オーレリウス・ベルベッドという敗残兵⑤
深夜、老婆の家の前で立つ男がいた。
あからさまに不審者であるが、皆が寝静まったであろうタイミングをみてやってきたオーレリウスは、まるで今からこの家を物色する泥棒のような気持になっていた。
(なーんで、こうなるかなぁ)
ミュレという少女が言っていた大きなイノシシ。恐らくそれがヒュンドラの蝙蝠の配下であるとアルハンブラが言っていたイノシシであろう。
だが、同時にあのミュレという少女をどこまで信用するべきか決めあぐねる。
なんならこのドアをくぐった瞬間屈強な村人がウェルカムパーティーと称して焼けた金属を飲ませてくる可能性も否めない。
だが、こちとら芋虫しか食ってないのだ。いい加減まともな肉が喰いたい。
別に普通のイノシシでもいいのだろうが、あの大喰らいの相棒へたまには腹いっぱい食わせてやりたいと思うのが人情というものだ。
早速、行動を起こす。
家の陰へ回り、見回りがこないかを確認する。
遠くからランタンの明かりが見えるが、あれなら侵入するには十分だ。
オーレリウスは近くの窓枠まで静かに移動すると、左手で自分の眼球へ触れる。
-付与:眼-
ぐちゃりと小さく音がすると、その手には3つ目の紫水晶の瞳が握られていた。
その瞳からもオーレリウスは視覚情報を得ることができる。
窓枠から中の様子を探る。
ここは寝室のようだが、老婆はいない様子だ。
瞳を窓枠より投げ入れ、窓枠に手をかける。
(これ、あんまり好きじゃねぇんだよなぁ)
そういいつつ、窓枠へ向かって飛び込む。
-付与:粘体-
瞬間、オーレリウスの躰は窓枠をずるりと通り抜ける。
粘土の強い液体が、ぼちゃりと老婆の寝室へと侵入する。それはすぐにオーレリウスの姿になった。
ここからが、本番だ。
窓枠に残っていた自分だったものを指で掬うと、それをドアの留め具へと塗りこんでいく。付与:粘体は変異魔法第一階位に属し、自身の体を粘性の液体へ変化させることができるのだが、この時発生した粘性物は油のように潤滑剤としても使える。
この時オーレリウスは、自分の右手小指が失われていることに気が付く。
この魔法はよくこういうことが起こるのであまり好きではない。
そろそろとドアの前まで移動し、僅かにドアを開ける。そしてドアの隙間から目玉を転がして中の様子を見る。
ベッドの上で寝ている少女の脚と、その傍で看病を続ける老婆が見えた。
オーレリウスは、小さく舌打ちすると…ダンダリアンを抜いた。
「夜半にドアもノックせずにとは、冒険者様は礼儀ってものを知らないと見えるねぇ?」
老婆は背後でダンダリアンを突き付けている冒険者を見ることもなく、口を開く。
オーレリウスは、窓を避けるようにしゃがみながら老婆へとその銃口を向けていた。
「弁明はしない」
右手に構えなおしたダンダリアンを左手で添えるようにして構える。
そういうオーレリウスに対し、ハン。と鼻を鳴らす老婆。
「で?何が目的だい。こんな老婆からとるようなものなんてあんたにはないだろうて」
その目は外を見ている。先ほどの見張りか近づいているのだろうか。
「お前がほしい、っていったら信じてもらえるか?」とお道化るオーレリウスへ
「そういう落とし文句は、4,50年前に言うんだね」と返す老婆。
ダンダリアンを、ハーフ・コックの状態にする。撃鉄を半分引くと、引き金に仄かな緑の光が帯び始める。
「信じる気がないだろうが、一応聞け。俺はミュレの依頼でここに来た。この…アナ?だっけか。このガキンチョを救ってほしいのだとさ」
その言葉を聞き、僅かに後ろを振りむこうとする老婆をけん制するように、ダンダリアンの撃鉄を引き切る。
老婆は静かに口を開く。
「なら、なおのことどうして玄関から入ってこないのさ。あの子を助けたのはあんただよ?見舞いだなんだといえば、あんたが渡り人であろうとも無下にはできないだろうに」
「あんたにも本当は知られたくない方法で治療するからだよ」
そう返すオーレリウス。
老婆の目は見えない。だがその視線の先には確かに見張りが来ているのだろう。
僅かに人の気配が濃くなるのをオーレリウスは感じた。
老婆は沈黙して、座している。
「オーケイ、一回しか言わねぇから難聴だろうとシッカリ聞いてくれよ婆さん。ミュレっていうあのイカレたクソガキに仕方なくケツを蹴られてこんな方法で来ちまったがよ。ガキが無残に死にゆくのを、ただ見ているほど心は死んじゃいねぇのさ。『神の一手』が俺にはある。あんたには到底できない方法ではあるし、おぞましい方法だろうが」
一拍置く。僅かに土を踏む音が聞こえてくる。恐らく2人だろうか。
「俺に賭けてみねぇか?婆さん。あの子が明日の朝日を拝むのは今のままじゃ不可能だ。根本治療が必要なのさ。命そのものを補強する必要がな」
老婆は、口を開く。
「あんたには、それができると」
オーレリウスは、告げる。
「みたら目ん玉飛び出すかもな」
見張りの足音が止まる。
いる。
そこに、いる。
この土塗りの壁の向こうに、いる。
老婆が一言叫べば、それで俺はおしまいだ。
オーレリウスの額に汗がにじむ。
右手に構えたダンダリアンを握る左手が強くなる。
老婆は、見張りに手を振った。
そして、こう告げる。
「…お疲れさま。あの子の容態はあまり芳しくないから、今は面会謝絶だよ。いい大人がビビってないでとっとと家に帰んな…あとは、私に任せな」
数回の会話の後、足音が少しづつ遠のいていくのをオーレリウスは聞いた。
ダンダリアンの撃鉄を、ゆっくりと元に戻る。
僅かに、息を整える。
ふぅ。と吐く息が熱を帯びていた。
そうして、老婆はオーレリウスを振り向く。
オーレリウスは、黙って左手のグローブを脱ぐ。
そこにはそれがあった。
老婆は口を手で覆い、必死に叫ぶのを抑え込んだ。
そこに、それはあった。
手の甲を裂くように引かれた一本の線。
それが見開かれた。
オーレリウスの左手甲には、瞳があったのだ。
ぎょろぎょろと、周囲を見回るその瞳が老婆の方を向く。
老婆は、震えながら椅子へと座る。そして、小さな声でオーレリウスをこう揶揄した。
契約者、と。
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契約者
それは、人と人ならざる者の混血であることの証明。
かつて、帝国の主戦力であった存在。
最低でも契約者一人が兵士100人の戦力を保持するとまで言われた存在。
人ならざる者が、生きたまま人の血肉を喰らい
人が、生きたまま人ならざる者の血肉を喰う
そして両者に「合意」が成されたとき、契約が成される。
人と人ならざる者の命を一つとする代わりに、人の身でありながら人ならざる異形の業「魔法」を行使できる存在。
見張りがいないことを確認すると、オーレリウスはアナの傍へと近寄る。
わき腹を確認する。その嗅ぎなれた悪臭に顔をしかめる。
ぽっかりと空いた穴の周囲は黒ずんでおり、腐敗臭が漂う。
「壊死が進行しているな。今夜がヤマは冗談じゃなかったわけか」
オーレリウスは右手で左腕をなぞり、「擬態」を解除する。
みるみる左腕は肩の付け根まで黒く染まり、赤々と浮かび上がる血管が躍動する。
甲殻が浮かび上がり、指先が伸びて鋭利が爪が生えてくる。
この腕は、ストルム・ブリンガとの契約の際、オーレリウスは左腕を喰わせたことの証明である。
魔法を使う際の触媒。「飛竜兵」の雌鶏が魔法を使う際杖を振るうようにオーレリウスは左手を振るうことでその行使が可能となる。
また、50口径のダンダリアンが発する反動を抑える程度には右腕よりも筋力がある。
オーレリウスは左手の瞳でアナの傷を見る。
「やるだけやってみるか」
オーレリウスは、腹を括る。
まずは、壊死の箇所を治療しないことには。
-付与:腕-
-付与:爪牙-
-招炎-
-招風-
オーレリウスのわき腹から1対2本の腕が生える。その腕と元々の腕に鋭利な爪が生える。
そしてその爪を、揺らめく炎に当ててあぶっていく。
自分の周囲を風の膜で覆い、可能な限り菌のいない状態を作り出していく。最もこんな程度では焼け石に水であろうが。何もしないよりはましだ。
「本当は度の強い酒でもあればいいんだが。ものを探す時間もねぇ。これで行く」
歯を食いしばりながら少女の傷を付与:拝瞳で確認する。
拡大した部位をみながら、切り取るように爪でそぎ落とす。
痛みのためか、アナは悲痛な悲鳴を上げそうになる。
その眼前でオーレリウスは何かを唱える。
アナの瞳がトロンと瞼を閉じていく。
「回生」という魔法がある。浄化魔法というカテゴリに存在する魔法であるが、外傷治療などで活用する魔法であった。本来竜魔法も変異魔法も、原則として自分自身を回復することは得意だが人に何かをする魔法ではない。なのでこれら浄化魔法も幾つか使えるよう帝国時代しごかれたものだ。眠りについたのはこれの副作用によるものだ。
アナは「回生」の影響で痛みを感じる事はない。そもそももっと早い段階で使っていればこの魔法で十分治療可能であった。だがこうも壊死が進行しているとなると、浄化魔法のプロでもないと外科技術を用いるほかない。
オーレリウスは医者ではない。帝国軍医ならもっとうまくやったのだがな。と内心ほくそ笑むが兎にも角にも壊死した部位の切除はおおよそ終わった。
あとは
オーレリウスは自分の左腕を右肋骨付近にあてがい、そして。
「…ッ!」
ぞぶり、と自分の腹に左腕を突き刺す。
血が床へぼたぼたと溢れ、瞬く間に血の池を足元に生み出す。
声を抑え、オーレリウスが取り出したのは自分の肝臓である。
血の滴るその肝臓を自分で握りつぶし、それを生み出す。
それを、アナのわき腹に空いた穴へを塞ぐように押し込んでいく。
そして、息も絶え絶えになりながらオーレリウスは最後の魔法を発する。
「自喰」
次の瞬間、オーレリウスに生えていた腕が虚空へと消える。
瞳の奥にあった複数の水晶体も姿を消し、その場に崩れ落ちた。
自分の血で出来た池に、沈みゆくのだった。
老婆は、その凄惨なまでの「治療」を前に言葉を発することすらできなかった。
契約者。それは世にもおぞましい異形の怪物。
人の形をしただけの怪物。
そう教わって生きてきたし、現に今見たものを言葉にするのなら彼を怪物と呼んだ先祖の言い分も理解できる。
だが、アナのわき腹に開いていた腐臭を放つその外傷が
まるで最初からそこになかったかのように、跡すら残さないほど綺麗に完治しているその状態を垣間見た時。
老婆は、奇跡を見たように感じてしまった。
オーレリウスが目を覚ましたのは、そこから幾何かの時間が経っていた。まだ日は登っていない。そんなオーレリウスを見下すように眼前にしゃがんでいる少女がいた。ミュレだ。
「まずは、お疲れ様。というべきかしらね」
そういうミュレの言葉を遮るように起き上がるオーレリウス。
旅装は血で濡れており、凄惨な殺人現場に居合わせたか殺人鬼のそれを思い起こさせる姿となっている。
あまりに生臭い己に思わず眉を顰める。
だが、アナの方を見たオーレリウスはその傷がすっかり塞がっているのを確認するととりあえず一息つくことができた。
老婆は立ち上がったオーレリウスを見た時、その肝臓をくりぬいた場所もきれいに塞がっているのを確認し驚愕する。
「本当に、契約者ってやつは何でもありなのかねぇ」
自喰は自身が発動していた「付与」の力を持つ変異魔法を触媒として治療を行う「変異魔法第三階位」に属する高位魔法だ。
その力は、「自分の肉体を使用した場合にのみ」例外的に他者の治療も可能となる程だ。
ついでに自分の躰も治療できる。使い方を間違えなければ結構便利な魔法ではある。使うたびに自分の内臓を抜く必要があるのが欠点ではあるが。
「それはそうと、あんな方法でアナを治療してよかったの?アナ、契約者になっちゃうかもね」
そういうミュレにオーレリウスは
「なわけねぇだろ。自喰は自分の指定した体の部位を一時的に「マナ」に変換する魔法だ。他の人間に使った場合、その相手の肉体量に対して自分の使用した量が少ない場合は、相手側の身体情報に引っ張られるんだよ。つまり、俺の肝臓はもうすっかりアナの肉体になっちまってるはずだ。壊死した部位が多く残っている場合、混沌を多く帯びてしまって今頃ゾンビにでもなってたかもわからんがな」
と注釈を加えた後で、ミュレを睨む。
「で?お前さんには聞きたいことが結構あるんだが。これで話す気にはなったか?」
そう睨むオーレリウスに対し、答えを出したのは以外にも老婆の方であった。
「ミュレちゃんはね。『スクール』の1年生なんだよ」
老婆に苦言を呈するミュレに対し、誠意が足りないと叱る老婆を見ながら、オーレリウスは、納得したように頬杖をつくのだった。




