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この世に潜む亡霊たち⑪

 オーレリウスは、留置所の奥で僅かに頭痛を覚えていた。


 念話とは、口頭…肉を震わせて音を出す会話ではない。

 頭の中で僅かにつながった線を「鳴らす」。イメージは弦楽器や糸電話だろうか。

 

 帝国では、よく魔法をイメージするときには音楽を例に出されることがよくあった。

 実際行われるマナと魔法の変換というよりも「変換させる方法」として音をイメージさせるのだ。


 それを文字で表すのなら、マナに特定の「音」を与えることで望んだ効果を発揮させる。これが複雑な音であればあるほどより細かい効果を指定することができる。

 

 燐光文字とは、この音の鳴らし方と音そのものをあらかじめ文字としてパッケージしておくことのできる魔法であり、トカゲ種は元々これをただのメモとしてしか見ていなかったという。

 

 とにかく、オーレリウスはミュレへ「音」を飛ばした。ミュレとバイパスが切れる瞬間彼女の脳へ燐光文字を直接繋ぎとめたのだ。

 

 燐光文字が放つ音がミュレの脳へとオーレリウスが解いた回答を伝えることで、ミュレ自身それを知っているように感じただろう。だがそれもそんなに長い時間は維持できない。よくて10分。現実的なことを考えると7分が精々だ。


 もし、何らかの形で遅れていたとすれば無駄な努力だったということだ。

 それに、念話の最中ミュレに感じたあの違和感は、おそらく。


 「ってことは、今頃ぶっ倒れているかもしれねぇってことか」

 とオーレリウスが留置所の中でつぶやいたときであった。


 来客が、あった。



 ミュレが目を覚ました時、そこは医務室の天井であった。

 高めの天井に見事な彫刻が施された梁がある。


 僅かに、耳をくすぐる弦が震える軽い音が響く。

 ゆっくりと体を起こすが、頭が割れそうなほどの頭痛に襲われる。


 頭を抱え苦悶表情を浮かべていると、それに気が付いたアメリアがマナ・ポーションを差し出す。

 青色の小さなカプセルを受け取ると、口へと放り込み嚙み潰す。


 どろりとしたマナ・プールが体へと溶け込んでいくような奇妙な感覚を味わう。ミュレはこの感覚に今でも慣れない。


 だがその力は絶大であり、だんだんと頭痛は成りを潜めていった。


 「大丈夫?」アメリアは手に持った六弦琴を脇においてミュレのことを心配そうにのぞき込む。


 「…えぇ。大丈夫」ミュレはアメリアを心配させまいとそう告げる。だがアメリアは首を振って改めてミュレの顔を見る。


 「まだ顔が青いよ!全然大丈夫じゃない」

 そういってミュレをベッドへと寝かせると、「先生を呼んでくる」といいその場を後にする。

 

 (やってしまった…かもしれないわね)

 自分に何が起こったのかその症状に覚えがないわけではない。急性マナ過活性障害である。


 生物とはその体内にマナを保持している。これが何らの理由で急速に過剰に活性化することで逆に体へダメージを受けてしまう。

 十中八区、あの燐光文字だ。人間は本来魔法を発動することができない。飛竜兵は積み上げた知識と杖、マナ・プールを触媒に魔法を行使するのだ。


 契約者のようにその身一つあれば魔法が使えるなんてことはない。そもそも体のマナが消えてしまうことはそれすなわち死を意味する。


 そうなる前に、体が危険信号を発する。とも捉えることができる。


 頻脈、蒼白化、脱力感、眩暈、強烈な頭痛。大体当てはまる。


 皮肉なことに、ミュレはここ最近まともに睡眠をとっていないことにより過労状態であった。だがそもそも体が健康であったのなら、障害を起こすこともなかったかもしれない。


 (何とも皮肉な逃げ道ね)

 そう考えていた時、こちらへと向かってくる者がいた。


 アメリアが連れてきたのは、看護教員のロザリィ教諭だ。

 あと、なぜかその後ろにヘメリックもついてきている。


 「ミュレちゃん。調子はどう?」

 どこか眠たげな瞳でこちらの顔を覗き込んでくる。臀部まで伸びた三つ編みのお下げ髪が、蔦のようにベッドの上に垂れている。


 「うん、調子は戻ってきているね。しっかり食べて、よく眠れば元気になるよ」


 ロザリィ教諭はそれだけ言うとこの場を後にする。

 そうなると、残された者たちでその場の空気が重苦しくなっていく。

 

 口を開いたのはヘメリックであった


 「ロザリアはああいったが。実際のところ大丈夫なのか?」


 ミュレは頷いて肯定する。


 そのようすにふむ、とだけいうとミュレに一枚の紙を手渡す。先の小試験の解答用紙である。

 

 そこには「83点」という点数が書かれていた。どうやら最後の意地で書いたところがいくつか正解していたようであった。


 「基礎項目の確認を含めた小試験とはいえ、私の問題をここまで解くとはな。流石は平民派期待の星だな」

 

 「過ぎたお言葉ですよ。ヘメリック教諭」


 貴賓派出身のヘメリックに言われても、皮肉にしか聞こえなかった。


 「だが、聞きたいこともある」


 そういって指さした項目は


Q:禍つ獣が使用する魔法の傾向と、それが及ぼすマナの変容を説明せよ。またこの際、獣が持つ「吸収特性」についても交えて説明すること(配点10)


 この回答には正解を示す印が付いているもののその隅に「?」が書かれていた。


 「ヘメリック教諭、これは…」

 ミュレの困惑をよそに、腕を組んだヘメリックは口を開く。


 「ミュレ、お前はこの回答にのうち「吸収特性」について説明をした。その文章を覚えているか?」


 オーレリウスの奴が何をしたのかわからないが、あの時はしっかりと記入することができた。だが今は靄がかかったかのようにあの時の言葉が思い浮かばない。

 

 それでも、吸収特性そのものを知らないわけではない。


 「端的に言えば、吸収特性とは獣自身が使用する魔法と同属性を自らに吸収することで自身のエネルギーとする特性。ですよね」


 「出来ればお前が書いた文章そのものが良かったのだが。まぁいいだろう」


 病人相手にいつものように鞭打つのも阻まれるのか、バツが悪そうに頭をかく。

 そのわずかな間、視線がこっちから外れた瞬間にミュレは自分が書いた答案用紙を一瞥する。その内容を瞬時にかみ砕く。多分次に問われるのはここだろう、と。

 

 「ではお前は、そのあとになんと書いていた?」


 「「特異環境地域」との関連を書きました。周囲の属性を吸収することで一帯から失われた属性以外の、いわば偏った属性たちにより新たな環境が構築される。それが「特異環境地域」を生み出す。とする考えがあることを論じました」


 「そうだ。では逆に問う」


 ヘメリックの瞳が、氷のように冷たくなる。

「特異環境地域はそもそも、そこの主たる獣が「過ごしやすい環境」を作ることを目的としている。だがお前の意見を参考にすれば、自分と同じ属性を吸収し続けてその一帯から欠乏した場合、残った属性が自身の弱点とする属性であった場合それは自身にとって過ごしやすい環境といえるのか?」


 ミュレは、言葉に詰まる。

 確かにその通りだ。そもそも特異環境地域とはその環境を作り替えた獣が自身の生態に合わせた、つまり「過ごしやすい環境」であることが前提条件となっている。だがミュレが唱えた意見ではこれと逆の状況が生み出されかねず、前提条件に抵触してしまう。


 これに対する反論への返答ができなければ10点を失うばかりか知識の出所を疑われかねない。いや、後者に関してはもうすでに十分疑われているだろう。


 まさかここで正直に「元帝国軍所属の契約者に教わりました」なんて言えるわけない。


 せめてそれっぽいことを言ってでもこの場を凌がなくては。そう考えた時であった。

 

 アメリアがヘメリックに声をかけたのだ。


 「あ、あのぅ。先生?」


 「どうした?アメリア」

 そのすごみに思わず尻込みをしてしまうアメリアであったが、それ以上屈することなく話をつづけた。


 「ミュレさんも具合が悪いのですから、今日のところはこれ以上はいいんじゃないのかなぁ。って、思いました…」


 その言葉に瞳に宿る冷たさがふっと消えたようにミュレは感じた。


 なんというか、痛いところを突かれてしまった。とでもいう感じである。

 それでも、ヘメリックの瞳には再び冷たさが戻る。

 「しかしながら、その問いに答えてもらわねばいけないのだ」


 「で、でも…」

 そういうやり取りの際、一瞬あの火傷男の言葉がミュレの脳裏をよぎる


 ― 自分の戦い方を思い出せ


 その言葉とともに、ミュレは思い出す。

 悔しいが、今はアイツの言葉に感謝をするべきだろう。


 考えることこそ、自分の戦い方なのだ。


 「いいのよ、アメリア」そういうミュレにアメリアとヘメリックはミュレへと視線を戻す。


 「先生。私は四則補填の法則により、自分とは異なる特異環境地域を生み出す個体がいる。と考えています」


 四則補填の法則。とは、この世界における「四則原理」…すなわち「火」「水」「土」「風」の4属性は、お互いにそれぞれを補填しあう関係である。という法則だ。


 例えば、気温が高く、暑い日々が続いたことによりメルカッタの水が干上がった際にはそれら蒸発した水が上空で冷やされ、それが雲となり雨を降らせ、風がその雲と雨を動かす。最後に雨が降り注いだ土がそれを吸収・保持することで結果として周囲の「四則」のバランスを保とうとする。という自然の中に存在する四則の流れをこの世界ではこのような法則名で呼ぶのだ。


 「私は先の試験で、「マルドルグの土竜」に関していくつか持論を展開しました。あの土竜はヘルウェス砂漠に生息する獣でありながら「水属性」の魔法を扱う獣です。証拠として、かの生物の表皮には水分の蒸発や温度変化を防ぐ機能、言い換えると水属性の魔法刻印が存在します。ですがヘルウェス砂漠という環境は「水」の要素が十分に足りえる環境とはいいがたい。であるなら本来は「土」属性を持つべきところだと仮定した場合、土竜という生体を持つかの獣は周囲が砂漠である、すなわち「水属性が欠如している環境」で過ごすことがその生物にとって「住み心地の良い」環境足りえるのではないか。と考えました。結論としては、「吸収属性」の運用には、2つのパターンが存在する。これらおそらく獣自身の「格」とでもいうべき実力の有無によるものだと思われます」


 一つは、「象徴たるもの」など強大な獣が自身の魔法で周囲の環境を変化させたのちに自身の吸収特性により自分はその環境でも十分に生活できる。すなわち「過ごしやすい環境」とするケース。


 もう一つは、それ自身の力では魔法などにより環境を変えることができない獣である場合、それらの獣は吸収特性により自身が過ごしやすい環境を作るために特定の属性を欠如させる。その際に本来とは異なるものを吸収するようにデザインされた。


 そう語り終えたミュレは、再びふらりとベッドへと崩れる。


 心配そうに近寄ってきたアメリアを笑顔で「大丈夫」と返事する。


 ヘメリックは顎に手を当て、思案したのち。

「獣自身の実力、魔法の性能如何によって吸収特性の運用方法が異なる…か。面白い意見だな。ミュレ・アンダーソン」


 そういい、ベッドで横になるミュレの顔を見やる。


 「…いいだろう。今回は合格だ。その口頭での注釈も込みでお前の今回の点数は83点とする。次回からはそれの説明も盛り込むように」


 そういって、不敵な笑みを浮かべる。

 (もう勘弁して頂戴よ)

 ベッドの中で内心辟易としているミュレを、「よかったね」と喜びあやすアメリア。

 それを見やるヘメリックの顔は一瞬だけ、穏やかな表情をしているようにミュレは思った。


 そうして、ヘメリックが去る前に

「あ、そうそう」


 そういってアメリアへと紙を1枚手渡す。


 ミュレがその内容を見るまでもない。

 青ざめて震えていくアメリアの表情からすぐにそれが何で、どういうものなのかを知ることができたからだ。


 「明日からお前は私の研究室へ来るように」


 そういい、去っていくヘメリックを魂の抜けた顔で見送るアメリア。

 あまりにもかわいそうに感じたが、こみ上げる笑いを押し殺すこともできなかった。


 くすくす笑うミュレ

 そのミュレを見て頬を膨らませるアメリア。


 笑ったお詫びとして、ミュレもアメリアの勉強に付き合うことを約束して、その日は終わりを告げたのだった。

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