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乾期は歓喜の季節㉗

 オーレリウスはミュレの首根っこを掴んだままテントを後にする。

 マリエルの事は別段どうでもいい。自分が今すぐやることは女のやっかみの対象にこれ以上ならないことである。


 既に二人分遅い気もするが。


 アルハンブラ達へ合流したオーレリウスは、眼前に広がる光景を目の当たりにする。

 荒涼とした平野の奥で、時々上がる爆炎と粉塵。


 その奥でミュドランダとテレズレムの兵士たちが戦っている。

 スクールの任務はあのどこかにあるであろう工場調査なのだろうが…。


 「派手にやってんな」

 アルハンブラの口調は軽い。だがその視線はどこか重苦しいようにオーレリウスは感じていた。おそらく、自分も同じような視線を向けているのだろう。


 横でグドレ姉妹が各々の感情でそれを見ている。だがそのどれもが距離感を感じる。というよりも他人事に感じているように近い。


 ヨルに関してはそもそも表情筋が見当たらないためにどういう心境で見ているのかさえうかがいしれえない。

 夜の沼のごときローブの奥ではきっとその体組織が蠢いているのだろう。

 人の形をしているだけの、粘性生命体。獣の形をしていないだけの、獣。



 (ま、考えるだけ無駄か)

 とにかく、オーレリウスは本来のプランに戻ることとする。


 つまり、ここからどうやって戦場を突破し海へ出るかということである。とてつもない遠回りをしたが、ついにストルムと一緒に冬ごもりの準備が始められそうである。


 かつて戦場を共に駆けた手斧に関するひと悶着があったり、グドレ姉妹と関わったりアースラズを狙撃したのだが、元を正せばストルムの胃袋を満たすためである。


 ⦅全く、ここに来るってだけで相当な道のりだったな⦆

 (メルカッタを一周した気分だよ。さて、こっからどうするか)


 オーレリウスの瞳がまっすぐ先を捉える。


 砲撃による白煙でよく見えないものの、僅かに黒い場所がある。

 あの先に広がるのが東黒羊海。この時期は冬の回遊魚とともに中型から大型の水棲生物がやってきているだろう。砲撃音でビビッて遠洋側にいるかもしれないが、ストルムにとっては些細な問題だ。


 当たり前だが、ここを正面突破というわけにはいかない。

 自分から()()()()になるのは悪いことではないだろうが…飯時くらい静かに過ごしたいものだ。


 迂回路を取るというのが無難なプランだろう。

 そうであれば現在戦況が不利と思われる鱗肌属(サドレン)の陣営であるテレズレム側から回り込むように向かうのが無難だろう。

 現状兵力の大半は戦場に出ているとはいえ後衛の防備を潜り抜けるというのならば人数が少ないほうがいいからだ。

 だがそうなると、途中通り過ぎた森をくぐる必要が出てくるため来た道を回れ右することになる。


 

 ⦅ま、面倒だがやるしかねぇよな。俺がでしゃばるのはもう少し後だわな⦆


 ストルムもやっとまともな飯にありつけるとあってか落ち着きがない様子である。

 それは、オーレリウス自身も同じである。やっと体からデンプンを落とせると思うと涙が出てきそうだった。


 最後にアルハンブラへ挨拶…などするわけもなくオーレリウスは皆を置いてさっさと帰り支度を始める。

 オーレリウスの「知人」は基本トラブルしか持ち込まない。アルハンブラもそちら側であり声を掛けようものなら何をさせられるか分かったものではない。


 もとより持ち込んだ荷物は少ない。オーレリウス自身の荷物はストルムとともに裏側だ。

 食事用のジャガイモがこちらを見ているようにも感じたが、少なくとも来年までは見たくもなかったのでそのまま置いておくことにした。

 

 オーレリウスはそもそも、荷物持ちでここにいるのだ。

 仕事が終わり、報酬を得た。ならやることは一つ。



 さっさと帰ることだ。


 そんなオーレリウスの肩を掴むものがいた。


 準備のためしゃがんでいた男の肩を小さな手が掴む。

 サイズのわりに妙にずっしりとしている。

 齢幾ばくもない少女の手が、オーレリウスにとっては悪魔の手のように思えて仕方がなかった。



 「何してんだ、お前」


 振り向かないまま、オーレリウスは背後にいるであろうミュレに語りかける。

 

 今はその顔すら見たくもないため振り向かないものの、きっと彼女は今笑っているだろう。なんとなくそんな気がした。


 「どこ行くのかしら、契約者(アグリメント)さん?」

 

 オーレリウスは素早く身を翻すとミュレが「契約者」と発したと同時にその口を覆う。

 僅かにもごもごと口を動かす彼女の眼が、笑っている。


 手を離すと、改めて彼女のほうを見る。心の底から勘弁してほしい。


 「俺は、ここに、荷物運びできている。しがない、ペーパー等級だ」

 わざと区切りを入れ、ミュレを指さしながら反論する。


 続けて

 「仕事は終わった、ならやることは?適当な街に向かって酒と飯を食らって寝る。明日にはまた仕事の始まり。俺はそういうもんなの」


 ミュレの瞳がどこか愉悦に染まっていくのを感じる。この状況でオーレリウスは完全にイニシアチブを取られていた。


 (まるでアズマの物語に出てくる「アヤカシ」だな)

 ⦅この女、千年生きた狐って言われても今なら納得できるぜ⦆

 

 ストルムの忌憚のない意見に納得するオーレリウス。

 だが残念なことに、彼の鼻はミュレから獣の臭いなぞ微塵も感じない。

 どこのものか知らないが、体臭をごまかすために使用しているであろう強めの香水でこちらの嗅覚を潰しているというのなら大した化け狐だ。


 そんな念話を繰り広げているオーレリウスの様子を伺うミュレ。

 体を屈め、上目遣いでこちらを見てくる。


 ⦅オーレリウス…俺知ってるぜ。雌がこういう動きをしたときはな?求愛かおねだりって相場が決まってるんだ。そして後者の場合、碌でもないって接頭語が付く⦆


 (…すごいなお前、接頭語って言葉を知ってるのか)

 ⦅後でハッ倒してやろうか?⦆


 ややあって、ついに悪魔が口を開く。

 「ねぇ、冒険者さん。ちょぉっと…私と、付き合ってもらえないかしら?」


 「悪いがクソガキのエスコートは親父に習ったことはねぇんだ。一昨日きやがれ」


 そういわれたミュレはくるりと後ろを振り返ると手を振りながら

 「みなさぁぁん!ここに契約者が――」


 言うが早いか、ミュレの口は再びオーレリウスの手で覆われることになった。


 ややあって


 ついに観念した様子のオーレリウスが煙草に火を点ける。

 

 「で、俺に何を付き合えっていうんだ?」

 大体想像はつくが、一応本人に尋ねる。ミュレはそこの言葉を待っていましたと言わんがばかりに依頼内容を伝える。


 「私を、工場に連れてってぇ?」

 猫なで声のミュレに思わず背筋が震えるオーレリウス。

 

 「当然、却下だ。後お前その声やめろ。薄気味悪い」

 そういわれたミュレが再び後ろを振り向きそうになったので、慌てて静止する。


 「その動きもやめろ。さっきからお前の御同輩から向けられる視線が心臓を抉ってきやがる」


 声が届くような位置(ミュレが大声を上げそうになる度オーレリウスが口を覆うのもあるが)ではないものの、この三文芝居を見られるのは正直心臓に良くない。


 さて、と言い直したミュレはいつもの様子に戻っていた。

 ネズミを追い詰める狐のような、腹の立つ顔をしているところを除けばだが。

 

 「私は今、杖がない。それ故におそらく今後行われる調査任務には同行することはできない。だからこそ先んじて潜入して色々見ておきたいのよ」


 「色々見るんじゃなく、手前の杖替わりを探すための最後の鍵を求めてだろ?」

 明後日のほうを向いて紫煙を吐くオーレリウス。


 言葉を続ける。

 「ミュレ。お前が何考えているのか微塵も分からねぇがこれだけは言える。杖がないってのが致命傷だとしても焦り過ぎだ。足元もおぼつかねぇ様子だぞ。一回転んでもリトライできる場所じゃねってのはお勉強しなかったのかよ」


 「わるかったわね。揺れる積み木の上に足をのせているような状況ってのは認める。だとしてもこの任務が終わるまでに、私はまだ戦えるってことを証明しないといけない。スクールに食らいつくためにもね」


 「そういや、聞いたことなかったな。お前をそこまでしてスクールに留めさせようとするのはなんだ?猪の時も――」


 今度はミュレに両手でオーレリウスの口が塞がれた。


 僅かな沈黙の後、オーレリウスが続ける。


 「…あんときもそうだ。見ず知らずの俺にわざわざ声をかけてあの大立ち回り。一介のガキンチョが出来るもんじゃねぇ」


 ―お前、何考えてる?


 オーレリウスにとってはただの疑問。

 だがそれは、ミュレにとっては重い扉の向こうにあるもの。

 心の奥深く。それこそストルム・ブリンガという竜が興味を示すほどの人が持つ闇の蠢く所である。


 ミュレの顔から妖狐が立ち去る。


 「…あんたには、関係ない。で?やるのかしら。それともあんたの相棒からいくらか工面してくれるのかしら」


 ⦅勘弁してくれ。なんでこんな女のために生皮か生爪剥がされなきゃなんねぇんだよ⦆

 ミュレの口ぶりから自分の鱗か爪を寄越せと言われたストルムが白い葡萄を噛んだような顔をする。


 「その相棒は嫌と言っているぞ」

 オーレリウスは吸い終えた煙草を投げ捨て、足で踏みつける。


 すりつぶす様につま先で吸殻の火を消すと、再び平野のほうを見やる。

 未だ戦火は収まらず、いつ終わるともいえない砲撃音が再度オーレリウスの耳に届けられた。


 「……行くとするなら、夜だ。少なくとも夜間は迫撃砲にさらされることはないだろう。後は工場の大まかな場所さえわかれば…かなり厳しい可能性だが、不可能じゃない」


 「つまり、こうね?私が今晩までに工場の大まかな場所を知ることができれば…」


 「日が沈むまでだ。朝日とともに上空から榴弾(モーニングコール)がアラーム代わりに降り注ぐ。夜が明ける前には脱出しなけりゃならない。それができるのなら…やってやる」


 ミュレは懐中時計を取り出す。今の時間は14時といったところ。


 「あと3時間もない…」


 そう呟くのが早いかミュレは走り出した。

 ⦅ミュレの嬢ちゃん。ようやるわ⦆


 オーレリウスは金貨袋を一つ取り出す。

 中には20枚のクォーツ貨が小気味のいい音を鳴らしている。


 (取り敢えず、これで間に合うと思うか?)

 ⦅あの工場が何の工場かで使用する弾の種類も変わってくる。汎用性の高い弾丸をいくつかと、状況に応じて使い分けのできる奴を何発か作ったほうがいいだろうな⦆


 (ならまずは、10発か)

 ⦅いや、15発で想定したほうがいいかもしれねぇ。残り5発はミュレの嬢ちゃんが持ってくる情報次第、だろうな⦆


 (アーマー・ブレイク弾だな)



 正式名を対超硬製対象用物質指向性軟化弾と呼ばれる、主に重装機兵などに用いられる一定方向からの攻撃に対して装甲などの剛性を「軟化」させる弾丸である。

 

 ⦅どのみち、何発かはいるだろ。そうなると…⦆


 念話にて、起こりえる状況に対するモア・ベターな選択を相談する。

 

 どんな工場なのか、まるで見当もつかない。所詮上等兵だ。与えられる情報には限りがある。

 その中でも仕事を完遂出来うる可能性を追及している。


 ミュレ同様、オーレリウスもその準備に追われていたのだった。

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