オーレリウス・ベルベッドという敗残兵④
腕を抑え呻く男に駆けよるもう一人の男。
無残にも破壊された猟銃と、先ほど引き金を絞ったこの男。その双方を見ながら男は戦慄する。
一体、何を使えばこうなるんだ、と。
そして、あの冒険者は一体何を見つけたというのか。
…男は、愚かではなかった。
即座にその自体を察知すると、ランタンを片手に駆けだす。
血を流す少女の傍で、まるでその子を護るように抱きかかえている少女。
小綺麗にカットされたセミロングの藍色の髪は雨と泥でじっとりと汚れている。
オーレリウスはダンダリアンをイノシシに構える。今度はあらかじめ撃鉄を引く余裕はない。
左手に握られた銃の引き金を絞る。
撃鉄が雷管を叩き、風属性の風圧と火属性の炸裂が生み出す属性の混成により発生する強烈な反動を、銃そのものの重量と、己の左腕一本で抑え込む。
魔獣の檻を揺さぶり、50口径の獣が咆哮を上げイノシシの頭蓋を嚙み砕く。
森全体を響かせるほどの炸裂音に藍色の髪を持つ少女はびくりと身をすくめる。
次の瞬間。一匹のイノシシがその場に倒れる。
そしてそれ以外といえば、まるで蜘蛛の子を散らすようにその場から退散していった。
即座にダンダリアンを旅装の内に隠すと、オーレリウスは少女たちへ駆け寄った。
「大丈夫…ではないな」
急に闇夜より現れた火傷跡の男をみれば、誰だって恐怖の一つや二つは感じるだろう。
少女が悲鳴を上げたと同時に、先ほどの乱痴気騒ぎを収めようとした方の村人がランタン片手に立ってきてくれたようだった。
「おい、ミュル!…アナ!」
駆けよる村人。
血を流して倒れている方は、「アナ」という少女でありもう片方の少女、藍色の髪を持つこの少女の名は「ミュル」というらしい。
だが今この状況においては、そんなことなぞどうでもよかった。
「おい、あんた」
駈けつけてくれた村人へオーレリウスは声をかける。
「村に医者はいるか?」
その問いに、村人は答える。
「村の外れに、薬草に詳しいばあさんがいる。だが、この怪我じゃ…」
そういい終わるか否か、オーレリウスは「アナ」という少女を「ミュル」という少女から離し、自身が背負う。
「村はずれだな。今は彼女の生命力に賭けるしかねぇさ」
そういって、オーレリウスは闇の中へと駆けだす。
後ろで村人が制止する中、オーレリウスは駆けだす。
あの男の話は、誰も聞く耳持たれねぇな。と内心ほくそ笑む。
呻いていた方の村人がやっと起き上がって来た時、闇夜より恨めしい紫水晶の双眸が姿を現すが、瞬間そのブーツで顔面を踏み抜かれ、再び地面へ叩きつけられるということがあったがオーレリウスは走るのをやめなかった。
小さく、その言葉を唱える。
-「夜目」-
-「疾風」-
-「俊走」-
-「付与:拝瞳」-
「ちょいと飛ばすぜ、御姫様」
その声とともに、オーレリウスは山をまるでつむじ風のように降りていく。
その紫水晶の瞳にはいくつもの水晶体が生成されており、まるで双眼鏡のように遠くにある村を捉える。皮肉にも今のオーレリウスの瞳はまさに化け物のそれと化している。
その視界はまるで昼のように明るく、足元にある石ころ一つも見逃すことはない。
ミュレと村人二人がやっと村へ戻ってきたときには、薬師である老婆宅のドアを容赦なく蹴破ったであろう「足跡」を見ることとなったのだった。
「全く、夜は静かにするもんさね」
ドアを修理するオーレリウスの背中へ、くどくどと老婆が説教をしながらも慣れた手つきで治療を施していく。
「そろそろ寝ようかと思った矢先にドアが暖炉へ突っ込んだ日には、いよいよ我が家が薪になるものかと思ったがねぇ。まさか脚でノックをする馬鹿がいるとは思わなんだよ」
老婆の一言一言がオーレリウスの背中へ棘のように刺さる。
「仕方ねぇだろ、婆さん。両腕が塞がってたんだよ。それに寝ている人間を起こすのなら、勢いがあったほうが目覚めもいいってね」
「あぁ、あぁ。それはお優しいこと。おかげさまであの世で目覚めるかと思ったわいな」
オーレリウスの持っていた魔女癒しをはじめ、いくつもの薬草を調合した塗り薬をアナと呼ばれた少女へ身体を綺麗に拭いた後に塗りつけていく。
おかげでオーレリウスは目隠ししながらでドアの施工を行う羽目になっていた。
「それで、その娘は大丈夫そうなのか?」
オーレリウスは手探りでドアの留め具を探しながら老婆へ訪ねる。
「この娘次第だよ。まぁ、やれることはやるがねぇ」
いくばくもしない間に治療が完了し、オーレリウスはやっと眼を使っての作業を行うことが許可された。
家の外装に似つかわしくないほど新しいドアの向こう、夜の月夜が照らす中で、老婆と村人たちが話し合っていた。
「それで、アナの様子は?」
口を開いた村人へ、現実を伝える老婆。淡々としている中に苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「…正直、厳しいね。アナのわき腹にイノシシの牙が突き刺さっていた跡がある。出血が酷い上に長いこと泥の中にいたせいで傷口の状態も芳しくない」
老婆がそういって、天に輝く月を見てため息をこぼす。
「今晩、腹ぁ括っておいたほうが良いね」
落胆する村人たちを尻目に、オーレリウスは離れた場所からその会話を聞きながら、『相棒』と会話をしていた。
(よぉ、ノロマ。イノシシは見つかったか?)
頭の中で声を作る。そんなイメージでストルム・ブリンガへメッセージを伝えると
⦅やぁ、芋虫大好きな我が相棒よ。こっちはまずまずだな⦆
オーレリウスも苦虫を嚙み潰したような顔になる。頭の中で肉を貪るような音が環境音のごとく鳴り響く。
(ちょいと不味いことになった。ワンチャン依頼を放棄して今晩の内に逃げたほうがいいかもな)
⦅…相変わらず、トラブルに好かれる男だな。今度はなんだ?また知らない女に添い遂げろって包丁突き付けられたか?⦆
(お前が酒を飲んで宿を破壊したときよりはまだましな案件だな。まぁ、人命救助のつもりとはいえ…人前でダンダリアンを抜いた。ついでに「魔法」を幾つか使った)
一瞬の間が開いた。
⦅ずいぶんご機嫌なトラブルだな。縛られて目の前にギロチンはあるか?⦆
(まだそこまでは…だが時間の問題かもな。いつ村人総出で斧片手に俺の首をもぎ取りに来るかわからなくなった)
⦅おいおい、俺はまだ腹三分も食ってねぇんだぞ?⦆
(俺は腹一部も食ってねぇよ)
⦅とにかく分かった。集合場所はあそこでいいよな?⦆
あそこ‥‥‥テントを設置したあの地点である。
(問題ない。早めに合流する)
⦅頼むから死ぬなよ?お前と一緒に地獄旅行はする気ないんでな。一緒に逝くなら美人のネーチャンとがいいぜ俺は⦆
(そんな甲斐性のある女がいるかボケ。とっとと行け)
さて、逃げるのなら荷物を回収する必要がある。
そう思い、小屋へと歩みを進めたときだ。
家の裏、そこにその少女が立っていた。月夜に照らされた藍色の髪を持つ少女。
改めてみると年齢としてはまだ10を超えて幾何というところだろうか。
そんな少女、確か…。
「ミュレ、とか言ったか。どうした?」
オーレリウスはその少女へ声をかけた。
その少女の口から、痛い言葉が飛び出してくる。
「貴方、帝国兵なんでしょ?」
思わずミュレの口を覆うようにして遮るオーレリウス。
「…仮にそうでなかったとしても、この状況では俺の首が飛びかねないとんでもない言いがかりだな」
眉根を寄せるオーレリウスに怖気づくことなく少女は続ける。
但し、口を覆われているためにふがふがとしか聞こえない。
「もうちょっと小声で頼む」
そういって手を放すと、ミュレは改めて話し始める。
「だってあなた、あんな拳銃を使う人なんて見たことないし、アナを背負ってまるで風みたいに山を下りて行ったでしょ?そんなことできるのは、竜か禍つ獣を除けば帝国兵だけですもの」
自らの知識をひけらかすように、自慢げに人の痛いところをついてくるミュレという少女。
「帝国兵だって、普通の人間もいたかもしれないぞ?」ちなみにこれは本当である。
考えても見てほしいが、帝国兵全員が竜騎兵であるのなら食糧事情で人の手を借りずとも勝手に滅んでいる。
「でも、貴方は普通ではない。少なくともね」
言いがかりも甚だしい。
いよいよ構っていられないと判断したオーレリウスは無視して荷物を取りに以降とすると、その腕をミュレに引っ張られる。
「何すんだよ」
そういうオーレリウスの意も介さずに、少女は続ける。
「貴方、『魔法』が使えるんでしょ?少なくとも「風魔法」は使えるみたいね。なら、アナを助けてよ!何か、手があるんでしょ?」
「お前、なんでそのことを」
オーレリウスは閉口してしまった。
魔法、それは「竜魔法」を端に発する技術体系の総称である。
この世界には「火」「水」「土」「風」という「循環4元素」
その元素を包むようにして「光」「闇」の「輪廻2元素」
さらに天と地を表す「雷」「マナ」「混沌」の「根源3元素」
にて構成されているが、このうち「マナ」という元素を変換及び、発揮することにより
循環4元素
輪廻2元素
根源3元素
これ等を自らの手で使用することが可能となる事を指す。
また、各魔法には「階位」と呼ばれるものが存在し、階位の数字が大きいほど高位の魔法とされている。
オーレリウスが使用できる魔法は『竜魔法』及び『変異魔法』。
これらは、かつて帝国で開発が進められていた魔法である。
『竜魔法』は、循環4元素及び「雷」属性を使用する魔法カテゴリでありマナを各属性へ変換・発揮することで上位の魔法であれば天候操作さえも可能となる。
『変異魔法』は根源3元素の内「混沌」属性である自身や他の対象の形状・性質変化を生み出す魔法である。
先ほど使用した魔法で例えるのならば
「夜目」は「竜魔法第二階位」に属する雷属性魔法。眼球の受信情報を調整することで視界内の暗闇を通常日中で視認できる光度に調整することができる。
「疾風」は「竜魔法第二階位」に属する風属性魔法。自身の脚に風を纏わせ大地を滑るように移動することができる。
「俊走」は「変異魔法第二階位」に属する混沌魔法。自身の脚そのものを強化することで素早く移動することが可能となる。
「付与:拝瞳」は「変異魔法第一階位」に属する混沌魔法。自分の瞳そのものに複数の水晶体を生みだし、望遠鏡のような機能を持たせることができる。
少なくともこのミュレという少女は、オーレリウスが使用した魔法の内「疾風」を見抜いたというのだ。
(なんとも、胆の座ったガキだこって…)
感心するべきか警戒するべきか。オーレリウスが決めあぐねているとミュレは再びオーレリウスへ話しかける。
「お願いよ!あなたならなんとかできるんでしょ?」
そういって老婆の小屋の方へオーレリウスを引っ張ろうとするミュレを一旦振りほどき
「どうして、そこまでできる?仮に俺が帝国兵だとして、かつ魔法の心得があるとしてそこまですがれる理由は何だ?」
オーレリウスが持っている「常識」としてみれば、このミュレという少女はなかなかの異端思想である。
殺すか殺されるか。基本どっちかの側にしか立てない人間。そう思っていた。
なのに、今や帝国兵だということを見抜かれたうえでそんな人間に助けを乞うものがいる。
このメルカッタという世界において、ある意味では殺されても仕方のない類の人間とでもいうのだろうか。
オーレリウスの問いに、ミュレは語り始める。
ミュレは元々この村の住民ではなかったのだという。
この村へ移住した際「ヒュンドラの蝙蝠」による襲撃によってアナ以外の家族を失い以降村長のところで世話になっているのだという。そしてアナは自分の一つ下の子であり、自分を姉のように慕ってくれていた。村長の家族もまた自分を必要以上に憐れむことはなく、家族として扱ってくれていた。
そんな自分がアナを守ることができずに、彼女を失うなんてできない。
あの家族に恩を仇で返す様な真似はできない。
そのためなら自分の魂を悪魔に売ってでもいい。この件で村を追いだされてもいい。
アナを救ってあげたい。
ただその純粋な思いが、彼女を突き動かしているのであった。
期間にしてみれば長い付き合いとも言い切れないはずの関係の相手へ、そこまでの義理を持つとは…まだ覚悟も知らぬような少女でありながら相当正義感の強い性格なのかもしれない。阿保ほど義理堅い、ともいえるのだろうか。
そんな折、頭の中で声が聞こえる。
⦅助けてやれよ。オーレリウス⦆
ストルムが声をかける。
(そんな義理がこっちにはないってのは、お前もわかってるだろうが)
オーレリウスとしてはこれ以上自身の正体をひけらかしかねないこの少女を殺す必要もあるかもしれないと思い始めていたころだ。
⦅だが、世話になった相手へそこまでの出来るか普通。イカレてんだよ、この女。親が死んだときに何かが壊れちまったのかもな。でも、俺好みの壊れ方をしている⦆
(いい趣味してやがんな)
⦅こいつは、将来イイ女になるぜ。この女が将来どうなるか見たくなった⦆
ため息をつくオーレリウス。
そんな様子を見たミュレは、もう一つ。とだけ自分の人差し指を口に当てながらオーレリウスへ話を続ける。
「もし、アナを助けてくれるのならば。あのとき出会った大きなイノシシの話をするわよ。あなたは、薪割りの依頼に来たんじゃなくって…あれを狩るついでに薪割りの依頼を受けたのではないでしょうか」
その言葉は、哀れな一人の帝国兵を釣り上げるには十分な「餌」であった。




