乾期は歓喜の季節⑮
「さて」
一息ついたオーレリウスは、アルハンブラの方を見やる。
腕を組み、したり顔を浮かべている顔面がその黒く塗られた刀身に映るほどの場所へ斧を突き立てる。
「説明を求めますぜ?上官」
アルハンブラはそれを見やると被りを振って返答する。
こういうことになるのは予想していたようであった彼の口から、説明が語られる。
まず、この黒い肌をした獣臭い女どもは「炉の女」と呼ばれる灰かぶりの上位ともいえる存在である。
オーレリウスから言わせればまごうことなき禍つ獣。と言い切れる存在ではあるものの、人の似姿と人のような感性を持っている。
別に禍つ獣は無個性とか、感性がないという話ではない。
アイツらを見極める時に基準となる行為として、「種の繁栄を優先する」という要素がある。
獣たちが行うおおよその行為は、そのどこかしらに自らの種を宿し産み落とすためのギミックが仕込まれている。
かつて、グワナデルの百足たちが人へ自らを寄生させるため、なおかつ人の社会へ潜り込むための「卵の母体」を人に寄せて作った。という要素にその側面を見て取れる。
それ故に今、年頃の女性のようにみすぼらしい服を選んでいるこの光景のどこにもその要素がないことを考えると「カーバンクルの兎」のように現状においては無害な獣。ということなのかもしれない。
で
眼前でその女たちへ慈しみの視線を送っている中尉殿は、その獣を「拾った」というのだ。
雨に濡れた子犬を拾うような感覚で、人を助けるのがこの男だ。オーレリウス自身も過去、その恩恵にあやかった身としては呆れるほかなかった。
とにかく、そうしてオーレリウスと再会する少し前までこの獣達と過ごしていたというのだ。
「随分と、鼻につくハーレムだな」とオーレリウスの野次を笑うアルハンブラ。
「炉の女ってのは、いい女になっていくにつれケツと態度ばかりデカくなりやがるみたいでなぁ。反抗期の時はそりゃぁ大変だったさ…」
オーレリウスは衣類を引っ張り、それらの耐久度を調べながらその話を聞いている。
「ミ・グドレの奴なんか、あの年でもう長女顔負けのクソガキになってるしよ。全く」
そういうアルハンブラだが、その声色はどこか穏やかなものであった。
オーレリウスは、乱暴に積まれた衣類から大体めぼしいものを決める。
腕にいくつか衣類を掛けた状態で今も冷や汗が濁流のごとくあふれ出ている哀れな店主に対し「試着室はどこだ」と告げる。
指差されたほうにある、いかにもという形のボックスルームへ入る。
ドアを閉め、埃と汚れの目立つ鏡の前に立つ。
血濡れた衣類を脱ぎ捨てて、新しい衣類を試着する前に自身の体の状態を確認する。ヨルとの戦いの中で強いられた出血を、未購入の衣類へと伝える必要はない。
オーレリウスは比較的生地の厚い、それでいて緩めの旅装を着始める。
帝国竜騎兵正式採用対環境制服を着てばかりもいられない。あれはどんな環境でも基本的に着心地はいいのだが、人目があるところでは逆に宜しくない。
殺すけど殺してください、と首から看板を吊り下げて歩くようなものだ。死ぬのは別にいつでもいいが、理由もなく殺されるつもりもない。
なので、人の中に潜り込むためにこういう衣服が必要になってくる。これまで連れ添ってくれた相棒は昨晩の戦いの中ですっかり血染めのぼろ布である。
生地が厚いと、主に寒さを凌げる。帝国竜騎兵正式採用対環境制服の下に着るだけでかなり暖かく感じるほどだ。
緩い方がいい理由は簡単だ。混一化のせいである。
オーレリウスの場合、混一化の進行とともに左腕より全身へと伝播する。
体中に発生するストルムのものと同様の外殻が体中に生成され、それらが服を引き裂いてしまうことも何度かあった。
ある程度緩い服を着ていれば、そうなった際にも服へのダメージを少なくすることができる。この服は帝国製の軍需品ではないのだから、自動修復などの魔法刻印が入ってはいないだろう。
体を動かす。全体的にやや緩めだが、ベルトなどで固定すれば問題なかろう。
そうして両腕を挙げた時であった。何かがオーレリウスの体へ触れた。
すべすべとして、熱を持つ幅広の物体。
次にそれは、腹を撫でた。
上から下へその傷だらけの体をなぞる様に
下から上で、体の奥に存在する神経をそそらせる様に。
女の手が、そこにはあった。
興味深そうに腹を撫でる女がいた。
いつの間にかオーレリウスの後ろから廻ってきたその手が2種類あった。
つまり、訂正される事実は。
女ではなく
女ども、である。
そのうち一人は、細く長い指をしている。それでいてしなやかなものである。
もう一人の腕はまだ小さく、肉付きもある。
共に、夜を纏ったかのように黒い。
オーレリウスの耳元へと、その手が這い上がる。
そうして旅装の中から、黒い蛇が這い上がるようにオーレリウスの首へと巻き付く。
その際、視界の端を滑り降り落ちるように流れる金の長髪を見た。
女はオーレリウスの右耳にその吐息を零す。
命の熱を感じる。程よいものでった。
「あんたが、うちのヨルを倒したんだってねぇ」
熱を孕んだ、女の吐息。しかして凛としている。
男の背中にすり寄る体つきは、雌獅子のように引き締まっている。
別に油断したわけではない。警戒の隙をついて侵入してきたのだろう。
などとオーレリウスが納得をする。次は鍵の場所をちゃんと確認しておこうと思った。
そうしているうちに、小さいほうの手が上にせり上がってくる。
鏡に映るその姿があった。
雌獅子に抱えられる猫。といった印象だ。
体中がやや丸みを帯びた肉付きをしている様子から、まだ幼いのだろうか。
左耳から、少しだけ高めの声色が聞こえる。
「あんた、やるじゃぁん?シルバー等級でイキってる雑魚冒険者なんて相手にもならなかったってのに、さぁ?」
わざと舌なめずりをするような妙にぬめりを帯びた声だ。
ちなみに、オーレリウスが無表情で腕を下ろさないのは別にそういう魔法にかかったわけではない。
念話の奥でゲラゲラ笑いながら声が響く。
⦅いいぜいいぜ?『ストレンジ・インモラル・カルチャーショー』の1シーン覚えてるか?あれだほら。主人公の竿役が白蛾の複節属に迫られたシーン。あれみたいになってきたな⦆
(そろそろ腕を下ろしてもいいか?帝国軍規約内容の更新で検閲に引っかかってしまったウェンリーのコレクションの話とか、よく覚えてるな)
⦅あの時の准将、最高に笑えたな。それを検閲している時のお前の死んだ目もサイコーに爆笑モンだった⦆
(そういや、今晩もジャガイモにしようかと思ってるがお前はどう思う?)
⦅悪かったって、キレんなよ?相棒。もう少しお嬢ちゃんたちの座興を楽しもうぜ?⦆
(仮に、押し倒されたらどうするつもりだ?)
⦅あっつあつのベーゼを食らわしてやればいい⦆
(了解。口の中大火傷にしてやる)
などという会話があった。
要するに相手の口から情報を聞き出すため、わざと流されているという様相を呈することで腕を下ろしていないのだ。最もその半分以上は今現在も笑い転げている相棒に付き合ってるだけとも言うが。
なおこんな会話の間にも、オーレリウスは体を撫でられている。
「なぁ、あんた。獣を殺して回ってるそうじゃないか?こんなに傷ついて。痛くはないの?」
そういい、金髪の雌獅子が一つの傷をなぞり
「でもでもぉ?やっぱり女の子にこういうことされると喜ぶのは人間よねぇ?」
そういい、金と銀の髪色の幼女がオーレリウスの顎下を緩やかに撫でる。
そういいながら、その手でオーレリウスを抱きとめる金髪の女。
背丈はオーレリウスよりやや高い。
オーレリウスの身長が縮んでいなければ182cmであるので大体185~190といったところであろうか。
アルハンブラの210cmよりは小さいが、人の女性としてみた場合かなり浮いた存在になる。
「ほら?いいのよ。私たちに体をゆだねて」
雌獅子の手が、静かに下腹部へと延びていく。
「あなたの瞳、私にもっと見せて?」
猫の声を耳元でささやきながら、その瞳を見ようと顔を動かそうとする。
鏡越しに炉の女をまじかで見ていたオーレリウスは、静かに思った。
確かに、いい女だな。と
炉の女もまた、灰かぶりと同様に他種族の男と交わり女のみを産むとされる。
その身体能力をはじめとした生物としての格は灰かぶりや人類から見ても二回りほど上にあるとされている。
またその美貌もまるで美を司る女神により直接祝福を受けたかのようであるとされる。
一端の男であれば、そそられて反応してしまうかもしれない。
残念なことに、今撫でまわしている奴が一端の「男」であればの話であるが。
「…おかしいな。そろそろ効いてくるころだと思うんだけど」
「もしかしてこいつ、そっちのケなのかしら」
それを示すように後ろで繰り広げられている密談の中で、オーレリウスの様子が変だといい始めている。
仕方ない。と内心ため息をつく。
そうして口を開く。
「悪かったなそそられなくて。精神干渉系の魔法でも使ったか?というか、アルの奴から何にも聞いちゃいねぇのか。契約者は生殖機能を失うって話」
以前にも話したが、契約した対象それぞれは「その生物とは異なる」としてカウントされるためか、例えば人と竜の契約者の場合においては人にも竜にも基本欲情しない。
それは、人が竜へ欲情しないのと同じように
竜が人へ欲情しないのと同じように。
その結果、あらゆる生物の間で行われる生殖行為へ一切の興味…つまり性欲が失せていき、生殖機能も並行して喪失していく。
最終的には二人で一人の怪物が自然の摂理から完全に除外されてしまう。
のはずなのだが。
「で、でも。アルオジは普通に機能しているみたいだけど…」
幼女がそういう。
まぁわからんでもない。当時だって解らなかったんだから今でもわかる訳がない。
「あの人は色々特別製なんだよ」
そういうと、オーレリウスの体中を這っていた手が止まる。
「精神干渉の魔法、とは失礼だねぇ。そんなもの使えたためしがないよ。それとも、そんなものを使われたと思うくらいには、私たちはそそるかい?」
金髪の女の嫋やかな長い指が、オーレリウスの顎へ添えられる。
その指とともに、顔を上に上げられたオーレリウスは女の顔をまじまじと見つめる。
整った顔
懐かしい小麦畑を思い出させるような金色の相貌。
夜の闇を纏ったような黒い肌。
それらを見たうえで、オーレリウスは素直に答えた。
「残念ながら、全く。そもそも、獣臭いガキに欲情するのはとっくに卒業してるんだよ。こっちは」
見る見るうちに、その顔が紅潮し静かに怒りの様相を醸し始めていた。
その様子を笑ってみていたストルムの念話が聞こえてくる。
⦅そういや、オーレリウス。『ストレンジ・インモラル・カルチャーショー』の続きの展開覚えてるか?⦆
(さぁ?性欲が枯れ切った俺でも二度と見たくねぇ。と思うくらいには3流ポルノだったってことしか覚えてねぇよ)
その背後の扉が、静かに開かれた。その奥から感じる懐かしい気配を静かに流すオーレリウス。
その気配とオーレリウスの間で恐怖の色を浮かべる気配があった。
体格の違う猫が二匹震えていた。
⦅別の竿役が現れて、こういうんだよ⦆
一拍ののち、オーレリウスの耳と脳へ同じ言葉が襲い掛かる。
「不純異性交遊なんてしているんじゃぁねぇぞ!」
⦅不純異性交遊なんてしているんじゃぁねぇぞ!…ってな?⦆
オーレリウスの鼓膜と脳が細切れになりそうであった。
思い出したくもないことを思い出してしまったオーレリウスは、背後で響く悲鳴と炸裂音には耳を貸さず、旅装を新調した。
『ストレンジ・インモラル・カルチャーショー』は、所謂調教モノであった。
ということを思い出したのだ。




