この世に潜む亡霊たち⑯
「成程」
スクールの監獄。その2人を仕切るかのように鋼鉄の檻が鎮座している。
オーレリウスと、ミュレ。
この二人は今尋問という名の情報共有を行っていた。
オーレリウスから聞いた話のどれもがそう簡単には信じられるものではなかったが、状況的に嘘をつくとも思えなかった。
とりあえず、手帳へと書き記していくミュレを見やるオーレリウスは何気なしに己の右頬を撫でる。凸凹とした火傷痕が感じるはずのない痛みを発しているように思えた。
「つまり、少なくとも契約者を庇っていることは確か。その理由は不明であれどもそのグループからすれば、その価値がある…」
ミュレがそう言いながら、手帳へと情報をまとめていく。
しかしながら治療の一切は現状までに行われていない可能性が高く、今現在も衰弱の一途をたどっている可能性がある。ともオーレリウスは付け加える。
契約者の生命力の強さは並大抵の人間をはるかに凌駕するとはいえ、不老不死ではない。
死ぬときは死ぬものだ。
オーレリウスはミュレの脱出計画を聞きながら並行してそれらの情報を反芻する。
ミュレはオーレリウスから聞き出した情報をよそに監禁場所のあたりをつけながらもより自然な脱出計画を練る。
二者二様に、お互いの問題をお互い並行して考えている。
一般的に一つの思考運動に比べ、複数の思考運動を行う場合それぞれの解決能力は大幅に落ちるとされている。
しかしながら時間がない。だからこうするほかないのだ。
双方の情報を、双方の分野で解析し、解明する。
そのうえで次に打つ一手を決めなければいけない。
明日にはオーレリウスの略式裁判が行われる。二人は静かに、それでいて考えうる状況に対して可能な限りの一手を思索する。
「略式裁判は、誰か付き添う奴がいるのか?」
虚空を見ながら、オーレリウスが尋ねる。
ミュレは頷いて肯定する。
当日の裁判には立会人がいる。ちなみにミュレではないらしい。
「で、あるならバックアップの削除は危ないんじゃねぇのか?メインデータの不備を疑ってバックアップデータを調べたりすればすぐにわかるじゃねぇか」
オーレリウスの発言に、ミュレはペンを回しながら返答する。
「本来の計画であるのなら、削除してもよかったのよ。本来その日の立会人は私だったのだから」
その場合バックアップデータを削除し当日適当に改ざんした情報を用いればよい。
獣に追われて逃げおおせた哀れな旅人。
とでも書いておけば犯罪者から一転して保護対象である。不法侵入に関して情状酌量が適応され僅かな罰金と厳重注意喚起で事が済む。どうせあの黒竜もいるのだし信憑性をあげることは造作もない。
そのつもりで行動していたミュレだったが思わぬ誤算が入った。先の試験で行ったカンニング行為の露見未遂に際して、総合獣学の授業を行うことになってしまったのだ。
カンニングのほうは何とかなったらしいが、授業のほうはそうもいかないらしく当日の立会人は別のものが立てられることとなってしまった。
これにより、消すだけ消して後は雲隠れ。とはいかなくなってしまった。
より良い嘘を論理だてて立証させる必要がある。
雲で羊毛を編めといわれているような気分だ。
また、同居人が何かしら一枚噛んでいるのではないか?という疑念をミュレが持っている。
昨日の会話からアメリアはミュレの手帳を手にしたのち、中身を読んだと思われる。
夜に死体を埋めに行ったグループの情報は、オーレリウスより伝えられた。
ミュレはその情報では細かな個人の特性は出来なかったものの、当日の夜間警備任務にあたっていた生徒の誰かが起点になると睨んでいる。
深夜にシャベルと死体を担いで移動するためには相当注意を払って移動する必要がある。もし当日の夜間警備任務に就いていた生徒の内誰かがそのグループに所属していた場合、出入りの際に何かしら行動を起こせる。
それであれば、当日の夜間警備任務に就いていた生徒を確認すればいい。
オーレリウスはこう加える。
「もし俺が似たような状況なら、地下を使う。なるべく見られずに移動したいと思うはずだ」
その発言にミュレが笑って付け加える。
「スクールに地下の出入り口はないわよ。倉庫やあんたたちがいる留置所、そのほかいくつもあるけどもどこも繋がっていないし、下水道には対獣用のここの柵よりもずっと頑丈なものが使用されているのよ?入るも出るも無理よ」
ミュレが嘲るような笑みを浮かべたようにオーレリウスは感じたが、気にせず話を続けた。
「ま、とにかく連中は何らかの方法でスクールの連中から逃れるように移動をしているのは確定だろう。お前が言うところの夜間警備任務に就いていた奴をあたるのも悪くはないな」
そういいながら何かを指で書くような仕草を取るオーレリウス。その動きにが気になったのかミュレが「なにやってんの?」と尋ねる。
「手癖みたいなもんさ」とだけ答えるオーレリウス。ミュレもそれ以上は言葉を重ねなかった。
流石は学園。スクールの総本山が一角であるとオーレリウスは思った。
ストルムと大暴れすることはできるが、それで依頼対象を失う訳にもいかない。撃ち込んだ雷槍に巻き込まれたとあっては目も当てられない。
ミュレの話を聞く限り、アメリアという少女が鍵となっていることは明白である。彼女は間違いなくこの件に何かかかわっている。それが主体的か流動的にかという差でしかない。
またその中で、懐かしい名前も聞いた。
トーマス・ラルドフリック。
あの帝国一のトラブルメイカーであり、トラブルシューターであった男はオーレリウスにレイジ・オブ・ハートを渡した張本人である。結局歩兵用携行火器時期生産コンペティションに落ちたのち、紆余曲折あってトーマス本人の「趣味」に付き合う形で今でもオーレリウスが使用していた。という訳である。
一国の軍人に「趣味」を付き合わせるために不良品を握らせるような奴ではあったがその不良品に救われた命がないわけでもない。
あれはあれで、今ではオーレリウスの腕の中にしっかりと手慣れた重さとしてしみついてしまった。
アイツは、そこまで考えていたのだろうか?
「いや、たぶんないな」
急に、オーレリウスはタバコが吸いたくなった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ミュレはオーレリウスと離れたのち、かつて自分がまとめた彼の嘘まみれの調査資料を広げていた。
この後、数日にわたって行われる総合獣学の講師として講義の時間を迎えるわけだが、それまでにできることはやっておきたかった。
削除しようとしたバックアップデータ。その中にも記されている眼前の情報を見やる。
このままでは、遅かれ早かれオーレリウスはどこかの段階で契約者であることが露見しミュレの命が再び脅かされることになる。
そのためには裁判でつつがなく、それでいて小さな罪状で済ませる必要がある。
必要な情報を、必要な嘘を。まるでケーキを作るようにきっちりとした分量でまとめ上げていく。
オーレリウスから持ち出された提案に、ミュレは思わず訝しんでしまったが。
それでも、それなら。
「使えない手じゃない」
そう考えることにした。
手早く資料を作り、文章をまとめていく。
いかにしてあの哀れな旅人が学園の管轄区域へと逃げる羽目になったのか。
呑気に魚を捕るなどしてその領域から出たがらなかったのか。
整合性のある嘘の中に、真実のスパイスを練り合わせていく。本当に価値のあるものを作るのであるなら本来この配分は逆であるが。砂糖菓子の兎を野で跳ねさせるように見せればいい。
そのためには狩人が必要になる。兎を狩る狩人が。
ミュレはすべてをまとめ終わると、早速行動に出る。
向かう場所はいくつもあるが、講義開始までにどこまで回り切れるのだろうか。
いよいよ、佳境である。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「分かった。そのように伝えておく」
そういってミュレに何かを伝えられた女生徒がそそくさとその場を去っていく。
顔持ちはどこか険しく、危機感に満ちていた。
ミュレは近くにあったベンチに腰掛け、ため息をついた。
ここに来るまでに明日の朝番で清掃を行うメインサーバールームの傍までやってくる。
扉には頑丈な閂と、施錠用の結界が施されている。この両方を同時に解除しなければ本来入ることができない。そう、本来ならば。
そこで出てくるのが朝番の清掃である。この日ともなれば教職員の監視付きとはいえ、難攻不落の門は生徒を受け入れるために開かれる。
清掃の合間を縫ってサーバー内へ侵入。必要なバックアップ情報を検索し、添削を行う。
場合によってはオーレリウス、基「赫四眼の髑髏面」が引き起こした犯罪歴を電子の奥底へと投げ捨ててしまおうとも考えた。アイツに売れる恩は大きいほうが良い。しかしこればかりは「できれば」に留めて置いたほうがよいだろう。最近崩されてばかりだが、足場は固めに保っておくこと、なるべく背伸びしすぎないことに越したことはない。
そうとなれば必要となってくる道具がある。
ミュレはその場所へとそれがあるかを確認するために歩み出した時である。
ふと、声をかけられた。
振り返ると、そこにはヘメリックがいた。その瞳は赤々としていて、氷のように冷たかった。つまりいつも通りの視線でミュレを見ていた。
なぜ?という疑問とともに警戒する。
これまでの事から結果的にミュレはヘメリックに色々な意味で目をつけられている。
いや、助手にするという言葉があの時に出てきたブラックジョークではない限り相当前から何らかの形で目をつけられていることにはなる。
「何か、ご用ですか?ヘメリック教諭」
そう問いかけるミュレに対し、当のヘメリックは普段と変わらぬ表情でこう答える。
「それは、こちらのセリフだミュレ。お前こそなんでここにいる?ここは用がない時に来るような場所ではないだろうに」
当然の答えにミュレははにかむ様子で答える。
「わたし、嫌われているようでして」
だろうなと答えるヘメリックにここから殴りかかっても大丈夫だろうかと一瞬ミュレが考えてしまったところで、ヘメリックは歩き出す。
「今日の講義で使う資料を取りに行く。ついてこい」
そういわれて、ミュレはついていくことにした。なぜなら今からミュレもまた、資料室へと向かうところであったからだ。
学園には授業で使う資料や教材を保管・管理する資料室がいくつも存在している。
ヘメリックとともにやってきた第二資料室もまた、そういう場所であった。
ドアを開けると熟成された埃の匂いとともに薄暗い大部屋の中を所狭しと並べられた本棚に詰め込まれた大量の資料。陳列棚の中や床にまるでお菓子の詰め合わせのように敷き詰められたいくつもの機械や魔法の道具。
そのほかミュレすらも何に使うのかさっぱりわからないものや奥のほうで明らかに埃をかぶっているものなど歴史と埃が積み重なっている場所が資料室である。
「全く、朝番の連中は何をやっているのか。相変わらずここは汚いな」
そういい、手袋を装着し始めるヘメリック。ミュレの分はないらしい。
ミュレもまた自分の手袋を装着する。綺麗好きだが潔癖症ほどではない。
感心している様子のヘメリックをよそに、ミュレは入り口横に設置されている台車を引き資料を探し始める。
手袋を使っている理由はほかでもない。今回拝借するそれになるべく自分の痕跡を残したくないという心理的なものが含まれている。後は純粋に、それはきっと埃にまみれているだろうという確信があったからだ。
作業を始めてすぐに、どうせならマスクも持ってくるべきだったとミュレは後悔する。本を抜き取り、教材を台車へと乗っけるたびに舞い上がる埃で喉の奥がひりひりと痛みを発し始めていた。悪戦苦闘しながらもミュレは目当ての品を探すもののそれがなかなか見つからない。
「おかしい、確かこの辺に…」ときょろきょろと探しているミュレに対し、手袋にマスク、ゴーグルに頭巾。エプロンまで装着している完全装備のヘメリックが声をかける。
冷徹なその声がなければ、もはや業者である。手にハタキを持っていればもうそれにしか見えなくなる。
そういってミュレがやってくると、ヘメリックが次々と台車に資料を乗せていく。
「で、お前は何をさっきから探している?」
ぎくりとしたミュレであったが、何とか平静を装う。
「いえ、アメリアにも分かりやすい資料や教材があればと思いまして」
「あれに分かりやすくか…」とヘメリックが逡巡したのち、一冊の本をミュレに手渡す。
その拍子を見て、思わずミュレは笑いそうになった。
「ヘメリック教諭。流石に彼女がかわいそうですよ」
そういいながら、空いている棚に「児童向け説話集」を押し込むと、ふとその視線の先に確かに埃をかぶっているそれがあった。
構造上、微弱な電波を発し続けるそれはまるで意中のない男さえも引き寄せるがごとく埃をかき集めてしまう。授業のたびにミュレ達は顔をしかめながらそれを…「エンジェル・スリーパー」を使ったものだ。
懐かしむような気持になりながら、ミュレはこっそりとそれが雑多に詰められた箱の中から一つ拝借する。
埃をかぶったままのそれを制服の裏ポケットへ突っ込むと、ヘメリックとともに資料室を後にするのだった。




