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乾期は歓喜の季節⑪

 オーレリウスが煙草を取り出し、火を点ける。


 自分の心がそれを求める。今すぐ寄越せと急かしてくるその鼓動を抑える手段は、オーレリウスには紫煙を焚きつけるほかない。


 獣を狩るときは、いつだって冷静でなくてはいけない。

 だから静かに、煙草を吸う。


 吐き出す紫煙が一瞬視界を遮り、それが夜の闇に溶けていく中で姿を現す。

 灰色のローブ、濃い緑のズボンと使い込まれたブーツ。

 その顔は黒く染まり、夜に溶けてしまうそうなほどであり、その奥で怪しく光る双眸はアルハンブラのより、血の色のような深みを持つ赤色であった。

 

 獣は、静かに人を見た。

 人は、努めて獣を捉えた。


 そうして、相対した。


 獣は、静かにオーレリウスへと言葉を発する。

 「初めまして。であってるな?奇妙な臭いのする男」


 オーレリウスの瞳は、夜の奥でもその紫水晶の輝きを見やるほどであった。

 「あぁ、そうだ。初めましてだな。それはそうと、煙草の匂いは嫌いか?」

 相手を図るように、計るように、言葉を選ぶ。


 その問いに獣は嗤う。

 「煙草の臭い?これがか。だったら明日から禁煙せざるを得なくなるな。なぁ、その腐った汚泥に血と香水をぶちまけたような臭いを発する銘柄を教えてくれよ。俺は二度とそれを買うことはないだろうさ」


 オーレリウスは、釣られて笑う。

 「これは失礼。獣が煙草の銘柄を気にするなんて思わなくてね?じゃぁ教えてやるよ」

 紫煙を吐き、吸殻をその辺に投げ捨て足で踏みつぶす。


 「血と硝煙の中で、臓物をさらして死んでいった。お前らの臭いさ」

  

 静かになった。

 人も獣も

 静かになった。


 僅かに月の位置が動いたように感じたころ。

 人と獣がお互いの拳をぶつけ合った!


 肉が弾ける強かな音が森の闇を突き抜ける。ヨルが放った右腕のストレートをオーレリウスの左腕が同じストレートでぶつかり合った。


 それらはそれぞれの衝撃を受け、両者を後退させる。

 オーレリウスは構わず姿勢を低くしヨルへと迫る。攻撃を見越し両腕を頭の上で組みハンマーのごとく振り下ろすその腕をオーレリウスの右腕が軽く突き上げる。

 バランスを崩した腕につられ、体が傾いたヨルへとオーレリウスの後方廻し蹴りが迫る。

 それが右わき腹を捉えた時、オーレリウスは違和感を覚える。

 

 非常に強固だが、どこか柔らかい。

 鋼鉄で包まれ、中を油で満たしたサンドバッグ。といえばいいのだろうか。

 硬いものを蹴っているはずなのに、柔らかいという二律背反の感触がしたのだ。


 その思案は今ここでするべきではなかった。視界の外ではその攻撃を受けてなお、ヨルは左腕を既に握り、構える。

 空を裂くが如き速度で放たれた左フックをオーレリウスが発揮する滅撃が弾く。


 両者の間に雷光が嘶き、オーレリウスが距離を取る時間を稼ぐ。

 

 「成程。竜の契約者…帝国軍人か」

 そういい、ヨルがオーレリウスを向く。


 オーレリウスは左手のグローブを外し、竜眼を開く。

 周囲の夜の中でその瞳は内に昼を宿すようなスカイブルーの瞳を持っている。


 「ここでなら、もはや隠しておく必要もないだろう?」

 その言葉に呼応するかのように、左腕が変異を起こす。

 黒い肌から甲殻が形成され始め、内側を赤い脈動が駆け巡る。

 僅かに腕全体が隆起したかのようにその太さを少しだけ増す。


 ヨルは、静かに両腕を前に突き出す。

 そのローブの奥で、何かが脈動を始める。

 腕から粘液上の物体が溢れだしてくる。それは強い粘性と意思を宿しているように思うと急速に形を帯び始める。

 小型のエンジン。

 体から生えてくる給弾ベルトがそれに直結される。

 先端に装着された独特の円筒状の物体は、それが何なのかをオーレリウスに思い出させるには充分であった。


 「グラトニー...!?」


 その囁きは、直後の轟音とともに掻き消されていく。

 木を薙ぎ、草をかき分け、獲物を屠らんと迫る7.62×51mm高速炸裂弾が周囲を駆け巡る。


 EW-SC「グラトニー」は帝国陸軍をはじめとし、主に拠点防衛用として対歩兵並びに小型の禍つ獣。中型以上へのけん制などで使用された設置式ガトリング砲である。本来であれば射手と補給係の2人。運搬と設置も含めれば最低でも3人は必要となるこの大喰らいは最大6100発/分という発射速度を誇りつつも、独特の回転式砲身に加え「熱転」と呼ばれる魔法刻印に熱を吸収させることで過熱状態を防ぐためエンジンの燃料が尽きない限り永遠と発射し続けられる。


 また、使用される高速炸裂弾は対象の肉体へ着弾並びに周囲の器物へ衝突すると即座に弾頭が「裂ける」ように4つの「エッジ」になり対象の内部を引き裂くだけでなく、炎と風の偏属性マナクリスタルを使用した小型のエレメンタル・グレネードを内蔵してるためそれらが周囲を爆破する。当然体の中に撃ち込まれた場合、その部位周辺の血肉を吹き飛ばすほどの威力を持つ。


 唾吐きの大喰らいという異名を持つ当時でも防衛用兵器としてその実力を認められていたほどだ。


 オーレリウスは疾風の魔法にて周囲をすべるように移動しながら、それを躱していく。

 背後を掠める弾丸は木々を喰らい、大地を抉る。

 その直後迫りくる、爆発。爆発。爆発。

 


 ヨルは両腕にグラトニーを構え、その2丁の大喰らいから放たれる轟音と高速炸裂弾を容赦なく浴びせていく。


 かつてオーレリウスもグラトニーを使用したことがあるが、到底これを持ち上げて一人で撃とうとは思えないほどの重量と反動を覚えている。

 眼前の獣はどこからともなくそれを生み出し、こともあろうに二丁持ちしているのだ。


 それだけ、あの獣の怪力を思い知らされる一方で疑問も生まれる。


 なぜ、あの獣はグラトニーを使える?

 銃器を使用する獣が全くいないわけではない。一部の獣はその体の一部に銃のような発射機構と砲身を兼ね備え、自身の体から生成されえた物質を発射することで狩りや敵との戦いを行う個体も確かに存在している。


 だがそれらの多くはボルトアクション式、言ってしまえば単発式による運用が多く連射がきく手段として主に使用されるのは魔法である。


 もっと言えばあれのようなガトリング式の銃器は機構が複雑なものである。レイジ・オブ・ハートといい勝負ができるほどだ。


 そのような複雑な機構を「生み出した」といっても過言でもないあの生成プロセスを経る獣など、聞いたことすらなかった。


 周囲が炎で包まれていく中、ヨルはグラトニーの斉射を止めた。2丁のガトリングの方針からは白煙が上がっている。もっともこれはすぐに消え去ってしまう。「熱転」も再現されているということの証明である。


 そうしてその両足と両腕が、オーレリウスもよく知る禍つ獣の、体毛が生えた巨大な獣の腕と脚に変化を起こすと、その状態から別の銃器を生み出す。

 円筒状の物体にまるでキノコのような物体が挿入され、傘を露出させたような武器である。


 その獣がオーレリウスを捉えると、その銃器―EW-SC「シャウト・オブ・ドラゴン」の引き金を引く。

 閃光とともに発射されるキノコ状の物体は専用弾頭の「デス・ボイス」。小範囲を爆破できるロケット弾である。


 オーレリウスは意を決して前と突き進む。

 その身を捩り、デス・ボイスを躱した直後炎の中に突進した死の歌声が周囲を再び焼き尽くす。その間に迫りくる獣の爪を身をよじりつつ、脚で踏みつけて動きを封じる。

 

 獣がたじろぐその刹那。狩人はそれを見逃さない。


 ―招風(サモン・ウィンド)(エッジ)


 左腕にまとわれた風の刃が獣の首目掛け振りぬかれる。


 だがそれを獣は後ろに身を翻すように回避する。オーレリウスの足元には今も踏みつけられている獣の腕がそこにはあった。

 自らの腕を切り落として回避を行ったのだろう。その片腕が上腕付近からなくなっていた。


 「周囲がすっかり山火事じゃねぇか。どうすんだよ?誰か来ちまうぜ」

 おどけるように声をかけるオーレリウスへ鼻で笑い返答するヨル。


 「勝手にすればいい。視られて困るのはそっちのほうだろ?契約者」

 片腕に変化が起こる。まるで空の器に粘性の液体をゆっくりと注ぎこむようにその体内より這い出る黒い物質が少しづつその形を腕に戻していく。

 最後には着用していたローブまで形作る。

 

 「便利な体だな。えぇ?獣のくせに重火器の見本市みたいなことしやがって。どっかでセールでもやってたのかよ」


 オーレリウスは咄嗟に分でいた腕であったものを蹴り飛ばすと、それより無数の針が生み出される。もう少し遅ければ足元から針に貫かれていたところであろう。

 

 「ヨル。俺は獣じゃない。ヨルだ」

 そうヨルが告げるとも、オーレリウスは薄ら笑いを浮かべる。


 「どうでもいい。屠殺する奴の名前がチャッピーだろうがポチだろうが、殺さなきゃいけねぇ奴からすると知ったこっちゃねぇ上に邪魔になるんだよ」


 左腕を軽く振るうと発せられる招風の刃が周囲の炎を吸い、火炎の刃となってヨルを照らす。その一撃を獣の腕で払いのける瞬間、オーレリウスは左腕を既に相手の体へめり込ませていた。


 だがその奇妙な体の特性故か、打撃の類があまり有効打ではないことはもう理解している。

 僅かに距離を離すヨルを蹴り、オーレリウスも距離を放す。


 ヨルはその腕をオーレリウスへ向けながら声を荒げる。


 「屠殺?手前ぇ。言ったな…屠殺って抜かしやがったな!?妹たち(シスターズ)もそうやってあの下種共に殺させるつもりだったんだなこの野郎!」

 ヨルの瞳が明確な殺意をオーレリウスへ向ける。


 「色々あってな。結局は灰かぶりも禍つ獣なんだろう?なら俺は殺すさ」


 ヨルが再び右腕をグラトニーに変化させ、斉射を行う。

 はちきれんばかりの殺意と怒りを、周囲に迸る閃光と爆炎が代弁するようにオーレリウスへと迫りくる。


 「妹たちは人間だ。間違いなく!なんなんだお前は…なんでそこまでして殺したがる?殺して何になるってんだ。えぇ!?答えろよクソ野郎。そこまでして殺したがるその理由はなんだ。人間を獣と見做してでも殺しにかかろうとするのはなんでだ!」


 オーレリウスの眼前で炸裂した弾丸から身を守るため、咄嗟に目を覆う。

 その周囲を、高速炸裂弾の爆炎が包み込む。


 「答えてみやがれ、()()()が…」


 その声であった。

 その声までであった。

 ヨルは、声を出すことができなくなった。

 まるで喉から空気が抜けるような感覚がし始める。

 体を崩す。その体より生み出されたグラトニーが消えていく。

 

 「なにが、起こったんだって顔をしているな。獣」


 そういい、周囲を包む炎を従えるようにオーレリウスが現れる。

 ヒューヒューと荒い息を上げるヨル。


 「折角だ。答えてやる」


 そういい、ヨルと名乗った獣の前でしゃがむとその頭を左手でつかむ。


 黒々とした表皮の内側を、赤い線が無数に迸る。いくつかの甲殻は戦いの中ではがれたのだろか、そこからわずかに血がにじんでいる。


 「俺が、獣を殺す理由なんて…『俺がそうであるから』だよ。俺は禍つ獣を殺す存在だ。獣と人を分かち、その境界線の獣側に立つ存在なんだよ。そこから見た後ろの世界。背中の側にある、人が人であり続けられる世界を守るために、獣を殺すんだ」

 

 掠れた声で、ヨルはオーレリウスへ何かを伝えているようだ。

 オーレリウスはその音が何を発しているか予想がついた。


 イカレている。と。


 「灰かぶりだか何だか、中途半端な連中が人だなんだと騒がれるたび俺は自分の脳みそが捻じ切れそうな感覚を覚えて仕方ねぇんだよ。どっちなんだ?人間なんだろ。ならその臭いはなんだ。俺の鼻に付きまとってはなれない、あの臭いはなんだ。嗅ぎ慣れていているあの獣の臭いはなんだ」


 そういい、それを喉から引き抜く。それは、斧であった。


 乱暴にヨルを投げ飛ばすと、オーレリウスは続ける。

 笑ってた。その口が薄ら笑いを浮かべていた。


 だがその瞳は、今にも泣きだしそうなほどに歪んでいた。


 「灰かぶり。教えてくれよ…お前たちは人間なんだろ?人間を名乗ってるんだろ?ならダメだろ。獣の臭いを放ってるんじゃぁよ。俺にはダメなんだ……お前らが獣に思えて仕方がねぇんだ。教えてくれよ。いつ俺がいた境界線は壊れたんだ?なんで獣と人が混ざり合っちまったんだよ」


 ヨルは、構えた。

 既に、声は戻っている。


 「そんなこと、お前に決められる筋合いはねぇよ。イカレ野郎!とっくの昔に壊れちまったものを手放せないだけだろうが」


 ―変わってしまった。それだけだろうが―


 その言葉は、オーレリウスに懐かしさと共に絶望の黒を湧きあがらせていった。

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