乾期は歓喜の季節㉙
漆黒の中を進んでいる。
ミュレにとって世界は黒である。僅かながらに世界を照らす三日月は、ミュレの視覚情報を限りなく狭めていく。オーレリウスにとってはそうでもないのだろう。
現に今も波打つさざ波の音と風切音の中を相棒たる飛竜とともに進み続けている。
『ありゃぁ…』
ストルムが何かを見つけたようだ。ミュレは目を細め、それが何かを確認する。僅かながらの月光を遮る様にそれが映りこむ。
四角い構造物。夜闇に染まっていることもあってか物々しさよりもどこか閑散とした様相を窺い知る事ができる。
浮遊感とともに浮上を開始するストルムからのぞき込むように眼下に広がる景色はミュレにとって全く知らない建造物が広がっている。見たこともない程に機械化されているその施設は新鮮味を帯びた恐怖を感じるには十分であった。
「あれが、工場…」
ぼそりと呟くミュレを再び抱えるオーレリウス。ストルムの背より飛び立ちそのまま施設の中へと降り立った。
竜が闇の中へ消え去るのを確認したミュレが後ろを振り返ると、そこにはもう進み始めたオーレリウスの姿があった。慌てて追いかけるミュレを気配で確認したオーレリウスはそのまま進む。
工場の壁を軽くノックする。外壁はざらざらとした質感を持っており、オーレリウスが知る範囲であれば、材質はおそらく…。
(アールマ式建造用複合外壁・タイプM。機械兵士製造工場向けに使用される電磁波遮断素材を噛ませた魔芯鋼材型鉄筋コンクリート…)
間違いなくここは、帝国軍が管理していた工場なのだとオーレリウスは確信をしていく。
見る世界が何もかも見たこともないものであふれ、それが闇夜の奥でこちらを手招きしている。そんな風に感じたミュレが緊張のあまりそうやるのとは異なり、オーレリウスは何かを探している。
そんなわけで、2人ともきょろきょろとあたりを見回しながら進んでいく。そうこうしているうちに、オーレリウスはある建物にそれを発見する。
―T-4.7.5.1-MRMF―
工場中心部に位置する建造物の外壁部にその文字列を発見する。
それは、ミュレも発見したようだが、それ以前に周囲の光景に圧倒されているために考えが廻らない。
一方、オーレリウスとストルムは念話による情報整理を開始する。
(T番工場?こいつぁ…)
⦅『トーマス先進技術研究用』の工場か。4751ってことは…4切り番号かよ⦆
帝国軍のこれらに関しての説明をはさむこととする。
基本的に武器に使用される「SC」は兵士たちが口頭などで使用する際に用いられる判別名であり、名前や愛称のそれに近しい意味を持つ。ダンダリアンやレイジ・オブ・ハートもこのSC名である。
当然これらの武器・工場においては識別名が存在しており、これは工場などへの発注の際機械が自動的に処理を行いやすくなるようにつけられる。いわば「機械側からの名前」ともいえる。
まずは、それぞれ兵装や施設の種類に該当する「頭文字」をつける。
例えば、ダンダリアンをはじめとした携行兵装には「W」
ゴーレムなどの機械兵士に該当する兵装には「G」となる。
そこから、数字の羅列が行われるのだが基本的には4つの項目に分割できる。分割点には「.」を入れることで判別しやすくしている。
上の数字から順に
・何番目に開発されたものか
・どの開発シリーズに該当するのか
・兵装・工場ごとの種類
・主要開発国
となる。
この後ろに何らかの文字が付随する場合、その兵装・工場における正式名称の頭文字を取ってくるのが命名規則となる。
つまり、今回オーレリウスが発見した識別名を順に説明すると。
Tは、オーレリウスの言う通り「トーマス先進技術研究用」を指す。(通常は「F」)
4は「4番目に建造された」
7は後述する「MR」シリーズに該当する機械兵士
5は「技術検証・研究用の試作及び運用テスト用」
1は「主要開発国はアールマ」
MRMFを正しく言い直すと「歩兵随伴型多目的小型機械兵用工場」となる。
ストルムの言うところである「4切り番号」とは、識別名のうち数字が4ケタ以内に収まるもの、つまり初期に製造・開発されたものであることを指す。
(…アールマ開発 トーマス先進技術採用式 歩兵随伴型多目的小型機械兵士試作・運用工場。ってところか?研究所じゃなくって工場なのは、正式ロールアウトが決定したそのまま量産体制に移行するためだろうな)
⦅改めて聞くと長ったらしくってかなわねぇな。なんであれ、ここはトーマスの奴が生み出した技術を研究する工場ってことか⦆
トーマス・ラルドフリックは、天才であった。変態でもあったが。
「解法者」ルアロとともに魔法技術と機械に関する開発では突如として何かを生み出すことがある。変に聞こえるかもしれないが、言葉のままである。ある日突然上層部へ持ち込まれるそれらの物品は時折ガラクタであることもあるが、大抵の場合それは帝国の技術力を大きく躍進させるに足る技術であり、未だかつて誰も思いつかなかったような発明でもある。
これを「出来そうだからやった」という理由でいきなり生み出すものだから当時の帝国ではウェンリーをはじめとした諜報部や技術開発部が専門で発足され、このトーマスの発明が「ガラクタか否か」を研究することに心血を注がなければならないほどであった。
当時、レイジ・オブ・ハートを押し付けられたオーレリウスがウェンリーのところへ持ち込んだ際、頭を抱え唸りながら発した言葉を今でも覚えている。
―なんで、携行武器に可変機構を組み込めてんだよアイツ―
と、当時では一部の艦船や大型機械兵士の武器などに採用されていたこれら可変機構を一般兵士が携行可能な兵装にまで小型化を成功させてしまったのだ。
この技術は結局のところシンプルな重量増に置ける取り回しとメンテナンス性の劣悪化という理由で次期主力生産トライアルには勝てなかった上敗戦時まで技術解明がされなかったという代物である。
オーレリウスからすればただただかさばるだけの武器ではあるのだが、この重みは値千金の重みである。その価値を知る者にとっては、であるが。
とにかく、そんな奴の技術研究のための工場。その内初期に作られた工場のため既に正式ロールアウトを終えた機械兵士が量産されている可能性は大いにある。
⦅あの変態発明野郎。何作ってやがったんだ…初期の内ってことは俺たちも世話になった可能性があるってわけだよな⦆
オーレリウス達はそのまま中央の施設まで進むと、見上げるほどの大きな鋼鉄製と思わしき扉があるのを発見する。おそらくこれが施設正面、ないし物資搬入口になるのであろうか。
ミュレはそのサイズ感にただただ圧倒されていた。無機質な建築方式。扉を覆う刻印の類は見られるもののそれはおそらく魔法刻印。装飾と呼べるものは一切見当たらない。一つの目的のためにだけ存在する。そういう場所なのだと豪語するかのようにただそこにあった。
それでも、この先にミュレの探しているものがあるのなら、彼女にとって進む以外の選択肢はなかった。
「…で、契約者さん。これの入り口はどこにあるのかしら?」
「みりゃわかんだろ。目の前にあるぞ」
鼻で笑うオーレリウスの皮肉に眉毛が震えるミュレであったが努めて平静を心がけた。
「ではドアをノックして『こんばんわ皆さん。ただ今帰りました』って言えば笑顔で開けてくれるのかしら?」
「上等兵相手にそれくらいやってくれるのであれば、この工場はきっともう完膚なきまでに破壊されているだろうよ。この工場はトーマスの技術検証およびそれに基づいた兵器の量産工場。つまりトップシークレットの工場だ。見回りがいないことを鑑みるに今のところはおねんね中。ってことだ。ちょっとでも手を叩いてみろ。四方八方から何かが飛び出すぜ、ここ」
ここでトーマスの名前にが出てきたことにミュレは驚くものの、納得はできる。
工場内にある杖と四則・領域魔法の技術で帝国との戦局をひっくり返せるような技術がここに眠っているのだ。並大抵のセキュリティではないことは明白。そもそもトーマス自身帝国軍人だ。
「ってなると、最低でも佐官クラスの連中じゃなきゃドアをノックする権利すらない可能性がある。最悪、強行突破となるが…」
そういうオーレリウスの視線の先にはドアの隅に、人一人が通れるくらいのドアがあった。そこから侵入できそうではあるが。
「そういうことなら。あなたの魔法は使うべきじゃないわね」
そういって、ミュレはスクールの制服をたくし上げる。
両手で包み込めそうなほど細く、透き通った肌を持つ腹に括りつけられていたのは、四角形の物体。それが背中と含めて4つほど出てくる。
「スクールが使用する対物用爆弾。「ドア・ノッカー」。これであそこのドアを破壊すれば行けるんじゃないかしら」
ミュレの発言に今度はオーレリウスが眉根を寄せる。
「つまり?それでドアを壊して進む代わりに、俺に迫り来る機械兵士どもを纏めて相手しろってか?バカも休み休み言え。命がいくつあっても足りねぇ上にお荷物抱えたまま出来るかボケ」
そもそも、オーレリウスにはここに来る用事はない。このままこの馬鹿を放ってやろうかと思い始めていた。
そんな時だ、一つ閃いた。それと同時に、迫り来る者たちがあった。
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ストルムと同様に海岸線を走り抜けるヨルとアルハンブラ。
ヨルはその姿を終い全員を載せられるよう巨大化し、岸壁を掴みながら移動する。その姿は人のそれとは思えず、巨大な粘性の四足獣を想起させる。
一方のアルハンブラは空を「跳んで」いた。
その姿を見ていたグドレ姉妹は以前純粋な疑問で尋ねたことがある。
どうやっているのか?と。
返ってきた答えがこれだ。
―壁を、蹴ってる―と。
何を言っているのかわからなかったが、そのロジックを聞いた。
―足を素早く踏み込むと、足元で壁を蹴るような感覚がする。それを蹴って跳んでる―
どこの世界に足を踏み込んだ際にソニックブームを生み出し、それを蹴るように移動する奴がいるのかと脳が理解を拒んでいた記憶がある。
だがその速度と推力は尋常ではないらしく実際アルハンブラは先程いた場所から3、4回程音の壁を蹴ることで到着してしまった。暫くして壁を這うようにして工場内に侵入し、合流を果たしたグドレ姉妹の目の前ではすでに欠伸をしながら「遅いぞ」と文句をたらす義父がいる。
また、音速の壁を蹴った際に発生するであろう衝撃音を出さない方法として。
―蹴り方にコツがあんだよ。思い切り踏み抜くんじゃなくってちょっとだけ優しく押し出すように蹴ると音が出にくくなるんだよ―
これに関しては理解とかの範疇を超えている世界なので、だれもこれ以上この話で質問をすることはなくなっていた。
グドレ姉妹
ヨル
アルハンブラ
錚々たるメンバーを見てオーレリウスは頭を抱える。大変なことになった、と。
トラブルの種を避けて行動していたと思ったら、トラブルの種の方からやってきた。
アルハンブラが、オーレリウスの肩を叩く。
「子供を連れてくるデート・スポットにしちゃぁ、ちとセンスがねぇな?」
「その子供がここがいいって駄々をこねたもんでね。ベビーシッターも大変な仕事だよ。世の中の子育て中の親はもっと敬われるべきだ」
「躾もベビーシッターの仕事なんだがな?」
そういうアルハンブラがドアの傍に近づき例の識別名を確認する。
次の瞬間、その場にうなだれるアルハンブラ。
「トーマスの奴が関わってのかよ、ここ。どうするんだベビーシッター。テーマパークみたいにチケットがあれば入れるような場所じゃねぇぞ」
その問いに、オーレリウスは答える。
一つ、手がある。少なくとも派手にドアを叩く必要はないだろうと。
オーレリウスがドアの横、何らかの液晶画面とカメラがある場所へ向かう。
呼び出しボタンを押すと、ノイズ交じりの機械音声が聞こえてくる。
〈ご用ケン、ヲ。ウガガいまス〉
祈る様に、オーレリウスは魔法の言葉を唱える。
「こちら帝国軍竜騎兵大隊 第6小隊「ロンギヌス」所属、オーレリウス・ベルベット特務上等狙撃兵。ID、135770080。トーマス・ラルドフリック帝国軍先進技術総括長製造、識別名TW-32.o.5.1-ROHの不具合修理及び補給を行いたい。特務任務に就き特例措置を求む」
少しの時間が経過する。そののち音声が戻ってくる。寝ぼけた頭が戻ってきたためか、先程よりノイズはクリアになっている。
〈オーレリウス・ベルベット特務上等兵のID、階級を確認。照合完了。質問:特務上等狙撃兵のほか、何人か確認されます。状況の説明を求めます〉
オーレリウスの話を聞いていたアルハンブラが、すかさず割り込む。フードを脱ぎ口に当てていた布を取りカメラの前へ進む。
「こちら帝国陸軍第1師団及び第2連隊所属、アルハンブラ・カザンドラ中尉。ID、003000003。帝国領外より任意の戦時難民を保護した。こちらへの敵意はない」
〈アルハンブラ・カザンドラ中尉のID、階級を確認。あなたは慣例的にデータベースへの状況報告義務において慢性的な怠慢が報告されております。これもそのケースの一つと認識してよろしいですか?〉
「相違ない」
〈………〉
その沈黙とともに、ドアが開く。
ミュレは驚愕と納得の両方に襲われていた。
やっぱりこの男は、契約者だったのかと。




