オーレリウス・ベルベッドという敗残兵⑦
竜の咆哮が、夜の中響き渡る。
村では警鐘が甲高く掻き鳴らされ、松明の火が大地に落ちた星のように村々をぽつ、ぽつと灯していく。
猟銃を手にした村人たち。
彼らは、その声を恐れた。
イノシシとは異なるその声を。
メルカッタには、このような伝承がある。
-この大地の夜には、亡霊が飛ぶ-
と。
彼らは、『亡霊』を恐れていた。
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背後より響き鳴る鐘の音を聞きながら、オーレリウスは森の中を滑るように駆け抜けていく。
村に入る前にテントを張っていた場所まで到着したときには、軽く息を整える。
⦅おいおい、運動不足か相棒。そんなところアルハンブラ中尉に見られたらその日は眠れない夜になっちまうぜ?⦆
(一晩中森の中で走り込みさせられた新兵時代の話はやめてくれ。思い出しただけで吐きそうだ)
リュックをそばに置き、中に入っている荷物をあらかたテントの中へ放り込む。
底を開き、中から漆黒のロングコートと、赤黒い4つの瞳を持つ髑髏面を取り出す。
帝国竜騎兵正式採用対環境制服に袖を通し、赫四眼の髑髏面を顔に装着する。
マスク内の魔法刻印によってモジュールが欠伸をするように、僅かな機械音とともに稼働を始める。
マスクの右端に格納されたイヤホンを引き抜く。骨髄のように有線式イヤホンを耳まで伸ばし、装着する。
マスクの内で、マナ操作式パネルで現在の状況を確認する。
自らの体内に流れるマナを操作する感覚で、パネル内の情報をリンクさせていく。
EW-SC「ダンダリアン」:残弾2
と右端に現在ダンダリアンに込められた50口径MCHBの残弾数が表示される。
左上には現在位置を起点にした敵対表示簡易レーダーがオーレリウスの思考パターンより狙うべき敵を精査していく。
その間に、もう一つ持っていくものがある。
テントの奥にしまい込まれたそれはまるで複雑に絡み合ったポンプアクション式ショットガンとボルトアクションライフルの混成獣。
ショットガンの銃身がボルトアクションライフルの銃床の下側に存在し、特殊な形状のグリップ周辺は円形のスライド機構が存在する。
その銃を手に握った時、右下の表示に文字が追加される。
EW-SC「レイジ・オブ・ハート」:狙撃形態/残弾0
オーレリウスは銃のグリップを操作する。円形のスライド・ギアに密着していたグリップを前に押し出し、展開するような動作をする。
すると、円形スライド・ギアに牽引かれる形でボルトアクションライフルの銃身部分が後退し、180度裏向きになるように回転する。銃身の軸は動かさず、銃床側に銃身の金属部分が振れるような形の回転をして延長されている銃床下部より腋窩へ銃身が差し込まれるような形となる。そのまま銃下部へ重なるように収納される。
残された発射機構へ下側よりスライド・ギアに沿うよう上昇したショットガンの銃身部分が装着される。
その際に、右下の文章が以下のように変更された。
EW-SC「レイジ・オブ・ハート」:迎撃形態/残弾0
EW-SC「レイジ・オブ・ハート」。これは「解法者ルアロとその契約者トーマス」によってオーレリウス専用に改造された銃という名の何かである。
EW-SC「レッド・ドラゴン」という帝国陸軍正式採用型後方支援用ボルトアクションライフルをベースにEW-SC「グリズリー・バイス」というポンプアクション型ショットガンの発射機構を、グリップの操作で変更可能にしたという変態の手により世に生まれた変態銃である。
この銃器こそ、オーレリウスが「特務上等狙撃兵」といわれる最たる所以。
要するに、新型兵器のテスターという一面も持ち合わせていたのだ。
これを見ると「ショットライフル」の奇怪さがまだ現実的なものではないかと思えてしまう。
帝国自体は「ダンダリアン」を筆頭に目的に合わせた実直で堅実な武器を好む傾向にあった。「レッド・ドラゴン」などはその最たる例であり主に遠方へ向かい、竜の背から対象を攻撃する際にはその堅実性と安定性は竜騎兵の間で高く評価されていた。
その一方でこんな変態仕様の馬鹿物を生み出すあたり、帝国もおかしかったのかあの変態がおかしかったのか。
「多分後者だな」
そうひとり呟くと、クォーツ貨の入った袋より幾つか取り出す。
水晶のように無色の硬貨を握り、それを作り出す。
5発の円筒形の弾丸と、2発の尖頭状の物体を備えた弾丸。
それぞれ、
ショットガン用の12ケージ弾。帝国では「ワスプ・バイト弾」と呼ばれていた。
そして、7.62×55mmMCRB/WB弾。直撃した対象の内部より圧縮した風の刃を発揮する対土属性型禍つ獣用炸裂弾。
ショットガンの下部にあるチューブ式の弾倉へワスプ・バイト弾を込める。
続いてグリップを円形スライド・ギアへ接着させるとショットガン部分の銃身が格納され、ボルトアクションライフルの銃身が銃床より展開され、発射機構へ装着される。
ボルトハンドルを上部へ動かし、引き込むことで弾倉へ直接弾を送り込む。
本来なら5発内蔵であるため、クリップに弾を装着してそのまま差し込むだけでいいのだが、これ等の銃は七大連合が発売・開発している銃器よりもより苛烈な環境、禍つ獣などの第二種殲滅対象以上の脅威へ向けた、もっと言えば「人に対して当てると大変なことになる」これらの弾丸は今では失われた技術とされている。オーレリウスたち帝国軍竜騎兵は部隊を編成するとき必ず一人は変異魔法の使い手を採用する。それはマナ・クリスタルを魔法で加工しこれ等の弾丸へ変換することができるためだ。但し、例えばショットライフルで採用されている30口径FSP弾はクォーツ貨1枚で45発分購入が可能だ。
つまりこの段階で既に「弾丸に掛ける金額の割にあっていない」のだ。
それでも、この銃器たちを使い続ける理由なぞ半分意地だ。今更200年来の相棒を手放す気にもなれない。この変態銃もまた、オーレリウスの手にしっかりとなじんでいるのだ。
また、飛竜兵が魔法を主体とした戦術を用いるように推移したように、七大連合が使用する各種銃器は後方支援もしくは、人間や通常の獣への使用を主としている。
これ等の火力は、特に禍つ獣に対して有効である点も、抑えておくべきだ。
EW-SC「レイジ・オブ・ハート」:迎撃形態/残弾5
EW-SC「レイジ・オブ・ハート」:狙撃形態/残弾2
EW-SC「ダンダリアン」 :残弾2
マスク右下に表示された総残弾数を表示する青白い文字を確認すると、オーレリウスは夜の闇を駆け抜け始めた。
森をかける。黒い亡霊。
オーレリウスは、亡霊だ。
メルカッタの夜を生きる亡霊だ。
帝国の滅亡とともに死ぬべきであっただろう、亡霊だ。
だが今、生きている。
夜の闇を駆けている。
生きることに、生き続けることに理由はない。ただ歩いた足跡に過去を残すだけだ。
誰かが自分を殺すまで
その歩みを誰かが止めるその時まで
亡霊は、生き続ける。
ミュレは森の中で杖を構え、目をつむり意識を集中する。
領域魔法は既に展開している。
イノシシが禍つ獣であるというのなら、今はこの土の下へ潜り込んでいるはずだ。
だがそれを見つけることができない。
深い
ミュレの領域は15m範囲。つまり上下左右半径15m先までの情報を獲得することができる。それに引っかからないということは、例のイノシシはそれよりももっと深い場所に潜んでいることになる。
それでも、地上より村に迫るイノシシたちを確認することはできる。
一匹でも近づけるわけには行けない。あそこにはアナがいるのだ。
自分を慕ってくれた少女がいる。その少女が住む村がある。少女の世界が、帰るべき場所があそこにある。
それを護るのが、自分の…飛竜兵ミュレとしての役割だ。
一度は守り切ることができず、忌むべき対象に力を借りることになってしまった。
学長がこのことを聞いたのなら、反省文では済まないだろうな。
ミュレはそう思いながら、杖を構える。
森の奥より、雑踏を掻き分けるように姿を現す。
仄かに月の光を反射し、白く輝くその瞳。
たけだけしい牙はあの少女を貫いた恨むべき鋭角をミュレに向け、地面を踏みしめる。
それが次々と、ミュレの前に現れ始める。
ミュレは、領域を意識し続けながら、右手に持つ杖の柄を見る。
内蔵されたマナ・プールは半分ほど。
まだ、戦える。
杖を振り、宙に文字を描く。
燐光文字、という青白く輝くその文字は「竜」が魔法を記す際に使用した文字であるとされ、そのまま魔法を唱える呪文ともなる。
周囲の風がざわめく。
領域内より、それが生み出される。
それは、イノシシたちを切りつける。
皮膚を裂き、骨をむき出しにする。
脚を断ち、大地へ叩き伏せる。
血ぬ濡れたそれは、血を吹き飛ばしミュレの傍を舞う。
不可視の刃、風を練り上げた剣。
-疾風旋律:舞踏剣-
杖をイノシシへ突き出すように構えると、風の刃が舞い踊る。
肌を撫でるのは、風か刃か。
切り刻まれたイノシシ達がその場に崩れ落ちていく。
血に濡れた刃を構え、領域の捕らえたイノシシたちを補足するべく、杖を振る。
風の刃が、土を巻き上げていく。
それは風の中で練り上げられ、砲丸のように丸く、硬くなっていく。
-転調、轟土旋律:射出-
風の息が土の弾丸を射出する。
ミュレを避けるように移動していたイノシシたちの身体へそれらの弾丸がぶつかるたびに鈍い音を響かせその場に崩れるイノシシたち。
その段階で、ミュレの領域範囲内にいたイノシシたちが全滅した様子でミュレの領域は再び静かな反応を示すのみとなった。
「とりあえず、場所を移動するべきね」
そう呟き、移動を始めようと歩みを進めようとしたその時だ。
ミュレの領域が、敵を捉える。
足元の大地が抉れ、鋭利な牙がミュレめがけ突進してくる。
とっさに領域を固め、その牙を防ぐものの
次の瞬間、掻き消えるようにミュレの領域が姿を消す。
杖の柄を確認したミュレは、マナ・プールの残液がすべてなくなっていたことに気が付く。
杖の柄を握ったまま、上部を親指と人差し指で左にねじるとポイントを固定していた留め具が外れ、地面へぽとりとカプセルを輩出する。
急いで新しいカプセルを装着する必要がある。
左手でベルト背部にあるカプセルを引き抜くと、杖の柄に挿入しようとする。
しかしながら、その隙を逃すような敵でもなかった。
ミュレへめがけ、まっすぐ突進してくるイノシシ。
とっさに右へ飛びのくミュレの手からカプセルがするりと離れていく。
「…しまった!」
地面を転がるカプセルは無情にもイノシシの足元まで転がっていく。
イノシシはそのカプセルを脚で踏みつぶす。
地面に染み込むマナ・プール。そしてその脚が振れているイノシシはまるでそこに上質な餌があったかのように地面ごとそれを喰らう。
イノシシの躰は昂り、全身の筋肉が隆起していく。
その体躯はめきめきと肥大化していき、成長に追いつけない皮膚が裂け、筋肉と血管を露出させていく。
呼気が白く蒸気を発する。それだけ体温が上昇していることの表れでもある。
ミュレはその覇気に圧倒されていた。だが、新しいカプセルを杖に挿入し、上部を右に捻ることで固定させる。
少なくとも、これでまだ戦える。
そう思い、前に杖を構える。その背後より、新たなイノシシたちが迫りくることなど知らずに。
僅かに草木が揺れる音を聞いたミュレは背後を見やる。
そこから、時間がゆっくりと流れているように感じた。
背後より迫りくるイノシシ。
その牙が、自分の背中を突き刺さんと迫りくる中、ミュレ自身は動くこともままならずただその未来を見やることしかできない。
ゆっくりと、迫るイノシシ。
牙が、突き立てられる。
(あ、私…死ぬんだ)
ふとそう思ってしまった。
あの子を救えなかった自分
結局、この程度の自分だったということなのか。
僅かな時間の中で、ミュレの頭の中はいろいろな情報が錯綜していく。
そんな時だった。
光が、見えた。
青白く光る、光。
イノシシを突き刺すその光。
それは、雷光だった。
時間が突如として流れを取り戻す。
ミュレはその風圧に吹き飛ばされ、地面を転がってしまう。
再び立ち上がるミュレの前に、そいつがいたのだ。
黒い甲殻を持つ、竜。
1対の翼と、4本の脚を持つ「メロウの黒真珠種」という上位飛竜。
スクール在学中も、遠くで飛んでいるのを見たことがある。
そんな飛竜は、見たこともない装備をつけている。
馬へ人が乗る際に使用する鞍のようなもの。
先ほどマナ・プールを喰らい肥大化したイノシシは、その竜の左前脚によって押さえつけられ、無残にも喉首を噛み千切られていた。
口の周りを、イノシシの地で濡らしながら竜はミュレを見やる。
そして
「よぉ、雌鶏の嬢ちゃん。死んではいねぇみたいだな」
人の言葉で、ミュレに語り掛けてきたのだ。
竜は本来、「竜語」と呼ばれる独自の口語を用いる。そのため人との会話は行えないはずなのだ。そもそも、人の言葉を話す人ならざる者。
それすなわち、人ならざる者の中に、人が混ざったことによる影響の一つ。
この地点で、ミュレは確信した。
この竜は、オーレリウスと契約をしているのだということを。




