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乾期は歓喜の季節⑦

 「お前、一体何年冒険者やってるんだよ」と問われたオーレリウスは


 「数えるには間が空きすぎている」と返しながら蒸したジャガイモを一つとる。


 流石に時間がたったからか冷め始めている。

 その皮を向き頬張りながら我関せずといった様子を見たアルハンブラは自分もジャガイモを手に取り皮をむいて食べる。


 アースラズ、並びにヴァルキュリズは今最も隆盛を極めているといわれているシェーヌである。共にシルバー等級冒険者を複数人抱え、特にヴァルキュリズはその紡ぎ手が近々ゴールド等級への昇格が見込まれているというらしい。


 「へぇ、ギルド始まって以来じゃねぇのか?ゴールド等級が12人いるってのは」

 

 現在進行形で面倒くさそうな顔をし始めたオーレリウスのために、飲み込んだジャガイモを水で胃へと押し流してからアルハンブラは続けてくれる。


 「お前の頭の中じゃ、『三帝』とか『六氏族』で止まってるんじゃねぇのか?」

 三帝、これは新暦よりギルドへと体制が転化したのち最初に生まれた3人のゴールド等級を持つ冒険者たちの時代であり、六氏族はその次である6人の貴族出身者がゴールド等級を持つ時代を指す。


 オーレリウスは指を振り、それを否定する。


 「二人の猛者。が記憶に新しいな」


 アルハンブラは流石に頭を抱える。二人の猛者と呼ばれるゴールド等級所持者が活躍したのは今からもう30年も昔の話だ。今頃故郷で腰を曲げているだろう。


 アルハンブラが水を持ち、観衆の目の先を向く。

 仕方なしにオーレリウスもそちらのほうを向く。


 一人は、男性であった。

 一人は、女性であった。


 男性は、比較的南方の国家出身であろうか。褐色の肌をのぞかせた衣服を身にまとっている。その体格は比較的大柄で背に抱えた巨大な戦槌が特徴的である。

 女性は、おどおどとした様子で両手で本を抱えるようにやってきている。

 猫背になっているが故に小さく見えるが、それ相応の慎重であるようにオーレリウスは思えた。

 白を基調としたスーツを着ている。


 「大柄の奴のほうが『グリドリー・アルデゴッソ』。アースラズの紡ぎ手であり戦槌を用いた格闘戦を主体にしている。そいで、一方の女性は『マリエル・ラダメリエヌ』。スクール貴賓派の出身で四則魔法を得意とした魔法使いだ」


 一瞥したのち、コッソリ手にした袋の中へジャガイモをいくつか放り投げていくオーレリウス。小さな芋一つでもストルムにとっては貴重な食事である。


 「マリエル…だっけか。あの嬢ちゃんどうにもゴールド等級になるっていう雰囲気にはまるで見えないな」

 何なら下っ端でこき使われていそうな様相だ。

 

 「見た目でかかると痛い目を見るかもな。四則に関していえばオーレリウス。お前以上の使い手かもしれないんだぜ?」


 アルハンブラが発したその言葉に、反応したのは念話の奥にいるストルムであった。


 なんでもマリエルは「精霊」と呼ばれる純粋な偏属性マナクリスタルによって生み出される生物を人工的に誕生させることを成功させた第一人者らしい。


 元々、精霊はメルカッタをはじめとしたウロラ大陸全土でその存在が確認されている偏属性マナクリスタルによって生み出された存在であるとされていた自然的な「人間的思考・意思を持つエネルギー生命体」ともいえる存在だ。


 人の言葉を理解し、有事には協力するが逆の場合もしかり。という「自然そのものの象徴」と呼べる存在だ。


 それゆえに、人工的な誕生をこれまで成功させたものはいなかった。

 四則を手足の様に操る竜でさえ、それは行うことができない。


 「つまりその功績によって、ゴールド等級を。ってわけか」

 茶化すようにアルハンブラへは告げるオーレリウス。

 

 「人類の進歩に乾杯。って気分になるな」

 例によってアルハンブラがそんな皮肉をいちいち受け答えしてくれるわけもなく。その日はそこで終了した。


 その後、オーレリウスはそれぞれの組織について簡単に調べることにした。

 端末を操作し、シェーヌごとの検索をかければ簡単である。


 アースラズはオーレリウスの想定通り、メルカッタ南方のメロウ湖畔地帯に属する都市「シュキレリル」に拠点を置き、禍つ獣をいくつも討伐したという記録が残っている。

 リーダーをはじめとして、近接武器を主体としつつも自身の体に塗る特徴的なタトゥーは様々な魔法効果を帯びており、それらを使用することで戦うのだという。


 ヴァルキュリズのほうはといえば、その構成メンバーのほとんどが過去スクールを卒業した「元飛竜兵」達であり冒険者であると同時に研究者という一面を持つ。主に契約者をはじめとした第一種殲滅目標の討伐において優秀な成果を上げており、アースラズ程ではないにせよ禍つ獣の討伐記録が残っていた。

 当然彼女たちの戦い方は杖を使用した「魔法」であり、特に紡ぎ手であるマリエルは精霊の人工的な誕生方法を発見した功績が七大連合に認められ、ゴールド等級を与えられる予定となっている。


 

 端末に内蔵されたタッチペンで、テーブルの端をつつきながら情報を吟味しているオーレリウスだが、その実ストルムとの念話による相談が行われていた。


 ⦅どちらも現状最高峰のシルバー等級持ちが複数在籍している組織だ。こいつらはほとんど心配いらねぇと思うがね⦆


 (ある意味ではどんな手を用いてでもヴァルキュリズからは逃れないといけない)

 元飛竜兵。ということは領域魔法が発揮可能ということを指す。そんな組織の中に入ってしまえば自身の存在を容易に看破されてしまうだろう。


 ⦅まぁ、それはそうなんだが。だがこれ以外にも病院送りにされている連中を含めシルバー等級持ちがかなりの数この町に入っているみたいだな⦆


 端末には名前などのパーソナル・データとともに現在地が表示される。

 これは最後に立ち寄った都市町村が記されており、それにより依頼を受理してもらう対象を指名することも可能である。

 例の依頼もあってか、ほとんどのシルバー等級持ちの冒険者はこの町に集まっている様子だ。そしてたいていの場合、その連中のほとんどはシェーヌを組んでおり、アルハンブラのように単独でシルバー等級まで上り詰めたものはそう多くない。

 

 冒険者として時には強大な禍つ獣との戦闘を行う必要性を考えれば当然のことで、そこはオーレリウスたちの時代から変わっていない。

 

 それにソロで活動している冒険者たちも必要に応じて即席のシェーヌを組むこともあるし、何なら最近脱退や解散したが故に…というものがほとんどだ。


 やっぱり我らが中尉殿は色々と暴れ散らかしている。 

 さて、どうするかとオーレリウスは考える。

 

 オーレリウスは単独で活動している冒険者に当たりをつけ、夜の街へと出ていった。

 今晩も、秋の風がよく冷えていた。


 深夜。その日は月がとてもよく綺麗に映っていた。

 その一方で、明るい月夜は影を落とすようにオーレリウス・ベルベッドへ暗い影を落としていた。


 最後の対象。単独活動中のシルバー等級冒険者が娼館の中へと消えていったとき深いため息をつく。

 白い息が燃え尽きた焚火のように月夜の中を白く揺らめていた。

 

 ⦅まさか、当たりをつけた全員が外れるとはな⦆


 この展開はさすがにストルムも読めなかったようで驚いている様子であった。

 

 オーレリウスは誰のものとも知らない家の屋根の上で煙草に火を点ける。

 吐息とともに紫煙が再び白く夜空を揺らめく。

 

 (手が氷のように冷たくなってきやがった。さっさと帰って眠りたいぜ)


 狙撃兵であるオーレリウスは目的のためなら何時間、何日とその場にとどまれるよう訓練を受けているが、その目的がなくなった今わざわざここにとどまる理由もない。


 煙草をふかしながら屋根や壁を伝い、道なき道を下っていく。

 月夜が当たらぬその暗がりを一人歩き始める。


 道行く人の姿もなく、本来ランタンでもなければ歩くことさえ難しいほどの暗がりを、猫のように夜目が映し出す。


 ヴァルキュリズがこの町にやってきたともなれば、そう簡単に魔法を扱うことは控えるべきなのだろうが、彼女たちの探知範囲はおおよそ20m前後と推測できた。


 ミュレがたしか最高で15m程であったことから、そこから盛った形でざっくりと計算した。

 また彼女たちも飛竜兵であった頃のように無尽蔵にマナ・プール溶液が使える立場にないのだろう、任務中は常時領域を展開しているわけではない様子でしきりに周囲の様子をうかがっている。これが飛竜兵であれば巨大なタンクを持ち込み、椅子に座りながら談笑を楽しむ位程度には余裕がある。


 

 その様子を30mの距離から確認したのちその場を離れたオーレリウス。


 背後に気配がないことを確認してから、ゆっくりと住処としている山へ戻っていった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 とある宿屋。その一室で一組の男女がいた。


 男はまるで神話に出てくる英雄が如く鍛え上げられた肉体の上を無数の傷が走っている。


 女は、まるで石膏像のようになめらかな灰色の肌をしている。


 共に一糸纏わぬ姿でありながら体を重ねた形跡はない。

 女は仕事だからと衣服を脱いだ。

 だが男はそれを制し、成果を求めた。


 そうして、今に至る。


 「つまり、この町に入っている見慣れない連中ってのは。そういうことなのか」

 男の左頬は無残にも失われており、歯がむき出しになっている。


 「えぇ。仲間からも集めた情報だから確かなものであるはずよ」

 女の手には金貨袋が握られており、その重さから相当量のQ貨幣が詰められていることだろう。


 女は、疑問でしかなかった。


 男は自分を買った。自分を買うということは一晩寝屋を共にするという意味であった。

 一晩だけの男女の営みをする。という意味であった。


 だがこの男は自分からある情報を聞き出したいだけであった。

 現に今も、女に触れる様子を見せない。

 女に金を渡し、仲間からも情報を集めてほしいとだけ伝えられた。

 その後、一糸纏わぬ姿でどこかに走り去ったのち事件になっていたのには驚いたが。



 アルハンブラ・カザンドラは、煙草に火を点けゆっくりと吸っている。

 頬のない左側がらも紫煙が漏れ出ている。


 男と女を今繋いでいるのは、このタバコの匂いだけであった。


 そうして少しの静寂ののち男は立ち上がる。

 女に目を向けることなく、女に語りかける。


 「もう十分だ。出て行ってくれ」


 女は疑問を述べる。

 「どうして。私を抱かないの?私はそういう仕事のためにここにいる。あなたもそうすると思ったのに」


 アルハンブラはゆっくりと笑った。


 「抱けないよ、俺には」


 「どうして?」


 そういうと、アルハンブラは女を向く。

 女が見やるそれは、アルハンブラもまたほかの男と変わらぬことを現していた。それでも、抱けぬという。


 「俺の、()()のためさ」


 「随分敬虔な信者なのね」


 「俺自身に対する。俺の宗教の戒律をもって、俺は女を抱かないし助けるとき以外はこの手のうちに抱くこともない。それに、あんたは俺の「要望」にはしっかり応えてくれた。だから、俺との夜はここまでだ」


 女は衣服を纏うと、部屋を出る。その奥では暇そうに足を揺らしていたものを含め複数人の灰色の肌を持つ女たちがそこにいた。

 少女とも思えるような幼子までいる。

 

 「この町を出るには、十分な額になるはずだ。朝一番の船でここを出るといい」


 女たちは、皆一様に疑問に思った。どうして。なのかと


 

 「今この町には、亡霊がいる。俺もよく知る…獣を狩り続けることしかできない哀れな亡霊がいる。そいつにとっては、あんたらも獣に見えているんだ」


 だから、逃げろとアルハンブラが言った。

 亡霊の赤い瞳が、あんたらを捉えないうちに。


 女たちはその場からいなくなった。

 その足音が聞こえなくなった後、アルハンブラは煙草を灰皿に押し付ける。


 「…なぁ、亡霊(オーレリウス)。お前が信じた帝国竜騎兵としての『槍の誓い』は。もうとっくに腐り落ちちまってんのに。それでも掲げ続けるのはなんでだ?それしか、できないからか?」


 そういい、裸のままベッドに横たわる。

 

 「お前が守り続けている人間は、案外腐臭を放っているかもしれねぇってのによ」


 そういいながら眠りについた。

 女が座っていたところへ、最後まで近づくことはなかった。

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