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乾期は歓喜の季節㉔

 北東へ、歩み続ける。

 ゆらゆらと揺れる歩荷の巨人が歩いている。


 日が昇り、纏められた荷物によって生まれた巨人の足をアルハンブラを先頭にした者たちが歩み続ける。

 先に歩んだものの軌跡を踏みしめるように、ゆらゆらと歩いていた。


 そうして、再び夜が来る。



 ミュレは静寂に包まれた夜の中、眠りにつけなかった。

 悩みを挙げればきりがない。

 この先、自分を待っているのはどう頑張っても退学であろう。


 杖も飛竜も持たない飛竜兵に、その価値を見出されることはない。

 ただの少女と同じなのだから。


 だからこそ、ミュレは惨めであった。

 皆の視線を避けるように、最後尾で荷物を運ぶ事が。

 もう自分たちを仲間と思ってはくれない。あの目が自分を追い詰めているように感じた。


 もう自分は、ただの少女なのだろうか。

 そう考えた時にはもう自身を覆っていた毛布を跳ね除け、起き上がる。


 自分の向かいで眠っている火傷面の男は、静かに眠っている。

 ふと、手元に硬いものがぶつかった。それは石である。


 程よい大きさの、ミュレでも握りこめる程度の大きさを持つ石である。

 眼前の火傷面を見やる。


 見れば見るほど、憎たらしくなってくる。

 こいつのせいで自分は今ここにいる。

 こいつのせいで、今自分は完全に仲間外れだ。

 湧きあがる感情が、その手にこもっていくのを感じる。


 一人ぼっちと、仲間外れは違う。

 最初から仲間の輪に入っていないのと、その輪から蹴り飛ばされたということの間には社会的価値観に置ける明確な溝がある。


 距離を置くものと、排斥されたもの。


 今のミュレは、後者であった。


 ややあって、ミュレはそっと石をもとの場所に置く。

 多分、それをやったところで自分の心が晴れることはないのだろう。そう結論を着ける程度の理性がまだ残っている故であった。


 ミュレは足を組み、考えに耽る。


 力がないのは事実だ。契約者じゃないのだから杖がなければ魔法の力を行使することはできない。であるのならば、別の方向性からのアプローチが必要となる。


 力がないのなら、どうすれば自分は力を手にできるか。

 どれだけ駄々をこねたところで、実力。もとい「力」がなければそれは幼子がごねるのと大差ない。

 逆に言えば、相応の「力」を手にすることができれば杖の代替となりえる。

 では、どうやるか?

 

 眼前の契約者の竜を奪うか?否。そもそもの地力が違いすぎる。それに勝てると仮定しても契約を解消したうえで自分に契約をしてくれるかという問題がある。


 炉の女を仲間にするか?否。そもそも他人に依存するのでは誰しもの納得を得ることはできない。その論理に基づけばアルハンブラと獣擬きもだめだ。

 

 では、どうするか?


 ミュレは考えた結果。一つの方針を定める。今この場面において明確に足りていないものは「知恵」だ。


 他の力を得るとして、その力が何かを考えるための「知識」が圧倒的に不足しているともいえる。


 知りえぬことを、考えつくことは難しい。

 なら簡単だ。


 学べばよい。



 ミュレは、先程置いた石を再び手にして立ち上がる。


 あるではないか。


 最良の「知の宝庫」が。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ヴァルキリアズの野営地は静まり返っており、その周囲で眠る飛竜兵たちを起こすことがないようにこっそりと近づく。


 別に声をかけられたとしても「トイレに起きた」とでも言えばいいだけ、敵地への侵入ではない分気楽なものだ。


 とはいえ、それもここまでだろう。

 彼女たちの野営地に入っていたことが露見すれば叱責で済めばいいほうだろうか。

 そう思うと、再び襲い掛かる惨めさに苦笑いが自然と出てしまう。


 仲間を、友人を守るために必死に戦ったはずなのに。

 終わってしまえばその仲間から見放され、「仲間」という輪から突き放されていた。


 それでも、止まる訳にはいかなかった。

 ミュレにも、譲れないものがあるのだから。


 石をテントの中へと投げ込む。


 しばしの静寂を確認したのち、ミュレはテントの中へと静かに入り込む。


 …

 ……。



 どうやら、侵入者を検知する類の魔法が掛けられているわけではないらしい。

 それでも油断することなく、奥へと入りこんでいく。

 ヴァルキリアズ達は皆、この場所では上等といえる簡易組み立て式のベッドの上で毛布にくるまって寝息を立てている。

 それでいい、そのまま眠っていてくれ。


 ミュレは祈る様にそれを探す。

 きっと、それはどこかにあるはずなのだ。

 それを探していく。


 ふと、一人のヴァルキリアズの傍にいくつか積み上げられた本が置いてあるのを確認する。

 起こさないように近づき、夜や木の中揺れるランタンの灯りを頼りに帯に書かれた文字を読んでいく。


 間違いない。

 マリエル・ラダメリエヌの研究資料だ。

 

 彼女は近々、ゴールド等級への昇格が決まっている。その時提出される魔法というものが、「精霊」を生み出す偏マナクリスタル疑似生命置換魔法だ。


 スクールの生徒として、先だってその理論を学んだことがあるが、早い話は


 各種偏マナクリスタルを触媒として、精霊を生み出す魔法。

 というものだ。

 つまり今のミュレにとって、これ以上の「力」はない。


 他にも何かないか探りを入れつつ、早速一冊手に取ってランタンの灯りのもとで本を開こうとする。


 だがこの時、ミュレには直感のような何かがそれを阻む。

 ここまで何の探知手段も感じなかった。

 それを調べるために領域魔法を発揮し逆に事態がややこしくなることも想像していたが、これはこれで今にして思えば妙なものだ。


 皮肉なことに今のミュレは魔法が使えないからこそ、ここまで来たのだ。

 だがこの本に書かれているであろう内容に関して仮にミュレ自身なら…。


 「この本自体に、何か防衛措置を施していてもおかしくない…よね」


 精霊を生み出す魔法。それは現代において先進魔法の一つである。それを仮にとは言え身内に盗まれるようなことがあってはいけない。仮にマリエルが仲間を完全に信じ、このテントの外にいる飛竜兵を信じ切っていたとしても。


 値千金の「情報」を何の対策もなしにこのように積み上げておくものだろうか。


 だが、ミュレには時間もない。

 明日にはこのことが露見し、どのような目に遭うのか想像さえつかない。

 

 既に自らの運命という賽を、投げている。

 どう転がるかを気にしている間に、事態は刻一刻と進んでしまう。


 一度、静かに深呼吸をする。


 そうだ。既に賽は投げられた。

 ならば、行けるところまで行くべきだ。

 その先がすべての終わりであったのなら…その時はその時だ。


 オーレリウス・ベルベッドの正体を吐いてでも生き残ってやる覚悟だ。


 ミュレは意を決し、本を開いた!


 …

 ……

 ………。


 僅かな静寂が、テントの中を支配した。

 努めて息を殺してはいるものの、それでも僅かに息が上がっている。


 なにも、起こらない?

 ミュレはまず周囲を確認する。ランタンに照らされる光の奥で、皆が寝息を立てている。

 まずミュレは、ランタンを一つ取り外すとその光量を弱め、自身の傍に置く。


 マリエルのベッド傍に別の木箱を置き、テントの外から見てはみ出さないように身を潜め、改めて本を開く。

 木箱がランタンの光で照らされる自身を隠してくれるだろう。

 ランタンの位置を確認し、影や反射で警備の飛竜兵に見つかりにくい位置へと調整する。

 最悪、ベッドの下に隠れてやり過ごすこともできる。


 唯一の問題は、テントから抜け出すまでの距離が長くなってしまうことと、マリエル自身に見つかる可能性だ。だが飛竜兵の足音を注意深く確認することと、簡易ベッドの下に潜り込めば即座の発見は免れる。

 後は本を適当な場所において離脱すればいい。


 ミュレは月を見る。

 月の前に木が立つような位置を見る。そこから月の動きで大まかな時間の経過を確認できる。


 この時期、この向きなら月の動きとして木の裏に隠れるように動くだろう。今月の前にある枝の位置を目視でまっすぐ線を引くイメージのままに傍に置いた木箱へ投げ込んだ石で軽く傷をつけ、進行度合いから時間を導く。


 あとは、自らの速読がどこまで通用するかである。



 意を決し、ページをめくり始める。


 そこに記されていた内容は、「偏火マナクリスタルによって生み出される精霊」サラマンドラについてである。


 別名、火衣蜥蜴ともいわれるその精霊は命じることで火炎旋律(ファイア・メロディ)に該当する各種魔法の代行を行うことができる。

 

 それ自体は予測の範疇だ。むしろただ火を吐くだけの蜥蜴であればギルドがゴールド等級を与えることはまずありえない。


 なので、読み飛ばすとはいかずともあくまで知識として頭に叩き込み今ここで反芻するべき知識を絞り込んでいく。


 具体的なことを言えば


 ・生成方法とその後どの程度単独で維持できるのか。

 ・こちらで行う管理及び維持方法

 ・必要とされる触媒と、運用において付随して発生するリスク

 ・そもそも、どの程度「実用」に耐えうる魔法なのか

 

 まずこの辺りを掴んでおくことはベター。可能であれば実践して自らも体感として知見を納めていくことがベストな方法となる。 


 そうなれば偏火マナクリスタルをどこかから手に入れる必要があるが、それはもっと後の話だ。


 まずはこの本で学べるだけの知識をたたき込む。


 己の記憶力へ祈りを捧げながら、ページをめくっていく。


 

 サラマンドラは偏火マナクリスタルを触媒としてそこに摩擦などを与え火花を発生させることで活性化させたうえで、濃縮マナ・プール液へと沈める。


 その後、特定の魔法式を使用することでサラマンドラという「解」を生み出す。


 この方法自体は他の属性にも応用されるが、付箋に書かれた


 他の属性に関してはそれぞれ個別の方法と魔法式が必要。


 という一文を見逃さない。つまりこれはサラマンドラ専用の方法という事だ。また、使用する偏火マナクリスタルと濃縮マナ・プール液のそれぞれの総量によって単独での維持時間が比例して伸び

 偏火マナクリスタル3g

 濃縮マナ・プール液10g


 この比率で単独純粋生存時間は8分。


 3:10=8 


 これが最小の値となる。


 どちらか片方がこれ以下である場合はそもそもサラマンドラは生まれない。


 サラマンドラは可燃性物質をその身で「焼く」ことでそれを食事とし、それにより最大で7日程生存時間を伸ばすことができるという。

 これは生成時に使用する偏火マナクリスタルと濃縮マナ・プール液の総量が多ければ多い程「焼く」物質の総量が多くなるが、食事を必要とし始める時間(これを減衰期と呼ぶ)が遅くなる傾向がある。とされている。

 生成時に使用した触媒の各総量によりサラマンドラの「質量」が増える故だ。


 つまり、どのように生成しても「寿命」は最大で7日程度。

 自身の中にある物質を最初は消費することで単独の生存時間を確保しているものと思われる。そのため最小の値で生み出されたサラマンドラは速やかな食事を行わないと8分経過後減衰期に突入する。


 そのうえで維持方法は何かをサラマンドラに「焼かせる」必要があり、これ自体がそのままリスクとなる。サラマンドラの体を覆うように火炎が発生しており、火傷や火災のリスクをはらんでいるということだ。


 管理方法としてはこの生態的特徴をどうするかによるのだろう。


 最後に、その魔法式を確認する。


 どのような複雑な魔法式を使用するものかと思ったが、紐解いてみればそれは案外シンプルな魔法式をしている。


 燐光文字、竜が用いたとされる文字によって記されたその数式はミュレの頭の中で変換される。



 ここまで読み終えたミュレは月を見る。


 2時間がすでに経過している。学べることは一通り学ぶことができた。


 意を決し、テントより離脱する。

 後は何事もなければ、それでよし。

 

 その日はことさらに眠れる事ができなかった。


 不安と恐怖で心臓が早鐘のように打ち鳴らされるのを感じながら、荷物を背負った。



 だがその懸念とは裏腹に、その日は何事もなく再び夜を迎えることができた。

 ミュレは逆に呆気にとらわれたが、それ以上に襲い掛かる睡魔に負け食事もそこそこに、この日はそのまま眠りについてしまった。


 眠りにつく最後の瞬間まで、頭の中でひたすらに唱え続けた。


 サラマンドラの生成に必要な数式、それを頭に叩き込み忘れないように。

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