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この世に潜む亡霊たち⑩

 ヘメリックは教壇から生徒たちのペンを走らせる音を聞いていた。

 こうしてみると多種多様な向かい方である。


 頭を抱えるもの。

 すらすらと解いていくもの。

 もう諦めたのか蹲って眠り始める者もいた。


 ヘメリックは蹲った生徒の頭を定規で軽くたたき、「諦めるな」と小さく声をかけた。


 ふとある生徒に目が行く。

 アメリア、という目を白黒させながらペンを走らせる生徒の隣で、頬杖を付いている生徒がいる。

 ミュレ・アンダーソン。平民派でありながら、実力は折り紙付きである。例の猪討伐では契約者に介入されたとはいえ初戦でかなり奮戦していたと思われる。


 (スクールは戦うだけが能じゃない。お前の知力を見せてもらおうか)

 そのような眼で見られているとは知ってか知らずか、ミュレの内心は今にも張り裂けんほどにバクバクであった。


 内容を一通り確認し、早速ペンを走らせるミュレ。

 それらのうちまずは独力で回答可能な問題に絞り、回答を埋めていく。

 すべてが記述形式というのも実にいやらしい。流石内容によっては資料丸暗記したような記述だと判断すると不正解とする女だ。


 Q:現在のメルカッタにおける「特異環境地域」について説明せよ。またこの際、現在まで確認されている「特異環境地域」を一つ例に出すこと。(配点:3)


  A:「象徴たるもの(シュンボルム)」と呼ばれる禍つ獣や一部の同種対象、虚無の怪物により自身の生態に合わせた環境へと作り変えられた地域を指す。原則としてそれらの地域はそれを生み出した獣を討伐ないし排除することにより収束し、最終的には元通りの環境となるが「象徴たるもの」が生み出したとされる地域のように死後現在に至るまで存続している特異環境地域も存在する。

 また、ヘルウェス砂漠を例に出すならば周囲の環境を砂漠化した結果のみならずその砂漠の環境に適応した生物種を新たに生み出されていることも特徴である。中型の禍つ獣である「マルドルグの土竜」やチリ・ウィードのように今では産業の一部に組み込まれている対象も存在している。

 

 さすがにこれを答えられないと飛竜兵は名乗れない。早い話が禍つ獣の中には家の中を自分好みに装飾するように、周囲の環境や生態系を書き換えてしまう個体が存在する。それこそミュレが実家へと帰るきっかけとなった「グワナデルの蝙蝠」もその中に入る。それらの中にはそこを管理していた禍つ獣が死んだ後も残り続けている地域も存在しておりヘルウェス砂漠がその一つ。という話である。

 


 Q:帝国建国期、存在されていたとされる「象徴たるもの」をメルカッタへ出現順にすべて記し、それらが及ぼした影響を一つ答えよ。またこの時、確認されたとされる年月を記載せよ(配点:5)


 これはサービス問題だ。火傷男(オーレリウス)の力を借りるまでもない。象徴たるものとは上に書いたヘルウェス砂漠を生み出した「アングリッドの砂亀」のように帝国存続期、早い話が旧暦の中でその存在を確認された禍つ獣たちの中でもとりわけ強大な力を有したとされる7体を指している。現在でも強大な禍つ獣が発生した場合はそれを「象徴たるもの」と呼ぶ風習がある。


 だがここで問題なのは、「帝国建国期」と指定されていること。

 帝国建国期とは、帝国初代皇帝「ジョン・フォルクトス・アルバレスト」が帝国の建国を宣言してから退位するまでのおおよそ200年間を指す。

 一人の皇帝が200年も統治できるのかと訝しんだ頃もあったが契約者の不老っぷりをこの目で見た時から才覚さえあれば可能だとミュレは考えるようになった。


 とにかく、この初代皇帝が統治していた時期に確認された獣は、7体いるうちの3体。

 「サラスヴァテルの海月」、「スパルトロムの屍兵群」、「レオクレスの雄獅子」に絞られる。

 「アングリッドの砂亀」、「イフリータスの人鹿」、「ブリミアムの複合獣」、「メリッサの女王蟻」のいずれかを書いた地点で不正解だ。


 A

 1,旧暦635年、サラスヴァテルの海月。メロウ中央湖より発生。討伐の結果メロウ湖全体の生態系へ影響を与え、当時新種の生物であるヒカリクラゲを発生させる。


 2,旧暦514年、スパルトロムの屍兵群。メルカッタ南部、当時のオルレダより発生。北上しながら周囲の生命体をすべて駆逐していく。討伐後もその足跡は最初の「瘴気地帯」となり以後長い間従来の生命体では生きることができない環境であり続けた。


 瘴気とは偏闇マナクリスタルの異常発生などにより周囲の環境が急速に劣化を起こす際に発生する物質であり、結果として虚無の怪物などを除く従来の生命体では生存不可能な地域となってしまう。そしてこれが広がった一帯を「瘴気地帯」と呼ぶ。直近のものでいえば十数年前にフューゲル洞窟で発生した偏氷マナクリスタルと偏闇マナクリスタルが混合した巨柱が確認されている。この周囲一帯もしばらくの間「瘴気地帯」と認定されていた。


3,旧暦473年、レオクレスの雄獅子。ドメロン山脈中腹部、現在のルゴウェスト教皇領内で発生。ドメロン山脈を一時的に活火山化させ周囲一帯を焼却。その後現在に至るまでドメロン山脈地下を流れる「赤い地脈」と呼ばれる溶岩の流れ道が形成されている。


 このほか、ミュレは基礎的な項目を問われている問題をすべて埋めていく。

 

 カンニングや不正を疑われないようにするとき人間に働く心理とは「あえて満点を取らない」ということである。ミュレ自身は高得点をキープすることができる程度には賢いため正しく当てはまるわけではないが、普通であれば普段の成績よりもいきなり高い成績を収めることで、不正を疑われるのではないかと感じてしまうのが定石だ。実際これは正しい。元々の実力が低ければ低いほどまず不正を疑ってしまうのが人の性というもの。


 だからこそ、あえて満点を取らない。

 中くらいよりも高い成績。自分の自尊心を守りつつなるべく疑われないギリギリのラインを攻めようとするものだ。


 実際、ミュレもこの思考である。早い話がこのテストのボーダー。65点より上のライン。もっと言えば普段自分がこの教員の試験で納めている成績を目指している。


 おおよそ75点を目処として、そこからなるべく下に行き過ぎない程度かつ、65点は絶対に下回らないように点を取る。

 そのうえで疑われないようにするためには、配点の高い問題を中心に納めるのではない。


 ミュレは問題用紙を見た際に、頭の中で3種類に分類した。


 一つは、絶対に外してはならない基礎的な問題。普段の自分ではまず外さないであろう問題は確実に点を取る。これは絶対条件。

 二つに、ある程度記入こそすれ「見捨てる」問題。あからさまに難しい項目や応用のきいた問題の中でも配分が低い問題などは意図的に外す。ミュレの自尊心として取れるところでは取っておきたいが、普段7割半取っている生徒がいきなり自分の小試験で好成績をマークした場合であれ基準点ギリギリを取ったとしても、目を付けられる可能性がある。


 そう考えつつ、ちらりとヘメリックを見やるミュレ。

 こつ、こつと靴を鳴らしながら生徒の様子を見やるヘメリックの氷のような赤い瞳とふと目が合う。


 首を回すふりをしてごまかしつつ、再度ペンを握る。

 あの女に目をつけられるのだけは個人的に絶対勘弁被りたい。


 そうして、三つ目の項目に分けた問題に直面する。


 Q:禍つ獣における身体部位の構造上確認される特異事例のうち、「機械」「魔法刻印」「生体部位」を用いた発展的運用方法を、過去これまでに運用された事例を用いつつ説明せよ。(配点:10)



Q:禍つ獣の発生理由をすべて列挙したうえで、対象がその身に帯びる特徴の差異を説明せよ。(配点7)


Q:禍つ獣が使用する魔法の傾向と、それが及ぼすマナの変容を説明せよ。またこの際、獣が持つ「吸収特性」についても交えて説明すること(配点10)

 

 つまり、「火傷男」に力を借りて点数稼ぎを行う必要がある問題。というものだ。

 これらは他問題に比べて比較的配点が高いものを選んでいる。これまでミュレが回答した基礎的な問題に配点されたものを合計するとおおよそ50点以上は稼げているだろう。

 幸運だったのは、この小試験の内容が基礎項目の確認という趣旨のもと作成されていたようであり、それらの確認問題が多めであったことが幸いしていた。

 だがそれでも、判らなければあえて外すと決めた問題は最後に片付けるとしてミュレと睡魔の戦いの中でなるべくギリギリ集中力が持つ内に片づけておく問題は3つ。


 それらを、火傷男がこれから解く。


 ヘメリックの視線やその動きをしっかりとなるべく自然に注視しつつ、頬杖を突くように耳を手で覆う。


 それは、燐光文字を用いた念話のバイパスである。

 オーレリウスへと繋がっているそれは非常に僅かな力で運用されている魔法だ。オーレリウスの声はノイズ交じりではあるが、聞こえないわけではない


 (いい?あなたが解くべき問題は3つ。今から「視せる」から)


 ⦅いつでも⦆


 ミュレは、自身の視界を覆うように手で額を支える。

 その刹那、ミュレの左目が僅かに色を変える。

 エメラルドグリーンから、紫水晶の瞳へ。


 ⦅…何だこりゃ?今どきのガキンチョはこんな問題やるのかよ⦆


 念話の奥のオーレリウスはふむ、と思案する様子を見せる。


 (どう?今どきの学校の問題はやっぱり難しい)


 そういうミュレの声に、オーレリウスは

 ⦅案外余裕だなお前⦆と返す。


 実際は、そうじゃない。


 急速に、体から力が抜けていくような感覚がする。

 ふつふつと脂汗をにじませ、今は見えないがその顔がどんどん青ざめていく。

 眩暈と途切れそうになる意識を頬の内側を嚙み千切らんとばかりに歯でかみしめる。

 口の中に流れる血の味と激痛で意識を保っていく。


 (早く…しなさいよ)


 ミュレがそう念話で告げた時、その音が聞こえた。


 こつ、こつ…


 (……まずい!先生が…)


 ⦅すぐバイパスを切れ⦆


 (でも、まだ答えが…)


 ⦅早くしろ⦆


 その瞬間、紫水晶の瞳がエメラルドグリーンに戻る刹那。

 手の内に施した燐光文字を消滅させたその刹那。

 

 ぐい、とミュレは腕を上にあげられた。


 視線を挙げれば、そこにあった氷のような赤い瞳が、ミュレを見下ろしていた。

 何の騒ぎかと、ほかの生徒がざわつく。それを「集中しろ!試験中だ」と一言でいさめる声に委縮した生徒たちが再び問題用紙に目を向けたのを確認したヘメリックはミュレの顔を見る。


 「酷い顔だな。ミュレ・アンダーソン」


 そういうヘメリックを見やるミュレの顔は、蒼白に染まり、額には大粒の汗を噴き出していた。

 

 「ヘメリック…教、諭」


 僅かに息も荒いミュレを見やるヘメリックは静かに声をかける。


 「保健室に行くか?その場合はこの時点で試験の終了を特例で認める」


 逆言えば、これ以上点数を得ることはできない。ということだ。

 (病人相手に再試験をさせないって流石ね、この女は…)


 そんなことを考えたミュレは

 「いえ、大丈夫です。昨日徹夜してしまっただけですので」


 という。

 一瞬、ヘメリックの瞳の奥で何かの感情が動いたような気がしたがすぐに「そうか」と言って手を放す。

 「遮ってしまって悪かった。続けろ」


 そういい、その場を後にする。


 ミュレは、一つ大きなため息をする。

 もうその手のひらには()()()()()()()()()はない。

 

 ミュレの作戦とは、オーレリウスによって燐光文字を起点とした念話のポイントを作成し必要に応じてオーレリウスへ視界を繋ぐことで、オーレリウスによる回答をミュレなりの文章で記入する。というものであった。

 必要な問題だけこうすることで、オーレリウスの限界といっていた5分以内に収めようとした作戦ではあったが。


 掌をさすり、そこにあったものがないことを確認する。


 (悪いことは、するもんじゃないわね)


 そういいながら再びペンを取る。

 悪いことをすれば大体ろくでもないことになってしまう。

 躾の域を出ないそんな言葉が案外間違ってないのだとミュレが考えつつ、それでも最後まで足掻いてやろうと問題用紙を見やる。


 「…え?」


 判る。

 解る。


 オーレリウスに見せた問題が、解るのだ。

 アイツ、何をしたんだ。


 (…まぁ、いいか)


 アイツが何をしたにせよ、これはチャンスだ。ミュレは最後の力を振り絞って問題を解いていく。


Q:禍つ獣における身体部位の構造上確認される特異事例のうち、「機械」「魔法刻印」「生体部位」を用いた発展的運用方法を、過去これまでに運用された事例を用いつつ説明せよ。(配点:10)


A; 獣が獲得している特異事例のうち、「機械」は身体の一部、もしくは内蔵すべてや骨格に機械的構造持つ対象よりそのまま摘出され、飛空艇の駆動部に心臓に該当する部位や翼駆動部位にはピストン・シリンダー型の機械骨格が採用されている。

 このことから「機械」という構造部位は大型であると同時に内部構造が複雑であり、これをそのままの形で運用することが前提に来るため、例えば可動橋の駆動部品などに応用が見込められる。


 「魔法刻印」は表皮にはその獣が主に用いる魔法刻印が施される対象も確認されている。

 それらの表皮を鞣すことで飛竜兵礼服のうち特異環境仕様としたものが実際に運用されているが、ヘルウェス砂漠に存在する「マルドルグの土竜」の持つ魔法刻印は体内に保持した水分の蒸発、温度の変化を防ぐ効果を持つため、水筒のような水や蒸発を防ぎたい液体運搬時に対象を覆うカバーなどとしての運用も考えられる。


 生体部位はそれらが参照とされたと思わしき獣が持つ身体部位が特色として肥大化、ないし前述した機械的構造と融合することで一つの体として運用されていることを指す。

これらの部位は原則としてそのままの使用は想定されておらず、また管理も困難であるため過去正式に運用されたケースも見当たらないが、これらの部位には高い純度のマナが内包されており「摂食及び移植可能なマナクリスタル」としての運用における医療方面での活用が期待されている。




Q:禍つ獣の発生理由をすべて列挙したうえで、対象がその身に帯びる特徴の差異を説明せよ。(配点7)


A:大きく分けて、3つのパターンが存在するとされるのが有力な説である。

 一つは、虚無よりランダムに生まれてくるパターン。メルカッタの地下には「赤の地脈」「メロウ地下水脈大洞窟」のさらに下に「虚無」が流れているとされる。そこから地上に湧き上がるポイントが散発的に発生し、その際に「獣」へと転じるケースである。禍つ獣の発生条件としては最も多く、特徴としては中型以下かつ複数個体の同時発生があげられるが、旧暦の時代ではこれにより「象徴たるもの」が生まれたという記録もある。


 二つ目は、虚無の怪物より転じるパターン。基本的には生物の死骸を食し、マナに分解する特性を持つ虚無の怪物だが、自分以外の中型以上の獣や相当数の生物を短期間に摂取した場合に獣へと転じるケースが存在する。この場合、小型から10m前後の剤時にまで成長し、町村や都市へ被害を与える懸念が生まれる。また何らかの獣と何か別の要素を兼ね合わせていることが多くあり、例えると「グワナデルの百足」のように昆虫的特性と人体の肺胞に寄生する胞子生物に見られる生殖方法を持つ個体などがあげられる。


 三つ目に、「人が獣と転ずる」ケースである。これらもっとも強大な力を持つ獣となりえるため、七大連合では特に人と獣が繋がっている状態である「契約者」の排除を至上命題としている理由の一つである。

 契約者は契約した獣に合わせた能力を獲得する代わりに、使用ごとに自身の精神にダメージが蓄積されていく。これが一定以上に達することで獣と人が完全に融合、「異化」することにより獣へと転じるケースである。

 この場合獣の特徴と人の身体的構造、知能を持ち合わせるため銃器の仕様や器物の運用を想定しなければならない。



Q:禍つ獣が使用する魔法の傾向と、それが及ぼすマナの変容を説明せよ。またこの際、獣が持つ「吸収特性」についても交えて説明すること(配点10)



A:獣が使用する魔法は大原則として1種類のみとされている。これは自身が持つ「マナの傾向」に影響を受けるためそれ以外の魔法を使用する個体の確認は稀である。またこの際自身が獲得したマナの傾向と合致する属性に関しては自身に吸収、その血肉の一部と転ずることができる。これを「吸収特性」と呼ぶ。これにより周囲のマナのうち自身の特性に合ったマナを周囲より加速度的に吸収し続けることでその獣の活動領域内では「特定のマナが欠けた」状態となる。それゆえに残存したマナの中で最も力のあるマナが周囲へ影響を及ぼし始めることで「特異環境地域」を生み出すとされている説もある。



 掠れゆく記憶の中で、ミュレは書き上げた。まだこれからだ。

 残った問題をいくつか片付けていく。もう視界が時々ぐにゃりと歪み、明らかに体勢の維持が難しくなっていく。


 それでも、必死に書き上げた。


 そうして、最後の問題を終え、ペンを置いた後


 ミュレが最後まで覚えていたのは、そこまでであった。

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