この世に潜む亡霊たち⑳
その日は、変わらずやってきた。
飛竜兵につれられたオーレリウスは、とある小部屋に通される。
静かに、その時を待つ。
念話で、最後の会話を行う。
⦅相棒、相談は終わったぜ。爺さんたちも頭の上でドンパチはごめんだってよ⦆
(そうか。ならば…後は祈るだけだ)
⦅今度、土産を持ってこい。だってよ⦆
(何がいいか聞いてこなかったのか?気が利かねぇ奴だな)
その軽口に、僅かな間が差し込まれる。お互いに、そういうことをあの翁が望んでいないことくらい容易に想像できた。
⦅また、顔を見せに来い。だってよ⦆
(爺さんらしい)
そうして、その時がやってくる。
眼前にオーレリウスと相対するは赤色のカメラ・アイを持つ端末。オーレリウスにとってはもはや旧型ではあるが、この時代においては最新鋭の遺物である。
機械音声が静かに、開廷を告げる。
『被告人、名ヲ告ゲヨ』
「旅人」
『……名称ノ照合確認』
そうして、言葉を続ける。
『罪状、学園内ヘノ不法侵入。並ビニ無許可ノ狩猟行為』
「肯定する」
『…但シ被告人旅人ハ、契約者タル獣ノ襲撃ヲ逃レルタメニ侵入。ミュレ・アンダーソンノ報告ニ、異議ハ』
「ない」
暫くの間が開く。
オーレリウスは、小さくため息をつく。
アイツ、上手くいったようだ。この間はおそらくバックアップデータを閲覧している。
これは最終確認。
事務的にミュレのこれまで記入した記録を洗っている最中なのだろう。
そうして、裁判官は判決を下す。
『被告人、旅人ハ情状酌量ノ余地有リ。ヨッテ罰金4000Qの支払イヲ以テ判決トミナス』
⦅4000Qだぁ!?⦆脳内で相棒が騒ぎ立てるのが伝わる。
流石に吹っかけられているとしか思えない。流石に裁判に出たことは帝国軍に所属して以来ないため相場はわからないものの、今すぐに手渡しできるような金ではない。
「裁判官」
『異議ノ申シ立テカ?』
「そうじゃない。4000Qなんて金、今すぐ準備できるモノじゃないだろ。当たり前だがそんな金持っている訳ない」
『被告人ガ所有スル『代理管理金庫』ノ番号ヲ述ベヨ』
「しがない旅人が、そんな御大層なもん持ってるわけないだろ」
この世界では、Q貨幣を代理で保管・管理する国営の銀行機関が存在する。
そこに契約をすることで個人の「代理管理金庫」を手にすることができる。
もっとも、そんなものを利用するなんてメルカッタでも5人に1人いればいいほうだろう。
暫くして、裁判官がこう告げる。
『デハ、代替案ヲ告ゲル』
「代替案?」
『ソノ、内容ハ……』
「……ん?」
沈黙。
静寂がそこを襲う。
オーレリウスはあたりを見回す。
監視についていた飛竜兵たちがすやすやと寝息を立てている。
「どうなってやがる」
思わず口にすると、ドアの向こうよりその男が姿を現す。
うなじで束ねられた茶髪。
ブラウン色の双眸を持つその男は、服の裾で丸眼鏡を拭きながら入ってくる。
「代替案は、私のほうで伝えることとなった。初めまして。旅人くん」
オーレリウスは、なんというか。
いろいろ信じられないものを見るような眼で、その男を見ていた。
その様子を、ストルムもまた確認していた。
同じように信じられないものを見るような表情をしていると、オオカミは感じていた。
「ストルムさん!何か見たんですか?その…禍つ獣でもいたんですか」
ややあって、ストルムが返答する。
「そっちのほうが何倍もよかったよ。殺し合いで解決できるからな!」
そういうと、招風でオオカミたちを皆浮かび上がらせる。
皆一様に慌てふためきストルムへ不平不満を訴える。
「やっぱり無理っすよ!自分らサバクオオカミですよ。水なんてこっちに来て初めて見ましたって感じなんですよ!?」
「なら、初体験は早めにやっておいたほうがいいぞ」
そうして、はるか彼方に広がる湖目掛け、オオカミたちが射出されていく。
「鬼!悪魔!鬼畜ドラゴォン!」
断末魔の叫びを吼えながら、オオカミたちは次々と湖へと沈んでいった。
「…誰が鬼畜ドラゴンだコノ野郎」
その声に、返らぬことと知りつつも言葉を返すのだった。
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ミュレは、ある生徒に狙いを定めていた。
その生徒は複数の生徒と共におり、何かを相談している様子であった。
小さく息を吸い、ゆっくりと吐く。
杖を確認する。内蔵型の濃縮マナ・プール溶液は十分な残量を示している。
ベルトに装着した複数個の予備を数え、継続可能な戦闘時間を改めて計算する。
全力でやりあって、15分が限界。
口から心臓が飛び出しそうである。できることなら誰かに代わってほしいと思う。
だが、それでは駄目なのだ。自分で踏み込むと決めたリスクは、自分が乗り越えなければならない。
誰の手を借りたとしても、最後の一段を登り切るには己一人の力で行くしかない。
今ミュレは、それを眼前に構えていた。
ゆっくりとそのグループへ歩み寄る。
アメリアもその場にいた。ミュレが近づいてくることを知った彼女は首を横に振り、来るなと警告する。
それを手を振ってこたえる。大丈夫だから、と。
「ごきげんよう」
ミュレが声をかけると、そのグループが皆ミュレを向く。
今にも泣き出しそうなアメリアを除けば皆一様にピリピリとしている。
全力で警戒をしている。
それはそうだ。彼女たちもミュレと同じなのだ。
最後の一段を登ろうとしている。
その先に待つのが、栄光への扉か
もしくは、絞首刑の縄か。
ミュレと彼女たちに残された道は、この二つに一つなのだから。
誰かが、ミュレに返答する。
「何か、用か」と。
努めて平静を装うミュレは、静かに返す。
「教諭が呼んでいましたよ?」と。
皆が顔を見合わせる。
誰のことだ、と確認しあう。
ミュレはそのうちの一人。リーダー格と思わしき少女を指さす。
「あなた。ヘメリック教諭がお呼びでしてよ?」
この場でヘメリックの名が出てきたのは偶然だ。だが誰であれ呼ばれれば行かなければならない。
ミュレが指名した少女こそ、あの時木片を持っていた者である。
皆で頷き、彼女はミュレとともに歩き出す。
ミュレの心臓は、今にでも張り裂けそうなほど高鳴っている。
それでも、顔には出さないように心がける。
ふと、空を見た。
綺麗な空であった。
きっと近場の森の中では季節蝶であるナナイロアゲハがまるで森に咲く虹のように優雅に宙を舞っていることであろう。
これが終わったら、見に行こう。
そう思った。だから、やるべきことを…やる。
ミュレはゆっくりと杖を抜く。
そうして、その少女へと話しかける。
「ヘメリック教諭。だいぶお怒りの様子でしたけれども、あなた何をしたんですか?」
そう問われた生徒はミュレをきつく睨むと、無言を貫く。
「そうでしょうね。私には関係のない話ですものね」
その刹那。
既に二人は杖を構えていた。そして同時に、魔法を発揮する。
―疾風旋律:放出―
ミュレはわき腹に鈍痛を感じ、その場に崩れ落ちる。
相手の少女もまた、その場に崩れ落ちる。
お互いに呻くように、芋虫のようにのたうち回りながらも先に動いたのはミュレでった。
少女を蹴り飛ばし仰向けにすると、その内ポケットから木片を取り出した。
視れば、何かの燐光文字が描かれており割符を想起させた。急いでポケットへと押し込むと、走り出す。
背後より迫る、複数人の気配を感じながら。
彼女たちのグループの中に、アメリアがいなかったことに安堵するべきか。だがこの一件以降自分が失敗すれば、彼女の身にどんな酷いことが降りかかるか分かったものではない。
そう思うと、胸が締め付けられそうな気持ちにもなる。
謝辞を述べるのは、生き残ってからだ。
そう思い、領域魔法を展開する。
ガリガリとその結界を襲う風と水の衝撃が、ミュレの杖を伝いビリビリと震わせる。
彼女たちもまた、必死のなのだ。
快楽のためか、死にゆく家族のためか。
なんにせよ、犯した悪事はそれだけのことであったのだ。人一人殺すことさえ厭わないほどに。
ミュレは、一目散に禁書保管庫へと向かう。
推測が当たっていれば、この木片を使用する事であの中へ簡単に入ることができる。
そしてそこまで行くことができれば、ほとんどミュレの勝利となる。
既に学園中が、魔法を内側で使用したことによる警報音でけたたましく鳴り響いている。
もう幾ばくも無い時間で、警備兵たちがやってくるだろう。
ミュレは物陰に隠れ、杖のカートリッジを引き抜く。
その間も頭上を魔法の弾丸が飛び交う。
杖にカートリッジを挿入する前に、その気配を察し前に飛びのく。ミュレが隠れていた場所へ歪曲するように風の弾丸が叩きこまれたのだ。地面が抉れ、それがもし自分の体だったらと戦慄する。
だが、止まってはいられない。
ミュレはカートリッジの挿入を完了すると、火と土を発揮した。
―火炎旋律:防壁―
―大地旋律:放出―
風の刃を炎の壁が喰らう。
その背後より土の弾丸が弾くことで火を纏う土塊の出来上がりだ。
少女たち目掛け降り注ぐその弾丸は、多重重複した領域に阻まれる。こればかりは数的不利を否めない。
だが、高温となった土が熔け領域へとへばりつく。
僅かな時間の足止めには十分だ。
ミュレは走った。風を足元に忍ばせ、滑るように大地をかける。
これは、オーレリウスが使用していた疾走の魔法を自分なりに再現したものだ。滑るように壁も走れるため使い勝手がいい。
改めて、杖のカートリッジを交換する。
眼前に禁書保管庫の、物々しい佇まいが見えて来た。
「あと、もう…少し」
ミュレは滑り込むようにそのドア目掛けて突貫しようとした際
何かに弾き飛ばされるような感覚がした。
視れば眼前には、そびえ立つ土壁が存在していた。
それが崩れ落ちるとき、ミュレはどっと疲れが襲い掛かるような感覚を覚えた。
当たり前だ。自分がどこに行くかなぞ分かり切っている。先回りされている可能性をなぜ考えなかったのだろうか。
その場に崩れた体をやっと起こしたミュレを取り囲むかのように、四方から杖が向いている。
遠くから聞こえる静止の声
それは、どちらに向けられた声なのだろうか。
周囲から静かに風の流れを感じた。それでもミュレはあきらめなかった。
領域を構える。
それを可能な限り捻じり、縮小させる。
風の放出であれ火の放出であり、それは純粋なエネルギーである。
水のような流体も、この捻じれに添わせるように回避が可能である。
残るは、土の放出。純粋な物理的干渉に持ちこたえられるかどうか。
迫りくる四則の本流。
風をいなし、火を躱し、水を逸らせた。
だが、その体を石の放出が迫る。領域が悲鳴を上げる。
ここまでか。そう思いたい気持ちをぐっとこらえる。
ここからだ。
ここまで来たのだ。
「諦めるわけ、ないでしょう…」
その声に対し、無情にも大地の放出が再び迫る。
あれが体に食い込む激痛を想像し、思わず目を閉じてしまう。
衝撃音
激しくものがぶつかった時のような、けたたましい音が響く。
僅かな間、ミュレはその場から動けなかった。
そして少しづつ状況を理解しまじめる。
痛みがない。
そして眼前に、それがあった。
人の、右腕。
思わず飛び上がるミュレの眼前に、その人がいた。
憧れすら覚えるその赤い長髪をなびかせ、ヘメリックが立っている。
地面に落ちた右腕から杖を取ると、左手で杖を構えた。
「すごい顔をしたアメリアから事情を聴いて、きてみれば…生徒同士の決闘は禁足事項だぞ」
全員が、それどころじゃなかった。
平気な顔をしているヘメリックの、右腕がその場に落ちているのだ。
それに気が付いたヘメリックがにやりと笑う。
「安心しろ小娘ども、こっちは義手だ」
地面に落ちた腕を蹴りながら答える。
ミュレはヘメリックがああやって笑うところを、初めて見た。
そして、その隙を見逃すほど呆けてもいなかった。
禁書保管庫へ駆け出し、その場にいた生徒を突き飛ばす。
そして木片かざすと反射魔法の感覚がなくなった。
そのドアへ身を投げ出すように開け、中へと入るミュレ。
「何をやっている!」そう激高するヘメリックをよそに階段を駆け下りていくミュレ。
「ごめんなさい。後でいくらでもお叱りは受けるので」
そう呟き、背後で再び響く轟音を聞きながらその暗闇を駆け抜けていくのだった。
深い、深い闇の中を走るように。




