この世に潜む亡霊たち⑱
カーバンクルの兎。
原種は50年程前に導霊国より確認された。周辺の環境へ溶け込むように緑色の体毛を持ち、エメラルド様の宝石にも似た生体部位を持っている。
そこからというもの、周辺の森林地帯でもその存在が確認されており、多くの場合ほかの生物種と共生している姿が確認されている。
また変種としてヘルウェス砂漠での存在も確認され、そちらは桃色の体毛を持ち、ルビー様の生体部位を獲得している。
「では、ここでもう一つ皆さんに問題です」そういうミュレはアメリアを教鞭で指す。
思わずびくりと反応したアメリアを、にっこりと笑って確認したミュレは言葉を続ける。
「カーバンクルの兎はその外見から一時期愛玩用の動物としても珍重されておりました。その頃はそれ以外の用途で飼育されることもなく、それに伴い好事家の道楽であるとされほとんどの場合、見向きもされませんでした。ではなぜ。そのような存在が今ではスクールでももっともポピュラーな保護観察対象として管理されているのでしょうか?」
アメリアは慌ててあらかじめ渡しておいた資料をひっくり返すように読み始める。その様子にやや呆れた様子でミュレがため息をつき
「事前に確認しておいて。といったでしょう?」とそれ以上は求めなかった。
別の生徒に教鞭を向ける。こちらの生徒は一応予習してきたのだろう。ミュレに模範解答を述べる。
―穢れを食らう形で、治癒の力が宿っているからです―
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夜闇の中を、黒竜が飛ぶ。
オオカミたちを絡めとる雷の糸を牽きながら、その木箱の中にいた何匹かのカーバンクルは鞍の上に繋ぎ留められながら物珍しそうに宙を舞うオオカミたちを見やっている。
オーレリウスは合点がいくと同時に、ウェンリーがあそこまでのことをやる理由にいよいよ説明がつけれると確信していた。
カーバンクルの兎が治療の効力を持つというのは、今から20年ほど前、ポスト・グリエラに在住していたとある好事家夫婦の娘が事故に巻き込まれ大けがを負った際だ。
その時彼らが娘に与えていたペットのカーバンクルの兎がその体に触れた途端。
その傷がみるみると癒えていった。というのだ。
これによりカーバンクルの兎が愛玩動物ではなく「医療用動物」としての側面を見せ始める。
カーバンクルの兎はその体毛の色からは想像つかないが火属性の吸収特性を持つ。
その身に生物の傷などに癒す過程で発生する汚れをその身に蓄える。という生態を持っているのだ。故に、ほかの生物種との共生を多く確認されているというわけだ。
彼らの傷を癒す代わりに、自らに穢れを蓄える。それに何の意味があるのだろうか?
答えはシンプル。
穢れを食らい、それで子を成すためである。
その生体構造からカーバンクルの兎は益なるもの。つまり禍つ獣に属されているものの実のところは虚無の怪物に近いとされている。
一定以上の穢れを蓄えたカーバンクルの兎はその穢れを薪とし、自らを焼くのだ。
その灰から生まれてくる二匹のカーバンクルの兎。という形で自らの生息域を広げていく。という生態であるのだ。
オーレリウス自身も長い逃亡生活の中でその光景を何度か見たことがある。
二匹のカーバンクルが去ったのち、そこに残るものは煤けた宝石だけである。
この宝石は穢れを吸収するための器官として機能している。煤けたように黒ずんでいるのはこの時残滓として残った穢れがそう見せているものだ。
そうして研究が進んだ中で、この獣が喰らう穢れは何も傷病のみにとどまらないことが判明している。
獣から受けた呪いや、魔法的干渉。果てには老衰までも食らうとされる。
乱獲が確認されたのは近年これらを食らうことが判明してからだ。
この世界には、獣による影響は深い爪痕のように残留し、滞留していく。
呪いに苦しむもの、従来の治療法では治癒のできない傷。
または人が人として生きていくうえで老衰によって失っていく若さや美貌。それらを穢れとして食らうカーバンクルの兎。
乱獲が起こるのも無理はないというものだ。カーバンクルの兎としてもより良い餌であると思われるだろうが、ここに大きな罠があった。
人間でもあり得る話なのだが、とある地方の人間には特定の食物を消化できるものが、別の地方に住まう人間には消化できない。というケースがある。
これらは長い年月をもってその地方の人間たちが摂取し続けることで遺伝という形で腸内に生息する酵素や細菌などが特定の食材を消化できるようになっていくという。
カーバンクルの兎にとって、人の持つ穢れや人が受けた穢れというものは消化できない。
結果として燃えて灰となり消えるだけとなり、子孫を残せないのだ。
これにより医療用動物としての貴重性を高めていくこととなる。当然、様々な目的から私的に彼らに穢れを食らってほしい人間達の意図が介入することで乱獲へと結びついていくこととなったのだ。
ストルムは呆れたような顔でうしろでぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるオオカミたちの絶叫を環境音にオーレリウスとの念話を行う。
⦅つまり、あれか?この馬鹿どもとその契約者はヘルウェス砂漠原産の変種カーバンクルの兎を密猟して売り渡すところでスクールの生徒に見つかった。ってオチかよ⦆
(何なら背後には、砂鼠商会も関わっているだろうよ。彼らがもつ「秘密の輸送路」を使えばカーバンクルの兎は金の生る木だろうさ)
それに、これであればウェンリーがオーレリウスを誘拐した理由も納得がいく。
馬鹿正直に「密猟したカーバンクルの兎を見つけてきてほしい」なんて言えるわけがない。オーレリウス自身、そう言われたたのなら協力するつもりはさらさらない。
犯罪の片棒を担ぐことも全くないとは言えないものの、関わり合いにならないようにしている。そのほうが結局自分のためになるからだ。
だからこそ、わざわざ人探しであるはずの任務であそこまで徹底した秘匿を行っていたというわけだ。
(だからあの人に関わると碌な目に合わねぇんだよ。クソが)
⦅それは言えてる⦆
そういってストルムはある場所に着地する。
学園よりだいぶ離れた場所である。その証拠に、夜の闇の中で遠くに僅かな光が見えるだけだ。
「た、助かった…」
皆初めての空中散歩に精神的な疲労が来ているのだろう。息を荒げてその場からしばらく動けなかった。
⦅で?どうするよ相棒。こんな依頼すっぽかしちまおうぜ?どうせ明日にゃ略式裁判でこのオオカミどもの事が出されて情状酌量ののち適当に金払ってお小言聞かされてハイ終わり。なんだろ?⦆
少し考えたのち、オーレリウスはストルムにとって意外な返答をする。
(いや、どういう形とはいえウェンリーの依頼は果たす。あの人と確執を作ったほうがよっぽど面倒だ)
⦅は?ビビってんのかよ⦆
(お前と違って、一応頭使って生きてるんだよこっちは)
⦅そのノータリンの脳みそはお前のオツムでもあるんだけどなぁ?⦆
(どうだろうな?お前が右脳で俺が左脳だったりしてな)
⦅抜かしてろ⦆
そういうとストルムは、オオカミたちを見やる。
さて、この大馬鹿野郎共をどうしてやろうか。呆れ返っているのがオオカミの誰にも分るくらい、大きなため息をつくのだった。
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「では、今日の講義はここでおしまい」
ミュレのその一言で、生徒たちは皆一様に一息をつくように深く息を吐いた。
ミュレの授業はよく言えばオーソドックスなものである。生徒へ問題を出し、その返答として解説を入れる。会話と返答を用いた一般的な授業ではあったのだが。その対価としてユーモアもウィットにも含まないドライな授業という印象であった。
平たく言えば、面白さに欠ける。
ミュレ自身も椅子にどっかりと座り、深いため息をついている。我ながらユーモアセンスの欠片もない生真面目過ぎた授業であったと振り返る。
ヘメリックに至っては途中からわざとらしく居眠りを決め込む始末だ。今度鏡を持ってきてやろうか。と同類を恨めしそうに見やる。
だが意外だったのは、アメリアである。
今椅子の上で真っ白に燃え尽きている少女は、授業で癇癪を起すこともなく必死に授業について来ようと食らいついてきたのだ。これがヘメリックの授業であれば何度か定規か教鞭でしたたかに眠りの世界へ逃避した頭を叩かれているところだ。
それくらいの気概はあるのに、わざわざ渡しておいた資料には目を通していないあたりミュレは何とも言えない感情に襲われていた。
「アメリア、大丈夫?」とミュレに声をかけられたことで生気を取り戻した彼女はにへらと笑いながら
「大丈夫」とだけ返した。
あそこで寝たふりを続けている教師のことは放っておくこととし、ミュレとアメリアも講義室を出る。どうせ皆が居なくなったところで何事もなかったかのように動き出すだろう。
そうして出てきた先から、窓の景色を見やる。
遠くまで広がる湖の景色は、聞こえるはずのない緩やかな波の音をミュレに届けていた。
すでに夜もふけり、夜間警備任務についている生徒たちが学園を動き始めていた。
ミュレはそれを確認すると、アメリアのほうを向く。
「悪いんだけど、先に帰っていて?ちょっと用事を思い出したから」
とだけ伝える。
アメリアはミュレを心配そうな顔で見つめるが、ようやく自分の中で飲み込むことができたのかその場を一人で後にしていく。
さぁ、行動を始めよう。
ミュレは早速動き始めた。
―夜間警備任務についていた人間の中で怪しい者がいないか確認する―
ミュレにとってこのタイミングでそれを確認する必要があるのは、オーレリウスとの作戦会議の中で、既に決まっていた。
ミュレはスケジュール表を確認し、今日夜間警備任務につく生徒をすべて確認し頭に叩き込んでおいた。
そのうえで、既にオーレリウスはミュレが流した情報に基づき「砂糖菓子の兎」を野に放っておいたはずだ。
狩人がそれを見つけ、追い立てたという情報が流れれば件のグループの中にも何かしらのアクションを起こすものがいるはずである。
そのグループの狙いが何であれ、「契約しているサバクオオカミ」と聞けば否が応でも自分たちが軟禁しているであろう契約者と結びつくはずである。オーレリウスの予想ではそのうちの一人は契約している獣を連れていない。というのだからなおのことである。
そうして、ミュレは夜間警備任務についている生徒たちを「監視」することにしたのだ。
そのために、準備が必要である。
ミュレはとりあえず、給湯室へと向かった。
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学園を囲む領域は、その規模に比例する大量の情報を常に集め続ける。
またその内外を監視する目となるが、最終的に確認するのは人間である。
監視室と呼ばれる部屋の中にティーセットをもって向かったミュレは、中で膨大な数の画面を確認している2人の生徒へ声をかける。
彼女たちはミュレを確認すると「さっきはお疲れ様」と声をかけてくれる。彼女たちは先ほどの補習授業を受けた生徒である。
ミュレは事前にヘメリックへ彼女たちに行う場所をここにしてほしいと頼んでいた。
「補習授業の後に、長時間の夜間巡回も酷でしょうから」というのがミュレの言い分である。
一応筋の通った話としてヘメリックも納得し、ここに配置されたというのだ。
「ありがとねぇ。補習の後に飛竜の背で揺られるのも、学園内の巡回もしんどいってレベルじゃなくってさぁ」
と言葉を掛けてくれる生徒へ、ミュレは暖かな紅茶を紙できたカップへと注ぎ手渡す。
暖かな紅茶を飲みながら、生徒たちは画面を眺めながら談笑を続けている。
まるで映画を見ながら語り合う様な構図ではあるが、つまらない映画というものはえてして良い睡眠剤ともなろう。
それこそ、代わり映えしない映像の中で時々人が動く姿しか見えない映画なぞその最たるもの。ミュレが紅茶に仕込んだ水氷旋律:誘いによる睡眠誘導もその助けとなった。
くぅくぅと小さな寝息を立てる彼女たちをよそに、ミュレは監視映像を次々と動かしていく。
その中で、彼女はそれを見つける。
ミュレはずっと考えていた。この学園で人を隠すに適した場所はどこか。
契約者の魔法を行使させることなく、対象を繋ぎ止め続けられる場所はこの学園にもほとんどない。専用の拘束具がないわけではないがそれを使用できないとあれば、その類似機能を持つ場所。
最初から、何者の出入りも許されない場所。
何者の何事も、使用できなくする場所。
よく監視が行き届いた場所。
それでいて、誰も近寄らないであろう場所。
ミュレはティーポットと紙コップを回収し、それを袋に纏めてしまい込むと監視室を出る。
そして誰もいないことを確認すると、それを壁にふるい叩き割る。
がちゃんと言う音と共に割れたティーポットだったものを持って走り始める。
それは廃材置き場へと連なる道の一つにある場所。
本来であれば用がない限りそこを通ることはないもの。
学園の隅で隔絶された場所。
禁書保管庫の前で何かをしようとしている2名の生徒がいるうちに、そこに着かなくてはいけない。
彼女は袋を持ち、学園の通路を駆け抜けた!




