ、お前。義理人情の一つで契約者のケツは蹴らねぇし、命だって張らない。そもそも今こうやって竜の背中に必死こいて乗ってまで追いかける必要すらねぇだろ」


 だから気になった、いいてぇのはそれだけだ。と言い終えると竜は飛行に集中する。


 「あなたには、関係のないことでしょ」

 後ろめたい様子もなく、きっぱりと言い放つミュレ。

 その様子にストルムはこの女が抱える病的な正義感という何かに、どこか興味を惹かれるものがあった。


 だから、振り落とすこともなくこのまま飛び続けることにしたのであった。


 

 オーレリウスはストルムが来るのを待ちつつ、炸裂音がした付近へと歩みを進めていた。

 周囲の土がまるで泥のようにぬるりと隆起し、イノシシたちが中から現れ始める。

 その数が、20を超えてきたあたりでひときわ大きな隆起と共に、それが雄たけびを上げて姿を現す。

 イノシシというよりも歩く岩山のようなそれは、ゆっくりと大地を踏みしめ数歩歩いたのちその場にしゃがみ込む。

 みれば片目を中心に肉が吹き飛んでいる。7.62×55mmMCRB/WB弾によって見事に食い破られた痛みを案ずるかのように、周囲のイノシシたちのうち近しいものが傷をなめ癒そうとしている。

 赫四眼の髑髏越しにイノシシたちを見ている中でオーレリウスは目を疑う光景を目撃する。

 傷をなめていたイノシシたちのうち、何匹かの体が泥り、と溶け始めたのだ。まるで氷が水になるかのように。そしてそれはまるで意志を持つかのように傷口へと溶けて混ざり、最終的には大イノシシの傷は完治してしまったのだ。


 (つまり、あの大イノシシを相手する上で長期戦はこっちの手札を浪費するだけ、か)

 たいしてあちらは死ななければ致命傷を負っても回復させる手段を保持している状態。

 つまり悠々と長期戦の構え、というのだ。

 現に警戒こそすれども積極的に周囲を探るような様子などなく、皆ゆるりとしている様子がうかがえる。


 オーレリウスは髑髏面の右下に表示された残弾数を確認する。


 EW-SC「レイジ・オブ・ハート」:迎撃形態/残弾5

 EW-SC「レイジ・オブ・ハート」:狙撃形態/残弾1

 EW-SC「ダンダリアン」    :残弾2



 狙撃に使えるのは後1発。先ほどのショットは成功させていてよかった。本来この1発は先ほどの狙撃を失敗したときの予備弾であったのだ。最も、今この段階であの狙撃は事実上の失敗となってしまったわけだが。


 まぁ、悔やんでいても仕方がない。なら次も当てればいいだけのこと。


 レイジ・オブ・ハートのグリップを展開し、迎撃形態へ移行する。

 移行が完了したレイジ・オブ・ハート銃身下部にあるショットガン用フォアエンドを後ろへスライドさせると、薬室内に銃弾が込められるときの機械音が小さく響く。

 左手で右わき腹のホルスターに下げているダンダリアンの安全装置を解除したのち、

 赫四眼の髑髏面を上にずらし、ゆっくりと息を吸い込む。

 時間をかけ、肺の中の空気をすべて吐き切ったのち、赫四眼の髑髏面を再び装着する。

 そして、オーレリウスは闇を駆けた。


 


 イノシシたちの咆哮が響き渡る。

 威嚇とよく似た殺意がオーレリウスへ向けられている。

 「こちらへ来るな」という声色ではなく。

 「殺してやるからこっちへ来い」と言っているように感じる。

 誰が、だれに向かって何をしたのか。このイノシシたちはとうに理解しているということらしい。

 「なら、紳士ぶる必要もねぇな」


 オーレリウスの左腕が僅かに肥大化し、めきめきと筋肉が脈動する。

 -授腕(ストロンゲスト)

 -付与(メタモライズ)爪牙(ビースティ・エッジ)

 -付与(メタモライズ)(アナザー・アームズ)


 左腕が完全にストルムのそれと同じように、漆黒の甲殻を纏う剛腕へと成長し、右腕の周辺に生えた新しい腕はレイジ・オブ・ハートを掴み、射撃の支援を行うようにそれを構える。


 イノシシたちはわれ先に殺してやるといわんがばかりにオーレリウスへと突貫していく。

 さりとて、それをおとなしく待っているほど圧倒されてもいないし、愚かでもなかった。

 

 -招土(サモン・グランド)

  

 オーレリウスは大地を左手で叩く。すると眼前に土の壁がせりあがっていく。

 それはイノシシたちの突進を阻む。だがそれもわずかの間でしかなかった。

 イノシシたちはまるで泥に顔を突っ込むように土壁に穴をあけ迫っていくのである。


 「得意な属性ならこちらの魔法にも干渉するあたり、禍つ獣の配下ってやつらはよ!」

 まるで壁に彫られた彫刻のごとくイノシシたちの顔面が土壁に浮かび始めたころ合いで、オーレリウスは指パッチン(ハンド・スナップ)の構えをする。


 -招風(サモン・ウィンド)


 指を弾くとともに、カマイタチが土壁を裁断していく。

 中にいたイノシシたちもまた断ち切られ、地面に沈む土壁と共に姿を消した。

 

 仲間の死を惜しむわけでもなく、また新たなイノシシたちがオーレリウスへ迫りくる。

 

 オーレリウスは左手に力を籠め、突進してくるうちの一匹へ拳の一撃をもって地面に叩き伏せる。

 僅かな地鳴りとともに、地面へ頭部が食い込むイノシシ。

 そのまま、レイジ・オブ・ハートを右より追撃せんとするイノシシへ構え、引き金を引く。

 合成マナ火薬の火花と咆哮が炸裂するととともに12ケージワスプ・バイト弾がイノシシへ食らいつく。

 その場で立ちすくんだかと思えば、まるで痙攣でも起こすかのように身体が2,3度跳ねたのち、その場へ倒れ伏してしまった。


 ワスプ・バイト弾は命中した対象を貫通し続けようとする呪装弾(カース・バレット)の一種であり相当強固な鎧や甲殻、粘性生物のようにそもそも物理攻撃が効果を発揮しにくい対象でもなければ命潰えるまでその身を引き千切り続けるという特製を持つ。

 イノシシのような生物系であればまず助からないだろう。

 増やした腕の一つがフォアエンドを引き、排莢を行うといよいよ例の大イノシシの眼前まで迫る。

 その威圧的なまでの体格に思わず一瞬たじろぐものの、やることは変わらない。

 

 こいつを倒す。それ以外のことは、その時考えればいい。


 オーレリウスは左腕に意識を集中させる。

 左手首に円形の魔法陣が展開され、それが肘にも発生する。

手首と肘の魔法陣の間で迸るような雷光が煌めきだす。

 その魔法を見て、大イノシシは何を怒ったのかオーレリウスに知る由はない。

 だが大イノシシはその脚でオーレリウスを踏みつぶさんと迫りくる中で「焦り」を感じた。


 そりゃそうだろうよ。


 オーレリウスはそれを躱し、駆足(ホッパー・レッグ)の魔法にて強化した脚力で一瞬のうちに大イノシシの眼前に迫る。

 


 そして、左腕で大イノシシを殴りつけた。


 雷光迸る、その腕で。


 -招雷(サモン・ライトニング)


 肘の魔法陣が手首まで一瞬で移動し、双方が激突する。

 その瞬間、殴りつけた拳より巨大な雷の柱がイノシシに突き立てられた。

 まるで、雷の杭をイノシシへ打ち込んだかのように。


 衝撃と閃光が、周囲を包み込んだ!

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