乾期は歓喜の季節⑰
鱗肌属は、元々南方諸国に住んでいた亜人種族の総称である。蜥蜴のような鱗を持つ肌を持つものや蜥蜴そのものの頭部を持つことを外見的特徴とする。
それらは帝国が存続した時代から争いを好まず悠々自適に生活を送っている温和な種族であった。
当の帝国とは双方不干渉条約に乗っ取り、己たちが自身の国を持たない間は獣が会する案件を除きそれぞれの自治を認めている間柄であった。
戦争の際もその条約をもとに帝国への戦争参加を拒否した。という経歴を持つ。
七大連合がメルカッタの派遣を握りそれから長い年月が経った頃、鱗肌属達にある命令が発布される。
それは、自らの国を与える。というものであった。
鱗肌属にとって、国を得るということそれ自体はそこまで大層なことだという認識を持っていなかったが、温和な彼らは七大連合との戦いを避けるという意味でこの提案に乗ってしまった。
そうして、彼らに与えられた土地は暖かな南方の土地ではなく
常に肌を刺す寒風が吹き付け続けるような、北東の荒涼地帯であった。
彼らにとって寒さこそ真の大敵であった。暖房技術などを持っていない彼らにとってこの大地で生きることそれ自体が過酷であったのだ。
現在では、同盟を結ぶほか南方諸国の人員の援助をもって何とか持ちこたえている。というありさまではあった。
どうして、自分たちがこのような目に遭っているのか鱗肌属にも、その同盟国たる南方諸国にも解らなかった。
だが、彼らにはよくわかっていた。アースラズはどうしてそのようなことを受けたのかよく理解できた。彼らは冒険者という仕事柄様々な土地へと向かうため、その事実を認識しることができたのだ。
鱗肌属が住んでいた集落周辺で、大規模な人類種族の都市が形成されていったのだ。南メロウ湖より南黒羊海へ流れる運河周辺を人類種族の拠点として確保しておきたいという目的があったのだ。
それでも追い出すような真似をするほどのことであろうかという疑問がよぎる。しかしながら、七大連合による亜人種族の国家変換事業を鑑みれば彼らの内側にある心根が見て取れてしまう。
―メルカッタを、人類種族のみの土地とし亜人種族を衰退させる―
かつて帝国が反映していた時代、普通の人間というものはそれだけで立場が弱いものであったという。
亜人たちが持つ「個性」を持たない彼らはそれだけで差別こそされなかったものの様々な場所で苦しい立場にあったのだという。
それ故に、彼らは一つにまとまった。
それがゆえに、彼らは亜人という種族への意識を歪ませている。
自らを虐げるものだという認識
自らが支配せねば滅ぼされるという恐怖。
その歪みこそ、味方によっては帝国を滅ぼす要因ともなったと考えることもできるだろう。
何はともあれ、鱗肌属達は今も衰退の一途をたどっている。
そこに、帝国時代の異物でもある工場の存在が明らかとなったのだ。
その技術をもってすれば自国の力を育むだけではなく、その力で自らの衰退に歯止めを止めることができるかもしれない。
鱗肌属達はここにきて、自ら剣を握る覚悟をしたのだ。
その結果、隣国の軍事力増強を恐れたミュドランダとの紛争状態へと突入してしまう事態となった。
勝つ以外の道で、テレズレムが
鱗肌属たちが生き残る道はない。
その危機感は、アースラズ達の間にも広がっていた。
だからこそ、この紛争は何としてもテレズレムの勝利という形に持っていくほかない。
調停も、敗戦も認めることはできない。それぞれが待つ先は緩やかな破滅の道である。
それほどまでに、彼らは追い詰められていったのだ。
夜の闇の中を、歩く者たちがいる。
それぞれが各々の武器を持ち、街の外へ向けて歩みを進める。
体に刻まれたトライバル・タトゥーが灯りに照らされた肌を黒く染める。
そうして彼らは歩みを進める。
歩きながら、先頭の男が言葉を発する。
進みながら、皆へ檄を飛ばす。
グリドリー・アルデゴッソ。アースラズの頭目。
彼らはある目的のために歩みを進めている。
アースラズたちはメンバーを半分に分け、片方が街へと歩み続けるスクールの調査部隊の増援を妨害し、阻むため。
もう片方は、工場まで移動しそれを制圧したうえで紛争へと介入するために。
そうして彼らは町の門前にて、集結していた。
グリドリーが声を揚げる。
「我らは、照りつける砂漠の陽光と。温い風が身に纏う湿地の奥で生まれ、その大地の中で育った」
皆が、黙して聞き入る。
「我らは、迫りくる獣と襲撃者を狩り生きてきた」
グリドリーの戦槌が灯りに鈍く照らされる。
「我らとともに、鱗肌属たちは居続けてくれた。傷を癒し、学を伝え、常に親しき隣人としてあり続けてきてくれた」
皆に僅かな笑みがこぼれる。アースラズの中にいる鱗肌属のものに対し肩へ手を回すものもいた。
「だが!だがどうだ。我らが隣人たる者へ…我らと同じはずの人間はこういった!『凍えて死ね』と!」
その言葉に同意するかのように、皆が怨嗟の声を揚げる。
熱意が、怒りに代わっていく。
「今この寒空の下、多くの友人たちが死に向かっている!我らは、それを見ているだけでよいのか?」
否!
「傷に薬を与え、詩を謡い、穏やかに砂漠と湿地の中を歩み、我らを見届けてきた親しき友人たちを、死にたくないからと見捨てるか?」
否!否!
「生きるために自ら剣を取った同胞たちのために、戦いの中で生きた我らが、剣を掲げることなくいるつもりか?」
否!否!否!
「ならば死ね!アースラズよ。戦いの中で死ね!殺されて死ね!殺して死ね!」
息を吸い、グリドリーは叫んだ。
「我らが友人を傷つけた者たちを、穏やかに滅ぼさんとする悪鬼達を、そのこと如くを殺して死ね!」
それは、彼らとの別れを告げる言葉であった。
それは、自らも戦いに身を投ずる言葉でった。
それは、アースラズの終焉を意味する言葉であった。
それに、アースラズは迷わず答える。
応!と。
その瞬間、彼らの体に刻まれたタトゥーが怪しく輝く。
アースラズは二手に分かれる。
疾風怒濤の速度で、死地へと赴く。
今ここに、アースラズは死んだ。
彼らはただの、暴力となった。
友である者を、救うため。
彼らは、「それ」になった。
オーレリウスはアルハンブラとともに夜闇の中を走っている。
アースラズがもうすでに何らかのアクションを起こす可能性があるとすれば、今夜であることは明白であった。
スクールから工場調査への補給人員がこの町へと到着する直前。
ここで何かを起こすことは可能性として大いにあったからだ。
⦅ちんたらしてんじゃねぇぞ。相棒⦆
その言葉に続くように、背後から飛来するストルムの姿が現れる。
オーレリウスは素早くその背にまたがると、アルハンブラへ手を伸ばす。
「乗れ!」
その言葉を察し手を取るアルハンブラを引き上げると、ストルムは翼をはためかせ空を駆ける。
アルハンブラは鞍を固定するためのベルトの一つを握る。それを確認したオーレリウスはマウントしてあったバッグから素早く漆黒色のコートと、マスクを取り出す。
帝国竜騎兵正式採用対環境制服を身に纏う。
前を締め、赫四眼の髑髏面を被る。その後フードで頭を覆いマスクと固定させる。
紅色の視界を覆う情報を処理しながら、ストルムが街へと飛び続ける。
アルハンブラへ声を飛ばす。
「お前、いくら持ってる」と。
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暗い闇の中を、輸送トラックが進んでいく。
その荷台の中には、これから工場へと向かうスクールの生徒たちが座りながら街へ到着するのを待っていた。
その中には、ミュレの姿もあった。
夏期休暇を終えた貴賓派の者たちが今度はスクールを守るという名目で調査任務の増援に駆り出された彼女たち平民派がトラックの荷台で揺られることとなったのだ。
青のエメラルド種が空の上で啼き喚く。
もうかれこれ数時間は飛び続けている。
青のエメラルド種はその竜に連なるものの中では最小の大きさを持ち、素早い動きを可能とする一方でそもそも遠方に移動する能力というものは持ち合わせていない。基本的には縄張りとする一帯を大きく離れて行動するようには生体構造上できていないのだ。
また、小柄な体躯故にその背に乗せることができる積載量も限られており、その背に乗って戦える人間で勝つ戦闘を行える者であるという調整を行った結果、ミュレのような少女たちに魔法を行使させる。というスタイルが確立されたのだ。
青のエメラルド種からすれば背に乗せたうえで飛べるギリギリの者を背負いながら飛び続けるため体力の消耗も激しくなる。
そのため、何度も休憩をはさみながらの移動となる。そうしてやっと、街が見える場所までやってくることができた。という訳である。
ミュレは、自らの杖を取り出し、眺める。
ミュレ自身あの猪との戦いが最初の「獣」との戦いであった。
同胞たる飛竜兵との戦いは訓練も含めて何度も行ってはいる。
だが、帝国の工場が生み出す機械との戦いはこれが初めてとなる。
あの時は、悔しいがオーレリウスがいたからこそ出来たとも言える。
自らの魔法により抑える程度には弱らせることができたにせよ、殺すことはできなかった。
ひとえに、自分が弱いからである。
だが世界は、スクールは。ミュレ自身に安全に研鑽を積む時間を与えてはくれない。
死地へと赴き、生き残ることで研鑽とする。
それが、飛竜兵の生き方であり、強くなる術でもあった。
少なくとも、平民派はそうやって強くなるほかないのだ。安全に研鑽を積むというのは、貴賓派の特権に他ならなかったからだ。
ミュレは、一つ息をつく。
取り敢えず、街についた後のことを考えていた。
ヴァルキリアズと合流したのち、竜を休ませる。その後調査する工場の情報や発生するであろう脅威を確認してから休むことができるだろう。
まだまだ、休むことはできないだろう。そう考えていた時であった。
僅かに、空を切る音が荷台を貫く。
耳を掠めたそれが、ミュレの隣にいた飛竜兵の頭蓋を貫いたその時
ミュレは即座に荷台から飛び出すように離れた。
迫りくる無数の、矢。
現在において旧式とも言えるその武器は、闇の奥から音もなくとびかかる殺意となって迫りくる。
ミュレは、杖を振るう。
―火炎旋律:放射―
宙に飛ばした火球が周囲を照らす。
その奥で走る人影を見た。
タトゥーが彫りこまれた、冒険者を見た。




