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乾期は歓喜の季節㉛

 ダ・グドレたちが通された場所は、先程オーレリウスたちがいた部屋のように用途不明の機材や道具が転がっている部屋、というよりも応接などを行う用の部屋であるなと感じた。


 無機質な部屋の真ん中にイスとテーブルが置かれているだけの部屋。

 頭上を照らす照明の白さがより一層無機質さを助長させている。

 先程まで一緒にいたドローンは既にミュレを別の場所に案内している。その一方で自分たちはこの部屋で待つように言われているのだ。

 ドア以外、この部屋と外界を視覚・聴覚的につなぐものといえば照明の傍に設置されている黒い円盤状の何かであろうか。あれが何なのかヨルを含めグドレ姉妹には皆目見当がつかないかった。

 右も左もわからない状況で行動を起こすのもリスクがある。余計なことをしてこの工場の主から目をつけられることもないだろう。


 そうして暫く待っていると、ドアが開く。


 椅子に座っていたグドレ姉妹ではなくドアのすぐそばで寄りかかっていたヨルが警戒するが、それが先程のドローン、もしくはそれの同型機であろうと確認をするとそのまま通す。


 ドローンはそのまま中を滑るように浮遊しながらグドレ姉妹のほうへと向かっていく。

 そうして、テーブルの上に円筒状の物体をそっと置いた。


 太めの葉巻入れか何かと思っていたが、ドローンがそれを右に引くと、中から薄いフィルムのようなものを展開する。左側の上下にあるつまみを押し込むとピンのようなものが展開され、それでこのフィルムを固定する仕組みらしい。


 

 「…ナニ、これ?」



 ミ・グドレの疑問に対してドローンが回答する。


 〈帝国軍で採用されている携帯用デバイスです。記録保管用としても使用されております…これから、あなた方の基本情報をこちらに記入していただきたい。〉



 要は、難民受け入れ申請というものを書け、ということらしい。


 こういう時、ネ・グドレかヨルの出番だ。ダ・グドレはミ・グドレの世話くらいしかやることがなくなる。


 フィルム素材を指でなぞるという感覚は不思議なものがあった。最初こそ押し込みすぎるとフィルムが歪んで操作しずらい印象があったものの、慣れてくると案外触り心地の良い素材を指先で撫でるようになっていく。


 とはいえ、今は亡き帝国に対して難民受け入れの申請書を書いているというこの光景がどこがずれたもののようにネ・グドレは考えた。


 ひとしきりの記入を終えると、ドローンへと手渡す。

 それを器用に自身の後部に存在するソケット内へと挿入し、しばらく何かやり取りをしている様子であった。

 

 〈難民受け入れの準備が整うまで…あと、217年11か月お待ちください〉


 と帰ってきた。


 ここで大笑いしたのはダ・グドレであった。

 「帝国謹製のドローン様は、キッツいジョークを言うもんだねぇ。こんな世界で200年以上生きろっていうのかい」


 ヨルは溜息をつくもおおむね同意の意を示す。


 〈現在、帝国議会より申請許諾が下りるのを待機中。それまでの間帝国領内での活動は帝国入国管理法に基づいた自由があなたたちには与えられます。具体的には、生存に関する内容を含む居住、労働を含む生産的活動を行うことができます〉


 そういい、先程のデバイスをネ・グドレへと変換するドローン。


 〈難民受け入れに関するお問い合わせは……の番号へ。帝国入国管理局の窓口へのコールナンバーとなっております。繋がらない場合は帝都アールマに向かい直接交渉をお願いいたします。その際にこのデバイスがあなたたちが所持する「戸籍」となり、これの所持・提示をもってあなたたちは例外的に帝国国民としてみなされます。紛失・破損には十分お気を付けください〉


 何はともあれ、これで手続きは終わったらしい。

 最後に、ドローンはこう告げる。


 〈そのデバイス内には帝国が所有している国土の情報、並びに生存に関する基本的な情報が記録されています。難民受け入れ申請が受理されるまでの間に目を通しておくことを推奨します。準備が整うまでの間はこの工場の立ち入り許可区域への滞在が許可されます。但し、48時間を経過する場合は超過申請を行う必要があります〉

 というのであった。



 ネ・グドレはそれからというもの、ずっと先程のデバイスとにらめっこをしている。


 ヨルが欠伸をしながらも監視と警備を続け、ミ・グドレはダ・グドレの膝を枕にすっかり寝入ってしまっている。

 ダ・グドレもまた、欠伸を噛み殺しながらネ・グドレを見やっている。


 「ネ。あんたいつまでそのペラ紙に夢中なのさね」


 そう声をかけられたとき、はっとした様子でネ・グドレはダ・グドレへと向く。

 「ダ姉さん。これ、ヤバいかも」


 このデバイスの中にはドローンが言うように、様々な情報が詰まっている。


 当時の帝国領内の路線や街道、各都市に関する情報。

 覚えておくべき帝国の法律に関する内容。

 道中、有事の際に有効なサバイバル術をはじめとした帝国領内で自生している動植物に関する情報。

 その他、帝国に関する一般人が知っておいて損のない情報が種類ことにアプリケーションとして記録されていたのだ。


 ネ・グドレには、目的があった。そのためにこの状況を利用するつもりでいた。この端末の中に納められているデータは、元々禍つ獣がはびこる当時の帝国領内を安全に渡ることができるように提供されていたものなのだろう。だが、それこそ彼女が求めていたものの一つであった。きっとまだ、この工場のどこかにあるかもしれない。

 

 そう考えているネ・グドレよりデータを見せられたダ・グドレは、これらの情報が現在においてどれほどの価値になるのかを知ることになるのは。もっとずっと、後の話になる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 薄暗くあたりを照らす白い光の下で、激痛に呻く少女の悲鳴が木霊する。

 小さく電光を発するその棒がミュレの体に一当てられた瞬間。彼女は全身の筋肉が自身の骨を締めあげるような苦痛を味わう。

 体中が軋み、歪み、呼吸すらままならないほどである。


 〈再度、質問を行います。あなたの投降理由は?〉


 これは質問じゃない。尋問だ。

 以前カンニングが発覚しかけた際、その手の甲へ押し付けられた杖の痛みとは明らかに本気度が違うそれを、戦時中に行われていた本物の尋問を味わっている。

 

 これをオーレリウスやアルハンブラが見れば、前菜と答えるであろうが。

 ミュレにとって主菜に他ならない。


 彼女の小さな体ではとても食べきれるものではない。


 カハッ。と息を吐くミュレ。全身を襲う激痛から解放された彼女は今呼吸を行うことでさえ全力で意識しなければ気をやってしまう。


 いっそ気絶をしてしまったほうがいいのかもしれない。だが相手は機械だ。

 此れでだめなら次はどんなことをされるのか想像したくない。

 合理的にミュレを痛めつけてくることは想像に難くない。

 

 ミュレは、必死に思考を回す。焼き切れたのかと疑わしく感じるほどに熱を帯びた脳髄が生存欲求で狂い踊り狂うように彼女の思考を廻す。


 「だから、最初に言ったでしょ…スクールのやり方に不満を持ったから、投降したって」


 暫くの静寂の中でゆらゆらと動く某の動きから目が離せないミュレを関することなく機械が何かとやり取りを続けている。


 機械が改めてミュレへと向く。

 〈では、あなたが持つこれについて説明を求めます〉


 そういうと棒を器用に使い、ミュレの上着をめくり上げる。その中に眠る4つの指向性爆薬が顔を表した。


 〈成分分析の結果、これは指向性爆薬の一種と判断します。これを何に用いるつもりであったのでしょうか。また、オーレリウス・ベルベット特務上等狙撃兵との関係性について明言を〉


 どうやらドアの前でのやり取りを見られていたらしい。確かに捕虜希望者が体の中に爆薬を隠し持っているのは怪しい。旨く丸め込んで工場へと侵入しここを爆破しに来ました。といったほうが状況証拠とともに自然な流れである。


 ミュレは言葉を慎重に選び、眼前の尋問官へと説明を行う。


 「私はね、ここを爆破するように言われたのよ。これを使ってね。私の家族は連中に人質に取られているわ。そういうやり方に、嫌気がさしたの。だからオーレリウス・ベルベット特務上等狙撃兵様にそう説明し、捕虜になることを受け入れたのよ」


 大体嘘だが、ミュレなりにこの事実関係を確認されることはないという確信があった。

 一つに、今自分が捕まっている状況においてスクールの制服を着ていたから。というのが理由だ。確かに今ミュレが来ている制服は伝統を重んじデザインは戦争当時から大きく変えられることはなかった。それ故にミュレが今こうして尋問を受けているわけなのだが。


 逆にいえばこの工場ないし管理者がミュレを判断しているのは制服、今この工場周辺から得ることのできている状況だ。


 当たり前だ。ミュレは帝国があった時代を生きているわけではない。帝国側にも何の情報がある訳もない。またこれまでの会話からもこの工場が把握しているのはこの周囲のものに限定されていると仮定する。


 現にこれまでドローンたちの会話の中に紛争や周囲での戦闘行動について一切の動向が見られない。どこか平常運転のようにも思える。

 私がここの工場長だとして、もし周囲で戦争が起こっているというのであるならば少なくとも警備の兵士は巡回させるなど周囲への警戒を怠らないようにする。


 ここに入るまでのやり取りからおそらくまだこの工場は管理者が「再起動」したが故に周囲の状況を把握しきれていない可能性が極めて高い。であるからこそかつてあった情報を起点にミュレを捕縛したのだ。


 そうなれば、ミュレの発言に対しすべてを否定はできなくなる。怪しさは十分だが、味方が捕虜として連れてきたからにはそれに足る理由がある。


 だからこそ、今こうして生かされている。今行われているのが処刑ではなく尋問であるのは、今この工場は判断をしているのだ。


 この女が、本当にメルカッタ開放団を裏切ったのか、と。


 ミュレは、この間にも思考を巡らせる。


 この工場に潜入した目的は、自身が喪った杖の代用たる技術。今のところそれにあたる精霊魔法の完成に必要な最期の「知識」


 それを得る上で必要な自分の立ち位置。自分が入らなければいけない場所。

 入り込むために、どのような「情報」を提示する必要があるのか。

 彼女は今、それを必死に導き出そうとしていた。




 この工場において、隠しカメラの存在は当たり前のようにそこら中に設置されている。その画面から映し出される光景は、中尉が特務上等狙撃兵に覆いかぶさるような光景。見るものが見れば何かが花開きそうな泥臭い耽美な映像を無機質に記録し続けている。


 そのカメラのほうへ、オーレリウスの左手に存在する竜眼が向く。


 実のところ、この竜眼もまた通常の眼球と同じような機能を有している。だが人間が持つ通常の視界とは別に左手から見る光景が視野に混ざると面白おかしい視界情報を得てしまうため、普段は覆い隠しているのだが。


 その左手が、アルハンブラの首にかかっている。


 これが、二人を繋いでいた。


 耽美的にではなく、魔法的に。


 (…もうちょっと、いい方法はなかったのかよ。クソ両刀野郎)

 明らかに侮蔑の意志をアルハンブラに念話で伝えるオーレリウス。

 

 (いやぁ。だったらお前から何かいい方法出してくれよな。とにかくカメラの様子はどうだ?)


 そう返答するアルハンブラの肉体に包み隠された状態のオーレリウスは、首にかけた指をそろそろと動かすようにして燐光文字を小さく生み出す。


 僅かな光を放ち、州へ溶けて消えていく。周囲のマナを感知する類の魔法である。

 (あれはマナ感知型じゃないな…今ので微塵も反応がない。この工場おそらく低稼働状態になって相当数時間が経過していると考えていいかもな。現に、隣の芝生で豪勢に戦争おっぱじめているのに何の警備も出ていないことからもそう考えることができる)

 

 (どんな愚鈍な墓守でも、隣でバーベキュー・パーティーやってる馬鹿が居たら止めに入るもんな。これからどうする?)


 アルハンブラに問われたオーレリウスは静かに思案する。

 (取り敢えず、ミュレの奴は今頃尋問を受けている可能性が高い。馬鹿正直にスクールの制服を着せてきてしまった俺のミスだ)


 (うら若き乙女の肌を見るチャンスを逃したってわけか。それはそうとあの嬢ちゃん。肌に火薬でも塗る趣味があるのか?変な臭いがしたんだが)


 (どんなことがあるかわからんとか言って、指向性爆薬を体の中に仕込んで持っていやがったな)


 それを聞いたアルハンブラは、呆れていた。

 (今頃死んでるかもな。あの嬢ちゃん)

 

 それを聞いたオーレリウスは、珍しく笑みをこぼす。

 (死んだところで素直にあの世に旅立つようなガキじゃねぇよあれは。俺かお前の背中に取り憑いてでも成すことを成し遂げようとする類の大馬鹿だ)


 (俺が好きなタイプの大馬鹿だな)


 そういうとお互いに離れ、衣類を整える。


 オーレリウスは、どこかへと向かって声をかける。


 「聞こえてるんだろ?なら俺の話を聞きやがれ…この工場はもしかすると近いうちに冒険者勢力の襲撃を受ける可能性がある。あのスクールのガキは囮に過ぎねぇ。尋問している暇があると思ってるのか」


 そういうオーレリウスたちがいる部屋に向かって、近づくモノがいた。


 直後、木製のドアが粉々に粉砕され周囲を噴煙が舞う。


 そこにいたのは、あの母蜘蛛を小さくリサイズしたような個体。


 SC「スパイダー」であった。

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