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この世に潜む亡霊たち⑭

 はぁ、と深いため息をついているのはミュレである。


 先輩達につれてこられたのは、てっきり体育館裏とか、空き教室とかそういう釣果を期待していたのだが。

 ヘメリック教諭の研究室前まで連れてこられたとき瞳の色が死んでいくように感じた。


 「なんていうか…大物を期待したらでかい壺を釣った気分ね」


 「何言ってるんだ?ミュレ」

 

 「いいえ、問題ないですよ。先輩」


 などというやり取りののち、ミュレは仕方がなくヘメリック教諭の研究室へと足を踏み入れた。

 よく整理された空間。眼前にある黒板を見やるように並べられた机と椅子。


 そしてその一席ですっかり白く燃え尽きていたルームメイトがいた。

 

 「来たか、ミュレ・アンダーソン」

 相変わらず冷たく赤い瞳がこちらを見やる。見事な紅蓮のロングヘア―。

 ヘメリック教諭が定規を肩に当てていた。


 この様子だと、アメリアは相当こっぴどく()()されたようである。


 「ヘメリック教諭。本日はどのようなご用事で」

 わざわざ複数の生徒たちを使ってまでミュレを探し出して来たのだから相当なことなのだろう。


 これで

 「ルームメイトを連れて帰れ」


 とか言い出されたら、一発くらい殴っても怒られないかしら。と内心ミュレがそう考えていたころに。

 ヘメリックがそれ以上の一撃を言葉でミュレに喰らわせた。


 「明日、お前が私に代わりそいつらに総合獣学を教えてやれ」

 一瞬、何を言われたのか解らなかった。

 なので


 「は?」

 とだけ、ミュレは言葉を発した。


 「そう、だからお前が明日私の代わりに補習授業をやれと言っている」


 「は?」


 「は?じゃない」


 ヘメリックにそう言われたとき癪だがやっとミュレの中で情報が繋がった。


 「いやいやいや、ヘメリック教諭。お言葉ですがどういう意図があって私が授業をしないといけないのですか?」

 そういわれたヘメリックはすごい形相でアメリアを見た。


 「こいつがついに音を上げてな」


 ―ミュレちゃんに教わったほうがずっとわかりやすいんですぅ~!―


 「などと、私を前に(のたま)ったものだらな。そうかそうかと慈悲深い私はお前を呼んだわけだ」


 成程?

 成程。

 そうか、そうか。成程な。


 (……こぉんの、大馬鹿丸メガネがああぁぁぁぁぁ!)

 先輩生徒を含み、ヘメリック並みにすごい形相を浮かべたミュレに皆一歩引いてしまった。

 ただでさえ人生で何度あるかわからない程のハードワークを個人的に抱えているのに、その上でよりによってヘメリックの前で癇癪起こしやがった。


 (冗談はそのサラサラヘアーと顔だけにしやがれよ!)

 とミュレもいよいよ癇癪を起こしそうになりつつも、ヘメリックを前にするとそれよりも自尊心(プライド)のほうが勝ったのかその感情に鉛の如く重い蓋をする。


 「で?そこで気持ちよさそうにくたばっている我がルームメイトの癇癪に、付き合ってあげることにしたわけですか。ヘメリック教諭も存外お優しいと見えますね」


 「そうだろう?当然、私も同席させてもらう。私より解りやすいというその腕前をぜひご教授願いたいものだな。ミュレ・アンダーソン」


 「あらあら。貴賓派のヘメリック教諭には平民派生徒が朝から夕まで蟻のように働いていることをご理解されていないと見えますわね?私、こう見えても忙しいのですよ」

 「その点は問題ない。私の権限でこれから3日間の平民派生徒が行う業務を免除させてもらおう」


 「いいえ、お言葉ですがそれに及びませんわ、ヘメリック教諭。そもそも私がこの話を受けなければ良いだけの話なので」


 ちなみに、オーレリウスの略式裁判が執行されるのが今日から数えて2日後。

 この当日の朝番がミュレが例のメインサーバー周辺の清掃を行う日なのだ。つまり何が何でも朝番に出る必要がある。


 「おや?逃げるとはお前らしくもない」


 ミュレは内心煮え立つものを感じながらもそれは表に出さずあくまでにこやかな様相を崩さずに対応する。

 「いえいえ。私のようなものがヘメリック教諭の代わりなぞ、とても務まるわけがございません。あそこのアホの戯言に付き合うだけお互い時間を無駄にいたしますわ」


 だが、そのミュレをあの氷のような赤い瞳が逃がすことはなかった。


 「残念だな、もう私が決めたことだ。お前には明日から3日間、後ろにいるほかの補修生徒も纏めて面倒を見てもらうぞ」


 これは、もう。


 (終わった…)


 そういうことになってしまった。これだから貴賓派の連中は、どうしてこうも押しが強いのだろうか。


 「明日の補修で行う範囲を説明する。ついてこい」


 奥の個室へと入っていくヘメリックをよそに、ミュレはいまだ白くなっているアメリアのほうへと歩いていく。

 他の生徒にはそれが「羊を前に追い詰めていく化け物」のように見えていた。


 テーブルを強く叩かれた音と衝撃でアメリアがすごい悲鳴を上げて飛び起きた。


 「あ、あ?あ…。ミュレちゃん。迎えに来てくれたの?」

 などといった後、アメリアはミュレの顔を見るなり再び短い悲鳴を上げる。

 

 「アメリア?あなたのおかげで私は、明日から臨時講師として教鞭をふるうことになったから…よろしくね?」


 「あ、あ…そう、なんだぁ。よかったぁ……あの定規を叩く音を聞かずに済むんだねぇ」


 愚か者の机がもう一度ミュレの拳で悲鳴のような炸裂音を上げる。

 アメリアはもう、猫に追い詰められたネズミのような様相を呈している。


 「あ、し、た、は。わ、た、し、が。…同じ音を立ててあげるから、ね?」


 そこには笑顔があった。腹の底から抑えきれず溢れ出ている憤怒の混じった笑顔があった。

 もう一度机を叩くと、アメリアが声にもならない音を出しながらしなしなとその場に崩れ落ちていった。

 

 ルームメイトへのささやかな復讐を執行したミュレはヘメリックが待つ個室へと向かうのだった。




 個室に入ったミュレは、その蔵書量に圧倒された。

 ヘメリックはああ見えて、努力型だ。

 貴賓派ではあるが、ここに関してはミュレはヘメリックを素直に尊敬できる。と思った。


 ヘメリックの書斎にまで行くと、既にいくつかの蔵書や端末が開かれておりミュレに対しここに座れと指示を受ける。

 ミュレが座ると、後ろからヘメリックが指示を出す。

 次回やる範囲を伝えるためだ。とはいえ、どうにも後ろを取られているような気がして落ち着かない。事実後ろにいるのでその通りではあるのだが。


 「明日の範囲は…成程。休暇前に行った「希少な獣」に関する補習ですね」


 希少な獣。ここではただの獣ではなく禍つ獣を指す。

 基本人に対しては害獣であるそれらの獣の中にも、人にとって有益な効果を及ぼす対象が存在することも正しい事実だ。


 獣の血肉や機械的部位を指すのではない。

 その存在そのものが有益。という意味である。


 例えばある獣は人を丸吞みにするが消化するのは人の血肉ではなくその人が持つ病気や呪いとされるもの。

 虚無の怪物を寄せ付けない特殊な光を放つもの。


 などの獣は総じて「益なるもの」と呼ばれている。

 益なるものは市場でも高値で売れるためか乱獲、密輸に遭うことが多く、スクールでは個体数保護に始まり密輸や乱獲を行う個人並びに集団の確保や排除。市場への流入管理を行うことも仕事の一つとなっている。


 明日はこれらの内容に関する補修を行うというのだ。


 であればミュレでも何とかなりそうではある。

 もっとも、ヘメリックよりわかりやすくという一点は流石に自信が持てない。


 開かれた本や端末を視ながら自分なりに当日使う資料を纏めていく。

 

 「この後の業務も当然免除させる。時間は気にせず存分にやってくれ」


 普段であればミュレにとって勉学に励めるというのは悪い話ではない。

 後ろにいる女が常に張り付いていることが何よりの問題ではあるのだが。


 そうしているうちに、大まかな流れを共に記した資料が出来上がった。


 「ヘメリック教諭。明日はこの流れで授業を行おうと思います」

 それを一瞥した教諭は、ふむ。と納得の声を上げる。

 

 「ミュレ・アンダーソン」


 「何でしょうか?」

 

 ヘメリックはその赤い瞳でミュレを見る。気持ち先ほどまでの冷たさを感じなかった。

 「お前、私の助手になる気はないか」

 当然、嫌に決まっている。


 「お言葉ですが、私の進路はもう決まってますので」

 そういわれたヘメリックは納得したようにミュレへ資料を返す。


 「資料といい、進行の手順といい。お前はいい教師になるな」

 素直に褒められたのか?とミュレが一瞬思考した時であった。


 「だからこそ、どうしてお前がこんなことをしたのかが気になるのだよ」

 そういい、ミュレを後ろからヘメリックが押しつぶすように覆いかぶさる。


 片方の手首をヘメリックに握られ、身動きを封じられたミュレはもがくものの上手くいなされてしまう。

 自身の杖は腰につけたままだ。


 「ヘメリック教諭!?なにを…」


 ミュレの片手を掴んでいないほうの手でヘメリックが手に持つ杖を振るうと、その先から燐光文字が浮かぶ。

 瞬間、ミュレが握られている手の内からじんわりと別の燐光文字が露になった。


 「あの小試験の際、お前の手を握った時僅かにだがマナ粒子の霧散を感じた。その後の消失速度から鑑みるに相当弱い魔法、周囲のマナ粒子の感知にすら対応されない…特定の行動にスイッチすることで反応する初期完結型の魔法」


 ヘメリックの杖が、ミュレの掌に書かれた燐光文字に当てられる。


 「すなわち、燐光文字を使用した形跡だ。ミュレ。お前は誰と話をしていた?」


 言えるわけがない。この手のひらに書かれた燐光文字はオーレリウスの魔法によるものだ。既にヘメリックにはこの燐光文字がどういう性質のものなのか見抜かれている以上再現された場合オーレリウスへと接続されてしまう。


 その結果、ミュレは再び急性マナ過活性障害で抗うことすらままならなくなるだろう。

 ついでにオーレリウスの素性がヘメリックにも伝わってしまうため、アイツの命も危ない。

 後者に関してはどうでもいいが、自分が道連れになってしまうのだけは避けなければいけない。



 「そ、それは…通信を行える燐光文字があると、ある書籍には書かれていたのを発見して…友人とその真偽を確かめるために……」


 その手に、ヘメリックの杖が押し付けられる。

 肉へ突き刺さるその痛みに思わずぐぅ、という悲鳴を上げる。

 

 「お前らしくもない愚かさだな。ミュレ・アンダーソン」


 ぐりぐりと杖を動かすたびに、骨と肉を交差されて迫りくる激痛。


 「そんなこと、杖で周囲へ燐光文字を浮かせることができればそれでよいではないか?わざわざ自身の体をバイパスにしてまで行う必要性が、いったいどこにある」


 ぐい!と杖を思い切り掌へ押し込まれた痛みに思わず悲鳴を上げるミュレ。


 「いくらでも騒ぐといいさ。既に周辺には音を出さないよう領域魔法を組んである。

 お前がこの部屋に入って来た時には、既に外へ音が漏れることはない」


 痛む掌と押し付けられたことへの圧迫感。何より何度やっても慣れることのない緊迫した状況に息が上がっていくミュレ。

 

 嘘を言ったところでヘメリックには通じない。

 かといって本当のことを言ってしまえば私の人生が終わる。


 どうする、どうする。


 必死に頭を使うミュレ。

 だが、迫りくる激痛に思わずそれらが掻き消されていく。


 「最近の飛竜兵は、もっと苦痛に対する耐性を鍛えたやった方がいいかもしれないな?」


 などと言い放つヘメリックをいっそ殺してやろうかとも思うミュレ。

 僅かな沈黙が、ヘメリックを動かす。


 「まぁいい。この魔法を再起動させてやればいいのだからな」


 そういってミュレの掌に刻まれた魔法刻印へ杖の先が延ばされる。


 「や、やめ…」


 ミュレがそう言いかけた時であった。


 がぁん!という音とともに、この部屋にあるドアが開かれる。

 ヘメリックがそちらを見る。


 そこに立っていたのは、一人の少女であった。

 自身の掌をヘメリックへ見せながら、少女は息を整えた。


 窓から月光が伸びる。

 そこに照らされた、アメリアが声を上げた。


 「私が、この魔法を教えました!」

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