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歓喜は歓喜の季節㉓

ミュレは一足先に起床するとその脚の痛みを感じる。

 怪我の具合からおそらくここでの治療ではなく学園に戻ってからの治療になるのだろうか。

 昨日握り締めたためか、滲み出た己の血液により包帯は黒く染め上げられている。


 包帯をそっとはがす。

 薄皮を剝がすように取り除かれた包帯の内にミュレのか細い足がある。そんな足をまっすぐ伸びる傷跡。

 前回の猪での一件以降。ミュレは飢えている。

 成果、成功。のし上がるための足掛かり。その一段を。

 

 であるのならばこんな場所で負傷兵として帰投されることはあってはならない。

 次にこのような機会、いつ訪れるともわからないのだから。

 

 脚へと触れると、僅かに突き刺すような痛みとともに血が再び滲み出す。

 ミュレが腰のベルトへと手を伸ばし濃縮マナプール液が入ったカートリッジを一つ取り出す。本来であれば杖への装填用、つまり車でいうところのガソリンに相当するような代物である。

 

 先端部にゆっくりと力を籠める。

 折れるかのような小さな音とともが開封される。


 「大丈夫。大丈夫…」


 己を安心させるように、その言葉を連呼しながらカートリッジに空いた穴を自身の傷ついた足へと傾けていく。

 

 ほんの一滴、雫よりも小さな一滴。

 それで十分。


 ミュレの息が荒くなる。震える片手をもう片方の手で抑え込む。

 

 ゆっくり

 ゆっくり


 徐々にカプセルの先端に濃縮マナプール液をためていく。

 張力の限界。そのわずかな亀裂により溢れる一滴。


 それがミュレの脚へと確かに垂らされた時


 この場を支配したのは、ミュレの押し殺された悲鳴であった。



 ヴァルキリアズは、絶句していた。


 アルハンブラという男が持っているコネクションについては聞いてはいなかったが、その錚々(そうそう)たる者達に驚くほかない。


 炉の女が3人。

 獣(もど)きであろうローブを羽織った黒い粘性の体をもつ大男が一人。

 

 その端で黙々と準備する男が、たとえその顔半分を火傷に覆われていようとも別の意味で浮いてしまうほどである。


 そんな中、我らが紡ぎ手であるマリエルはほかのメンバーから怒号にも似た確認を迫られ眼を回しながら対応に追われている。


 「補給物資の確認と運搬可能量の算出は?」

 「ええっと!これがこれで」


 「マリエル!学園に送り返す新兵のリストどこやった!」

 「あわわ!すす、すいませぇん…こっちにありまぁす!」


 

 そんな様子を遠巻きに見ていたオーレリウスは相当警戒心を深めている。

 何らかの拍子で領域魔法を使われてしまう場合、即座に乖離による移動をしなければならないがそれと同時に一瞬消えてしまう自分自身をどう隠したものか考える必要がある。

 

 もっと言えば、そもそもそんな状況にならないようどれだけ距離をとれるか。などなど。


 そういう中、努めて「いい感じの無能」という立ち位置を自分に求めた。

 目立たない上、有事の際には名を出されない程度の、中途半端な立ち位置の存在。

 それでいて不手際で目立たない程度の存在。


 案外それを意識してこなすことは全力を振るう時よりも神経を使うのだとオーレリウスは思っていた。


 アルハンブラはオーレリウスに声をかける。どこか気さくで普段と変わらぬ様子である。

 その手にクォーツ貨が入った金貨袋を投げてよこす。中を確認すると20枚ほどの貨幣が音を立てて存在を示した。


 (緊急突破用としては、十分か)

 ⦅何発か用意しておいたほうがいいんじゃねぇか?⦆

 (いまここでか?冗談はよしてくれよ)


 などと念話をしていると、ヴァルキリアズのほうが落ち着いたらしい。

 トラックへと乗せられていく負傷兵たち。

 先に出た複数のトラックには先のアースラズ襲撃の件で出てしまった死者が「処置」を施されたのち無言の帰郷を果たすのだろう。


 青のエメ(ブルースキン・)ラルド種(ワイヴァーン)に乗る中でもっとも肉体年齢と精神年齢のバランスが取れた年代が14~16歳の少女であると決められたのは帝国との戦争がある程度進行してからである。

 調教できた竜たちの背に少女を乗せ、トーマスの技術より得た魔法で契約者を狩る。

 そのような戦術構築(ドクトリン)をされてからであったろうか。帝国の斜陽が進み始めたのは。


 有用性は200年以上経過した現在でも実証され続けている。きっともうしばらく、これがメルカッタにおける制空権の象徴となるのだろう。


 

 オーレリウスは陰に隠れ、右手を胸に当てていた。

 俯き、静かに祈るその姿はアルハンブラを驚かせた。


 「お前、いつからセンチャイルド教になったんだ?」

 

 センチャイルド教。メルカッタにおける主要宗教の一つであり「火」を神格化した宗教である。帝国支配における「普通の」人間たちの間で信仰されてきた宗教であり今では亜人差別の先鋒とも言える巨大な宗教である。


 祈りを終えたオーレリウスが静かに口を開く。


 「別に、帝国式の追悼の祈りでも良かったが…せめて彼女たちにとって、最も安らぎを与えることができる形式で祈っただけだよ」

 

 アルハンブラは納得したように肩をすくめた。

 そして口を開く。


 「今この場で、お前の首をねじ切る必要性がなくなってよかったよ」

 今度はオーレリウスが、肩をすくめる番であった。


 契約者(ひとでなし)が、人間種族のみを持ち上げるような宗教に入ったともなれば気が狂ったとでも思うだろう。そのセンチャイルド教においても、契約者は当然廃絶の対象であるからだ。


 オーレリウスたちが宿の前で騒ぎを聞いたのは、そんな時であった。


 トラックに乗るのを拒否している者がいる。

 誰だと好奇心のままにそれを見たオーレリウスは


 瞬時に後悔するのであった。


 「ミュレ、脚の怪我はどうした!?お前は帰投しろ」

 そういうヴァルキリアズの静止を無視してミュレは歩く。


 「大丈夫です。私は、大丈夫です」

 そういうミュレは滝のような汗をかいている。

 確かに両の足で大地を踏みしめてはいるものの、荒い息がそれを不確かなものに感じさせる。


 そうこうしているうちに、奥から見つかったものに皆が驚愕する。

 先端の折れたカートリッジが見つかったのだ。


 ミュレの荒療治は、理論上可能ではある。傷病治療のマナ・ポーションなどの原料も濃縮マナ・プール液となる。だからといってそれを行うというのは


 牛革だからと衣類を喰うようなものである。


 正気でできる所業ではない。


 「大丈夫ですよ」

 そういい、進もうとするミュレの肩を掴む他の飛竜兵。


 「でも、ミュレ。あなた…杖が」

 あなたは、戦えない。この言葉に触発されたかのようにミュレは手に持つナイフを飛竜兵に向ける。


 アースラズが使用した、偏闇マナクリスタルの刃を持つ黒色のナイフ。


 煌びやかな黒が、相対する飛竜兵を映し出す。


 「気にしないで…私はまだ、戦えるから」

 

 その様子を遠くから見ていたアルハンブラが口を鳴らす。

 「ありゃあれだな…かなり、()()()()()()()()()()


 グドレ姉妹が首をかしげる様子を見たアルハンブラはため息をつく。

 「かわいそうにな。あの時が初めてだったのか…暫く尾を引くぞ。ありゃあ」


 くるりと後ろを振り向き荷物の準備を始めるアルハンブラの背中から答えを求めるグドレ姉妹のせがむ声が聞こえる。

 アルハンブラは静かに答える。

 「解らないのならそれでいい。それが平和ってもんだ」


 とだけ答えたのだった。


 オーレリウスはミュレのその様子を、遠くで静かに見ていた。

 そして、ゆっくりと歩みを進める。

 

 遠くから聞こえた。


 「お人よしが過ぎるぜ?」


 という警告を無視するかのように、渦中へと向かう。


 ヴァルキリアズも、飛竜兵も今のミュレをどうしたらよいのか決めあぐねていた。

 だが、その何人かが杖を抜いたその時その中に入ってくる男がいた。

 顔半分を火傷に覆われた、普通の男。


 誰もがそう感じる印象を持たれたオーレリウスが、ミュレの傍による。


 「久しぶりだな」


 「あら?まだ地元には戻っていなかったのかしら」

 

 そのやり取りに後ろでひそひそと交わされる情報共有を尻目に、オーレリウスとミュレが会話を続ける。


 「親父がうるさくてね。あれがくたばるまでは戻るつもりはねぇんだよ」

 オーレリウスの軽口に、冷笑を浮かべるミュレ。


 「くたばったところで、墓参りに行くつもりはないんでしょう?親不孝者」

 

 「よくご存じで…今風に流れて聞いた話なんだが、杖を失ったらしいな?ご愁傷様」

 そういうオーレリウスの喉元へ、漆黒のナイフが向けられる。

 ミュレの体格には合わないそのナイフを持つ手が、僅かに震えている。


 「黙りなさい」

 そのミュレへオーレリウスは言葉のナイフを突きつける。


 「そりゃこっちのセリフだ、クソガキ。弁えろよ?杖も蛇共もない飛竜兵なんぞ真似事しているだけの子供と大差ねぇよ。頭がいい分鼻につくってのはあるが」


 言葉のナイフがミュレの心臓を深くえぐった様子で、そのエメラルドグリーンの瞳が曇る。


 そのナイフが、さらに震えを増すのを確認したオーレリウスがミュレの手を握る。

 

 自分の脇へとナイフごと腕を寄せると、そのままミュレの上にのしかかる様に彼女を地面にたたきつける。

 

 左手で彼女がナイフを握る手首をつかみ、右腕で彼女の胴体を押し付ける。


 僅かに左手に力を籠めれば、ミュレは万力で腕ごと潰されるような感覚を覚えた。

 するりと滑り落ちたナイフは地面を鳴らす。


 それを確認したオーレリウスはミュレを開放し、ナイフを手に取る。

 再びミュレを立たせると、静かにこう告げる。


 「今のお前じゃ荷物持ちが精々だよ。それが嫌ならあのトラックに乗って帰れ。自殺志願者と一緒に仕事をする気はない」


 そう言い残し、オーレリウスは自分の仕事を再開するためにアルハンブラ達のもとへと戻っていく。


 ヴァルキリアズと飛竜兵たちの眼がミュレへと向く。

 その判断を、見届けている様子であった。


 ミュレは涙を浮かべ、その場を駆けだす。

 オーレリウスのもとへと向かうその姿を確認した者たちは、それ以上彼女になんて声をかけるべきか解らなかった。


 戦争を、本物の「闘争」を知らない者たちに、オーレリウスの言葉が鉛のように胃の腑へとのしかかるような、そんな感覚をしていたからであった。



 

 オーレリウスたちは、さらに北東へと向かい進行を開始した。


 トラックの中に積み込まれた様々な機材は本来2つのトラックに乗せるものではあったが、それをまとめて一つに積み込んだため誰一人乗せることもできず、また重々しいエンジンの悲鳴が轟く。


 その周囲を固めるように、ヴァルキリアズと飛竜兵たちが歩く。

 濃縮マナ・プール液の節約のために先方にいるものが領域魔法を発揮しながら進むため後ろのほうで補給物資を担いでいるオーレリウスのことまでは知られる由はなかった。


 「有事の際は、俺たちのことなぞ放っておいてさっさと進んでくれ」

 アルハンブラの提案によりさらっと最後尾にいることができたおかげで、オーレリウスは都度この世界からいなくなる必要がなくなった。


 その背に乗せられた重々しい補給物資。


 食料品、水をはじめとして衛生用品や生理用品。濃縮マナ・プール液のタンクまで

 山と積み上げられたそれらを紐でまとめ、そこへさらに別のひもを通すことでさながら巨人の行進が如き姿がそこにあった。


 アルハンブラとヨルが先に歩き、オーレリウスたちがその後ろに続く。

 その中で一番背負うものが少ないミュレではあったが、その重さは少女が背負うにはあまりにも過載に思えた。


 だが、ミュレは文句ひとつ言わずにそれを背負い前へと進み続ける。


 アルハンブラは意気揚々と前へ進み続けるその姿を見ながら、オーレリウスへと声を掛ける。


 「あの人、本当に私と同じ人間なのかしら。獣擬きのほうはさておき」

 問いを聞いたオーレリウスは、思わず吹き出してしまう。


 「少なくとも、あの人は俺から見ても特別性だ」


 「でしょうね。両親が巨人だったといわれても納得できるわ」


 そのやり取りを聞いていたアルハンブラは、頭を掻いた。

 「残念ながらうちの両親は、どこにでもいる普通の小麦農家だったぞ?」


 今度は、グドレ姉妹が噴き出すのであった。

 オーレリウスも思わず想像してしまった。


 小麦畑の真ん中で、黙々と鎌を静かに振るうその姿を。

 ストルムともども、失礼ながらあまりの似合わなさに噴き出してしまうのだった。

 

 そんなやり取りの中、最初の夜が訪れた。

 簡易的なテントを作成するも、それには入れるのはヴァルキリアズの人たちのみであり多くの飛竜兵とオーレリウス達は野ざらしで一夜を明かすことになった。


 晴れているだけ、まだ運が良い。


 炊き出しを受け取ったミュレはオーレリウスたちのもとへと戻っていく。

 そのたびに聞こえるひそひそというやり取りが、ミュレにとって苦痛で仕方がなかった。



 そうして戻ってきたミュレが食事を取っていると、隣に座ったアルハンブラが煙草を吹かす。


 「臭いんですけど」


 そういうミュレの言葉に、アルハンブラは意に返さず、手を差し出す。


 「杖、見せてみな?」


 きょとんとしたミュレの顔を尻目に、手を振りながら催促するアルハンブラ。


 暫く考えたのちに、ミュレが杖であったものをアルハンブラに手渡す。

 様々な角度からそれを見やるアルハンブラ。


 そうしてでた結論は


 「こりゃ無理だな」


 そういい、オーレリウスへと投げ渡す。


 受け取ったのち確認すると、確かにそれはもう杖とは呼べぬただの機械交じりの棒きれに等しかった。


 杖の表面には魔法刻印が刻まれており、濃縮マナ・プール液を魔法へと変換するための四則演算における基礎数式とも呼べる幾何学模様が存在している。

 だが、契約者から見ればその数式が完全に分解されてしまっている。

 物理的に因数分解されてしまったその数式は例え杖自身をもとの形にしたところで再び魔法が行使できるようにはならないだろう。



 ミュレへと返されたその杖だったものを、彼女は名残惜しそうにホルダーの中へと格納したのだった。

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