オーレリウス・ベルベッドという敗残兵⑥
スクール。正式名称は「飛竜兵育成機関スクール」といい、メロウ大湖畔地帯の中央部に位置する離島に存在する飛竜兵の育成を担う組織である。
「青のエメラルド種」という小型飛竜…ストルム・ブリンガから言わせれば「蛇と竜の間にいるような低能野郎ども」だが、調教が容易である点と小型飛竜種の中で優れた飛翔能力を持つかの飛竜の背に乗り、禍つ獣をはじめとした人類への脅威となる存在への対処並びに外界からの脅威に対する軍事機関としての側面も持つ。
メルカッタ各地より集まる志願者をふるいにかけたり、時には推薦枠として入学したものたちへ徹底した教育を施すことで優秀な「飛竜兵」を育てていく。
その中で「スクール」が持つもう一つの独自要素が「杖を触媒として用いる魔法」である。
スクールは入学時に杖を一つ贈呈される。柄の部分に「マナ・プール」と呼ばれる液体を納めたカプセルを挿入できるポイントがあり、そのマナ・プールを用いて魔法を行使することができる。
そんなスクールが用いる魔法が「四則魔法」と「領域魔法」である。
どちらも竜魔法をルーツとしており、上記の方法で運用できるよう再編集された技術体系を生み出した結果、派生した魔法カテゴリである。
四則魔法は「竜魔法」のうち循環4元素を主体に用いる魔法であり、竜魔法と違うのは威力が抑えられていることと、雷魔法が使えないという点である。
そして今回、オーレリウスが「納得」した理由というのが「領域魔法」である。
これは自身を起点として周囲に「領域」と呼ばれる特別なエリアを生成する魔法であり、エリア内に存在する対象や自身へ様々なアプローチを行うことができる魔法である。
恐らく最初に出会った際、ミュレはこの領域を発動した状態であったのだろう。
ストルムが森の中に完全に溶け込んでいた時も、その領域魔法の原型となる竜魔法第一階位「解離」によるものだ。
領域は時に障壁のような役割を持つこともでき、イノシシたちがミュレたちに近づくことが出来なかったのはそれが理由だろう。
村人のように「許可されている」対象か、オーレリウスのように「そもそも所有しているマナの絶対量に差が大きく生じている」対象はその障壁を通ることができる。
ここで自分が魔法を行使できる存在であると判断され、風属性の魔法のみ看破された理由は「スクール」では循環2元素や根源3元素に組する魔法は座学として以外学ぶ機会がないから、と仮定することができる。
何はともあれ、出会った瞬間に身元は凡そバレていた。というわけである。
「それで?」とオーレリウスは口を開く。はぐらかすように眼を逸らすミュレに紫水晶の瞳がぎろりと向く。
「報酬はしっかり払ってもらうぞ。あんたが言う『大きなイノシシ』の所在を言ってもらおうか」
「えーっと…」明後日の方を向くミュレ。
こいつ、まさか…。
「まさか、知りません。なんてことはねぇだろうな?」そういうオーレリウスは旅装の裏に手を伸ばす。
「知らないわけないでしょ!でなければあんたの狙いが「大きなイノシシ」なんてわかるわけないじゃない」
そういって椅子に座ったまま明後日の方向へ口笛を吹いているが、風の鳴る音しか聞こえてこない。
その時、老婆が湯の張ったお盆とタオルを持って現れる。
「なんでもいいけどさ。あんた」といってオーレリウスにタオルを投げてよこす。
「獣を食った後の熊みたいにいつまでも血の匂いをぷんぷんとさせるんじゃないよ。熊だって川で身を洗うもんだってのに。いい大人がスクールの小娘相手にいいようにされて身だしなみに頭が回ってないとは情けないねぇ」
オーレリウスは悪態をつかれ、とりあえず顔にタオルをあてがう。
ホカホカとした湯気を放つタオルに、鮮血の染みがじっとりと滲んでいく。
婆さんが自分の寝室のドアを開ける。
「男がレディの前で裸になるもんじゃないよ」
そういう婆さんに、オーレリウスは軽口を飛ばす。
「あんただって女だろ?男を寝屋に入れていいのかよ」
そういわれた老婆が鼻で笑う。そのままオーレリウスに鋭利な刃物を投げつける。
受け取ったそれは、剃刀であった。
「首でも掻き切れと?」オーレリウスは眉を顰める。
「女の寝屋で血を流していいのは初夜だけだよ。それにもう淑女は卒業したのさ。あとは神様が天からプロポーズしてくるのを静かに待つ間、あんたらみたいなケツの青いガキどもに笑顔か拳骨をくれてやるのが仕事さ。それともあんた、女の部屋に入ると緊張しちまう性分なのかい?」
そういって老婆はオーレリウスを寝室に閉じ込め、アナの体にべっとりと付いた血を拭き始めるのだった。
老婆の寝室の中で、全身を拭き終わったオーレリウスは剃刀を右手で器用に回しながら、相棒と会話をしていた。
⦅この村の女は強烈だな。あのアナって女もなかなかだったりするのかね?⦆
付与:瞳にて生み出された目玉を棚の上に置き、オーレリウスは剃刀を頬にあてがう。
(イノシシが跋扈している山へ女二人で山へ向かうんだぜ?タマを潰すことには抵抗はないんじゃないか?)
⦅恐ろしい村に来たもんだな、挙句スクールの雌鶏まで居やがるとは。誤算で借金作っちまいそうだ⦆
(そうだな。借金のカタにこれ以上何されるかもわかったもんじゃねぇし、やることやってとっととこんな村からおさらばしたいね)
オーレリウスは器用にナイフで頬をなぞり、髭を剃っていく。
蔦のように伸び放題だった髭をひとしきり剃り終わると、自分が生み出したその瞳を口の中に咥え、丸呑みする。
⦅…おまえ、その隠蔽方法いい加減やめろよ⦆
(これが一番手っ取り早い。少々腹も満たされる)
そんな風に語るオーレリウスにストルムはちょっと引いている様子で
⦅芋虫しか食ってないからいよいよ脳みそ虫に齧られ始めたかお前⦆
(だったらイノシシ少し分けやがれ)
そういうと、ストルムからの会話は途絶えるのだった。
「…ったく」
そういうと、血に濡れた旅装を脇に抱え寝室を後にするのだった。
オーレリウスが戻ってくると、ミュレが床を磨かされておりその雑巾から染み出す赤い水をむき出しの嫌悪感で見ていた。
近くの椅子へオーレリウスが座ると、ミュレがこっちの顔をまじまじと見てくる。
「なんだよ、何かついてるのか?」と尋ねるオーレリウスに、ミュレは質問を投げかける。
「思ったより若い顔しているのね。契約者ってもっとおぞましい姿かたちしてるから…実際、何歳なの?」
老婆より俺のことを聞いたのであろうミュレに、オーレリウスはクスリ、と嗤って
「なんだ?惚れたか」という。
そういわれたミュレの、ドメロン山脈に吹き付ける雪よりも冷たい瞳がオーレリウスに向けられる。
被りを振ってオーレリウスは答えた。
「俺が生まれたのは帝国第2代皇帝の在位していた時だ。それでわかるだろ優等生さん」
ミュレは「あっそ」とだけ答え仕事に戻る。
正しく199年前、帝国が崩壊したのが第12代皇帝であることを考えれば、おおよそ300は越えている計算になる。
契約者は、人ならざる者のと命を一つにする。その意味するところは自らの寿命もまた人ならざる者の影響を受けるということだ。
つまり、契約した対象によっては不老に近い状態になるものもいる。ということだ。
ちなみにオーレリウスの場合でいえば、竜種の中でも30年程の寿命を持つ「青のエメラルド種」のような飛竜たちと違い非常に長命な「メロウの黒真珠種」と呼ばれるストルムとの契約で、少なくともあと7~800年は余裕で生きる。もっと言えばとある理由でオーレリウスたちはことさらに長い間を生きることが決まっているのだ。
左手甲の瞳がぎょろぎょろと周囲をうかがう中、老婆がオーレリウスへアナをベッドまで運ぶよう指示したのちに、テーブルを囲んで3人が介していた。
それぞれの手元には豆と薬草の浮いたスープが置かれていた。
芋虫しか食ってないオーレリウスにとって久しぶりの人の手料理である。
一口食べれば薬草と豆の食感の中に塩味が効いている。
ミュレは菜っ葉を避けつつ豆を食っているところを老婆に凄い顔で見られ、観念したかのように野菜も口に入れた。
そして、口を開いたのはオーレリウスであった。
「で、ミュレさんや。いいのかい?」
無理やり喉に菜っ葉を通した様子のミュレに尋ねる。
「仮にもスクールの生徒さん、もっと言えば飛竜兵が契約者とこんなことしても」
飛竜兵の役割は人々の脅威となる対象との戦いなのである。当然その中にはオーレリウスのような契約者も含まれている。
なので、この質問はもっともであった。
だが、ミュレはあっさりと答える。
「だって私一人じゃあなたには勝てないもの。だったら上手い事対応して味方の増援が来てからの方がいいじゃない。それに、親…もといスクールの調査員と一緒にヒュンドラの蝙蝠を調査しに来ていた所をこの騒ぎ。冒険者を誘導して、事が終わったと思ったら次はこれ」
そういって、降参したとでも言わんがばかりにスプーンをスープの中に投げ入れるミュレ。
⦅なるほどこいつ、嘘ついてやがったわけだな⦆
そう脳内でオーレリウスへ語り掛けるストルムをよそに、ミュレは続けた。
要するに、スクールよりこの一件の調査を依頼、もとい押し付けられたミュレが山を調査するために向かう途中で、村長の娘であったアナが勝手に引率役を買って出てきたのが今回の事故につながった一因、ということだ。
「あの子、スクールに憧れていたみたいでね。それで勝手についてきてしまったみたい。私も結構山奥に入ってしまったとき、試しに領域魔法を展開してから気が付いたから一人で帰れっていうこともできなかった。というよりもし一人で返してたら今頃あの子は一人山奥で死んでいたかもしれないわね」
そういい、唇をかみしめるミュレ。
どうやら正義感がぶっ飛んでいるのは嘘ではないらしい。オーレリウスなら「帰れ」といえるだろうと思ったからだ。
そんな子を救うために、のこのこ村人と一緒にやってきた魔法使い≒帝国兵の契約者へ一人話を付けに来た。ということのようだ。
馬鹿だろこいつ、という目でオーレリウスがミュレを見ているとミュレは続けた。
大きなイノシシについてだ。
ミュレの話ではこうだ。
アナがついてきてしまっていたことに気が付いたミュレは一度下山するべく準備をしていたころ、見上げるほどの大きな体躯を持つ山イノシシに出会ったのだというのだ。
そのイノシシは無数の群れを率いており、ミュレは領域魔法の中へアナに入る様声をかけるも恐怖で動けないアナへ駆け寄ろうとしたとき
「そいつは、地面から牙を突き立てて来たのよ」という。
地面の中を潜るイノシシ。
小さな個体であったためか、この程度の傷で済んだともいえる。
また、ミュレの領域魔法内へ時折侵入を試みる個体も存在しほうほうの体でアナを抱えながらミュレはあそこまで下山したという事らしい。
オーレリウスは、その話を聞いてこの村のイノシシ被害と結びついていた。
恐らくも何も、そのイノシシは禍つ獣である。そのイノシシが魔法を使い、自分の群れに食事をさせるため村へ侵入を行っていたのだが、村人がイノシシ狩りを始めたことが切っ掛けとなりついに山へ入ってきた人間を襲った。というところだろうか。
土属性の魔法を使うイノシシ。
オーレリウスには敵の姿がだんだん輪郭を帯びて見え始めてきた。そして、一気にスープを食べ尽くすと即座に席を立つ。
「そうなると、イノシシ共はそろそろ動き出す時間になるな」
夜の闇の中で、無数の獣たちが動き始めるのをオーレリウスは感じていた。
そうして、オーレリウスはミュレに尋ねる。
「お前、領域の最大範囲は」
そういうミュレはない胸を張ってこう答える。
「15m範囲なら余裕よ。同学年の中でもトップなんですからね」
だがその自信はオーレリウスの眉根と
「ざっこ」という一言で粉砕された。
思わずスープの入った器をオーレリウスへ投げつけようとするミュレを、老婆が机を拳で叩くことで牽制する。
⦅こちらストルム。痴話喧嘩中にいいか?⦆
相棒の声が聞こえる。
(年の差が先祖と末代レベルだがどうぞ)
⦅イノシシ共が動きが慌しくなった。お前らの話だとそろそろ飯の時間じゃないか?⦆
ストルムは夜の闇の中、上空からその様子を見ていた。
だがそのストルムの目には、大きなイノシシの姿はない。恐らくもう地面に潜っているのだろう。
(…アレがいるな。お前は引き続き監視を)
⦅見てると俺も腹減ってくるぜ⦆
老婆の家より飛び出し、森の中へと向かう前にとある場所へ向かうオーレリウスは笑いながら返答する。
(むしろ食い尽くしてやんな。怒り心頭になって出てくるかもしれねぇし、時間稼ぎになるしよ)
次の瞬間、森の向こうから竜の咆哮が響く。
「気がはえぇって」
そういいながら小屋についたオーレリウスはリュックを背負い、森の中へと風のように消えていくのだった。




