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乾期は歓喜の季節⑯

 アルハンブラがオーレリウスを含めた全員分の代金を支払うのを尻目に、新しい旅装をベルトで固定していく。


 その間に軽い紹介を受ける。


 今しがた激痛で悶えている長女(ダ・グドレ)三女(ミ・グドレ)次女(ネ・グドレ)が慌てた様子で(なだ)めている光景がどことなく人のありようにも見えたが、さっきから鼻を掠めるその臭いでオーレリウスは辟易としている。


 禍つ獣の臭い。


 オーレリウスは長い年月獣を狩り続けることによる影響でその臭いを嗅ぎ分けることができるようになっていた。これまではそれでよかったのだが、ここ十数年ほどではそれもあまり過信できなくなってきている。


 敢えて付け加えることとして、当たり前だが普通の人間に嗅ぎ分けられる代物ではない。


 とにもかくにも、オーレリウスにとって自分の境界線を反復横跳びしてくるこの炉の女たちには可能な限り付き合わないように努めるほかなかった。


 寝ぼけた拍子に斧で頭をカチ割った日には目も当てられない。


 そんなオーレリウスの前にもっと濃い臭いを発する奴がやってくる。

 炉の女たちを「姫」と呼びそれぞれがさっきまで来ていた衣服を丁寧に背負っているバッグへ詰めていくヨルと名乗る獣である。


 準備を終えたのか、バッグを背負い姫たちへ声をかける。


 オーレリウスはアルハンブラへ追加の説明を求める。

 そもそも、何がどうしてこうなっているのか。と。


 以外にもその説明は長女であるダ・グドレによって行われた。


 

 まず、彼女たち炉の女は灰かぶりたちは亜人種族と同様に人類社会から排斥されている存在である。そのため正規の仕事にありつくことが困難な状況になっている。そして灰かぶりたちと同じく現在は特定の国、つまり故郷と呼べるような土地を持たない流浪の民である。

 今は主な収入源としてヨルとともに各地を放浪しつつ表沙汰にできない仕事をこなしていた。これのデメリットである人としてみなされない。抑圧される存在になるなどを加味しても、メルカッタにいる上位階級の連中とつながりを持つという点においてはメリットのほうが勝るともいえる。

 

 その中で同胞である灰かぶりたちを守りながら活動を続けていたのだという。


 貧民街を外れ、再び森の中へと足を踏み入れたオーレリウスたちは焚火の周りに串で刺したジャガイモを並べていた。


 ⦅今日は焼きジャガイモかよ。そろそろ体の肉が素朴な味になりそうだ⦆

 (その内デンプンで出来たドラゴンになるかもな)


 ⦅そん時はお前も道連れだ。未来のミスター・ポテトマン⦆

 (笑えねぇな)


 などという念話を間に挟みつつ、ダ・グドレの会話が続く。

 身の上話に興味はないが、ここから先はようやくオーレリウスの興味の範疇へと入ってくる。


 彼女たちはとある男から受けた仕事をしていたのだという。


 『可能な限り、今回の工場調査を遅らせるための妨害工作を行ってくれ』とのことだ。

 追加の条件として、『徹底した隠密』と『死者を可能な限りだすな』といわれたらしく彼女たちに襲撃を受けたこれまでのシルバー等級冒険者たちが軒並み病院送りで済んでたのにはそういう理由があった。


 「でもいいのか?そんなこと話してしまって」


 オーレリウスの疑問に、ネ・グドレが答える。

 「えっと、はい。アルハンブラ叔父様には…いずれ真実を話すつもりではありましたから」


 ネ・グドレは不遜な他姉妹とは異なり、一歩下がった所から状況を俯瞰する。という癖がついているようにオーレリウスは感じた。


 「まぁ、上と下があれじゃなぁ」


 (うそぶ)くオーレリウスを睨むダ・グドレとミ・グドレ。

 我関せずとその視線は無視し、火に当たるジャガイモの具合を確認していく。


 その様子を見ながら、ネ・グドレは続ける。白銀の髪と瞳の色が夜を連想させる。


 「依頼の報酬量を初め、様々な要因が今の私たちにとって都合がよすぎました。これはヨルも感じていた様子で、何か意図があるものだと感じてはおりましたが…考えうる中で発生し得るリスクと得られるリターンの量から鑑みて受けることとはしましたが、同時にそれはアルハンブラ叔父様と戦う。ということを意味しておりましたので…」


 

 ネ・グドレの視線を感じたアルハンブラは手に取ったジャガイモをもう一度火に当てる。


 「俺とカチあった地点で、どうせ勝てないだろうし全部話して相談をする算段だった。ってことか」


 「はい。叔父様であればご友人たちからの伝手もございますし何か得られるものもあるのではないかな。と考えました」


 そう語るミ・グドレの頭を軽くチョップするアルハンブラ。

 「頭を使うのがお前の役割だとしても。大前提として負けることを考慮して考えるのは悪い癖だと思うぜ?どこの世界に腹を見せながら戦う奴があるか」


 そういわれたネ・グドレが俯いた。

 だが、思わぬ所から声がやってくる。


 「どうだろうね?中尉殿。あんたみたいな規格外の特別性そのものみたいなやつを正面からカチ合おう。なんて考えるバカはそうそういねぇよ。自分の「格」を考えてみなよ。それに負けを前提にしているというよりも生存やお前の性格を鑑みればそういうスタンスをとることはおかしくねぇだろ」


 そういう火傷面の男に対し、アルハンブラは鼻で笑う。

 「てっきり無視を決め込むと思ってたが?」


 そういい、手に取ったジャガイモの焦げ付いた皮を剝くアルハンブラ。

 

 オーレリウスは、言葉を続ける。

 「最初はそのつもりだったさ。だが混一化(バーンアウト)の悪い面が出てしまったようでね」


 その言葉に「そうかよ」とだけ返すアルハンブラ。

 

 このやり取りに、ついていけないグドレ姉妹とヨルを置いておき取り敢えず皆でジャガイモを食べることとなった。


 そろそろ、肉が喰いてぇな。とストルムは思った。



 姉妹たちがありあわせの布類や寝袋を持ってオーレリウスのテントへと入って行き、行く当てのない男どもは外で休むことになった。

 

 アルハンブラとヨルは焚火の番をしつつ見張りをするといい。お言葉に甘えたオーレリウスは裏側より出てきたストルムに包まっるような形で寄り添って休むことにした。


 静かな夜だ。

 冬の足音とともに、空が澄んでいくためかこの時期の夜空はオーレリウスにとって寝る前の至極の時間となっている。


 そんなオーレリウスのもとに、歩み寄る足音が聞こえる。


 ヨルは竜の体をまじまじと見つめながらやってくる。

 

 「竜は、初めてか?ヨル」

 そう口にしたオーレリウスに対し、ヨルは頷いて答える。


 「今のご時世、生きた竜を見ることはあまりないからな。そのほとんどが亜人種族よりもさらに僻地へと去ったとまで言われている」


 ヨルの言い分はお最もだ。なんでわざわざ人の前に用もなく出てくる竜がいるものか。

 竜はそういう連中だ。基本どっかに引きこもってるか餌を求めて飛んでいるかである。


 「案外そこら辺にいるかもな。表に出ていないだけで」

 そう告げられたヨルの驚いた様子とでもいうのだろうか。顔の奥で赤い瞳が少し大きくなったように感じた。

 

 そうして少し二人で星を眺めた後、ヨルが再び声をかける。


 「さっきは、ありがとう。アルハンブラ様は、ネ・グドレ様との付き合い方が少々合わないと話されたこともある。ダ・グドレ様やミ・グドレ様とは違い、内向的な一面のある方でな。そのせいで一歩下がってしまうのだ」


 まぁ、あの中尉殿だしな。とオーレリウスは嗤う。


 「状況を俯瞰し客観的に把握しようとする癖はある種の才能だ。上官に欲しいが同僚や敵に欲しいとは思わねぇな」


 ヨルが、不思議そうにしている。

 「敵はわかるが、同僚はどうして」


 オーレリウスは煙草に火を点け、ゆっくり紫煙を吸い込む。


 「皆が右を向いている時に、左を向いた発言をして顰蹙(ひんしゅく)を買うからな」

 そういい、静かに笑う。


 ヨルはその意図を図りかねているところへ肩をすくめて返答するオーレリウス。


 話は、先ほどの依頼についてに戻る。


 「ネ・グドレ様が仰ったとおり、この依頼は報酬を含め不可解な点が多い。なぜわざわざこのような真似をする必要があるのか。その説明がされることはなかった」


 オーレリウスがそれに対し思考を巡らせていく。

 こういう時仮想敵を考える場合には「得をするのは誰か」を考える。


 そもそもこの依頼の前提には、小国同士の紛争とその原因に当たる稼働を続けている工場の存在がある。

 スクールが調停目的で飛竜兵とギルドを利用している以上、組織という上では双方にこれを依頼する意味が解らない。

 戦争を終わらせたいといいながら火薬をふりまく行為をするような連中ではない。


 ミュドランダとテレズレムでもない。この双方が依頼するのなら工場の奪取を支援しろというものになるだろう。

 わざわざ自らの国民を苦しめるような行為に走ることは基本あり得ないだろう。


 そうなると、これ以外となる。


 オーレリウスはその組織の名を口にする。


 「七大連合だろうな」と


 七大連合は、その相対は人類種族の保護と発展。契約者や禍つ獣のせん滅を目的としたメルカッタに存在する七つの大国の代表たちによって組織されてはいるが、その実態は帝国技術や禍つ獣の素材に関する事実上の独占と、亜人種族の弱体化を裏で行っている。

 メルカッタは「メロウ湖畔地帯」や「直轄都市」を基準に外周へ向かうごとにその文明レベルが低下してい特徴がある。

 都市と、村というレベルではない。


 未来と過去。といえるレベルの技術格差が発生しているのが現状だ。


 確かに、ミュドランダとテレズレムのように人類種族の一つとして認められている者たちへ与えられた国の一つではあるが、オーレリウスから言わせれば


 種族認定という首輪を嵌めて

 土地という小屋の中で囲い込む。


 としか思えない。

 その証拠に、辺境の隣国では亜人種族同士の紛争が絶えない一方で人間種族はそれらとは無縁の生活と文明を手にしている。


 これらの紛争は、七大連合における国力の低下を狙った暗躍であろう。


 確証できる物証のない推論ではあるものの、メルカッタの現状という人類種族が確保した土地と亜人種族に与えられた土地に対する地政学的側面から考えてみると一つの仮説として浮かび上がってくるには十分ではある。


 「だが、スクールが関わっているのだろう?七大連合はスクールを直系の組織としているはずだ」


 ヨルの指摘もその通りだ。実際スクールは契約者をはじめとした排斥するべき存在への脅威を解析・研究する下部組織という側面を持つ。


 だが、その上司と部下が仲良しこよしばかりではないというのも歴史が証明している通りである。

 

 「七大連合とスクールは、ここのところ禍つ獣の素材をめぐって徐々に政治的対立を深めてきている。スクールの実績において現状その優位性はスクールに軍配が上がってはいるものの、この段階で紛争鎮圧に失敗しようものなら?」


 ヨルはそこで、はっと気が付いた。

「実績に泥を塗り、そこを足掛かりに政治的優位を持とうとするのなら。スクールに対する妨害行為も頷ける。か」


 正直、これが小さなものでもいいのだ。


 「スクールに頼ってばかりではいられない」

 「七大連合もまた、スクールとともに戦うべきだ」

 

 という人類種族の声を得るきっかけになればいい。

 

 あとは、スクールを再びただの下部組織になるまで引きずり落とせばよいのだから。


 そうなると、ネ・グドレの思案もむべなるかな。


 背後に関わっているのがそのような組織であった場合、頼りになるのはアルハンブラをはじめとした裏側の人間たち。

 すなわちオーレリウスのような契約者をはじめとした同類ともいえる夜の住人達になってくる。


 その足掛かりとしてアルハンブラに出会った際には素直に話をする。というのは案外理にかなった行為ともいえる。


 「ネ・グドレだっけ?あの嬢ちゃん…存外恐ろしい女なのかもな」


 一人そう呟いた際に、ふと別の仮説が浮かぶ。


 もし、その情報をかの小国の耳に届いているとするのならば?

 スクールがギルドへ依頼をした。そのうえで追加の飛竜兵が工場へ調査に赴くというのならば?


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 オーレリウスは飛び起きるように体を弾き、アルハンブラのもとへ向かう。


 当の本人はあくびをしている。呑気なものだ。


 アルハンブラの肩を叩き、こっち側へ引き戻してやるとオーレリウスは告げる。

 

 「この依頼。もしかすればサブプランがあるかもしれない」

 そう告げられたアルハンブラが一瞬でオーレリウスの仮説を理解する。


 「つまり、グドレ姉妹達以外に同士撃ちを依頼されたやつがいるってか。考えすぎじゃねぇのか?」


 再び欠伸をするアルハンブラもまた、その可能性を思案し突然立ち上がる。


 「…テレズレムってたしか」


 テレズレムという小国は主に鱗肌属(サドレン)という蜥蜴のなどに類似する頭部や鱗を持つ亜人種族の国であるがそれと同時に、その同盟国たる『南方諸国からの移民が多い土地』でもある。


 二人は、再び町の方へと駆け出した。


 おそらくスクールの駐在部隊が今頃到着に向けて進行中のはずである。

 その道中を狙い撃ちできれば、調査を大幅に遅らせることができる。

 護衛に、ヴァルキリアズの構成メンバーが付いていると聞いていた。

 だが、上位メンバーとは今隔絶された状態にある。

 狙うのならば、ここが適切。


 そうして、結論が出る。

 「サブプランは、アースラズか!」

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