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乾期は歓喜の季節⑳

 アルハンブラの眼前に、無数の殺意が迫る。


 それぞれが、それぞれの得物を手ににじり寄る。

 1対12という構図。本来であれば絶望的ともとれる。近接戦闘において徒手空拳のみのものが武装した者を一人相手する地点でもかなり不利だというのに、ある程度の広さのという環境要因と、12人という人的要因がことさらにアルハンブラを不利としている。


 だが、それでもアルハンブラは


 その口元を覆う布の奥で、笑っている。


 こんな状況。

 このような戦場

 危機的状況なんて


 何度、経験してきたことか。


 天より降り注ぐ雨のごとき襲来した光る海月。

 瘴気をまき散らしながら襲い来る死せる兵士たち。

 堅牢な昆虫の外殻を持つ兵士たちを。

 

 敗走したその背をついて攻勢をかけた、機械化された人間たちの軍団を。



 1対12が聞いて呆れる。


 12人いれば俺に勝てると思っているのか? 

 そういう、笑みであった。


 アルハンブラは、ゆっくりとその右手を前に出す。

 指を突き立て、手前に引く。


 くい、くいと。「早く来い」と相手を煽るように。

 それでも、アースラズはアルハンブラへと迫ることなく静かに状況を俯瞰する。


 彼らも、よく理解している。

 戦術的理解というよりも、本能がそう告げている。

 挑発に乗ってはいけない。突撃すれば負けるのはこちらだと。


 武器を持たず、拳を構えただけの男。

 魔法を使う様子もない。

 そのはずなのに、誰もが無言で戦術を決定する。


 相手の初撃を持って、攻撃開始とする。

 所謂カウンターを狙っているのだ。

 

 それを見やるアルハンブラは、もう笑みが止まらない。


 解っている。こいつらは、本物の戦士だ。と。


 この状況で、攻めるとなれば自然と攻撃を行うものを先頭とした鋭角状の陣形を取ることになる。

 

 僅かな間ではあるが、1対12という構図は崩壊する。

 1対1×12、は言い過ぎではあるもののつまるところ一度の攻撃を仕掛けることができる人数が減ってしまう。

 それで勝てるような相手ではない。と、アースラズは理解しているのだ。

 相手の狙いは、アルハンブラの初撃。

 最初の一撃を誰かが受ける。そいつが死んだとしても変わらんない。


 他の全員。最大11人で周囲を取り囲み一瞬で決着を付けようというものだ。


 前後左右、上からも含めれば最低でも5人からの同時攻撃。

 確かにこれは、アルハンブラでもいなせるかどうかはわからない。

 だからこそ、笑いが止まらない。


 この状況下であっても自分たちが勝てる最良のプランを無意識化で共有できるのは相当の練度で片付けられる代物ではない。


 双方に確固たる信頼があって始めて成せる者だ。


 であれば、堪能しよう。


 アルハンブラが大地を踏みしめる。

 次の刹那。

 

 正面にいたアースラズの一人が闇の中へと吹き飛ばされていく。

 それを、見やるものなど誰もいない。

 

 アルハンブラの周囲を取り囲むように、アースラズが肉薄していく。


 正面と左右からの攻撃をその五体で阻む


 受け止められた者たちの肩を借り、とびかかる様にアルハンブラへ迫る刃

 それは、右、背後、上より迫る。

 傷だらけのアルハンブラの体の間にある、僅かな空間へとその刃が押し込まれていく。


 受け止めた体を捻って、それらを躱していく。


 アースラズの攻撃は、苛烈を極めた。


 必ず、3方向以上からの攻撃を行っていた。

 前後、左右、上下をはじめとした認識の対応が遅れるであろう最も視界のふり幅が大きい角度からの攻撃。それらの認識を行う際無防備になる他の角度からの攻撃も当然のように襲い掛かる。


 その間に迫る、投げナイフによる遠隔攻撃。

 アースラズのメンバーにとってそれがたとえ自分の背後より迫るものであったとしても、まるでお互いが「解っている」ようにそれに当たることはない。


 だが、アルハンブラはそれらをいなした。


 剣の腹を殴り

 身を捻じり

 投げナイフを歯で噛み防ぐ。


 対応している。


 最大でも5方向から迫る攻撃を、全て防ぎきっていく。


 「…反撃、開始ぃ!」


 そう呟くアルハンブラの剛腕が、唸る。


 空を切る音、と呼ぶには生温い程の轟音がアースラズの一人を貫く。


 空を引く裂くように、音が鳴る。


 その剛腕は

 その烈脚は

 音の速さを簡単に超える。


 見えるという問題ではない。音が聞こえた時には、もう夜闇の奥へと吹き飛ばされている。消えゆく意識の中で、その音を聴くのだ。


 アースラズの左右から迫る剣を、アルハンブラは素手で握りこむ。


 引き抜こうとするが、動かない。


 まるで巨岩に刺し込まれた剣のように、びくともしない。


 だが、両手を封じることに成功した。


 偏闇マナクリスタルの透き通った黒色のナイフを構えたアースラズが前より迫る。

 次の瞬間には、アルハンブラの蹴りをもろに受けて吹き飛ばされる。

 だが、これもフェイク。


 アルハンブラの背後より、痛みが走る。


 視れば、背後にいたアースラズの手に握られたナイフが、アルハンブラの左脇腹へと斜め上に深々と刺し込まれていたのだ。


 ナイフを伝い、ぼたりと血があふれる。


 だが、アースラズたちは驚愕する。


 笑っている。

 嗤っている。

 歓喜の笑みを浮かべている。


 それは、頬のない左側からこぼれ見える歯がそう見せているのではない。

 紅蓮の瞳を歓喜に躍らせ、笑っているのだ。


 両手に握っていた剣を押し返すようにすると、アースラズ達を見やる。


 その時、アースラズは見てしまった。

 ナイフを滴った血が、時間を巻き戻すかのように彼の体内へと戻っていくその様を。


 ナイフを抜いたアルハンブラが左指を口元に当て


 「しぃーっ」と息を吐く。


 そうして、再び拳を構えた。


 

 

 600m先から、オーレリウスはアルハンブラとの戦いを見ていた。

 驚いたのは、アースラズだ。


 「…アルハンブラに、一撃浴びせやがった」


 『マジかよ。帝国がまだ在ったら栄誉勲章もんだぞ』


 アルハンブラ・カザンドラは、その五体すべてが武器であり、鎧といっても差し支えない。

 音速を超える速度で行う殴打をはじめとした存在そのものが暴力装置そのものである彼は、単純な近接戦闘であれば竜騎王をゆうに凌ぐとされる。

 魔法や銃器、竜などの要素が介在してもなお油断ならないとされた男だ。

 

 多くの獣や竜、機械化された兵隊たちをもってしても傷を負わせることができた例はあっても、深手を負うことは珍しかった。


 あの一撃は、間違いなくアルハンブラの肺に穴をあけただろう。


 それであの人が死ぬかといわれれば謎だが、それでも事実「致命傷」を与えることができたのだ。



 これも時代か。それともアースラズだからこそできたものなのか。


 レイジ・オブ・ハートを構えたまま、戦況を見続ける。


 そして、その瞬間。


 オーレリウスは引き金を引く。



 アルハンブラは残存するアースラズを肉薄していく。


 僅かに呼吸が苦しい。

 肺をやられたか。


 あぁ、素晴らしいなお前らは。

 一体どうやってここまで来やがった。


 何を食ったらそうなれた。


 今こうやって、相対していなければ夜を明かし、酒を酌み交わしながら語り合いたいと切に願った。


 だが、そうはならない。そうはならなかった。


 アルハンブラ自身の、誓いと宗教が。それはできないと断じる。

 だが、それでもアルハンブラは思った。


 こいつらは間違いなくぶちのめす。


 だが


 こいつらになら殺されてもいい。と。

 久しぶりに、感じていた。


 

 その拳が、一人の顔面を打ち据える。

 その脚が、一人の脇腹を抉り上げる。


 僅かに流れた秋風がアルハンブラの頬を掠めた時

 周囲を呻きと怨嗟だけが支配していた。


 戦いは、終わったのだ。


 だが、その瞳には


 アースラズの瞳にはまだ、炎が灯っている。


 地面でもんどりうっていた一人がナイフを抜く。

 

 せめて、一人でも多く道連れに!


 そう願いを込めたように、ナイフが投擲される。


 投擲、された。


 眼前でそれが打ち砕かれた。

 投げて、飛んだ。時間にして数秒の出来事だ。

 もう少しで、飛竜兵の一人。


 仲間を殺した、あの飛竜兵の眼を抉るはずだったその黒色に光る刃が

 小さく光って、砕けた。



 それが、600m先から行われた狙撃によるものだということにアースラズが気付くことはなかった。


 その視界と認識は、夜の中へと溶けて消えていったからである。



 飛竜兵たちのもとへと迫るアルハンブラ。

 その図体に思わず後ろへと下がってしまうものを宥め、けが人を集め急いで街へと向かうように声をかける。


 もうすぐ、ヴァルキリアズの面々が事態を鑑みてここに来るかもしれない。

 襲撃に際し飛竜に乗っていたものが先んじて隠れ、無線にて救援要請を送っていたのだ。

 だがその英断を行った者も、迫り来る矢に胸を貫かれて絶命しているのを発見した時、ミュレはその感情を言葉に表すことができなかった。

 その際、スムーズに救援を行えるようこちらである程度準備をしておく必要があると判断したが故である。

 

 ミュレを含めたスクールの残存兵たちはすぐに行動を開始する。


 トラックの中へ怪我人を搬入する。

 別のトラックには死者を。

 全員を横にして入れたため、歩けるものはみな青のエメラルド種に乗るもの以外歩いて移動を開始することとなった。


 ミュレは足に怪我を負ってしまったためにトラックの中に入ることとなった。


 そしてこの時、自分が今もあのナイフを持っているとに気が付いた。

 黒く光る、偏闇マナクリスタルの刃を持つナイフ。

 

 その透き通るような黒が、血で染められていた。

 飛竜兵となれば、いずれ人を殺すときも来る。

 契約者は人ではない。

 そういったとしても、人型である。人の似姿を持つものを殺すことに抵抗を覚えぬものは少ない。


 ミュレもまた、そういうものの一人である。

 今この時、初めて人の命を奪った。それに心をひどく揺さぶられる側の者である。


 このナイフを、ミュレは手放すことができなかった。

 自分が殺したという事実を、何より自分自身が忘れることを否定するかのように


 あの場所へ捨ててしまおう。と考えることができなかった。

 それ故に、ミュレの心は今も震えている。

 殺人者という事実に、打ちひしがれ続けていた。




 トラックが動き始めた時、アルハンブラはふとアースラズたちを見やる。


 一応、殺してはいない。

 まぁ冒険者の継続どころか、今後の人生で一生固形物を食うことは出来ない程度にはやってしまったが。

 

 僅かに息苦しい。

 チクチクと痛むわき腹をさすりつつ、歩き始めた時だ。

 

 

 その時だ、アルハンブラは違和感を覚える。

 予感や直感にも似たものであるが、それを何よりも重んじるアルハンブラはアースラズを見やる。


 皆、静かであった。

 奇妙なほどに、静かであった。



 それが確信に変わった時、アルハンブラは再び構えを取る。

 まるで、屍鬼のように起き出すアースラズたち。


 いや、アースラズ達であったもの。


 その体に刻まれたトライバル・タトゥーが刻んだ魔法を、アルハンブラはやっと理解した。


 輪廻魔法(リィンカーネーション)


 物事の流転へと干渉する。虚無の魔法。


 南方種族や導霊国の樹人共が得意とする、帝国時代より禁忌とされた死と生へも干渉をできる魔法。


 アルハンブラは、叫んだ。


 「走れ!」と。

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