乾期は歓喜の季節㉒
とぼとぼ、という言葉が付くように飛竜兵たちが街へと至る。
そのトラックの後ろに積まれた無数の怪我人と死者を乗せ、死霊の葬列を思わせるように、彼女たちの顔には皆生気が失せている。
ミュレのように、実際の戦いに赴いたものはそう多くない。今は戦争をやっているわけではないのだ。良くて中型程度の獣と契約した場末の契約者や犯罪者を取り締まるのが精々であった彼女たちにとって本当の意味で「戦い」という場面の遭遇すること自体、今の時代では稀なのだ。
それでよいのだ。そういう時代になったのだと喜ぶべきなのだろう。
しかしながらこういう時代においても、犠牲者が後を絶つことはない。
アルハンブラは後ろから彼女たちとともに街へと戻ってきていた。
オーレリウスも今頃森へと帰還している頃合いだろう。
さて、どう話をつけたものか。アルハンブラ自身交渉というか、口先で行う戦闘の手法というものは未だに慣れてはいなかった。
口より手が出る。というよりも殴って解決したほうが早いと思っている節がある故だろうか…これから始まるあのけったいな時間を思うと、自分もこの死者の葬列に混ざってしまうそうな気分になる。
ある女性がアルハンブラへと声をかける。
どこか挙動不審。というか男慣れしていないで片付けられるレベルではなく珍獣か何かでも見るような眼で見ていた。
アルハンブラ自身の体格やその身体的特徴などなどを織り込めば残念ではあるが珍獣に見られても不思議なことではない。
怪獣と思われていないだけ、まだ人の領域に踏みとどまっているともとれるからだ。
「あ、あのぅ…この度は飛竜兵の護衛をしていただきありがとうございます…ええっと……そのぅ…あのぅ…」
アルハンブラの眼もいよいよ死んでくる。
ちらちらと色々なところを見られているのはくすぐったくってかなわない。
なので手っ取り早く話を進めることにした。
「俺の名は、アルハンブラ・カザンドラ。シルバー等級の冒険者で酒飲んで酔っぱらってた帰りに襲われているのを見つけたんで助けた。以上」
きっぱりとそう言い切ると、相手の疑問も何もかも無視して歩き出す。
慌てた様子の女性―ヴァルキリアズのシェーヌ、その紡ぎ手であるマリエル・ラダメリエヌが何か言いたげではあったがアルハンブラは被りを振ってとっとと歩き出す。
「護衛依頼の日取りが決まったら声掛けてくれや。こっちはちょっと明日が早いもんでね」
いい終わるころには、闇の奥へとその姿を消していたのだった。
ヴァルキリアズの宿泊していた宿は野戦病院と化していた。
1階フロアに横たえられた無数の怪我人。皆薄い布のシーツの上で硬い床の感触を感じながら傷に悶えている。
傍らで名簿をめくりながら何かをしている飛竜兵とヴァルキリアズのメンバーが会話をしている。きっと、残存飛竜兵の確認と死者の処理を施し「帰郷」させる準備に取り掛かるのだろう。
ミュレは足に大きなけがを負ったものの、それ以外は無事ということもあり比較的隅のほうで横にさせられていた。
何せ今の彼女には杖がない。先の戦いで真っ二つにされたおかげで使い物にならなくなってしまったのだ。
飛竜兵の杖は、スクールより入学時に贈呈される。基本的には死ぬまでその杖一本で過ごすこととなる。
それ故に、皆杖には一様に思いと願いを込める。
そのために、それは証明と誇りになる。
杖は、それだけ飛竜兵にとって大事な代物なのである。少なくともミュレは、他人から杖を渡されるとは思っていないし、死者からいただこうとも考えたくない。あまりにも、礼に欠く。
だが、今のミュレにとって杖がないということは非常に致命的でもある。
シンプルに、戦力外通告を受けたようなものだ。
脚の怪我を自分で安全に治せない歯がゆさも、同時に彼女を襲う。
同時に彼女は今暗く、重く心を支配されてしまっていた。
その手から感じる感覚に。
今ミュレの手に握られているのは、偏闇マナクリスタルの刃を持つナイフである。
相応に長い刃渡りを持つこのナイフを伝って感じられる感覚が今もミュレの手を伝ってくるように感じる。
あふれ出る血の感覚
徐々に失われていく鼓動の感覚
そのナイフの冷たさ。
自分は、人を殺してしまった。
飛竜兵となったのであるのなら、猪の時のようにいつかは迎える事ではある。それが今日だった。という話なのだ。
現にミュレ以外の飛竜兵にも今日がその日である者も多いだろう。皆一様に暗く、どこかその光景がフラッシュバックしたかのように叫び出すものもいる。
いつかその日が来ることと、それを受け入れることはイコールになることができないのだ。普通の人の心は初めての殺人をそう簡単に飲みこめるほど他人へ無関心にはなれない。
ミュレは無意識に、怪我をした足を手で握りこむ。
痛い
痛い
痛い
肉を裂かれた足を包んだ包帯が赤く滲む。
痛い
苦しい
辛い
痛い
それが痛覚刺激となってミュレの思考領域を割いていく。
この痛みを感じることに全神経を集中させているこの時だけ、ミュレは手を伝って思い出される感覚を忘れることができた。
その様子を見られたためか、支給された睡眠薬で無理やり夜を明かすことになった。
微睡みに沈みそうになりながら、その手を引かれるような感覚が襲う。
頭にこびり付いた光景
手に染みついた感覚
薬の力を借りてなお、ミュレが寝付いたのはしばらくたってからのことであった。
アルハンブラが戻ってきたときには、オーレリウスはすでに眠っていた。
その寝顔は何を考えているのかわからないほどに静かで、先ほどのことなぞ何もなかったかのような様子であった。
アルハンブラは燻っていた火をいじりながら、闇の奥に隠れていたヨルへ声をかける。
「戻ったか」
黒い体を包むローブとともに姿を現すヨルの姿を確認したアルハンブラは残っていたジャガイモを一つ取り出してそれを串にさして火の上に寄せる。
「おぅ、ただいま」そういいジャガイモに視線を向けるアルハンブラの隣に座るヨル。
ヨルはしばらく空の星を眺めていたが、ふとテントの奥を見る。
ダ・グドレは寝相が悪いのか、掛けていた毛布から体が大きく出てしまっている。
それを戻しに一度テント内に入り、ややあって戻ってくる。
ジャガイモを眺めつつ目の端でその光景を眺めていたアルハンブラはヨルへと声をかける。
「お前にアイツらの護衛を任せてもう5年か。すっかり慣れたもんだな」
そういわれたヨルが腕を組み、鼻を鳴らす。
「あんたがいなくなって数か月は、駄々こねるのが2人いてな?相当苦労させられた」
そうかよ。と笑うアルハンブラにつられて後頭部を掻くヨル。
小型着火機のキャップを開くときに鳴る小気味の良い金属音を聞いた二人がそちらを振り向くと、煙草を吸うオーレリウスの姿があった。
どうやら、寝ていなかったようだ。
「寝ないのか?」とアルハンブラが尋ねる。
オーレリウスはため息をつきながら答える。
「頭が痛くてな。暫くは眠れねぇ」
「この先の展開が不安か?」と夜に聞かれれば、オーレリウスは頷くも
「そればかりじゃないんだよ」と返す。
それ以上はオーレリウスは何も語らず、静かに煙草を吹かしている。
何かを、天へ送る様に静かに紫煙を吐き出すだけであった。
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新しい朝が来ても、出迎えはジャガイモである。
グドレ姉妹は早くもジャガイモばかりの生活には飽きてきたようで、もそもそと何個か芋を食べたのちに「もういい」といって早々に食事を終えてしまった。
男どもは残ったジャガイモをストルムの口へ放り込むと、早速準備を始める。
帝国竜騎兵正式採用対環境制服と赫四眼の髑髏面をリュックの隠し底へしまい込むと、旅装の上に羽織れる外套を取り出す。
それを着込み、ハンドアックス以外の武器をリュックやストルムのマウントラックへと装着する。
グドレ姉妹がテントから退去した後にそれらを手早く片付け丸める。
狭いだのなんだと文句が出たがもとは一人用だ。勘弁してくれとオーレリウスは思うにとどめる。
それをストルムに装着すると、鞍のベルトや固定用の紐に緩みがないかを確認する。
ストルムが「裏側」へと消えたのを確認するとアルハンブラから声がかかる。
アルハンブラは昨日眠りながら作戦を考えたのだという。
絶対碌な目には合わないだろうと思いつつも、特に良案がある訳でもないオーレリウスはしぶしぶその作戦に乗るのだった。
酒場にやってきたヴァルキリアズの一団を見やるアルハンブラ。気さくに手を振るうその姿を確認したマリエルが向かいの席に座る。
何人かの女性もそれを囲うように座る。なんというか、リーダーとその側近と言うよりもいじめられっ子を囲むいじめっ子という雰囲気の方が近しいとアルハンブラは感じた。
現に口を察先に開いたのはマリエルではなくその隣のいた女性であった。
「出発は明後日。それまでに準備をしておけ。当日は正門前に集合だ」
簡素で的確な指示がアルハンブラを襲う。
流石は貴賓派で固められたシェーヌ。色々ガチガチに硬い。秘匿主義もここまで来ると感服すら覚える。
だがそんな雰囲気に負けるような男ではない。アルハンブラは待ったとでも言わんがばかりに手を前に突き出す。
「明後日出発なのはいいが、どういうルートで向かうかくらい教えてくれてもいいんじゃねぇのか?移動には何を使うんだよ。まさか徒歩で行くとかいうんじゃねぇだろうな…ピクニックに行くんじゃねぇんだぞこっちも」
ヴァルキリアズのメンバーの冷たい視線がアルハンブラに注がれる。だがこっちもいろいろ腹に一物抱えている身だ、こんなところで縮みあがる訳にもいかない。
「それがお前に何の関係が?」とヴァルキリアズの一言に対し、アルハンブラは反論する。
「大ありだ馬鹿野郎。一つに、徒歩で向かうとしてルートによっては危険な個所もあるってことだ。仕事を受けた手前守るには守るが、それはそれとして全員守れるような自信はねぇよ。先の襲撃でも俺が守れたのは全体の3割いればいいほうだったじゃねぇか」
自分で言ってて胸が苦しくなる。肺に穴が開いているからではなく自分のふがいなさを吐露したような気持になったからだ。
「そのために、私たちがいるのだ。存外心配性だな」
ヴァルキリアズの発言に思わず怒りがこみ上げるアルハンブラ。
「そんなら手前らは天井知らずの自信過剰ってところか?とにかく、秘匿主義は研究だけにしてくれ。護衛にしたってその規模がわかんねぇとどれくらい手を広げればいいのか判断がつかん」
ヴァルキリアズとアルハンブラの両名の視線が鋭さを増す一方で、何故かおいていかれている様子の紡ぎ手であるマリエルが口を開く。
「ええっと…当日はヴァルキリアズ総20名、残存飛竜兵15名。機材搬入用のトラック1台で向かいます。本来はもっとあったんですが、先の襲撃で使えるトラックが限られてまして、一部の飛竜兵は補給品を持った状態での移動となります。移動ルートはテレズレム国境沿いの森林地帯を横切るように伝っている道路を利用します」
すらすらと喋りだす紡ぎ手へと先ほどまでの視線が向く。
マリエルがどんどんと小さくなるようにアルハンブラは感じた。
「で、ですので…アルハンブラさんは当日補給品をいくつか背負っての移動を行っていただけると助かるのですが…」
そういわれ、鼻を鳴らすアルハンブラ。
指を振り、提案をする。
「俺の知ってる手合いに、いい荷物持ちができる連中がいる。男手もあるし何より俺の眼があるから裏切らねぇ。そいつらに手間賃持たせてもいいってんなら俺が声をかけておく」
元々シルバー等級以上のみという話ではあったがそれはあくまで護衛の話。
荷物持ちが求められているであればそれこそペーパーだろうが問題はないだろう。
そういうことで、白羽の矢をオーレリウスに向けることに成功したのであった。




