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この世に潜む亡霊たち⑬

ミュレは、スクールの中を歩いていた。小試験を終え彼女は再び晴れて自由の身となった。アメリアは今頃ヘメリック教諭と楽しき補修授業をしていることだろう。あとで彼女の愚痴を聞いてあげないと。


 そう思いつつも、ミュレは今それどころではなかった。


 それは、ある夜の日。

 オーレリウスとの、密会の日まで時をさかのぼる。



 「俺に、何もメリットがない」

 そういい放つオーレリウス。ミュレは頭を抱える。

 確かにそうだ。上手いことなぁなぁに誤魔化せればとは思ったが…やはりそこまで甘い相手でもなかった。


 「お前は俺に仕事を依頼してきた。なら、俺はその仕事に対する対価を要求し受理することで晴れてお互い気持ちよく仕事ができるってもんだろ」


 「あんたに未来を背負う若者を助けるって気概というか、親切心はないの?」

 そういうミュレの言葉を、オーレリウスは鼻で笑う。


 「未来を背負う若者だからこそ、早いうちから需要と供給を理解しておいたほうがいいだろ?で、お前は需要に対し、何を供給するつもりなんだ」


 「そうね。あなたの逃亡を助けるとかは?」


 「却下。ここは案外良いところだな?見張りも少ないし虜囚同士のけったいな交流もない。挙句料理が旨いときたもんだ。数日ホテルにでも泊まってる気分なんでね」


 レーヴァの料理にも困ったものだとミュレは眉根を寄せる。


 同時に、こいつが噓をついているのもわかった。


 オーレリウスは、契約者であり現状私にその素性を知られてしまっている。

 これまでも上手くやってきていたようだが、苦々しいことにミュレが「弱い」せいで領域魔法の中に自分から入ってしまったことが原因なのだ。これはイニシアティブではあるが…だからといってこれを振りかざせばそもそも話にならない。何なら適当なことをされて自身を破滅させることだってできる。

 

 頼んでいるのは、ミュレのほうだ。イニシアティブ込みでもこちらが「下」だ。


 なので、ミュレは慎重に考えた。こいつが望みそうなことを…。


 そうであるならば、あれしかないか。とミュレは思った。


 「そうね。ならこうしましょ」

 そういってオーレリウスに顔を寄せるように指で招く。

 従ったそいつの胸ぐらを掴み、思い切り鉄柵へと押し付ける。


 本日2度目、オーレリウスは再び鉄柵の冷たさを肌で感じていた。


 「何のつもりだ?報酬は私のキスで。とか抜かしたらこれ以上話を聞く気はねぇぞ」


 「冗談言わないで。乙女のキスは黄金よ」


 「なら端金だな。今度持ってきてやろうか?」


 黙れよ、と言わんがばかりにオーレリウスの耳をミュレが引っ張ると耳打ちを始める。


 「あなた、例の軍事車両に興味があるんでしょ?なんでかはあなたが言わないけどね」

 

 その言葉に、オーレリウスがピクリと反応するも

 「さぁてね、近くで見たから聞いてみただけだぞ?」


 「あの質問だけ、独立した立ち位置を持っていた。あなたに関してでも、私に関してでもないものだった。あなたが用のないことはしたがらないはず。それならばあの車両にはあなたの興味を引く何かがあった。違う?」


 ミュレの言葉にオーレリウスは無言でった。


 「無言は、肯定とみなすわよ?」

 ややあって、ため息をついてオーレリウスは肯定する。


 「なるほどね…なら話が早いわ。私があなたへ、その情報を流してあげる。どうせあなたがここから出ない理由なんてそれ絡みなのでしょう?誰の依頼かしらね」

 ミュレの笑みが嘲るようなものになってくるが。オーレリウスは被りを振って否定する。


 「それに関しては、いらねぇ。知りたいことはおおよそ知ってる」


 ミュレはオーレリウスの耳を摘まんでいた手を放し、顎に手を当て思案する。

 

 「ねぇ。その車両であなたが気になったことって、どんな事?」


 「なんでお前に言わなきゃねぇんだよ。飛竜兵であるお前に」


 「いいから」


 そういうミュレの瞳をオーレリウスは見た。

 なにか、考えている。悪だくみではない。

 猪を倒した時の、自分の戦い方を貫き通すときの瞳だ。


 僅かな躊躇もあった。

 オーレリウスと、ミュレは本来殺し、殺される立場の者たちだ。

 だが、オーレリウスはミュレが必要とあれば自分のような立場の人間を利用しようとすることは以前の猪で十分に理解できた。

 それが何かは、オーレリウス自身には解らなかったが少なくともああいう目をした時のミュレはこちらも上手く利用することができる。

 彼女は今の時代の知識をよく知る人間だ。彼女を一つの端末とするのなら、こちらも入力する情報を渡すことが必要だ。

 

 「あの車両を見た時」


 「え?」


 「……あの車両を、見た時だ。不思議に思ったことがある…。確認するが、ミュレ。お前たち飛竜兵は契約者を発見したとして、車両で逃走している時どうする?」


 ミュレは一瞬考えて口を開く。


 「市街地など、無関係の対象が多い場合は風や水を利用した拘束を試みる。もしくは森林地帯など人的被害におけるリスクが少ない場所まで追い立てて」 

 その瞳がオーレリウスを見る。


 「()()()()()()()()。つまり、そういうことなの?」

 この女の強みが彼女をより引き立たせている。オーレリウスは遠くを見ながら答える。


 「そう、あの車両はスクールの管轄地域である森の中に潜り込んだ。であれば火属性の魔法なりで車両ごと殲滅を図るのが一番手っ取り早い。俺だって同じ立場ならそうする」


 ミュレが頷いて、オーレリウスは話を続ける。

 「だが、あの車両は綺麗すぎた。間違いなくお前らの風属性か水属性の弾丸を撃ち込まれていたと思われる。エンジンが破損していたのに燃料に引火して爆発した様子も見られなかった。わざわざスクール管理地域の森林地帯に追い込んでいるのにだ」


 オーレリウスの考えは、ミュレの中でもすとんと落とし込まれた。

 「つまり…あなたはこう言いたい訳ね?」


 オーレリウスが考えていたことは、奇しくもミュレも同じ結論に至っていた。


 「スクールの誰かが、契約者を隠匿している。理由も方法も不明だけど、これだけは確実」


 ふむ、とミュレは纏めることができた。需要を飲み込ませる供給を。


 「であるのならば、私はその隠匿した場所を調べてあなたに伝えればいいのね?それでいいかしら」


 供給を前に鼻で笑ったオーレリウス。だがその瞳は真剣そのものであった。

 「まだ足りねぇ。足元を見させてもらう」


 オーレリウスの提案に対し、ミュレは逆に一つ約束を取り付けることにした。


 それは、「この件に関しお互い隠し事はしない」ということだ。当然このような約束は建前でしかない。どこまで真実を引き出せるのかは解らない。だがそれはお互い様だ。

 それにわざわざお互いに腹を割ることもない。必要なことを必要なことだけ共有出来ればあとは勝手に動ける性分だと、内心ミュレは思っている。


 オーレリウスが足元を見た結果の追加注文は、以下のとおりである。


 一つは、オーレリウス自身の今回の犯罪歴を抹消すること。

 そしてもう一つは、必要に応じてオーレリウスをここから出せるように手引きをするということである。


 そういうことがあって、今に至る。


 「全く、結構ふんだくられた気分ね」


 受付にあることを尋ねながら、頭を抱えるミュレ。

 犯罪歴の抹消は、やれなくはない。

 書いたものをこっそり消して、サーバー内から記録を消せばいい。だがそれだけでは足りない。抹消した記録はこの学園のメインサーバー内のバックアップ内に保存されており場合によってはそこから引っ張り出されたりした場合、最悪隠匿が露見する。

 幸いなことに、メインサーバー付近はミュレ達平民派に取っては朝番で清掃を行う場所である。その時こっそりと行えばいい。


 問題はオーレリウスを必要に応じて外に出せるよう、手引きをすることである。

 こればっかりは何をどう考えてもできるわけがない。

 それこそ、留置場内で大火事でも起きない限り基本あそこは空けることができない。

 だからといって火を起こせばことさらにトラブルを加速させてしまう。

 オーレリウスであれミュレであれ、火を起こしてしまえばそれが発するマナ粒子でそれが魔法だと露見する。

 少なくともヘメリックには、間違いなくばれる。アイツはそういうことにも聡い。


 「あー、もう。ストレスでまた倒れそう」


 さらに、もう一つトラブルがある。


 ミュレの手帳が行方不明なのだ。

 気が付いたのは今朝のことで、アメリアに聞いてもよくわからないといわれてしまった。

 あの時、通った道を自ら辿ってみたり窓口やランドリーに赴き拾得物にないか尋ねて回ったがどこにもなかった。


 窓口の床をカツカツと靴で音を立てる。はしたないことではあるがイライラが抑えきれないと無意識に出てしまう。


 あれ自体、それこそ重要な情報が書いているわけではない。オーレリウスに関する嘘八百な情報を添削した際のメモ書きやなどが書かれているのだが、その時々に例の軍事車両に関する事件に関する内容を少し記載していた。それこそ聴取の際にオーレリウスから話されたあの一文が書かれているくらいである。


 あの軍事車両に関する僅かな一文。


 これがもし、ミュレ達が追いかけている例の犯人への耳に届いたりメモが届いてしまった場合、相手が相当愚か者でもない限りその一文で何らかのアクションを起こす可能性がある。


 ミュレ自身にこのことを問いかけてくるかもしれないし、今も監視されているかもしれない。最悪オーレリウスが留置所内で殺されてしまう可能性もあり得る。

 あの契約者がそう簡単に死ぬとは思えないが、同時にこんな場所で魔法を使えるわけもなく、竜も呼べない状況では素直に殺されてしまうかもしれないのだ。


 今のところ、オーレリウスはミュレにとって「隠れた協力者」である。だがアイツが保身のためにミュレのことを口走る可能性も否めない。


 そのため、安心感を得るためにもメモ帳を見つける必要があったのだ。それと並行してミュレがやる必要があることは大きく分けて…3つ。


 簡単なものから挙げていけば

1、まず、ミュレ委自身が記入したオーレリウスに関する調査書を抹消し、データ内の情報を消去する。その後朝番の清掃を行う際、メインサーバー内へ侵入。何らかの方法でバックアップ内の情報も削除する。


2、オーレリウスが言うには、隠匿した契約者の獣を確保したらしくそれらとの繋がり、というものが解らないということらしい。これがどういうものなのかミュレにはわかりかねるがどうやら契約者とその獣には相互を認識できる特性があると思われる。それが出来ないということは、瘴気地帯か強固な障壁に囚われている可能性が高いらしい。

 当然前者はあり得ないので基本後者として考える。であるならばミュレがこの学園を探しその障壁を見つけること。並行して、それの解除方法や内側の状況を確認すること。


3、オーレリウスを留置所から出す方法を考える。現状これが一番難しい。

  

 さらに、見えざる敵への警戒と準備。その対応を行い、なくなった手帳を探し、その上で日々の業務と授業を行うこととなる。ぶっちゃけハードスケジュールもいいところだ。



 だが、見えざる敵に関しては逆説的な考えもできる。


 ミュレの手帳がもしミュレが追っているものの手に届き、相手がこちらの動きを疑うほどの知力と猜疑心を持つのであれば、何らかの方法でアクションを取ってくる可能性が高い。

 そして、そうなると…


 そう考えている時であった。ミュレの肩を強く誰かが叩く。

 しっかりと肩を掴まれた。これは危機的状況である。だが同時に大物を釣り上げるチャンスである。


 相手はこちらが意図せず撒いた餌に勝手に食って掛かってきた。ならこれは利用できるかもしれない。


 振り返ると、そこにいたのは先輩の平民派飛竜兵たちである。

「ミュレ。ちょっといいか?」


 いわゆる呼び出しというものだ。


 さて、釣果を確かめに行こうじゃないか。

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