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この世に潜む亡霊たち⑫

 時は、少し前に遡る。


 夜の森の中で、オオカミと竜が対峙していた。


 オオカミは竜へ腹を向け、時が止まったかのように静止している。声をかけた竜は再び声をかける。


 「おい、大丈夫か?鳩が機関砲喰らったかのような顔しているが」


 「いや、それだと鳩の肉片一つ残ってないっすよ」


 そういって、オオカミは再び体勢を戻すと竜を見やる。

 見事な黒い外殻を持つ飛竜。一対の翼に四本の脚。

 そのスカイブルーの瞳が夜の闇の中で月夜に照らされた湖面のごとく小さく揺れている。


 「というか、喋れるってことはそういうことっすよね?だったらなんでもっと早く声かけてくれなかったんすか」

 

 無意識ではあるが、オオカミは竜に対しへりくだるような語尾となっている。


 「理由は2つ。一つ目はあまりスクールの近くで喋りたくはなかったんだよ。気付かれるリスクは避けたかった」


 「なるほど。ではもう一つは?」


 そのオオカミの問いに、竜は答える。


 「なんとなくだ」


 なんとなくかよ!とオオカミが内心でツッコミを入れていると、竜はオオカミへと顔を近づける。


 鼻息で吹き飛ばされそうな錯覚を覚えつつ、オオカミは「なんすか?」と声をかける。


 「あんたらは、ウェンリーってやつを知っているか?」


 その問いに、オオカミの顔は明るくなる。

 「ウェンリー准将さんですよね!知ってるも何も俺たちはあの人へ保護を求めていたところっすよ。それなのに飛竜兵(ヴィヴィアーナ)に襲われちまって…」


 ストルムは納得した。このオオカミは例の契約者のうち一人と契約した獣で確定した。


 「俺たちはそのウェンリーに依頼を受けて、お前たちをドロツゴまで連れていくことになっている…で?お前の契約者はどこにいる」


 オオカミが生きているということは、少なくとも片割れとなる契約者も生きていることになる。

 内心、ストルムはオオカミを追い立てればその契約者のもとへと逃げていくのではないかとも考えていた。何度も同じこと説明したくない…という怠惰からくる思考ではあるのだが。


 オオカミは、急にしょげたような様子を取る。しっぽがだらんとしたに下がる。


 「それが…どこにいるかわかんないんすよ。でも、俺が生きているってことはアイツも生きているってことっすよね?そう思ってずっと探しているんすけど」


 ストルムは、ふむ。と思案する。


 契約者は契約した対象と本質的には一つの肉体をしている存在である。故にどこまで離れていたとしても感覚として「どこにいるか」が解るものなのだ。現にストルムも今オーレリウスがどこにいるのかなんとなくわかる。


 それがわからない。ということはいくつか理由は上げられる。


 虚無などの「偏闇マナクリスタル」の影響によるものか

 もしくは一種の障壁や魔法防壁の類の中に閉じ込められているか。


 スクールの領域魔法はある種の障壁としての機能も持ち得るだろうが平時からそんなことしていればエネルギー源(マナ・プール)がいくらあっても足りない。つまり普段は通常の領域魔法の範疇を超える機能は持たせることはないはずである。その証拠にストルムはオーレリウスの気配を認識することができる。


 逆に言えば、このオオカミの契約者は何らかの要素によって一定の場所から動けない状況にある。ということだ。


 ⦅相棒、聞こえたか?⦆そういうストルムの念話に、オーレリウスが反応する。

 (聞こえてるよ、相棒。しかし…障壁ねぇ。スクールの中でもそれに該当する場所を探す必要があるかもな)


 ⦅どうやって探す気だよ。虜囚の分際で⦆

 (なるようになるさ。それより…そうなると先に見つけておきたいことがあるな)


 ⦅ほかの契約した獣がこの近くにいないか?ってことか⦆

 (察しがいいな。オオカミは魔法が使えるのか?そうでない場合は匂いでたどれないか聞いてみてくれ)


 ストルムは、オーレリウスがいうようにオオカミへと尋ねた。

 オオカミは、首を横に振る。


 「解んないっす。匂いって言っても車は派手にやられたので嗅ぐ暇がなかったし、そもそも自分ら「スウェイルの砂漠狼」は複数の個体が集まってやっとまともな魔法を使える獣なんす。俺一人だとほとんど魔法を使えません」


 そういって再びしょげているオオカミを「まぁ、そう卑下するもんじゃねぇぞ」とストルムがなだめる。


 (そうなれば、始原的な方法で探していくしかないか)

 ⦅始原的な?それってつまり…⦆

 

 (足と口と、頭を使うんだよ)


 そういうことで、まずはオオカミから事情聴取をすることとなった。


 本当はこれが最初に来るのだろうが、魔法という利便性に富んだ技術を持つ者たちにとって必要以上に調べる行為はそれだけ誰かに見られるリスクを伴うため案外好まれないのだ。


 オオカミが言うには、こういうことであった。


 あの日、ここより北方にある「メグボア」というメロウ湖畔都市の一つで合流した後、一度南下しユニダデド共和国へと入り、そこから西方へと進みドロツゴへ入る計画をしていた。だがメグボアを出て少ししたときにスクールの飛竜兵に発見されてしまった。そこから当初の道を外れ逃げていくうちにこの学園付近の森で車が大破されたという。


 「…で?なんでお前だけここにいるんだよ」


 その問いに、バツが悪そうな顔をしてしまうオオカミ。


 「ええっと…皆散り散りで逃げたんすけども。結果として俺だけ逃げおおせてしまえたようでして…はい」


 「まじかよ」

 とはいえ、結論からすればまだ最悪の事態ではない。

 こうやって話を聞ける対象が生き残っているのだから少なくとも情報は得られる。


 ストルムはオオカミからいろいろ話を聞くことができた。


 今回、ウェンリーへの庇護を求めた契約者は上から


 「スウェイルの砂漠狼」の契約者、ゴルボンダ・ハミュル。27歳男性。

 オーレリウスに提示された写真における「心に傷を負ってそうな奴」である。


 「ジャミギレの陰影蜥蜴」の契約者、ハギルストン・ゴーデック。30歳男性。

 オーレリウスに提示された写真における「故郷を追われてそうな奴」である。


 そしてもう一人だが。こちらは契約者ではなくウェンリーの息がかかった「案内役」である。


 レタック・アムル。29歳男性。オーレリウスに提示された写真における「生活を奪われてそうな奴」である。


 ここにきて、ようやく今回の救出対象の情報をつかむことができた。

 

 (相棒、さてどうする?)

 ⦅こういうことは俺の仕事じゃねぇだろ?⦆


 オーレリウスは少しの間、思案して念話で話す。

 (ハギルストンとレタックは生死不明。このオオカミから出せる情報はこれ以上ないときた。かといってゴルボンダは何らかの理由でオオカミでは辿れない。全く持って手詰りだな。どっから手を付けるべきか解ったもんじゃねぇ)


 ストルムが頭を捻らせていると、自身が空腹であることを思い出した。


 ⦅相棒、そういや飯がまだだった。とりあえず悩んでいても仕方がねぇから飯食ってから考えるわ⦆


 (どうせ余りあるほどあるんだ。食える時に食っとけ)


 そういって、一度念話を終える。


 ストルムは裏側より土竜の腸詰を取り出すと、オオカミに差し出す。

 オオカミは匂いを嗅いだ後その肉へかぶりつく。


 「これなんなんすか?コリコリしてなんだか小骨を食ってる気分になるんすけど」


 といわれたストルムはため息をつく。


 「この世の不思議なことを一つ追加するのなら、あの土竜…柔毛まで手なのかよ」


 ストルムはあの全身を包み込む無数の手が、まさか腹の中までびっしりと広がっているという現実を文字通り噛み締める。


 オオカミは思う。そういえばこの竜はずっと不機嫌なままだと。


 「あのぅ…付かぬことをお聞きしてもいいっすか?」

 「なんだよ」


 その返答にビクつきながらも、オオカミが竜へと尋ねる。

 「なんでさっきから、その…怒っているのかなぁと。俺、なんか失礼なことしちゃいました?」


 その問いに、ストルムは腸詰めを嚙み切りながら答える。


 「アイツ、虜囚の分際で俺よりいいもの食ってやがる。俺だってあの料理くいてぇよ」


 とのことだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 あくる日、オオカミは例の軍事車両の近くまでやってきていた。ストルムは遠くの場所で隠れて様子を見ることとなった。


 オオカミは慎重に草むらの影からその様子をうかがっている。


 自分が与えられた仕事とは、改めて軍事車両の様子を確認することである。

 とはいえ、自分はその車両が使い物になるかどうかなどわかるわけもない。だがあの時オーレリウスたちも見逃した何かがまだ残っているかもしれない。そう思って斥候として向かわせられた。という訳である。


 「仕方がないとはいえ、自分がやる意味あるのかよ」などとぼやくオオカミであったが、これも自身の契約者に繋がる何かがあるかもしれないと思えば動かない理由にはならなかった。


 周囲に誰もいないことを確認すると急いで車両へと駆け抜けるオオカミ。

 竜から言われた場所を即座に確認する。

 穴が開いているが綺麗な車両のボンネットへと乗り、運転席から中をのぞく。

 車内は空虚な空間となっていた。無数の穴が襲撃の様相を無言で表しており、いくつかの血痕はその時付着したものであろうか。

 その中で、オオカミはゆっくりと意識を集中する。

 その瞳が、スカイブルーへと転じる。


 オオカミは頭が割れんほどの頭痛に襲われるが、もう少しの辛抱である。


 そうして数分ほど、その様子を確認し周囲を回るように確認するとさらに全体の匂いの中から仲間に関する匂いがないかをしっかりと確認していた。


 いったいこれで何がわかるのだろうか。

 オオカミはガンガンと痛む頭に眉根を寄せながら、一通り調査を終えるとその場を後にするのであった。


 ストルムは遠くに離れた場所で、その様子をオオカミ越しに見ていた。

 そしてその様子をストルム越しにオーレリウスも見ていた。


 皆一様に、頭が痛かった。


 ⦅それで?こんな無茶やったからには、何らかの成果を得ることができたんだよな?⦆

 (そうだな…明確なことがわかったぞ。あの車は二度と使い物にはならねぇってことだよ)


 ⦅オイ。俺が激痛に耐えてわざわざあの燐光文字を書いてやったのにその始末か?⦆

 (……冗談だよ)


 オーレリウスは、思案するように腕を組むと意見を述べる。

 改めて確認した車両内は外部からの攻撃によりあちこちが穴だらけとなり、エンジンも完全に破壊されていた。

 だが、特に炎上した様子が見られない点が引っ掛かった。車は全体的に穴だらけではあったが綺麗でもあった。

 スクールの飛竜兵の主要な遠距離攻撃手段は四則魔法による遠隔攻撃。もし契約者の殲滅を目的とする場合わざわざ車を爆発させない理由はなんであろうか。

 オーレリウスが対象を殲滅するのならまずは車両ごと爆破して焼き払う。そうすればそのまま対象を焼き殺せるし、そうでなくとも爆発によりダメージを与えることができる。


 それをしなかったということは、意図的に契約者を生かしたと考えることもできる。だが根拠は薄い。

 状況証拠的にオオカミ側が生きている以上奴の契約者が今も生きており、そしてオオカミ側から感知できない場所にいる…推測の域を出ないが多分幽閉されていると考えるのが妥当であろう。

 

 だが、なぜそのようなことをするのかがいまだわからない。仮説を立てることはできるがどれもこれも推測の域どころか、邪推の領域となっている。今はまだ答えを出すべきではない…少なくとも、出血していたということはそれなりにダメージを与えることは考えていたのか、それとも偶発的ないし結果的にそうなってしまったのか…。


 オーレリウスの中でいくつか考えをまとめている間、オオカミはすっかり参ってその場で伸びていた。

 その様子を見たストルムは呆れつつ気が付くまで放置することにした。


 とりあえず、オーレリウスはそれらのことを頭に入れつつ場合によってはここからいったん出て学園内部を調査する必要もあると考えた。


 …そしてそれは、その日の夜ミュレがオーレリウスの留置所でやってきたことで意外な形で叶うことになった。

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