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この世に潜む亡霊たち⑲

 静かな夜だった。

 飛竜兵(ヴィヴィアーナ)の2人はそう思うほどに、遠くからその様子を伺うミュレもまたそう思うほどに、静かであった。


 学園を走りぬいたミュレは、僅かに息が上がりながらもそれを必死に抑えながらゆっくりと呼吸を整える。

 静かな夜だ。

 ささやかな吐息でさえも相手側に伝わりそうで、ミュレはなお一層、静寂に務めた。


 禁書保管庫はその佇まいだけでいえば教会のようにも思える。

 だがその地下へと続く通路のいたるところに入るものも、出る者も一様に阻む魔法結界や罠の類が敷き詰められている。

 その全貌はもはや誰も知る由もない。当然、ミュレも今目の前で密談を繰り広げている飛竜兵たちも同じであろう。

 

 僅かな声が静寂に流れる。

 「あの話を聞いた?」


 「契約者の獣の話でしょ?これってつまり…」


 「聞いてみる必要があるかもね」


 「でも、あの様子じゃ…」


 

 どうやら相当、切羽詰まっている状況であるらしい。大方、いよいよ契約者たちの生命が風前の灯となっているのであろうか。


 今すぐ何とかするべきであろうが、あいにくミュレには禁書保管庫へ入る手段がない。

 だから、こうして待っているのだ。


 そのうち、彼女たちが別の者たちと合流する。ややあって。


 彼女たちはその門に手を掛けた時、ミュレはそれを見た。


 古ぼけた、木片のようなものをその手に持っていたのだ。

 それを持つ者が先に扉へと手をかけた際、まるで何事もないように扉は開錠し彼女たちを受け入れるのを見た。


 ミュレはあれこそが鍵であると理解した。

 

 しばらくの静寂ののち、ミュレはそっと禁書保管庫のドアへ杖を構える。


 僅かに杖の先より伝わる振動は、反作用的な効力を持つ魔法特有の反応である。

 許可なく触れるもの、魔法的な行使を「反射」する力があるのだろう。


 仕方がない。やるべきことは先にやっておく必要がる。

 それにそろそろ夢の世界に旅立っているあの生徒たちが目を覚ましてもおかしくない時間だ。


 ミュレはそそくさとその場を後にし、廃材置き場へと袋ごと壊したティーセットを投げ捨てた。


 多分、ここから先はもっと専門的な魔法を知るものの知恵がいるだろう。

 つまるところ、契約者の知恵を拝借しなければならない。


 ミュレは、オーレリウスのいる独房を目指して早歩きで移動を開始した。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 オーレリウスの独房へ、いつものように食事が運ばれていく。


 その精悍な佇まいはいつだってオーレリウスの興味を引こうとこちらを向いている。


 「何のつもりだ?レーヴァ」


 遠くのほうを見ていたオーレリウスはその背後で迫りくる圧を感じながらそれでも静かに言葉で返す。


 「あら、やっとアピールが届いたのかしら?」

 そういうレーヴァの言葉にいよいよため息が漏れる。

 

 「勘弁してくれ」とオーレリウスは見事なロールキャベツが目を引くディナーを自分のもとへと引き寄せる。


 「あなた、明日が裁判の日なんですってね」そういいながら台車に手をかけてリラックスした雰囲気を醸し出しているレーヴァをよそに、オーレリウスはロールキャベツをフォークで割る。

 柔らかく煮込まれたキャベツの奥から、ひき肉が姿を見せる。一口頬張れば羊の僅かな臭みこそあるものの、しっかりと効いた香味野菜たちにより逆にそれが味に深みを持たせている感嘆に値する味わいとなっている。


 肩をすくめるオーレリウスをよそにレーヴァが続ける。


 「私、これでもそれなりの数の囚人を見てきたのよねぇ。皆裁判の前日ともなればどんなディナーも喉を通らないなんてことは当たり前。あなたみたいに悠々としているのは」

 そういって、その瞳がオーレリウスを見る。

 力強く輝くその瞳は、ストルムのそれを思い起こさせた。


 「何か企んでいるか、運命を受け入れているか、やけっぱちになっているか。大体そのうちのどれかね」


 あなたは、どれかしらね?


 そう言い残すと、レーヴァは台車を手にその場を後にした。

 オーレリウスはその姿が居なくなったのを確認すると、小さくため息をつく。


 「感がいいのか、経験則なのか…こえぇなアイツは」


 などとついぼやいてしまった。



 レーヴァは留置所を出ると、ふと上を見る。


 今日は星が良く見えた。きらめくその星々はまるで天高く放り投げられた宝石の様である。


 ゆっくりと目を閉じ風が流れるのを感じた。

 後ろを振り返りながら、それを感じたのち…何事もなく移動を開始した。


 そして


 「あんまり、気を張りすぎないことね」

 とだけ、誰に語りかける訳でもなくその場を後にするのだった。



 例によって、ミュレはその姿を掻き消しながらオーレリウスのもとへとやってくる。

 ふと鼻腔をくすぐるのは、濃厚なスープの香りである。

 

 「あら?女の子が食事も摂らずにあくせく働いている間に、悠々とお食事なんて随分なご身分ですわね」


 と語りかけるミュレに何気にする様子もなくオーレリウスは顔を向けた。


 「そいつはすまなかった。夜半過ぎてから食べると太っていけないと思ってな?」


 その直後、オーレリウスは鉄柵に思い切り叩きつけられたのは自明の理である。


 「さて、それでは最後の情報交換と行きましょうか?」

 にこやかに語りかけるミュレの裏では、鬼が笑っていた。


 オーレリウスの話を聞いたとき、ミュレはどこか腑に落ちた様子であった。

 アメリアとの話を思い出す。彼女たちのグループが今回の騒動の中心にいるグループとみて間違いないだろう。原因は定かではなかったところにすとんと落とし込まれたものがあったのだ。


 飛竜兵がカーバンクルの兎を求める理由としてはいくつかあるものの大方の場合


 金か、治療


 大体このどちらかになる。

 スクール自体には学費の制度はない。国家が運営、管理する機関であり入学できるものも国のほうからスカウトという形であるためミュレを含め学費などを納めたことはない。


 だが、貴賓派と平民派の確執としてあげられるもので大体話に上がるのは結局のところ「金」である。

 資金力、といってもいい。


 貴賓派は学園の管理・維持をバックアップしている家系出身の者には特に優遇をするきらいがあり、結果として目に見える形で金を持っているものが持たざる者たちよりもより優遇される。また、年頃の少女たちにとって遊ぶ金なぞ多いに越したことはない。故郷に残した家族への仕送りをするなど、何であれ平民派は何かと「お金」に悩まされる。


 また、この世界において獣の襲撃を受けることなぞ往々にしてあり得る話である。

 今回たまたまその情報を聞きつけた平民派の誰かが一匹拝借しようとした。などと考えたとしても何ら不思議ではない。それくらい、カーバンクルの兎という益なるものはこの世界において需要を獲得しているのである。


 「つまり、以前にあのオオカミたちを見つけた飛竜兵たちが追い立てたけど確保できなかったからこそ、その契約者を捕まえておく必要があったわけね。人質でありエサにもなりえる。か」

 ミュレは、散らばった点を線で結んでいく感覚を覚えていた。


 「蜥蜴のほうの契約者はもっと悲惨だろうさ。アイツら自体に価値なんてもんはない。運転手同様拷問の果てに殺されているか、それとも生きているにせよそろそろ峠を迎えていてもおかしくねぇだろうな」

 オーレリウスは淡々と告げる。鉄柵に押し付けられながらという状況でなければ監獄の探偵とでも言えそうな雰囲気であるのだが。


 「そういえば、あなたいつまでその恰好なのかしらね?潰された虫みたいで滑稽ね」

 ミュレが冷笑を浮かべる。


 オーレリウスはそれでも静かに返答する。

 「鉄柵とキスをする所を見たがる物好きが背中を押し付けているようでな?」

  

 「あらあら、嫌なら誠心誠意お願いしないといけないのではなくて?」


 オーレリウスは、この女は一旦自分が優位に立ったとなれば人をいたぶる趣味でもあんのかと訝しんだ。


 ややあって


 体を解しながら鉄柵から解放されたオーレリウスはミュレから伝えられた情報を吟味するかのように、再び宙で何かを描くような動きを見せた。


 そうして、それが終わったと同時にミュレへと向き合うオーレリウス。


 「禁書保管庫の場所はお前の言ったとおりの場所であってるんだよな?」


 それにミュレは頷いて肯定する。


 納得したかのようにオーレリウスはミュレへと告げる。

 


 「いいか、お前がどうにかして禁書保管庫に入ることが出来たのなら…俺の言葉を思い出せ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ミュレはベッドから起き上がると、向かいのベッドの奥でまだ寝息を立てているアメリアを起こさぬよう静かに服を着替える。

 

 清掃用の服に着替えを終えると、早速その場所へと向かう。


 その手には、小さな機械の端末を握って。


 皆があくびを噛み殺しながら集合すると初老の女性が姿を現した。彼女が今回メインサーバールームの清掃中監視を行う教諭である。


 皆を一瞥すると、早速杖を構えて魔法を発揮する。


 扉に描かれていた魔法陣の光が消えたことを確認すると、続いて鍵を差し込み閂を外す。これも特殊な魔法刻印が彫られている様子である。


 機械仕掛けの扉が誰にも触れられることなく開くと、皆がぞろぞろとその中へと入っていく。

 ミュレもまた、それに続いていった。


 メインサーバールームは僅かな埃のにおいが充満する部屋であり、皆機材を傷つけたり濡らすことがないように慎重に清掃を行っていく。


 中央にそびえたつ巨大な円柱状の物体がメインサーバーとなり、それらを補助するように見上げるほどのサイズを持つ箱状のサブ・コンピューターと連結されている。


 ミュレは床を磨きながらメインサーバーへと近づく。

 教諭はそんなミュレを含み生徒たちの清掃の様子を壇上から見下ろすように観察を行っている。


 教諭の目がミュレから離れるのを確認しながら、ゆっくりと外部接続用の端子挿入口のカバーに触れる。


 瞬間、けたたましい程のブザーがサーバールームに響き渡る。


 何事かと教諭が叫ぶと、ミュレが手を挙げる。

 間違って、触れてしまったと。


 教諭はそれを聞くとミュレの傍までやってきて、カバーを確認する。

 何も変化がないことを確認すると、そそくさと再び壇上へと戻る。


 そうして金属製の箱のふたを鍵を用いて開く。

 皆がその動向を確認している。ミュレは自分の心臓が早鐘を鳴らすように鳴り響いているのを感じた。


 そうして、教諭がセンサーを切ったその瞬間。

 一瞬のうちにミュレはカバーを開くと、小さな端子を接続しすぐさまカバーを閉じる。


 再びセンサーが起動したときには、ミュレは小さくため息をついていた。


 「以後、気を付けるように」

 教諭はそう皆に伝えるのだった。


 ミュレが今しがた挿入したのは、「エンジェル・スリーパー」の遠隔操作端末である。

 

 これを用いることである程度離れた場所から対象への操作が可能となるのだ。

 そもそも、「エンジェル・スリーパー」とは何か?

 端的に言えば「遠隔クラッキング用端末」のことである。


 帝国がかつて所持、運用していた大規模な工場では今でも稼働を続けていることがあり、そこからあふれるように外界へと進出した「ゴーレム」と呼ばれる機動兵器が確認されることがる。これらを沈黙させる手段として開発されたのがこの「エンジェル・スリーパー」である。


 操作用の端末を機械へ直接、または工場のメインルームにあるポートへ接続し操作を行うことで遠隔にいても操作を可能にすることができる。

 その特性上停止状態でも微弱な電波を発するため文字通り「埃をかぶりやすい」という弱点があるためミュレのような生徒の間ではできることなら触りたくはない端末であった。

 陰に隠れたミュレは早速起動する。

 メインサーバーがゴウンと稼働をし始めるが、それに関しては誰も気にしない。

 この動きは人の呼吸みたいなものだ。荒れてもいない呼吸を誰が気にするものか。


 早速ミュレは内臓のタッチペンでサーバー内の情報を調べて回る。

 掃除をしているほかの生徒や教諭の動向を気にしながらそれを操作する。

 そうして、今回ミュレが作成したデータを確認するとそれの古いものを検索に書ける。

 見つけたデータを事前に作成しておいたデータへと差し替えを行う。

 これにより、旅人の調査記録の内容に齟齬や穴が見当たらない様にできるはずだ。その更新を視覚的に表示するバーがゆっくりと伸びていく。


 早く、早く…。


 皆が清掃を終え次々と立ち去る中、ミュレはいまだ離れることができない。


 更新が終わるまでここいなければいけない。


 早く…


 「ミュレさん?どうかされましたか」


 教諭が声をかける。


 「いえ、大丈夫です」


 そういって自分の持つモップを手にしながらゆっくりと入り口付近へと移動する。


 そうしてドアの迄までやってくるミュレ。

 初老の教諭がなにかを察したのか「どうかされましたか?」と声をかけてきた。


 その瞳の奥では、心配が半分。


 そして警戒が半分というところであろうか。


 「大丈夫です。昨日もあまり眠れなくって…」

 実際これは本当である。オーレリウスとの相談を終え、部屋に戻ったのは深夜を過ぎていたからである。

 誰かに見つかれば教諭からのお叱りものであろう。


 「あら、そうですか…確かに、酷い隈ですね」


 そういって教諭が近づいてきた。その時だ。


 僅かに端末が震える。

 完了の合図だ。


 「えぇ。今日はもう戻って休みますわ」


 そういってポケットへ手を入れ…端末の電源を落とし

 一緒に入れておいたハンカチで脂汗を拭うそぶりを見せるころには、この素直な初老の教諭は安心したように微笑むのであった。

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