乾期は歓喜の季節⑲
おびただしい量の叫びが、闇の奥で木霊する。
各々、それぞれの手には剣や斧といった近接戦闘用の武器が握られている。
その体に刻まれたトライバル・タトゥーが怪しき輝き、アースラズの精鋭たちをより強大な戦士へと至らしめている。
それに相対する少女たちは一か所に固まり、皆が杖を構える。
領域魔法の観測では、背後には誰もいないことは確認済みだ。故に、残存勢力はそのすべてを正面に向けることができる。
「多重障壁戦術。いくよ!」
ミュレの一声で、全員が意を決する。
前方にいる飛竜兵たちの後ろに構える者たちが杖を振るい、領域魔法を重複発動させる。
演算開始:複合障壁
アースラズの一人が振りかぶる。その一撃が眼前に迫るものの、見えない壁のようなものに阻まれる。
その隙を見逃さず前に構えた飛竜兵たちが杖を構える。
疾風旋律:舞踏剣
空を切り、見えざる斬撃がアースラズの脇腹目掛け振りぬかれる。
しかし、それを咄嗟に身を翻すことで肌をわずかに掠める程度に留める。
2、3回後ろへ翻る様に飛びのくと、今度は複数人のアースラズたちが突貫する。
大柄の鱗肌属が横から大槌を振り上げる。
その衝撃で、ミュレ達を守る障壁がぐらつく。
その隙間を縫うように、剣が突きこまれる。
隣の飛竜兵が咄嗟にミュレを引き込んでくれたおかげで、彼女の腕を掠めるに留まる。
アースラズが剣を抜こうとすると、それがびくともしない。とでも言わんがごとく力を込めて引き抜こうとする姿が見えた。
大地旋律:捕縛鎖
前列にいた飛竜兵が大地より鎖を放ち、剣の柄を絡めとる。
後列の飛竜兵がそれに反応し、領域を操作。
剣を抜くという動作における摩擦を強め、また内側に剣を引き込むように引力を発生させることで剣を抜かせまいとしたのだ。
ミュレが杖を振るう。
舞踏剣がアースラズへと切りかかる。
その剣筋をまるで見えているかのように盾を持ったアースラズが阻み、救助する。
火炎旋律:放射により生み出される火球がアースラズを襲うが、それらはすべて弾き飛ばされる。
しかし、時間稼ぎはできた。
何人かの飛竜兵が、重複発動の準備を終える。
多重疾風旋律:疾風刃
アースラズを取り囲むように生み出された刃の竜巻が吹き荒ぶ。
「これで、どう!」
誰かがそう叫んだ。
だが、ミュレは杖を構えたままだ。
まだだ。
それはきっと、アーズラズも思ったことだろう。
嵐の中から、何かが投げつけられた。
それは障壁をするりと貫通し、何人かの飛竜兵を貫く。
その場に倒れ伏す飛竜兵。ミュレがその刃を見ると黒曜石のごとき透き通った黒色をしている。
偏闇マナクリスタルの刃を持つ、投げナイフである。
瘴気の発生源でもあるこのクリスタルは周囲の魔法的干渉を打ち消す効果を持つ。つまりこの瞬間障壁魔法が意味を成さないタイミングが生まれてしまったことを意味していた。
嵐の中から、傷を負いながらも武器を持ちアースラズが再び多重障壁戦術を構えるミュレ達のもとへと肉薄する。
再び大槌による一撃が迫る。
生き残った飛竜兵のうち、後衛にいた一人が怪我人の治療を試みるため離脱する。
前衛にいた一人が後衛に回り、障壁を維持する。
ミュレが杖を振るう。
だがそれを見越したかのように投げナイフが迫る。
その瞳目掛け、漆黒の刃が障壁を潜り抜けてくる。
咄嗟に後ろへ転がるように身を動かす。ナイフに対し、自身のブーツを向ける。
ミュレの脚から伝わる痛みが、ブーツごと自身の足を貫いたことを痛覚として認識させる。
続いて迫る大槌の一撃。
障壁が再び強く揺れる。
ミュレは再び剣が差し込まれるそのタイミングを見逃さなかった。
意を決し、足に刺さったナイフをためらいなく引き抜く。
そうして差し込まれた剣を持つ腕目掛け、ナイフを突き刺し返した。
障壁を無視できる効果は双方向から有効である。
ミュレが握ったナイフはアースラズの一人の腕へと突き刺さる。
呻き声をあげるアースラズの一人の腕を握ると、ミュレは障壁の中へと引きづり込む。
そのまま、その体目掛け引き抜いたナイフを再び突き立てた。
迸る鮮血がミュレの体を赤く染めていく。咄嗟のこととはいえ、そのナイフは深々とアースラズの胴を貫いていた。
「…あ」
こんな状況下でありながら、ミュレは一瞬で体中の血の気が引いていくのを感じた。
迸る血をその身に浴びながら、それに自らの血が混ざっていくように体から抜けていく感覚であった。
息が荒くなる。
周囲の音が遠くなっていく感覚がする。
敵も味方も、誰の声も自分に届かなくなっていく。
ミュレは自らを正そうと努めた。
相手は自分たちを殺そうとしているのだ。その状況で殺さずに済むわけではない。
こういうことは、起こりえて当たり前なのだと。
だが、なおもミュレの頭の中はその光景から目が離せなくなっていた。
正当化する傍から、自らの理性がそれを否定する。
その攻防がミュレの全てを支配していった。
背後より迫る、漆黒の投げナイフの存在に気が付かない。
突如、ミュレの背後を何かが突き飛ばす。
血だまりの上に倒れるミュレが次に見たのは
背中にナイフが付きたてられた、仲間の姿である。
その背中から迸る鮮血が、ミュレを急速に現実へと引き戻してくれる。
心中を後悔で引き裂かれるような感覚を覚えながら。
ミュレは息を荒げながら、杖を構えなおす。
右手に杖を持ち、左手にはナイフを構える。
ミュレは叫んだ。
飛竜兵たちも叫んでいた。
アースラズも、己を鼓舞するように声を荒げていた。
悲鳴と咆哮が、闇を震わせている。
ここは、地獄であった。
飛竜兵たちと、アースラズの間に飛び込むように何者かが上空より突入してくるその時までは。
アルハンブラが前線へ到達したのを確認する少し前に、オーレリウスは行動を開始する。
竜の背よりするりと落下していく。
肌を切る秋風を感じながら、その存在を感じる。
僅かに見える、膜。
重複発動している領域魔法を見ている。
それは彼女たちの心境を現すかのように、心臓の鼓動のように伸縮を繰り返している。
オーレリウスは、息を整える。
そうして、魔法を発揮する。
―乖離―
オーレリウスの周囲の世界が、ぐるりと反転する。
落ちていく感覚から、登っていくような感覚を覚える。
大地を蹴るように、裏側の境界を蹴ると宙へと飛び立つように自らが加速する。
そしてその膜を通り過ぎたその時、オーレリウスの世界が再び正しい夜の闇に包まれる。
「まずは、一人」
オーレリウスは眼前に迫りくるアースラズの一人の首を掴み、重力のまま自らを横に滑らせる。
そのまま地面に叩き伏せると、斧頭でその頭を強かに打ち据える。
僅かな呻き声とともに、アースラズの一人は意識を失う。
「誰だ!」という叫びとともに各々が得物を抜く。
だが皆、その姿に一瞬たじろぐ。
こちらを見る、血のように赤い四つ眼の髑髏面。
それが何を意味するのか、この世界の住民であれば知りたくなくても知っている。
皆が口々に、その名を発する。
―契約者―と。
⦅すっかり有名人だな。お前⦆
(サインをねだっている様子ではないようだがな)
剣を振りかぶるアースラズの攻撃を右手の斧で受け止める。
そのまま左腕の膂力で押し込むと、吹き飛ばされたように背後の木へとその身を打ち据える。
オーレリウスは首をぐるりと廻し、それから周囲を見やる。
弦が軋む音を聞いたときには、その頭へ目掛け矢が放たれていく。
僅かに首を逸らすものの、左手が矢をしっかりと掴む。
「お返しだ」
矢を投げ捨てながらそう一言発すると、素早く接近。
偏闇マナクリスタル製のナイフの一撃を斧でいなす。そのまま左腕で胸ぐらをつかむと、仮面越しに頭突きを喰らわせる。
鈍い音とともに、白目をむいて倒れるのを確認し次の敵へと備える。
背後より振りかぶったその丸太のような腕を、左腕で掴む。
いかに鍛えようとも、魔法を施し強化したとて竜の膂力には遠く及ぶべくもなし。その腕を捻り上げられると赤子の様に呻き散らす。
その頭へ斧頭が撃ち込まれる。
歴戦の兵士が、まるで始めて武器を持った新兵よりもあっけなく淘汰されていく。
オーレリウスは7人全員を沈黙させる。
そのまま、乖離を用い再びこの場を離れる。ストルムの背へと飛び乗り、上空へと向かう。
斧を仕舞い、レイジ・オブ・ハートを引き抜く。
ストルムが周回軌道飛行を開始したのと同時に、それを構えた。
距離にして、600m。
この距離からの狙撃であれば、弾丸が補足されても狙撃手を補足されることはまずありえない。
(あとは、中尉次第だな)
オーレリウスは、そう念話で相棒へ語りかけながら狙撃体制を維持し続けた。
突如巻き起こった粉塵。
障壁に阻まれていたとはいえ眼前を覆う土砂を払いのけると、そこに立っていたのは一人の冒険者であった。
短く整えられた黒髪に、紅蓮の双眸。
口元を深く覆った布が象徴するその人の名を、誰かがつぶやく。
「シルバー等級冒険者、アルハンブラ・カザンドラ」
その声に、アルハンブラはにこやかに返す。
「初めましてだな。スクールのひよっこ飛竜兵」
そのやり取りを見たアースラズの一人が叫ぶ。
「何しに来た!アルハンブラ。お前には関係のないことだろうが!」
その声に、アルハンブラは答える。
「だったらなんだ。襲われてるってのに見て見ぬふりをしろってか?ふざけてんのはそっちだろうが。乳くせぇガキンチョ相手に刃物振り回しやがって。護衛対象だろ」
アルハンブラの正論は、アースラズの誰一人にも響くことはない。
それを見た後、静かに息を吐く。
「わぁったよ。お前らなりにマジになってるのはよ」
そういい、頭を掻く。そして
一瞬のことであった。
アルハンブラの姿が消えたのと同時に、眼前にいた鱗肌属のアースラズの一人が吹き飛ばされた。
纏っていた鎧に大きなクレーターを作り、気を失うのを見た他のアースラズは宣戦布告とみなし、雄たけびを上げる。
「スクールの雌鶏ども!」
アルハンブラの声に、ひよっこ飛竜兵たちはびくりと震える。
「よく生き残った。後は任せろ」
背後で震える者がいる。
それは、アルハンブラにとって守るべきものである。
もしこれが鱗肌属の者であったとしても、アルハンブラは自らがそう思えば守るために戦うだろう。
だが、アースラズはそうはならなかった。
どういう経緯であっても、彼らはアルハンブラにとっての禁を二つ犯している。
一つは、受けた依頼を反故にしたこと。
そしてもう一つは
「…宗教だろうが、種族だろうが、戦争だろうが。その他どんな理由であったとてどうでもいい!」
そういい、指を鳴らしたアルハンブラが一歩、進む。
「俺が守るとした奴らに手ぇ出したんだ!俺自身の誓いと宗教に掛けて…お前ら全員、纏めてぶちのめす!」
アルハンブラが、構える。
「俺はここにいる。アルハンブラ・カザンドラはここにいる!成したいことがあるってんなら、俺を殺してから成し遂げろ!」
かつて、帝国陸軍に在籍していた男がいた。
竜騎王、ジョン・フォルクトス・アルバレストの時代より彼のもとで戦った男がいた。
その男は、何一つ武器を使用せず己が五体をもって戦ったという。
それは、今も変わらない。
アルハンブラ・カザンドラ。かつて帝国陸軍に「剛拳の竜人」ありと言わしめた契約者。
その男が今、敵と認めた者に対し啖呵を切った!




