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この世に潜む亡霊たち⑮

 一瞬の沈黙。

 ごく僅かな静寂だが、ミュレと、ヘメリックは意図しない来訪者に対し呆気を取られた。


 そして、ヘメリックの意識は先ほどアメリアが発した言葉を確かに受け取っていた。

 「お前が、教えた。だと?」


 ミュレの手背に押し付けられていた杖をヘメリックはアメリアへとむける。


 「どこで、知った」

 

 ヘメリックの声が、低くなっていく。氷のような声がアメリアへと突き刺さる。

 とうにアメリアは吹雪にあてられぶるぶると震える小動物のように脚が戦慄(おのの)きながらも持っているバッグから大層な革装丁の本を取り出す。

 その本には題名はない。赤色の革で整えられた分厚い辞典のような本ではある。ヘメリックはそれを杖の一振りで引き寄せると、手に取って中身を開く。


 そして、納得したような声を出す。

 「…成程、トーマス・ラルドフリックの研究資料か。だがこいつは…」


 そういうと再び杖を振る。杖の先から青白い光が線となり文字を記すと、アメリアの体は壁に貼り付けられたかのように叩きつけられる。


 衝撃に呻くアメリアへと歩み寄るヘメリック。その姿はさながら獣を追い立てる狩人のようであった。


 「帝国時代の魔法を記した、禁書指定の代物だ。持ち出しはおろか、閲覧すら行えないはずのものを…なぜおまえが持っている。」


 トーマス・ラルドフリック。ミュレでなくとも、スクールの学生であれば知らぬものなどいない。


 帝国が存在した時代、「解法者(ソリューソナー)ルアロ」とともに領域魔法を完成させるだけではなく今ミュレ達が使用している「杖」を使用した魔法行使の技術を確立させるなど当時の帝国においても有数の発明王であり、高度な機械工学を納めた天才であったとされている。


 現在スクールが使用している魔法や技術の多くにも携わっており、かつて帝国との戦争が起こっていた時代、彼の研究ラボの一つより得たこれらの技術はその戦争の情勢を結果的にひっくり返してしまった。とされるほどである。


 だが、そんな天才が記した研究資料ともなれば確かにアメリアが持っていること自体おかしい。


 「説明、してもらおうか?アメリア・スコルティス」


 その静かな、冷たい眼圧がアメリアへと向けられる。当の本人は今にも卒倒しそうなほど青ざめているものの、それでも言葉を紡ぎ始めた。


 アメリアが言うには、図書館へと赴いた際に禁書保管庫へ侵入するという()()を行ったというのだ。彼女たちのグループは一人づつ禁書保管庫へと赴き、そこに到達したという証拠として何かしら書物を一つ持って帰る。というものであった。


 当然、いくつものセキュリティがその行く手を阻むはずであるが、どうやらそのうちの一人がこれを達成し、禁書を一つ持ち出すことに成功したというのだ。


 とはいえ、見つかれたただでは済まない。あそこの管理は来るものをすべて拒むという形でのみ行われるのでばれなければいい。というわけでそのグループの下っ端であったアメリアがこの本を隠し持つこととなったのだ。

 体の良い生贄ともいえるのだが、なんというかいろいろ杜撰であった。


 ヘメリックが眉根を寄せる。奇跡は起こすもの。などという言葉があるがこういうところで起こすこともないだろうに。という顔だ。


 「つまり、お前はその時持ちだした本を用いてミュレにこの魔法を使用したというわけだな」


 「…はい。ここ最近ミュレちゃんは夜更かしが多く転寝(うたたね)していることもあったので、その際にこっそりと」


 実際のところ、ミュレは転寝などしている余裕もない数日間ではあったが、話がややこしくなるので黙っておくことにした。


 「あのテスト当日に、ミュレが急性マナ過活性障害を発症した理由はお前が記した禁書指定の魔法刻印が偶発的な発動をしたことによる結果。といいたいのか?」


 というヘメリックの問いに、首を振るアメリア。


 「私はちょっとした悪戯心で使用したものです。発動方式までは…その、頭が回らなくて…」


 ヘメリックはアメリアへと歩みより、そして


 ぱん。とその頬をたたく。


 アメリアの頬が赤くなり、その顔を涙が伝う。


 「急性マナ過活性障害は、時に命に係わる症状だ。お前は悪戯のつもりであったろうがその結果人を殺しかけたのだ。反省では済まされないのは解っているな?」


 先ほどまで氷のような視線は溶けて消え、その瞳の色と同じ程の赤々とした怒りの声色がにじんでいる。


 「はい…ごめんなさい」


 「その謝罪は、私に向けるものではないだろう」


 今にも泣きだしそうになるアメリアを地面に下ろし、ミュレへと向く。


 そうして、ヘメリックはミュレに問いかける。


 「お前は、どこまで知っていた?」


 ミュレはその言葉へ返答する。


 「アメリアの悪戯には気が付いておりました。ですが悪意がないことは解っておりました、何より」


 「何より?」

 ヘメリックの返答に、笑って返すミュレ。


 「折角の魔法であるなら、どのような効力を持つものなのか知りたくなってしまいましたので、アメリアが寝ている隙に、私も読みました」


 ―友人とその真偽を確かめるために―


 ここまで嘘しか並べられてはいない。だが、よりそれらしさを出すためにミュレとともに自身も罪をかぶることにした。

 何よりどういう訳か同室の友人が自分から生贄になるのが解らなかったが、ただ助けられるのは癪だったからだ。


 もとより自分が犯したミスであり、自分のせいなのだから。


 ヘメリックはその答えに納得したように、ミュレの頬も叩く。


 「大した友情だが、命を懸けるような真似をするんじゃない。飛竜兵が命を懸けるのは国と国民に対してであり、同じ飛竜兵に対してではない」


 ヘメリックは何かを察したのか、それとも怒りからなのかそれ以上問うことはしなかった。


 ただ一言、「明日の補習にはしっかり出席するように」とだけ教室を離れる二人へと声をかけるのみであった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


自室へと戻ったミュレとアメリア。

 アメリアはベッドへ背中から倒れこみ「疲れたぁ」と気の抜けた声を発する。

 ミュレはそんなアメリアへ馬乗りになると、胸倉を掴む。


 「どうして、あんなことをしたの!」

 そうなのだ。

 全部、自分のせいなのだ。

 自分が問われるべき罪状の半分を目の前の女が持って行ったのだ。

 これを友情と片付けるほど、アメリアを親友だとミュレは思っていない。

 

 「…友達だから、ってのはダメ?」


 アメリアから出てきた言葉はミュレの怒りをより大きくするだけだった。


 「ふざけないで」ぴしゃりと言い放つとミュレは続ける。


 「答えて。どうして…あんなことをしたの?」

 

 放っておけばよかったのだ。

 少なくともアメリアにとって損にはならない。

 そもそも、関係のない話であるはずなのだ。


 それなのに、アメリアはミュレを庇ったのだ。

 嘘に嘘を重ねて、ヘメリックからいらぬ叱責を受けてなお彼女は同室の女を助けたのだ。


 静寂が二人の間に差し込まれたのち、先に口を開いたのはアメリアであった。


 「大丈夫だよミュレちゃん。私は、大丈夫だから」


 「アメリア、何を言って…」

 その言葉を遮るように、アメリアは続ける。

 

 「だから、もういいの。ミュレちゃん。お願いだから」

 そういうと、彼女のポケットから取り出されたのは…手帳であった。


 良く見慣れた手帳。表紙が擦り切れているがミュレにとってお気に入りのその手帳がアメリアに握られていた。


 「あんた…これ……」


 以前一度、これの行方をアメリアに尋ねた際彼女は知らないと答えたはず。

 その手帳が、その女の手の内にあったのだ。


 「ミュレちゃん…お願い。もうやめて」


 「……何に対して言っているのよ」


 その問いに、アメリアは答えなかった。


 ミュレは、頭を抱える。存外落とした鍵は往々にして近くにあるものだ。


 アメリアから手帳をひったくるように奪い返すと自分のベッドに戻るミュレ。

 

 そしてそのまま、ベッドに横になる。

 心の中がシチューのようにぐちゃぐちゃに混ぜられていくような感覚に襲われる。


 何が何だか分からなくなっていた。

 ミュレは、明日に備えてただ眠ることにしたのだった。


 たまりにたまった疲れが、皮肉にも彼女をすぐに眠りの世界へといざなっていった。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 夜の中、オオカミは闇を見ていた。


 自分の契約者を想いながら闇を見ていた。


 群れで動く自分たちは契約者たちとは別行動をとっていた。

 合流ポイントで集合したのち、移動を再開するという計画であったのだがどこからともなくやってきたあの青い飛竜にまたがる少女たちによって群れが蹂躙され四方へ散り散りになってしまったのだ。


 その結果、自分はここにいる。

 その結果、自分以外はここにはいない。


 さみしくない、といえば嘘になる。今でもこの闇の奥から声が聞こえるような気がしてならない。その声を呼ぶものが例えまやかしの類であってもそちらに行ってしまいそうなほどオオカミは孤独であった。


 そんなオオカミの背より、空間が歪んだように一匹の黒竜が姿を現す。

 竜はオオカミの傍へ寄り添うように座り込むと、オオカミのほうを見やる。

 

 「やっぱ、さみしいか?」


 竜は、契約をしていた。本来声を交わすこともない竜とオオカミは、契約した人の言葉で会話をする。


 「そりゃぁ、気が気じゃないっすからね」


 ストルムはそのオオカミの内に潜む心細さを感じることはない。あくまで他人事。

 その悲しみを共感してやれるほどの感受性は持ち合わせていない。

 だが、それでも傍にいてやることにした。


 共感はできないが、理解はしてやることができる。

 そんな折だ。


 ストルムは再び虚空へと消え去ると、オオカミへ念話を飛ばす。


 隠れろ、と。


 オオカミはそそくさとその身を茂みへと隠すと、数人の少女たちが姿を現す。


 何か大きな荷物を何人かで抱えている。


 少女兵たちはその場に何もいないことを確認するように周囲を見回す。

 そして数人がかりでシャベルで土が掘りぬかれていく。


 出来た大穴へと何かを放り投げると、その上に先ほどの土を被せていく。

 しっかりと埋まり切ったことを確認すると足早に姿を消してしまった。


 

 誰の気配も感じなくなったころ、オオカミは茂みより姿を現す。

 どういう訳か、少女兵たちは領域魔法を使用しなかった。それが何を意味するのかはオオカミの知るところではなかったし、興味は先ほど埋められた何かに向けられていたからである。


 「ストルムさん、これって…」


 ⦅ちょっとどいてろ⦆


 言われるがままにオオカミがその場より離れると、再び現れたストルムが前足を器用に使い土を掘り始めた。

 再び土が掘りぬかれ、掻き分けられていく。


 なるべく静かに、音もなく。

 そうしてかなりの深さを掘り上げた時、それが顔を出した。


 それは男の死体であった。ストルムを通してオーレリウスが確認する。

 死後幾ばくも経っていない様子であった。


 オオカミは小さく悲鳴を上げると、改めてその男を見る。


 男は腹部に複数の貫通痕が存在していた。おそらく風か水の射出魔法を受けたものによるものだろうか。


 オオカミはその哀れな死体が誰なのかを知っていた。曰く「運転手の男」とのことだ。


 レタック・アムル。


 案内役の男は飛竜兵の魔法を受けて傷を負った。


 その後、何の治療も受けることなく衰弱か失血による死亡を迎えたようである。

 (いよいよ確定だな)


 ⦅治療を施さないってどんだけだよ。アイツら血も涙のねぇのかよ⦆

 ストルムの憤りを無視し、オーレリウスは思案する。


 魔法が使えない状況に陥った際の治療器具や薬品がスクールにないとは思えない。また連中の魔法には治癒を施せる魔法もあるはずだ。それなのにそれをやらなかったということは…。


 施す価値もないと思われているか

 医薬品の損耗により怪しまれることを避けるため、また魔法の行使による発覚を恐れてのことか。


 なんにせよ、依頼対象はスクールの中にいることが確定した。

 そして案外時間がない可能性が浮上した。


 (ストルム)

 ⦅なんだよ、相棒⦆


 (あのオオカミ、何か隠しているとは思わないか?)

 ⦅なんだよ。今そういうこと言ってる場合じゃ⦆


 一旦落ち着け、とオーレリウスはストルムをなだめると疑問を念話で飛ばす。


 おかしいのだ。そもそもが。


 飛竜兵が契約者をスクールの中に軟禁する。

 なぜ?

 契約者そのものが目当てであるのか?ではなぜ。

 オーレリウスたち契約者はこの世界にとって化け物であり、生かす意味はない。

 殺して当然。誰も心を痛める必要はない。

 人の形をしているだけであり、人ではないのだから。


 それ以外の何かがあるとしてそれはオーレリウスは当然知らない。

 契約者をスクールの中に押しとどめる理由。


 オオカミが、何か知っているかもしれない。と考えるのは至極当然のことではある。


⦅そう考えることもできるがよ。考えすぎじゃねぇか?⦆


(案外そうとも言い切れない。少なくともこの状況は些かおかしすぎるんだよ)


 こんな深夜に人目をはばかって、しかも魔法を使わずシャベルで穴を掘る徹底ぶり。


 ここから導き出されることとしては、スクールの中でも限られたグループ内により行われているということ。ほかの平民派や関わりのない教職員にも気づかれないように行われている。と考えることができる。

 スクールの外で下手にある程度の規模を持つ魔法を使えば、それを察知できる何かしらも存在するということだ。


 それだけの慎重さをもって行われているのだ。

 つまり、それ相応にそのグループにとって契約者たちが大事ともいえる。


 「さて、困ったことになった」


 牢の奥で、オーレリウスは頭を掻きむしった。

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