この世に潜む亡霊たち㉑
暫く、闇を歩いていた。
下に、下に続く階段を下りながら、闇の中を歩いていた。
そうしてたどり着いた先には、所狭しと並べられた本が収納された本棚の奥で、2人の男が息も絶え絶えに倒れているところであった。
近づこうとするミュレに対し、片方の男が警戒する。
「な、何だお前は!俺は何も知らねぇぞ…何も知らねぇんだよ。教えられることなんてねぇんだよ!」
そういい放つ男は、獣を連れていない。
おそらく、こいつがサバクオオカミの契約者なのであろう。
ミュレは、静かに言葉を返す。
「でしょうね」
その返答に虚を突かれたのか、男は「え?」と素っ頓狂な声を発する。
「とにかく。今は時間がないの」
いつ、ヘメリックがこっちにやってくるかわかったものじゃない。ミュレは大急ぎでオーレリウスの言葉を思い出し、行動を開始する。
ミュレの行動に疑問を抱いたのであろう男が声をかける。
「お、おい!何やって…」
そういう男に、人差し指を唇に当て「静かに」と合図するミュレ。
ミュレは、オーレリウスの言葉を思い出す。
―もし、禁書保管庫の配置がお前の言う通りなら―
ミュレはその左端の本棚を調べる。そのうちの一冊。ほかの本と明らかに装丁が異なる本を見つけると、それを引き抜く。
すると、目の前の石壁がまるで生きているかのように動き、さらに地下へと続く階段を開放する。
「本当に、アイツの言った通りになった…」
学園がここに立てられる以前。帝国軍はここに基地を建造していたという。
オーレリウスが言うには、襲撃に備え多くの地下通路が張り巡らされていたのだという。
そして今の禁書保管庫。この建物がオーレリウスの言うところの「ミュレの言う通りの配置」であること。
つまり、当時の勢力が占領して以降、学園が建造される今に至るまでそこにあり続けるというのであるのなら。
この通路は、今も生きている。
そういうことであった。
「な、何だよ…これ」
肩に蜥蜴を這わせながら、もう一人の男を肩に抱えた男がその様子に唖然とする。
ミュレは手の動きで
先に行け。
と伝えた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その通路をさらに降りると、その眼前に広がる風景は壮大であった。
眼前に広がる湖。
真下には波打つ水が岸壁に当たり、白く激しくうねっていた。
元々、契約者が使用する非常用通路だ。ここから先は竜の背中に乗るのだろう。
あいにくだが今はそんな奴はいない。
だが、これもオーレリウスは織り込み済みであった。
「お、おい!どうすんだよ」
慌てふためく男を尻目に、ミュレは檄を飛ばす。
「あんたも契約者で、男でしょ!覚悟見せなさい!」
「いきなりそんな覚悟なんてで…」
そう言い切る前に、ミュレは渾身の右足で男の背中を蹴り飛ばす!
…できるわけないだろ!と言い放とうとした口から絶叫が響き渡り、男たちは湖目掛け、真っ逆さまに落下していった。
その時の顔は、ミュレにとって少しばかり面白かった。と感じる程に滑稽であった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
遠くから、それを見る者がいた。
ストルムは、その男たちを確認すると一つの土の塊を宙に浮かせる。
『角度よぉし。距離測定よぉし…S字歪曲よぉし』
狙いを定め、その土塊を構える。
そうして、それを発射する。
それはぐんぐんと遠くに見えるミュレへと迫り、ある場所で水の中へと消える。
学園を取り囲む領域をかいくぐる様に波打つ水の中からそれは土の外壁が取り除かれ、風の繭の中でそれは静かに寝起きを立てていた。
ミュレはその中で眠る、カーバンクルの兎を手にするとすぐさま元居る場所へと戻っていった。
『やってやったぜ!ヨーソロー!』
ストルムは歓喜の声を上げた。
ヘメリックたちが禁書保管庫に張り巡らされた魔法を一時解除しながら先に進み、その場に到着した時には、ミュレは既に再び通路を閉じ、その腕の中にカーバンクルの兎を抱きかかえていた。
その知らせを聞いた、生徒たちは皆一様に驚きつつも自らの野望がミュレによって潰されたことを察し肩を落としていった。
この事件は、ここで一つの幕を下ろすことになった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ミュレは、外に出ていた。
つい昨日まで、大波のように迫りくる書類と反省文、そして記録用端末に揉まれながら何度目かの徹夜を繰り返し、ようやくすべてから解放されたのだった。
事の顛末は、こういうことになった。
まず、件の街よりカーバンクルの兎を密猟しようとした集団がスクールにより補足され追跡を受け、同じように報告を受けた者たちによりサバクオオカミたちが対象を確保していることを知り、追跡を開始するも一匹のみ確保することができただけで取り逃がしてしまった。
ちなみに、この時逃げたサバクオオカミとたまたま遭遇し証拠隠滅のため襲撃を受けた旅人。がオーレリウスのことである。
その後、確保したカーバンクルの兎を報告しようとした際に、そのメンバーの一人からこう提案されたのだという。
故郷にいる家族が、獣の襲撃を受け呪いにより生死の境をさまよっている。というのだ。
これは本当のことである。
事実あの後、自分からそう名乗り出してきた生徒の身元を調べると、確かに禍つ獣の襲撃を受けたという報告が上がり近隣に展開していた飛竜兵へ出撃命令が下りていた。
そのグループは一蓮托生の思いでその生徒のためにこのカーバンクルの兎を禁書保管庫へ隠すことにした。
例の木片はその時使用されたもので、これは教諭以上の役職を持つものが管理しているいわば「マスターキー」のようなものであり、これを盗み出したことにより隠ぺいすることができたのだという。
後は、ミュレ・アンダーソンがその一軒を調べ命がけで解明した。
もちろん、すべてが本当のことではない。
誰かの嘘で始まったこの話にのっかってしまった結果、最後の最後まで嘘を嘘で固めなければいけなかった。
その結果ミュレもまた校内での決闘行為及びいくつかの未報告事項。禁書保管庫への無断侵入etc…でみっちり叱られることとなった。
おそらく、この功績もチャラどころかマイナスのほうが大きいのだろう。
ふと、思うことがあった。
ミュレは夏の盛りを思わせる新緑の中を歩きながら、それを探していた。
それは、虹の川のように七色に輝きながら揺らいでいた。
ナナイロアゲハの鏡のような羽に反射する光が、七色の輝きをもってその蝶達を輝かせている。
ミュレはこの蝶たちが好きであった。夏の間という短いながらも、煌びやかに輝き子を産み死んでいくその生きざまが、どこか晴れやかであったからだ。
もしくは、この虹の川を見るのが好きなのかもしれない。何にせよミュレにとってこれを見ないと夏を感じることはできなかった。
そうして考える。
これでよかったのかと。今更ではあるが。
あの時、ヘメリックに差し出したのがカーバンクルの兎ではなく契約者のほうであったのなら。
あの少女たちは重大な犯罪を犯したことになる。
契約者という存在ごと、彼女たちも法により殺されていたのかもしれない。
この世界は契約者に慈悲を向けるにはまだ抱えている怒りのほうが大きい。そしてそれは、それらを庇うものにも向けられる。
その結果、ミュレは契約者とそれらを利用しようとした少女たちの亡骸を足元に積み上げて、さらに上へと昇り詰めることができたかもしれない。本来であればそれこそ、自分がやるべきことであったのだろう。
ミュレは、静かに目を瞑る。
あのグループに話を聞けば、家族が呪われた少女の話に乗ったのは事実であった。
同時に、彼女を裏切り高値で売り飛ばすつもりであったのだという。
最も、最後に待っているのは退学以外ありえないだろう。
いかなる理由であっても、密猟された動物を私的利用をする行動は、飛竜兵としては言語道断である。
ミュレは、そんなグループのために生贄とも呼べる役割を担ってしまったその少女を想う。
その肩には、ミュレの分の罪も載っている。
契約者を逃した。という罪が。
だがその結果、彼女は生き延びたともいえる。
少なくとも、家族の死ぬ瞬間。傍にいてあげることができる。
許されざる罪であっても、同情を誘う罪でもあった。
誰だってそうする。そういう状況であるのなら。
許されることはないだろうが、これ以上裁かれることもない。
結果としてミュレは、誰も殺すことなくすべてを終わらせることができた。
きっと、そう。
「それなら…いいのかしらね」
ミュレが指を伸ばす。
そのか細い、小さな指の上に一匹のナナイロアゲハが止まる。
七色に反射するその羽の輝きを、静かにミュレは眺めていた。
静かに、静かに。眺めていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
時は、少し前に遡る。
オーレリウスが通されたのは、とある個室であった。
付き添いの飛竜兵たちの姿はすでになく、通りかかる者たちは一礼をするのみでこちらのことなぞ気にもかけない。
そうして、通された「副学長室」の教室から見た景色は、見事なメロウ湖の景色が映し出されていた。
「お望みとあれば、ここではない場所の副学長室へ行くこともできるけど、どうする?」
といわれたオーレリウスは、どっかりと椅子へと座る。
ここにきて、何度目だろうか。
深い、深いため言息をついた。
現実にやっと自分の認識が追い付いてきたように感じていた。色々起きすぎだ。
トラブルもサプライズも一つずつ来てほしいものだ。
そういう副学長は灰皿と小さなボックスをオーレリウスへ手渡す。
ボックスを手に取ると、その懐かしさすら覚える刻印にふと昔を懐かしむ。
「あんたに、煙草をもらったのも…こういう夏の日だったか。少佐」
今はないその煙草。白い竜、アールマ。それを模した刻印が記された軍用煙草を一本取りだし、火を点ける。
ゆっくりと吸う。その味はとても懐かしい。遠く、遠くのあの日まで自分を連れて行ってくれそうにも思えた。
「……相変わらず、不味いな」
少佐、と呼ばれた男は同じようにそのタバコへ火を点ける。
小さく吸い、ふぅ。と紫煙を揺蕩わせる。
「確かに、戦争末期の支給品だ。だがこの味だけが思い出させてくれるものもあるだろう?」
そうかもしれない。この煙草の味に負けず劣らず苦々しい思い出ばかりだが。
泥濘の中を進み続けるような日々。後退を続け、僅かな勝利と引き換えに十全たる敗北を続ける日々。
その中でも、オーレリウスは
少佐は
契約者は確かに、生きていた。
今は遠い、輝きであった。
「色々聞きたいこともある。いろいろ語りたいこともある」煙草を灰皿に押し付け、オーレリウスは小さく息をつく。
少佐、改め。マロック・ゲローイ少佐はその意図に気が付いている。
だから、静かに煙草を灰皿に押し付ける。
そうして口を開いた。
「だが、聞かない。関わり合いになりたくないから…だね」
オーレリウスは肯定する。
迷うそぶりのない返答に、マロックは苦笑いを浮かべる。
「ちょっとは迷ってくれよ。どうしてスクールに?なんで副学長に?裏切ったのか?色々聞いてくれたっていいじゃないか」
そのマロックの笑みに、オーレリウスは懐かしい気味悪さを覚えた。
「あんたが何も考えずに、こんなところでこんな役職についている訳ないし、それを俺が理解できた試しもない。あのウェンリーの一番弟子が考えることなんて、俺が知ったところで飯の種にもならねぇよ」
相変わらずだな。とマロックは語る。
「准将…師匠を呼び捨てなんて恐れ多いこと。今も昔もお前とアルハンブラと、トーマスくらいだったな。あの人は今も息災か?」
オーレリウスは鼻を鳴らし、腕を組む。
「ドロツゴで酒を奢ってもらったよ」
「あぁ。だからこんなところに来たのか。大方酔い潰されて体よく使い走りにされたんだろう?」
マロックは納得した様子で笑う。
多分マロックの奴も、立場が同じなら同じような真似をしそうだな。とオーレリウスは考えたが、言わないことにした。
そういう会話ののち、被りを振ってマロックが話を戻す。
「それじゃぁ、本題だ。あの時言われた代替案はね」
その次に出てきたマロックの言葉に、オーレリウスは目を見開いた。
「僕が干渉を入れた。4000Qは僕が支払う代わりに、君にはその分の仕事をしてほしいんだ」
オーレリウスは、その意図を判断しかねた。
「その時が来れば、きっとわかるよ。君にとっても大事な話だ」
これ以上はおしまい。と告げるように手をたたくマロック。
現れた飛竜兵に連れられ、オーレリウスはその場を後にする。
オーレリウスは、それが何なのか解らないわけではなかった。
ふと、遠くにさっきまで自分がいた留置所が見えた。
あそこで、オーレリウスは彼女に出会ったのだ。きっと、それが絡んでくる。
そう、思わずにはいられなかった。




