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乾期は歓喜の季節⑧

 その夜は、月が綺麗であった。

 灰を纏う少女たちは、その中を進む。

 手にもつそれが僅かに擦れる音だけがこの道に鳴っている。彼女たちは歩いていた。


 路地を曲がった際に、彼女たちは下へと伸びている階段を見つける。

 それを降りていくと、ある場所に到着する。ゆっくりとドアを開ける。

 静かな夜を照らす小さなランタンの灯りがその空間を照らしていた。いくつもあるランタンの灯りの下に集まっているのは、10人ほどの、灰かぶりの女たちであった。


 手に持っていたそれを皆の前で開くと、中からあふれ出すかの如く光によってきらきらと照らされたQ貨幣の無垢なる輝きに、皆一様に驚愕を現した。


 ある女が言う。

 「これだけのお金をどこから?」

 

 ある女が答える。

 「依頼の報酬ということで押し付けられた」


 またある女が言う

 「これは、裏切りに当たるのではないか」と


 女たちは、知っている。夜の闇に紛れて、冒険者を狩っているものの正体を。

 女たちは、恐れている。夜の闇の奥で、彼女たちはこちらを見やっているのではないかと。


 それは、現実として目の前に顕現する。


 ドアがきしみを上げてゆっくりと開く。その奥から女たちを見やるものは、黒かった。


 灰色のローブと濃い緑のズボン、汚れのあるブーツを着用しているそれは、閉じられたローブの奥で、闇に紛れた赤い瞳が女たちを見ていた。


 女たちが恐怖で叫ぶその刹那、男は一人の女の首を掴み釣り上げる。

 もう片方の手で指を立て、「シー」と吐息を吐く。


 静寂が、再びこの空間を支配する。

 男の腕の中で、女が呻く声だけが木霊する。

 

 後ろから声が聞こえる。男の吐息とは異なる、凛とした女の声だ。

 「やめろ」と。それは今女の首を掴み、片手で持ち上げているものへ対して告げられているようであり、声とともにそれは手を放す。


 灰色の女が地面へと落ち、むせこみながら呼吸を整える。


 ランタンの灯りが闇を照らす。この表現が的確であった。

 

 灰かぶりの肌よりもさらに黒く、煌めきすら感じる肌を持つ女が3人。入ってくる。

 うち一人はまだ幼い。だがその黄金色の瞳は間違いなく血統による風格を醸し出している。銀の髪の先端が金色に染まったような髪色を持ち、まるで捕食者が被捕食者を見るような眼で当たりを見回す。


 蒼白の満月が如き銀色の髪を持つ女は、今しがた男により持ち上げられていた灰かぶりの女へと歩みより「大丈夫?」と穏やかな声で話しかけている。その丸みを帯びた瞳のうちに輝く黄金が、彼女もまたその血統なのだと証明していた。


 最後に、悠然とたたずむ女がいた。

 腰に手を当て、その漆黒の肌とは相反するような太陽に照らされた小麦のごとき金色の長髪をつむじで結わえている。

 切れ長の瞳の奥で炎のように輝く金色の瞳。


 彼女たちは、「(プリンセス)」と呼ばれていた。

 

 切れ長の瞳を持つ女、ダ・グドレがローブの存在へと告げる。


 「その辺にしてやれ。ヨル」


 ヨル。と呼ばれた存在は静かに一礼する。

 「しかし、よろしいので?彼女たちの行為は我らに対する明確な…」


 その続きを制止するダ・グドレ。

 「もとはといえば、我らが彼女たちの集落で行っているこの仕事が原因だ。真に責められるべきは我々であり、お前だ」


 返答にため息をつくヨル。


 それを見て笑う幼子、ミ・グドレ。

 「ヨルちゃぁん?女の子の扱いはもっと丁寧にやらなきゃダメでしょ」

 くすくすと笑っているミ・グドレの言葉に「返す言葉もない」と言いたげに頭を掻くヨル。


 ダ・グドレが周囲の灰かぶり達を見やり、改めて声をかけた。

 「まずは、申し訳なかった。何せ我らにとっても急な依頼であったためこの町にお前ら「妹たち(シスターズ)」がいることまで調査が及んではいなかった。此度の行為も我らへの不信があってのことであろうし、それを抱くことに我らは怒りを覚えることはあってはならない」

 そういい、頭を下げた。


 妹たち、とよばれた灰かぶりの女たちは慌てた様子で

 「どうか、頭をお上げください」と皆でダ・グドレへ声をかけた。


 頭を上げたダ・グドレをみてほっと胸をなでおろしていた緩いウェーブのかかったセミロングの銀髪を持つ少女、ネ・グドレ。


 その姿を見て鼻を鳴らしたダ・グドレが妹たちへ宣言する。


 「明日の夜。我々は次の()()を行う…お前たちはその金をもってこの町を離れるといい。なるべく遠くへ逃げ、その場所で再び根付き…生きてくれ。我らがもたらす安息が、妹たち一人一人へと注がれるその日まで」


 灰かぶりはその声に、静かに涙を浮かべる。その後、すぐさま行動を開始する。

 明日の船出に間に合うように。夜の闇の中で動き始めていた。


 

 ヨルがダ・グドレへ疑問を呈する。

 「これで、本当によかったのですか?冒険者の一人へ我々の正体を掴ませてしまった。闇よりその手を伸ばし、獲物を狩る我らが白昼へ引きずり出されることがあれば…」


 それを、ダ・グドレは笑い飛ばす。

 高らかに、笑い飛ばした。

 

 「なら、それでいいじゃないか?それで結構。我らが夜の肢体に、日が焼く場所もあるまい」


 (これだけ黒い肌をしてれば…そりゃぁ「日焼け」はしないよね)とネ・グドレは内心思った。

 

 「で、ダ・グドレお姉さま。次の獲物はやっぱり、あいつですかぁ?」

 ミ・グドレが姉たるダ・グドレへと尋ねる。


 身を屈め、腰を落とす。

 街を見やるかのようにその黄金色の瞳を爛々と輝かせる女が告げた。


 「決まってるだろう?我らの尻尾を掴んだ者を狩る。誰の尾を掴んでしまったか、たっぷりその体に教え込んでやるさ」


 そうして、にやりと笑うダ・グドレをため息をついて見守るヨルの姿があった。



 その日の朝、船着き場にはアルハンブラの姿があった。当然服は着ている。


 けたたましく打ち鳴らされた鐘の音が、船出を周囲に伝えている。

 多くのものが荷物とともに、船へと乗り込んでいく中ふとその女たちと目が合う。


 体を隠すように、ローブを身にまとった10人ほどの女たち。灰色の肌を持つ灰かぶりの女たちである。

 彼女たちが船頭へとクリスタルの貨幣を渡している。これで一安心といったところで、何やらもめている様子であった。


 

 「だから、ダメだって言ってるんだよ」

 腕を組んだ逞しい男が灰色の女の一人が渡したQ貨幣を手に取りながらそう告げた。


 「どうしてですか。きちんと決まった金額を渡しているはずでは…」

 困り果てている女の顔を見て、卑下た笑みを浮かべる男が告げる。


 「ダメなんだよなぁ。灰かぶりは通常の倍もらうって決まりになってるんだ。だから足りねぇんだよ」

 その言葉に、灰かぶりの女たちはみな怒りのこもった顔を浮かべるも、船頭は意に介する様子もない。


 「俺の船に乗るのが嫌なら、次の船に乗せてもらえばいいさ。ま、最もそっちじゃ3倍取られるかもしれねぇけどな!」


 と笑う船頭に釣られたように他の船員たちも笑う。

 

 この世界では、灰かぶりを含め所謂亜人種族の扱いはこういうことが多い。

 発端は帝国時代にまでさかのぼる。その時代では人を含めいかなる種族も平等に扱われていた。それ故に、何らかの一芸に秀でた亜人種族が優遇され一部の特権階級を除き多くの人類種族が下に追いやられていた。

 それが今では七大連合の名を借りて、こういった差別が横行しているのだ。ギルドに所属する冒険者のような肩書があっても一部の人間は亜人種族を平気で差別するものもいる。とまで言われている。


 要するに、渡り人同様。「帝国の息がかかった者たち」という扱いをされている。というわけだ。故にメロウ大湖畔地帯に属する都市部には亜人は多くなく郊外や僻地に追いやられた者たちも多い。


 灰かぶりも同様に、そのような扱いを受けている。


 アルハンブラは自分の中の血が沸き立つような感情に襲われた。そして一歩、また一歩と船へと歩みを進めた時、珍しいものを見た。


 顔の右半分が火傷痕に覆われたぼさぼさ髪の渡り人がそちらへ歩みを進めていた。

 その紫水晶の双眸は鈍い輝きを持ち、まるで煮え立つコールタールのような闇を浮かべている。


 その男が、船頭の前にやってくるとまるで害虫を見たかのような顔を浮かべる。


 「なんだよ、お前。悪いがお前はだめだ。絶対乗せねぇぞ?渡り人をのせると船が災厄に見舞われるって言われてるんだ。俺の船に足を一歩でも入れてみろ。容赦はしねぇぞ」


 そう脅されたのにもかかわらず、その男はずかずかと甲板へと敷かれた橋を渡って船へと入っていく。


 「…テメェ。聞いてんのかよ!」


 女を突き飛ばし、渡り人の男へ殴りかかろうと迫ったその時であった。


 一瞬。

 ほんの、一瞬であった。


 船頭の頭がガグン!と揺れたかと思うとその場に崩れ落ちてしまった。


 白目をむき、泡を吹く船頭。

 それを周囲の船員たちが呆気を取られた顔で見ていた。


 渡り人は、そこに立っていただけだ。動いた様子もない。

 

 灰かぶりの女たちを含め、乗客もまたそれを見ていた。

 異様なものを見る目で見ていた。


 意識を取り戻した船頭が起き上がる。そして自身を見下す紫の双眸をみた。


 暗く輝く、その瞳を。


 「何が……目的だ」


 船頭がそう告げると、その男は腰に手を当て何かを取り出すような動きをする。

 そうして男の手に握られた金貨袋からQ(クォーツ)貨幣を何枚か掴み、足元へばら撒かれた。


 「…彼女たちを、乗せてやれ」

 冷たく、火傷痕の渡り人が船頭に突きつける。


 船頭はQ貨幣が、まるで喉に突き立てられたナイフの如き煌めきを発しているように感じた。


 「な、なにいって…こんなんじゃ足りねぇ…」


 再び、船頭の頭がガクン!と揺らされる。

 まるで体の骨がなくなったかのようにぐったりと甲板へその体を崩す。


 船員が怒りと困惑の叫びを飛ばす中、ただ一人静かにそれを浴びる渡り人。

 

 船頭が再度意識を取り戻した時、その目には恐怖の色が浮かんでいた。

 「分かった!分かった…乗せればいいんだろうが、クソッたれ!」

 そう、叫ぶしかなかった。

 

 オーレリウスの右手が船頭の顔を掴む。

 醜く歪んだその顔へ向け古びた旅装の奥より伸びた右腕もまた、酷い火傷痕に覆われていた。


 「くれぐれも、()()()()()を忘れずにな?」

 船頭は恐怖のあまり今に漏らしそうな勢いで足が震えている。

 眼前に見える紫の瞳は決して笑っていない。


 「誓え」

 

 「え?」

 そう告げられた船頭が素っ頓狂な声をあげる。


 「確実に、安全に届けると。誓え」

 オーレリウスが、静かに告げる。


 船頭はゆがんだ顔のまま何度も頷いてそれを誓う。

 

 オーレリウスはその答えを聞くと船頭を開放する。

 そうして、その顔目掛け金貨袋を投げつけた。


 固い貨幣が顔に当たり、鼻血が金貨袋を赤く染め上げる。

 

 「それだけあれば足りるだろ?」


 オーレリウスは灰かぶりたちを見やることもなく船を降りていった。

 その様子を忌々し気にみる船頭たちが灰かぶりを見ると声を荒げる。


 「何見てんだ、手前らは奥の物置にでも詰まってろ!」


 その叫びを聞いたとき、オーレリウスは静かに笑うのだった。

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