乾期は歓喜の季節③
夜。此度の依頼料である20Qを手にやってきた酒場の片隅で、オーレリウスとアルハンブラは夕食を食べていた。
眼前に積み上げられた蒸しジャガイモを手に取り、皮をむく。
ほくほくと湯気を上げるそれを一口頬張ると、しっかりと熱が通っていると主張するかのように芯まで熱々だ。
アルハンブラは気持ち右に顔を傾けながら食事をする。こうでもしないと左からいろいろと漏れ出てしまうからである。
「それで?具体的にはどういう話になったんだよ」とオーレリウスが煙草に火を点ける。
手でそれを制止される。ハフハフと口の中の熱を外に逃がすが左からも漏れ出ているアルハンブラを待つ。
それは、こういう話なのだという。
おおよそ1週間前程からあの屋敷では奇妙な出来事が起こっていた。
最初は、普段は使わない来賓用のナイフがすべて叩き割られていたところを給仕が発見したことが始まりだという。
そこから日数が経過するごとに被害が大きくなっていき
ナイフや包丁は当然として、オーレリウスたちが仕事をした日には裁縫用の針や熊手フォーク。剪定用の鋏からペーパーナイフまで。
刃物や刃物の形をしたもの、切っ先を持つものどころか先が尖ってさえいれば容赦なく、区別なく使い物にならなくされていたのだという。
「庭師のおっちゃんたちも仕事にならねぇってんで頭を抱えていたな」
アルハンブラがそういい終わると水を一気に飲み干すと、ジャガイモをさらにもう一つ掴み食べ始める。
煙草を口にくわえ、中を見やるオーレリウス。
この世界にはこういう現象が時折起こる。霊障や何者かの魔法的干渉、何らかの遺物による影響などいろいろ考えれうるが、この中で一番真っ先に出てくるのが霊障である。
霊、言い換えるとゴーストによる害的行動を指すのが霊障である。ただその場合…。
オーレリウスは目上に溜まる煙へ自身の紫煙を吐き出すと灰皿へ吸殻を押し付ける。
「その領主、何かしら恨みでも買ったと考えるか?」
その問いに、アルハンブラが少し考えてから答える。
「なくはないだろうな。貴族って生態は恨み恨まれるようにできている。どこで、誰に恨まれていたところで疑うべくもないさ」そういってから残ったジャガイモの一切れを口に放り込む。
夜の酒場は一足先にやってきた祭りのように盛り上がっていた。冒険者やそれを相手にする連中でごった返す酒場は人と食い物が往来を繰り返している。オーレリウスは訝しげにジャガイモを一つ手に取ると、器用に皮をむく。
熱を発するそれを一口齧りながら念話を行う。
(そこに関してはどう思う?相棒。見てたんだろ)
⦅お前が楽してるところも含めてな。結論から言えば魔法的な反応はいくつかあったがそれだけだとどれが当てはまるのかはさっぱりしねぇな。だとしてもそれらは全部そこまで規模が大きいものじゃねぇ。もしくは、休眠動作中ってだけか⦆
(つまり、複数の魔法の気配を?)
ありえなくはない。仮に遺物を収集するのが趣味であったりした場合はそれらの中に軍が使用していた兵器に属するものが紛れ込んでいることが往々にしてある。
現在の人類はかつて帝国が使用していた兵器たちの詳細を七大連合により秘匿されてきたが故に遺物ということ以外、もしくはそれがそうだとも考えることもなく集めたりしてしまうこともあり得る。
(…もしくは、敵対していた貴族の内誰かが送り込んだ契約者によるものか)
世知辛い話かつて帝国で肩を並べていた者たちの中にも裏の世界でそういうことを生業とする者たちがいるということである。であればある意味で話は早いのだが。
⦅帝国がなくなってから200年もすればそうもなるもんか⦆
(竜にはわからない感覚だろうな)
そうこうしていると、向かい側から酒を注文する声が聞こえる。
オーレリウスは苦々しげに、アルハンブラとの夜を過ごすのであった。
深夜。森のどこか深いところでストルムとともに一夜を過ごしていたオーレリウスは考え事をしていた。
⦅どうした?何考えていやがる…ちなみに俺は賛成だ。とっとと腹を満たしたくってしょうがねぇ⦆
こういう時、考えが半分共有されているというのもありがたい。いちいち説明する手間が省けるからだ。
オーレリウスは、アルハンブラの話を思い出していた。
工場の調査任務。
その場所は今紛争中の両国の間にある。それはすなわち、正面から堂々とあの戦闘区域を突破する事ができると考えることができる。
ストルムを裏側に隠したまま、アルハンブラとともに工場まで移動。そこで分かれたのち海域を大きく離れることで寒さと波に当てられながらではあるがストルムは豪華な食事を悠々と楽しむことができる。その背中にいるこっちは手がかじかみそうではあるが。
だがそれにはいくつか問題が残っている。
一番の問題は、等級制限だ。
そもそもこの依頼はシルバー等級以上の腕利きに限られる。つまり人類種族の中でも指折りの精鋭である、ゴールド等級の連中も出てくるのだろう。
ペーパー等級の人間に入る隙間はそもそもないわけだ。そうなると非正規の方法でついていくことになる。一番に考えたのはアルハンブラの付き人という方法だがそういう方法となれば自ずとアイツの傍を離れることができなくなる。その場合、もしもの露見を考えるとアルハンブラにも迷惑が掛かってしまう。これは最後の手段であろうか。
⦅お前が、アイツへ配慮を見せるとはな。もっと遠慮がない関係だと思ったぜ⦆
(命を天秤に乗せられない限りは、そのつもりだ)それはオーレリウスの場合でも、アルハンブラの場合でもそうなる。
⦅だが、可及的速やかにシルバーランクへの昇格を。となると何日かかりそうだ?⦆
(ざっと考えても最速で1年はかかるな。各等級は昇格後いくつかギルドが交付した依頼をこなしていかないといけないうえに、数年前からは筆記試験まで導入してきたと聞く)
⦅人類ってやつは、お勉強の具合を見るのが好きな種族だよな⦆
(そうやって生きてきたんだ。愚者へ見せる頂はないということだろうさ)
ストルムも考えてはくれるが、こいつの場合頭よりも先に手が動く。
つまり
⦅うだうだ考えてないで、とっととこっちでの依頼を終わらせてつっ切っちまえばいいんじゃねぇか?⦆となる。こいつの背中の上はいつだって天秤に命をのせられる。
ため息をつくと、白い息が僅かに上がる。だがストルムの言い分も一部その通りだ。
何にせよ受けた一度依頼を放棄することはオーレリウスの自尊心に関わる。
禍つ獣が絡まなければの話ではあるが…、それだって依頼を果たしたうえで殺す律義さだ。
とりあえず、寝ることにした。
秋の空は澄んでおり、その分寒さが身に染みてくる。
オーレリウスは寝袋から出ようとするもその寒さに思わず身を縮めてしまう。
「ったく、すっかり寒さに弱くなっちまった」
元々暑いも寒いも得意ではなかったが昨日は衣服と体を洗っていないことを思い出し急いでそれらを洗うと一晩の間で衣類に招炎:付与を掛けて乾かしていたのだ。
そのおかげで今寝袋の中のオーレリウスは一糸まとわぬ姿となってしまっていた。
なのでもぞもぞと芋虫のように寝袋ごと動くことで乾いた衣類を取り込み、寝袋の中で着替えることでやっと「脱皮」することができた。
⦅随分でかい芋虫もいたものんだな。蝶になった気分はどうだ?⦆
(どっかの誰かさんの影響で、寒いのがことさらにきつくなっちまったかなぁ)
⦅全裸で一晩寝るからだろ…。とっとと仕事に行こうぜ相棒⦆
着慣れた旅装とともに屋敷へと向かうと、アルハンブラの姿があった。
「おはよう。ブラザー」
その声に手を挙げるだけで答えるオーレリウスの背中を笑ってついていくアルハンブラ。
「無償奉仕は、昨日だけなんじゃ?」
そういわれたアルハンブラはむっとした表情を浮かべる。
「お前は皿洗いの仕事をするときに一枚だけ洗ってハイ終わり。っていうつもりかよ?ちゃんと全部終わらせるだろうがよ」
つまり、例の屋敷における一通りの仕事をすべて終わらせるまでは付き合うというのだ。
「夜に飯も食えねぇって泣きついてきたのはどこのどいつだよ」
昨日のジャガイモの代金は、オーレリウスがすべて支払った。
「悪かったって。銀行の営業時間すっかり忘れてたんだからよぉ」
そういってオーレリウスへ数枚のQ貨幣を投げ渡す。
「銀行って、おまえ代理管理金庫持ってんのかよ」
オーレリウスは頭の中で銀行員と向かい合う形で書類を書くアルハンブラを想像する。
⦅に、似合わねぇ⦆
オーレリウスが知りうる限り、向き不向きというものがあるとするのならアルハンブラにとって書類仕事は不向きの最たるものである。
「なんだ、お前ら。失礼なこと考えてるだろ」
念話の内容を察してかアルハンブラが訝しげにオーレリウスを見やる。
「いや、時代は変わるもんだなと」
オーレリウスは忌憚のない皮肉を述べた。
「シルバー等級以上は基本代理管理金庫を所有する必要があるんだよ。それに書類作成をする練習時間は腐るほどあったしな」
アルハンブラが冒険者となったのは、大体5年ほど前からだ。オーレリウスのように10年経過するか、何らかの事情でトラブルに巻き込まれた時に十数年単位で雲隠れをして死んだものと思わせ、全く違う場所でペーパー等級の冒険者になることを繰り返している。という処世術を聞くまでこのメルカッタをひたすら流浪の民として生きてきた。
人の栄華は短い。命を削る仕事ともいえる冒険者ともなればなおのことだ。
それにそれぞれのギルドの間でもいちいち冒険者の顔を覚えているものも少ない。ペーパー等級ともなればなおのことだ。
オーレリウスが万年「お一人様専用」であり続ける理由が、これである。
「俺の忠告を無視して、シルバー等級の上位陣まで上り詰めた感想は?」
「実に気持ちがいい」
なんというか、こういう男だったな。とオーレリウスは屋敷へ足を運びつつ思い出していた。
屋敷に到着すると、早速仕事をあてがわれた。
アルハンブラは引き続き屋敷周辺の物品設置をはじめとした力仕事を。
オーレリウスは引き続き屋敷周辺のゴミ捨て場を始めとした女だてらには行えない場所の整備と清掃を任された。
外見上を含めてしょうがないとはいえ、仕事内容の差が酷い。
⦅アルハンブラはギルドでも有名になっちまってるしな。貴族も無償労働させているという手前見せ場は作ってやってるんだろう⦆
(その代わり、俺たちはケツ拭く紙と同じような扱いってか?)
⦅昨日は水にまみれたしな。ペーパー等級⦆
(帰ったら覚えてろ。水風呂に沈めてやる)
などと会話をしているとふと厨房が目に入った。
給仕たちがいそいそと仕込みの準備に追われている。
とはいえ、葉物を手で千切るなどしておりそれが本来の作業風景ではないのだと容易に想像ができた。
この時期のもてなしといえば色々あるだろうが、何より肉料理の類を一切提供できないということは問題になる。
まさか昨夜オーレリウスたちが食べたように蒸したジャガイモを皿一杯に乗せて、はいどうぞ。では来賓は納得しないだろう。
裏手のゴミ捨て場に集められた無数の刃物類を見やるオーレリウスの中で、モヤモヤとしたものがついに弾けた。
糸を察知したストルムが、一瞬だけ出した鼻先をオーレリウスが触れる。同調はもはや呼吸のごとく扱える。
―乖離―
視界が急速に暗転する。深い海へ潜るようにオーレリウスは裏側にやってくる。
―感応―
マナの気配を感じ取る。
僅かな時間ののち、それらを終えたオーレリウスは早速行動を開始する。
この屋敷何複数ある魔法の反応のうち、地下に存在したそれへとアタリをつけた。




