表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/78

乾期は歓喜の季節⑫

 「そう、か。変わっちまったか…」


 知らない間に?

 いや、何度だってそれを言われてはいたはずだ。

 

 変わったのだと。

 時代も、

 人間も、

 国土も、

 そのうえ獣まで変わり始めている。


 知っている境界線はすでに意味を成していない。

 その背にあった光景が、ふと振り返った時には既に別の光景に代わってしまったかのようだ。


 だが、だが。

 それはできない。

 その境界線を保つ存在。

 境界線の意味を成すその存在。

 

 契約者という獣

 オーレリウス・ベルベットという在り方。

 人ながら、人を守るため獣の領域へと踏み込んだ男。

 その存在が、彼の人間性。その境界線に意味を持たせている数少ない存在であるからである。


 同時に、彼がその場所から動くことができない。根本的な存在理由(アイデンティティ)そのものでもある。


 「なにも、変わっちゃいねぇよ」ヨルを前に、斧を横に突き出すように振る。


 「変われないんだ。俺が、そっちへ踏み込むことはできない」

 誰に言っているのか。ヨルはその真意を測りかねている。


 分かる訳もない。

 それは、自問の呟きである。


 「戻れないんだ。あの小麦が揺れる東黒羊海の丘も、汽船の音も」

 斧を正面に構える。

 その切っ先は、ヨルを捉える。


 「分かってはいるさ。解っている」

 そうして、斧の握る力が強くなる。


 ヨルは、この時に気が付いた。

 怒りが

 憎悪が

 体の奥より溶岩のようにぐつぐつと煮えたぎっていくのを感じた。


 ―アイツ、俺のことなんか視ちゃいねぇ!―


 ヨルはその両腕を組むように合わせると、それを生み出す。

 うねり、混ざり、攪拌され生み出されるは2匹の獣。


 四足歩行の、狼によく似た獣である。だがその体はグネグネと未だ定まる形を持たず、ぎょろぎょろとした単眼をもつ。

 口を開けば、粘液の奥から鋭い牙が生み出される。


 ヨルが命じるまでもなく、異形たちが相対する怪物へと襲い掛かる。

 

 オーレリウスは、右手に握る斧を下段に構え左腕で燐光文字を生み出す。

 

 招水(サモン・アクア)しなる蛇(スネイク)


 オーレリウスの周囲を水が包む。

 それは分かたれ、意志を持つようにうねりながら獣たちと相対する。

 揺れるように体動する、水の蛇が2匹。

 

 オーレリウスは蛇とともに駆けだす。


 異形は自らを丸呑みにせんとする蛇の口を見る。

 その瞬間、その速度を増し蛇の体を貫く。

 だが、水の蛇は即座に周囲へと散った水分を集め再び蛇の姿を形作る。

 

 異形たちの瞳が、一瞬輝く。

 瞬間迫りくる光線。


 蛇のうち一匹がその身を球にして光線を受け止める。

 内部に蓄積されたその熱に耐えかね、蛇が蒸気と成って四散する。

 

 周囲を迸る高熱の蒸気。

 その奥から迫る。

 迫る。


 冷たい殺意を帯びた、紫水晶の瞳が迫る。


 口元を隠すかのように、左側へと構えられた斧を異形の一匹へと向け振りぬく。


 斧の切っ先が、その肉を断つ感触をオーレリウスの右手へと伝播させる。

 死の刹那、異形は黒い粘液と化しオーレリウス目掛け波を生み出す。


 その内に無数の銃口。

 数えることすら億劫になるほど無数のよく見た銃口


 レイジ・オブ・ハート:迎撃形態にも使用されているEW-SC「デュアル・ブレス」

 その銃口がまるで無数の眼玉のようにオーレリウスへと向けられる。

 放たれる銃弾の雨。

 それを阻むように招土(サモン・グランド)の土壁がせりあがる。

 無数の雨を受けた防波堤のごとくその身に無数の風穴を開けるが粘液の波に覆いつくされてしまう。


 だがその時には既にオーレリウスはその内にはいない。


 蛇とともにヨル目掛け既に走り始めていた。

 いつものように。

 夜闇を纏い、

 その奥で光る獣の瞳を見据え

 殺すために。


 ヨルはもう一匹の異形を「作り変える」


 四散した獣の粘液と混ざり、死肉喰い(デッド・イーター)のごとく這いずるいように移動するとその体が変化する。


 四角い箱のような形をした物体から、4発の閃光。


 それを2個分。


 計8発の、閃光と白煙がオーレリウス目掛け突撃する。


 指定マナ識別方式採用型ミサイル、EW-SC「バロウズ・アイ」

 操作したものが指定した物体が放つ「マナ」を探知・誘導し攻撃する目的の兵器。


 熱感知や任意誘導型とは異なり、対象が「マナ」をもつ個体であればそのマナのみを追い続ける事ができる自動誘導型。


 オーレリウスは小さく舌打ちをすると斧をミサイル目掛け振り上げる。

 そしてミサイルの一本目掛け投げつける。


 円を描くように斧が舞い、それがミサイルの弾頭部分に直撃した瞬間内蔵された接触信管が作動する。

 爆発音を上げ炎を生み出す。それに巻き込まれるように他のミサイルたちも地面に落ちる。


 いくつかの爆発の中で生き残った一発のミサイルがいまだ命じられるがまま対象へと接近する。

 オーレリウスの瞳が開かれる。

 

 ―巡刻(チェック・ポイント)


 オーレリウスの周囲を起点に時間の流れが鈍くなる。

 万華鏡のように展開されるレンズの内に無数の「未来」が映し出されていく。

 0.5秒。次に起こすワンアクションの先に起こる結果をオーレリウスは選別する。


 まるでそれらを重ね合わせるように。メガネの度数を合わせるように。

 

 ヴィジョンを、見出す。

 この先の、展開(ヴィジョン)を手繰り寄せる。


 時間が再び戻る。

 ミサイルの雄叫びが、オーレリウスの耳へ再び届けられたときその眼前にはミサイルの弾頭が迫っていた。


 オーレリウスはその左腕でミサイルの弾頭その僅か後ろを的確に鷲摑みする。

 ロケットに押され僅かに後退するも、その速度を左腕一本で制動する。


 そして、円を描くように一回転すると。そのミサイルをヨル目掛け投げつける。

 だが、ヨルも既に準備を終えている。その腕に握られていた大型の対物ライフル砲。


 EW-SC「レイド・ハンター」

 対大型対象並びに対物体貫通を可能とした大型弾薬を採用したロングレンジ・バレットライフルを片手で振るうと、ミサイル目掛け引き金を絞る。


 炎が音で揺れた。

 迸る衝撃とともに発射された弾丸はミサイルへと高速で迫る。

 弾道上にはオーレリウスもいる。レイド・ハンターの威力と3重発動された「加速」の魔法刻印を前にすればミサイルごと貫通することは容易である。


 だが


 弾丸が発射された瞬間。


 レイド・ハンターが閃光を挙げた瞬間。

 その弾丸とすり替えられるかのように、ヨルの眼前にその男が現れた。

 斧を振りかぶる。

 その一撃は、ヨルの脇腹より射出されるように生えてきた硬質の腕に阻まれる。

 

 「なんだ…⁉」

 ヨルは驚愕を隠せなかった。

 

 オーレリウスは、レイド・ハンターが弾丸を発射するその閃光とともに交錯(クロス・ポジション)を発揮。

 弾丸と自らを()()()()()事で奇襲攻撃を試みたのだ。


 ヨルの脇腹より生えた腕がミリミリと音を立てちぎれ始める。

 斧の刃が食い込んだ場所の硬質化が解除されている。


 「これが…帝国軍人ってやつなのかよ…」


 ヨルがその魔法を理解できたとしても、あまりにクレイジーすぎる戦術に開いた口が閉じないだろう。


 だが今は呆けている場合ではない。オーレリウスが巡刻で選択した行動の結果はまだ続く。


 オーレリウスが左腕を上に伸ばす。ちょうどやってきたのだ。


 先ほど、その誘導装置がある場所を握り潰され誰の操作をも受け付けなくなった暴れ馬と化したミサイルが、こちらへと迫っている。

 

 異化が進行し、より悍ましさを増している左腕が再度ミサイルを掴むとそれをヨルの顔面目掛け叩きこむ。


 爆発。


 白い閃光ののちに広がる紅蓮の炎が、花開くように周囲を飲み込んでいく。

 オーレリウスはその炎に包まれ吹き飛ばされる。

 生み出していたもう一匹の水の蛇を壁としてもなお、その衝撃を相殺しきることはできなかった。


 そして地面を何度も転がりながら最後には上を向くように倒れ伏す。


 ヨルは、立っていた。

 自らが生み出したミサイルを受けた頭が跡形もなく消し飛ばされてもなお

 膝をつくことはなかった。



 オーレリウスは、わずかな間そうして倒れていた。

 だが次の瞬間には意識を取り戻し、即座に立ち上がる。腹の内からこみ上げるものをその場に吐き出す。相対するもののように、自らの左腕のように黒々とした虚無を吐き出す。


 ひとしきり吐き出すと、口元を乱暴に拭い再びヨルへ相対する。


 「俺は、こうすることでしか…俺を保つことができねぇんだよ」


 オーレリウスの後ろに引かれた一本の線。

 それはいつも後ろにあった。

 線が引かれたその先に、人の営みがあった。


 契約を行い、「イフリータスの人面鹿」を殺し

 象徴たるものを含む獣たちを殺し

 殺し続けた。

 獣たちと相対し続けた。

 奴らをこの線の後ろへと行かせまいと。

 人の営みを、蝕ませることなどなきよう。


 それを、誇りに思ったことはない。

 それを、名誉に感じたことはない。

 当たり前だと、考えているからだ。

 そうすることで、契約者は存在できるのだと考えていた。

 

 それ以外の、契約者(じぶん)の在り方を。見つけられずにいた。

 なぜなら、その在り方を見つけるためには

 その在り方があるのは、人の側だからだ。


 その背に自ら引いた、境界線の向かい側にあるのだ。

 オーレリウスはその先に踏み込むことができない。怖いのだ。

 なぜなら、その行為そのものが自分自身の存在理由を破壊しかねないからである。

 だから、怖いのだ。自らが人の側へと歩み寄るのが。

 自分自身が壊れてしまうかもしれないという恐怖が拭えずにいるのだ。

 

 人の世界に、怪物のいて良い場所はない。

 自己の認識が、そう自分自身に訴え続けている。ついにはここから動けなくなるほどに。


 槍の誓いに、しがみつくように生き続けることを容認してでも。

 灰かぶりを殺したとしても。


 その行為自体が、人殺しとなることが…自らの境界線を危ぶむことだとしても。

 足が、動かせないのだ。


 「ふざ…けんなよ」

 オーレリウスの呟きに応える声があった。


 頭が吹き飛ばされたヨルは、自らの体を再構築していった。

 再びローブに包まれたその漆黒の禍つ獣が放つ赤い瞳が、オーレリウスを見やる。


 「さっきからぶつぶつと…何をくっちゃべってるかと思えばよぉ」


 ヨルが両腕を振るうと、その手首から小型のダガーが突き出る。

 「俺は…お前の()になった覚えはねぇぞ!」


 その足を踏み込み。オーレリウスへと肉薄するヨル。

 ダガーをその紫水晶の瞳目掛け突き立てる。

 

 オーレリウスの斧に叩き折られてもなお、即座に修復し再びその両腕のダガーを振るう。

 

 「俺はヨルだ!」

 オーレリウスの頬をダガーが掠める。


 「獣じゃねぇ!」

 オーレリウスの斧を弾く。


 「なにより!」 

 オーレリウスは肉に刺さる刃物の感覚を覚えた。その右肩に深々と、ヨルのダガーが突き刺さる。


 「…俺はお前の鏡にはなってやれねぇし、そんなのは御免被る!」

 そのまま、上に斬り上げる。


 オーレリウスの右肩から血が迸り、赤い景色の中でより一層赤い色を映し出す。

 数歩、後ずさりするとその場に膝をつく。

 

 集中力が切れたのか、肩で息をするオーレリウス。


 ヨルが首元へダガーを突き立てる。

 その様子を、じっと見つめるオーレリウス。


 「こっちには、全然ビビらねぇのな」

 そういいやるヨルを前にオーレリウスは笑みを浮かべる。

 穏やかな、笑みである。

 「まぁいい」

 ヨルは、そのままダガーをオーレリウスの喉へと突き立てる。

 

 オーレリウスの、静かに呻く声が聞こえた。

 ダガーを伝い、血が漏れ出る。


 その紫水晶の瞳は、ゆっくりと閉じられる。


 ヨルが、オーレリウスの耳元へ顔を寄せる。


 「もしお前が、ビビらずに一歩でも前に歩み寄ることができたのなら…もしかすれば、救われたのかもな」


 そういい、ダガーを引き抜こうとした時である。

 


 手が、握られた。

 ヨルの手が、オーレリウス右手に握られた。


 これが、罠だとヨルが察知した時には


 

 既に、燐光文字が魔法を発揮する。


 オーレリウスの左腕に、2つの黄金色に迸る魔法陣が形成される。

 それは手首より発せられ、うち一つが肘のところまでせり上がる。

 腕を包むように魔法陣の間を雷光が弾けるその魔法は、竜魔法第一階位でありながら、竜魔法の2つの神髄の一つと呼ばれた魔法。

 竜のみが扱える、雷魔法の最初の煌めき。

 一筋の雷光を生み出す魔法。


 オーレリウスの左腕がヨルを捉える。

 撃ち込まれた衝撃をその脇腹に感じた時、魔法が発揮される。


 ―招雷(サモン・ライトニング)


 肘に到達した魔法陣が急速に手首の魔法陣と衝突する。

 その発せられた雷撃が拳より杭の如くヨルを穿つ。


 叫ぶ余裕すらない。その雷はすべての生物にとって、最悪の破壊力を発揮する。

 あらゆる構成要素を「加速」させてしまうその属性は、時に対象を崩壊させる。

 炎に包まれたこの空間に、雷光が迸る。

 下から上に、闇を…


 「夜」を切り裂くように、刹那の閃光を解き放った!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ