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乾期は歓喜の季節⑥

 気が付いたとき、それに包まれていた。

 遠くに輝いていたのは、あれは何だろうか?


 それすら知らない。

 何も知らない。


 そこにいて、動けなかった。

 切株に突き刺さっている、斧である。と自認するのにかなりの時間を要した。


 何かが歩き、蠢き這いまわっていたとしてもそれはそれでしかなかった。


 それがただ切株に刺さっているだけの斧であるとして、それに興味を示すものはいなかった。少なくとも、虚無の怪物にとっては興味の埒外にあった。


 雨が降り、風が吹き、周囲を何かが這い回る世界であった。斧は何も怖くなかった。

 それが斧にとって、普通であったのだ。


 慣れた。というよりも生まれてからずっと変わらず見てきた景色であるがゆえに疑問すら抱かなかった、というほうが正しい。斧に認識と差異を見極める感覚があるかといわれれば…ある訳もないのだが。


 斧はそこから長い時間をそこで過ごした。動けないことに不満はなかった。

 そもそも不満を知らなかった。


 その身が、少しづつ鈍色を帯び始めていく。斧は錆びていたのだ。

 斧は何も怖くはなかった。斧は錆びる意味を知らなかった。


 そうして、また少し時間がたったころ。斧が時間の流れとそのサイクル。

 明るい時と、暗い時がある。と認識をし始めたころ。


 眼前で、這いまわっていたものが倒れる。

 それは見たこともない色を帯び、ゆらゆらと揺れていた。その色に、どこか懐かしさを感じていた。


 そうして、それとであった。

 切株と同じような色をした、そういうものであった。

 こっちを見ている、と斧は思った。

 

 だがそいつも、斧の傍を離れていった。

 そうしているうちに、周囲が普段とは違う。と感じた。


 周囲を這いずり回っていたもの。

 駆けていたもの。

 歩いていたもの。

 それらが、暗い時の色をした集団と何かをしている。

 

 その内の一人が、切株へとたたきつけられた。その衝撃で、斧は切株からポロリと落ちた。


 それがこちらを見ていた。

 暗い時の色をしていた。

 暗い時の色でこちらを見ていた。


 その手が、斧を掴む。

 斧は、体を流れるものを感じた。


 それが、空気であったことを後に知った。

 それが、禍つ獣が噴き出す鮮血であることを後で知った。


 それが、斧の役割ではないことを後から知った。


 斧は舞った。夜の中を舞った。


 夜の色を、漆黒の服を纏った契約者の手に握られ、獣の首を叩き切っていった。

 斧は思いだした。自分の仕事は


 ―叩き、割り、断つこと―であると。


 斧は、その手の温もりを思い出した。自分は、そういうものであるのだと。

 

 そうして、斧はそいつの手で思い出していった。

 炎の色を

 錆というものを

 研ぎ澄まされる感覚を

 本来は「木」を切るのが役目であるということを。

 

 だが、自分を握るそいつ…オーレリウス・ベルベットはためらいなく獣へと叩きこんでいく。

 血が飛沫を上げる。

 骨と肉が乱暴に叩き切られる。


 その時、斧もまた漆黒に染まっていた。

 そうして、鏡のような面から髑髏の面に代わり

 空を飛び

 オーレリウスと同じような「人」すら叩き割った。


 斧は、その時が幸せであると感じていた。


 ―叩き、割り、断つこと―


 自身の存在理由を満たし続けてくれるこの男へ

 研ぎ、塗料を塗り、魔法刻印を施してくれる。

 

 「女」と呼ばれる者たちが化粧というものを塗りたくり、宝石というもので指を覆っているように

 それが、自分を「女」というものにしてくれるようで、斧はうれしかった。

 「男」は「女」と一つになるのだ。と斧は覚えてしまっていた。


 つまり、自分が女になればオーレリウスと…「男」と一緒にいられるのだ。


 叩き、割り、断つこと。


 自分という存在がオーレリウスにとっての「(はもの)」であり続けられると思っていた。


 それ故に自分以外の「女」の存在は許さなかった。

 研ぎ澄まされたナイフ

 しなやかで強靭な刀剣。

 

 長身で美しい槍

 そのような「女」がオーレリウスに近づくことを、斧は許容しなかった。


 だから、叩き割った。

 叩き、割り、断った。


 刀身を叩き、

 刀身を割り、

 刀身を断った。


 そうして、あの炎が周囲を包んでいたあの日

 オーレリウスは、自分を手放した。

 獣の頭蓋の上に、捨て置いたのだ。


 斧は叫んだ。

 戻ってきてと

 叫び続けた。

 

 そうこうしているうちに、斧は眠りについた。

 オーレリウスへの、その想いが永遠とぐるぐると廻り続けながら。

 

 そうして、斧は感じた。

 「男」の気配を。

 男の懐にいる、「女」の気配を。


 斧は、その感情の正体が…「嫉妬」というものであると知るのは

 感情というものがいつの間にか宿っていたということを自覚するのは


 …随分、後になってからである。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「…で、許してもらえそうか?」


 イチジクの実を齧りながらアルハンブラがオーレリウスへと声をかけた。


 もうあれからかなりの時間。斧への「化粧」を続けていた。


 

 あれは忘れもしない。

 「イフリータスの人面鹿」を討伐の際、突入した瘴気地帯の中でオーレリウスが拾ってきた、酷く錆びついた手斧であった。たまたま傍に落ちていたその斧で応戦したのだという。

 

 だが虚無の怪物たちをことごとく断ち切り、頭蓋をたたき割ったその斧はトーマスの研究により変質を遂げていたのだという。

 

 「その金属のうちに闇属性…はえぇ話が瘴気を帯びてしまったそれは敵の魔法的な効力を無効化しちまうってんだから驚きだ。お前には効かないから持ってたんじゃねぇのか?」


 オーレリウスは小指で器用に粉末状のマナクリスタルを乗せると、刀身に彫り込まれた彫刻へそれを詰めていく。

 

 「ついでに、トーマスの変態機構もおまけでついてきているぞ。まぁ、あれだな」


 一拍置いたオーレリウスは静かに息を整えた。

 「そういう意味ではより強くなってる気がする。自分で飛び回ってなんて最後に握った時にはなかったぞ」


 「斧も200年程会わざれば、ってか」

 なんというか、今回の一件といいこの斧、色々と「重く」なってないか?とアルハンブラは感じていた。


 オーレリウスがあの斧で本格的に獣の頭をカチ割りまくった頃に、アイツが持つナイフだの式典用に渡された刃入れされてない刀剣や槍が悉く叩き折られる怪事件が勃発した。


 何なら先が尖ってれば石すらオーレリウスの手の内で破壊される始末であった。

 今にして思えば、あの屋敷で起こった怪事件と共通項が多すぎる。


 オーレリウスが近くに来たことが起因して引き起こされたというのなら、納得がいく。


 あれは瘴気地帯に何年あり続けたかわからない、元を辿れば錆びた薪割り用の手斧だ。

 それが今や、トーマスの修理と魔改造を経てオーレリウスにすり寄ろうとする刃物という代物全部を叩き割る呪いの武器と化してしまっている。


 人で例えるとするのなら。人も寄り付かないような閑村に住む純朴な村娘を手籠めにした挙句、自分色に染め挙げて依存させておいてある時ためらいなく捨てた。みたいにでも斧は感じていたのだろうか。


 ⦅つくづく、呪いに好かれる男だ…もしくは無自覚に呪いを育む才能でもあるのかアイツは⦆

 裏側の奥で、ストルムが呆れ返った様子でオーレリウスを見ていた。


 

 夜が明けたころ、オーレリウスはギルドにてアルハンブラと話をしていた。


 「ってぇと、お前は工場の調査に付き添うついでに相棒の飯を調達しに行きたい。ってことでいいんだな」


 相変わらず、二人の前には山盛りの蒸しジャガイモがこれでもかと積まれていた。

 酒場の給仕が何度も注文されたことにいらだち、乱暴に置いていったのだ。


 僅かばかりのサービスとでも言わんがばかりに、バターを一切れずつもらった。


 ジャガイモにバターを塗り、塩を振って食べる。

 シンプルだが旨い。


 だが今のオーレリウスではバターナイフすら触ることができないため無作法を承知でバターを手でジャガイモに塗っていた。


 「そうだ。何かいい案はないか」


 このギルドは比較的規模が大きいとはいえ、最新式の暖房器具ではなく薪を暖炉にくべて屋内を温めているため隅のほうにいる二人は手がかじかみそうになりながらジャガイモを胃に収めていく。

 「俺としてはお前が来てくれるだけでもありがたい限りだが、陰に隠れすぎているのが足を引っ張ってんな。正規の方法では当然参加は不可能だ。俺が良くてもギルドは首を縦には降らねぇだろう」


 かといって、ストルムの案を採用し強行突破するのも芳しくない。

 この時期は周囲に冒険者、要するに他人の目が多くなる季節でもある。

 どこに誰の目があるかなんていちいち確認してたら脳が焼き切れそうだ。なるべく怪しまれない手段で、可能な限り最短効率で向かいたいところだが。旨い話は眼前のジャガイモの様にある訳もない。


 「それに、お前のほうはいいとして。こっちの問題がまだ何一つ解決してはいねぇんだしな」


 そういえばそうだ。とオーレリウスはジャガイモを水で喉に流し込みながら思い出した。


 シルバー等級以上の冒険者を襲う謎の勢力。

 少なくとも、推測の範囲では紛争を押している渦中にある2つの小国。


 ミュドランダとテレズレム

 そのどちらか、あるいは両方の手が及んでいると考えて動いたほうがいいだろう。


 ⦅もしくは金の取り分とかいうオチだったりしてな。人数が多くなれば当然一人の取り分は少なくなる。より多く稼ぎたいとなれば…⦆

 (周りを足蹴にしてでも。って連中がいる分にはおかしなことはない。か)


 ストルムもさすがに相応の年月は人を見ている。人が人と争う理由の何たるかを察知する程度には人を見てきた。


 (だとしても、そうなると相対するのはシルバー等級以上。最悪の場合ゴールド等級の連中が姑息に暗躍しているってことになる)

 そうなれば、まぁまぁ厄介だ。飛竜兵や機動部隊などの機械化部隊に比べれば取るに足らない存在だが、これらの冒険者の一番の強みは「格」である。

 人々からの信頼と羨望を集めた先に得られる黄金の輝きをそこら辺の紙切れがどうこうしたとあっては一大事であろう。

 

 人々の注目もその分無条件に集まってしまう。結果としてかえって動きにくくなる結果を生む可能性を内包しているわけだ。

 

 それらの話を聞いたアルハンブラは笑う。

 「そういう時はシルバー等級に任せな。ペーパー等級君」

 

 言い方がいちいち腹立たしいものの、シルバー等級であればまだあり得ない話ではない。

 現にアルハンブラはシルバー等級の注目頭。要は「シルバー等級の中で最もゴールド等級に近づいている人間」と視られているためか、自分が倒すよりも妥当性が生まれる。


 であれば、仮にゴールド等級の連中がアルハンブラに倒されても格にそこまで傷がつくこともない。少なくともオーレリウスにやられるよりはるかに軽微に終わらせられる。


 それはそれとして、結局連中の尻尾を掴まなければいけな。という根本的問題はいまだ解決をしていないのだが。

 

 オーレリウスは静かに机を叩きながら考えを巡らせる。


 こういう時、どうすればよいのか。

 僅かに湯気をあげているジャガイモの山を前に、二人で云々と思考を巡らせていた時のことであった。


 酒場の空気が変わる。

 熱気、とでもいうのか。その瞬間途端にこの一帯の活気が上がっていくのを感じた。


 オーレリウスたちは静かにそちらのほうを見やる。

 周囲の人々がその者たちを見やるとしきりに歓声を上げ、声に手を立てて口々にその名を語る。


 「シェーヌ:アースラズ」

 「シェーヌ:ヴァルキュリズ」


 それぞれの繋ぎ手が現れたというのだ。

 オーレリウスはその名を知らなかった。知っていたのは、シェーヌ。ギルドにおいては4人以上から登録が可能となる団体を指す言葉。ということと


 それぞれの代表を指す言葉が「繋ぎ手」であるという事だけだ。


 「知ってるか?」と向かいにいたアルハンブラに尋ねるオーレリウスへの返答は、深いため息であった。

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