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乾期は歓喜の季節㉚

 深き闇の奥で、それを見る無数の視線にオーレリウスたちが気が付くことはない。

 その瞳はそれぞれを見やりその光景を訝しんでみている。


 アースラズたちはこの工場へどう入ったものかと試案をしていたところであった。

 何せどこもかしこも堅牢に閉じられているのだ。貝のように貝柱を切ってこじ開けるようなことが出来れば今このような苦労をしていない。


 現に先にこの工場前に到着したのにもかかわらず、アルハンブラ達に先を越されてしまっている。


 どこかに入れる場所はないかと今斥候を放っている間にアルハンブラはどこかから帝国軍人を見つけて連れてきたに違いない。


 「つまり、アイツも帝国軍人…だとしてもおかしくはないか」

 グレゴリーの思案は当たっている。実際問題、アルハンブラはその説明不能な身体機能を惜しみなく禍つ獣たちの戦いに発揮している。契約者なのでは?と言う噂もあったが検査をしても契約者としての反応は無し。

 契約者じみた身体能力を持つただの人間。神様もきっとルゴウエストの蒸留酒(スピリートゥヌ)を浴びるように呑んだのだろうと笑い話にしたことがある。

 だが、このようなものを見てしまえばアイツが帝国と何の関係も持たない。という線も消える。

 状況証拠によるものしかないが、グレゴリーにはそう思えて仕方がなかった。



 などと余計なことに思考を割いている内に、斥候が戻ってくる。

 彼からの報告を聞いたグレゴリーは早速アースラズたちに死地を告げる。


 「寒中水泳の時間だ」と。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 「俺?契約者だがそれがどうした」


 ミュレの疑問に対する返答は、呆気を取られるほどにあっさりとしていた。

 オーレリウスとは別の意味でこのアルハンブラという男に対して頭が痛くなってくる。ミュレの顔はみるみる白い葡萄を噛んだように萎んでいく。


 「あんたねぇ…誰に言ってるのかわかってるの?」

 ミュレの妥当な言い分にアルハンブラは笑う。


 「帝国軍の管理IDを喋った地点で今更隠すようなこともねぇよ。それに、あんたはオーレリウスの奴の事は伏せてくれているだろ?なら、俺のことも伏せておいてくれるはずだ。秘密が一つ増えたところで大して変わんねぇよ」


 「あたしに首根っこつかまれたようなものだとしてもかしら」


 「俺の首根っこを掴んだのなら注意することだな?気の向くまま暴れまわるから振り落とされんなよ」


 それよりも、とミュレの視線をそちらへと促すアルハンブラの言葉に従うようにそれを見るミュレ。


 見上げるような巨躯の機械。

 4本の脚部を持つ蜘蛛を模したかのような何かがそこにはあった。


 背部に搭載された大型の銃砲はミュレが城砦に鎮座されている迎撃用の迫撃砲をもっと大きくしたようなものに思えた。


 「G-21.7.5.1 SC(シリアルコール)母蜘蛛(マザー・スパイダー)」。拠点攻撃用に開発されたRRシリーズの大型起動兵器カテゴリに属するって代物だ。たしかに、アースラズの連中がこんなものを手にすれば戦局なんかあっさりひっくり返るだろうよ」


 灰色の金属に覆われた母蜘蛛の脚に触れながらアルハンブラは言う。


 かつて帝国にはこんなものをゴロゴロと生産していたというのなら戦争でなぜ負けたのかが気になるほどに、その巨躯に圧倒されているミュレ。

 一方で、オーレリウスは飛来してきたドローンと会話を行っている。


 〈武装を確認しました。SC「レイジ・オブ・ハート」。投稿上に残存する備品の中でそれに該当するのは弾薬のみではありますが、それでよろしいですか?〉


 「かまわない。備蓄食料はいくつかあるか?」


 〈帝国戦時特例法第38条:各工場では有事に備えて未使用生産ラインを使用し食糧生産及びその備蓄を行うべし。〉


 「つまり、あるってことだな。案内してくれ」


 ドローンのついていく中で、工場の中では今も静かにそれが鎮座している。

 卵のようなカプセル。その中にはきっとあいつがいるのだろう。

 帝国軍とその機械兵士たちを支援するために開発されたRRシリーズの始祖にして完成された量産兵士。G-1.7.5.1「スパイダー」。

 それらが孵化を待つかのように、工場内に整然と敷き詰められている光景を久しぶりに目の当たりにするのだった。


 工場を通されたオーレリウスたちはとある部屋に通された。

 そこには無数の工具が並べられ、ミュレからすれば何が何やら思い浮かばないような機械たちが所狭しと並べられていた。オーレリウスはそのうちの一つにレイジ・オブ・ハートをのせると、おもむろにいくつかの工具を手に取り、解体を始める。


 その様子を眺めていたミュレが口を開く。

 「ここは?」

 

 至極当然の疑問にオーレリウスは返答する。

 「かつて帝国軍のうち、契約者などの生身の人間が自分の武器を整備するために使用する部屋だよ。この部屋自体後になって増設されたんだろうがな。どっかの国々と戦争をおっぱじめた結果、あちこちに人用の設備を設けたんだとさ」


 帝国軍は、その初期こそ人が主体となっていた軍隊は、後年になるにつれ機械化・自動化が進んでいった。その過程で人が戦場に立つことが少なくなっていったのだがメルカッタ開放団との戦争に際し軍拡の一環として招集された兵士たちのためにこのような場所を作ったのだという。

 だが、工具の様子を鑑みるにおそらくここは使われることもなく終戦を迎えたのだろうと、オーレリウスは考えた。


 ボルトをはじめとして各種パーツをてきぱきと外していく。

 磨き、粉末状にした偏属性マナクリスタルを刻印に彫りこんでいき、可動部へ油を点していく。


 アルハンブラとグドレ姉妹たちは持ち込まれた軍用レーションを手に取り口にする。

 思わず身震いする様子の彼女たちを見て懐かしむようにレーションを齧るアルハンブラ。


 分解、洗浄、整備を終えたレイジ・オブ・ハートをくみ上げると、次はダンダリアンに取り掛かるオーレリウスと、それを興味津々といった様子で眺めているミュレ。


 それも終わった頃に、ドローンにより持ち込まれたアタッシュケースの形をした箱を受け取る。開けばその中には宝石のように煌めく弾頭を持つ50口径弾やレイジ・オブ・ハート用の7.62×55mm弾がそれぞれクリップやクイック・リローダーに装填された状態で格納されていた。

 オーレリウスが今後起こりえる戦いを想定したうえで弾丸を選別している最中。

 ミュレととともにレーションを投げてよこされるオーレリウス。


 おもむろに梱包を開き、口にする。

 ミュレが思わず身震いをする。


 一口噛むと、半分溶けたキャラメルとウエハースのような触感が歯に当たる。咀嚼するたびにげんなりするほどの甘さが口いっぱいに襲撃を仕掛けてくる。


 懐かしい甘さに、オーレリウスは溜息をつくのであった。


 

 しばしして


 ドローンが事情聴取という事でグドレ姉妹たちがミュレを連れていくという。


 「何をする気だ?」


 オーレリウスの質問に対し、ドローンは答える。

 〈彼女たちは、帝国領外よりかくまった難民。ということでよろしいですね?〉


 その質問にはアルハンブラが「そうだ」と答える。


 確認したドローンは何かをやり取りしたのち、彼女たちを連れて行ってしまった。

 オーレリウスは、無性にタバコが吸いたくて仕方がなかった。こういう時は大抵良くないことが起こった後の反動か、良くないことが起こる予兆を紛らわせたい時だ。


 そんな様子を察したのか、アルハンブラが笑みを浮かべて揶揄する。

 「どうした上等兵。ここは禁煙だぞ」と。


 分かってるとでも言いたげにかぶりを振るうオーレリウスに対しアルハンブラは立ち上がる。


 「なぁ?オーレリウス」


 「なんだよ」


 そういいながらも近づくアルハンブラに、オーレリウスは言いようのない悪寒を覚える。

 

 「かつて知り合いに聞いたことがある」

 オーレリウスを壁際まで追いつけると、その逞しい腕を壁につく。けたたましい音とともにオーレリウスの眼前に迫る巨躯の大男が見上げるように迫る。


 「職場内で、ヤるってのは興奮するらしいぞ」

 

 「相手を間違ってんじゃねぇかダボ。手前に()()くれてやるつもりはねぇよ」


 その次の瞬間、アルハンブラがその身にオーレリウスを抱き寄せる。

 オーレリウスの左腕が、アルハンブラのむき出しの首に巻かれた。



 一方、そのころ


 グドレ姉妹たちと別れたミュレが案内されたのは、空虚な部屋であった。

 一面灰色の壁で覆われた四角い部屋の真ん中に椅子が置かれている光景を見たミュレがその異様さに色々と考えてしまうがドローンに言われるがままにその席に座る。


 ドローンがミュレの周囲を飛び回ると、誰かと通信のやり取りをしているのだろうか僅かな駆動音のみがこの部屋に小さく響いている。

 その様子を静かに伺っているミュレの眼前に降りてきたドローン。


 突如そこから射出された何かによって、ミュレは椅子に拘束される。


 「ッ!?」

 咄嗟に避けようとするも結果として椅子ごとその場に倒れるような形で縛り付けられる。

 ワイヤー状の高速具が椅子に食い込み、ミュレごと縛り上げる。


 ドローンが、静かに言葉を発する。

 〈あなたは、スクールの生徒で間違いないですね?アーカイブ内に登録されている当該記録との相違、10.24%。損傷率を鑑みてもスクール在住生徒が着用している制服であると推定。これより対象への質問を開始します〉

 

 ドローンより伸びたその針状の物質から発せられる僅かな音と光。

 ぱち、ぱちと迸る電光を見たミュレは、改めてここが帝国の工場であることを痛感した。

 

 〈改めて、質問をします。あなたは、スクールの生徒で間違いないですね?〉


 「そうね。だったらどうするのかしら?」ミュレなりに強がっては見るがこの状況そのものが、異質で、斬新で、無機質な恐怖に押しつぶされそうになる。


 僅かな静寂ののち、それを破るのはまたしてもドローンであった。


 〈何故、投降をしたのですか?〉

 杖が使えれば、今頃どうとでもなるであろうが今はそれもできないためミュレはこの状況に対する打開策を考える。

 変な話ではあるが、機械の信用を勝ち取るための返答を考える。


 当時の戦争の中で、スクールの生徒が一人で投降を受けるなんて事はほとんどない。

 帝国軍人であればまず即刻射殺する。

 逆が然りであったのだ。帝国も相応の対応をしていた。

 つまり「戦いが嫌になったから」などの返答は罠である。そもそも、帝国軍人に連れられるような状況を甘んじている地点で考えられる項目は…


 帝国軍にとって、もしくはこの工場にとって有益な情報を渡すため。


 これに付随する形で質問へ返答しなくてはならない。


 ゆっくりと、ミュレは口を開く。

 こんなところに連れてきたオーレリウスたちを恨みながら

 こんなところに準備もなく来てしまった己のふがいなさを恨みながら。


 「私が所属していたスクールの部隊のやり方に、嫌気がさしたから」


 そう、ドローンに告げるのだった。

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