この世に潜む亡霊たち⑨
ミュレは自室へと戻ると、洗濯籠をもってランドリーへと向かう。
いくつもの洗濯機が立ち並ぶここに下着やら肌着を放り込んで、スイッチを入れる。
ゴウン、ゴウンと中で衣類が回り始めるのを確認すると、制服をもって交換用の窓口へ行く。
「すいません。これお願いします」
スクールの制服、飛竜兵礼服は専用の魔法刻印が施されているためメンテナンスやクリーニングのためにこれを調整する担当者へ届けることで代わりの礼服を支給してもらうのだ。
「…ええっと、ミュレ・アンダーソンさんね。サイズの変更などはあるかしら?」
「特にないです」
そういわれた担当者は「そぅ、それじゃ待ってて」といって奥へと消えていく。
中ではからからと吊るされた無数の制服を動かし、ミュレのサイズに合ったものを探しているのだろう。
待ってる間暇なので、洗濯機の駆動音をBGMに借りてきたパーソナル・デバイスを開く。
映し出された記録は、ここ数日での生徒の出撃記録である。
画面をスクロールしていくと、該当の一件。例の戦時車両襲撃時と同じ日時の出撃生徒の記載がされていた。
この時、真っ先に疑うべきは「夜間巡回任務」についていたものである。
噂とはいえ襲撃したことがはっきりとしていないということは、おそらく夜間に何かあったと疑う。少なくともミュレ自身が同じ状況に立たされた場合、その時何かを隠そうとするのならその時は夜間の場合であったほうがいい。昼間であった場合はいろいろな人物の目があるためあそこまで堂々とした隠ぺいなんかできっこないからである。
その場合、スクールの生徒は規定任務に就いていないもの以外、夜間の外出は認められていない。という内部の事情を知るものということになり、ことさらに内部の犯行とする線が濃くなる。
そう思いスクロールしていくのだが、ミュレはこの時強烈な違和感に襲われた。
「…ない?」
ないのだ。
この日、誰も夜間巡回任務に出ていない。ということになっている。
おかしい。さすがにおかしい。
ここは辺境の前哨基地とは訳が違う。あそこであっても全員出払っていた時を除き基本夜間巡回任務は行われる。
そうなると、いよいよミュレはこの事実の奥に隠れた闇を覗く必要があると考えた。
「スクール内で、誰かが契約者を隠匿している」
もしくはもっと別の目的かもしれない。何にせよまさかこの日の夜間巡回任務参加者に関する記録をまとめて消し去るなんて豪胆なのか、ただの馬鹿なのか。
人為的ミスの可能性もある。だがどのみちこれは犯人ないし、犯人たちにとって大きなミスであろう。
ミュレは履歴を調べる。
これらの端末は調べる際スクール生徒個人にあてがわれたIDとパスワードでログインする必要がある。
この時履歴としたいつログインしたのかが記録されるのだ。
ミュレは再びスクロールを行い該当日時のログイン履歴を調べる。
「…うそでしょ」
履歴がないのだ。
正しく言えば、今ミュレがログインしている。という履歴以外ごっそりと履歴が消えてなくなっているのだ。
ミュレはカレンダーを確認する。
日時的には「更新日」にはまだ早い。
更新日とはこれら端末にたまった記録のうちログイン履歴や解決してからしばらくたった事件などの別の媒体へ記録が完了したものなど必要がない記録を更新とともに削除する日時が設定されている。
その日は端末を触ることができないため、ミュレ達にもその更新日は知らされているのだが。
その日にはまだ早い。
「誰かが勝手に端末を更新した?」
それは無理だろう。
更新するためには前提として教員がすべての端末を一度すべて集める必要がある。
これを含み端末の数は相当数存在している。またそもそも生徒の誰も更新の仕方を教わらない。
知ったところで無用な知識である。無用なトラブルを生む要因を作りたくないのは教員として当たり前の心理であろう。当然、ミュレも更新の仕方なぞ知るよしもない。
なれば、確認しないといけない。
新しい礼服を受け取った時、洗濯機がピーッとブザーを鳴らす。
乾燥まで終えた下着類を洗濯籠へ放り込むと、ランドリーを後にした。
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ミュレは確認のため窓口に来ていた。先ほど借用した端末を返却するついでに窓口においてある端末を操作する。
係員が見ていないところで、履歴を表示する。
「…やっぱり、ない」
この端末も、履歴を消されている。
つまり誰かがどうやったかは不明だが、履歴を消してしまったのだ。一番上にミュレのIDがぽつんと表示されているのみだ。
そうなると、まさか教員の中にも共謀者が?
だがそうなると、むしろ教員が首謀者の線もあり得るか。
ミュレは履歴表示を閉じた端末の前で唸るように考えていると、声をかけられる。
羨ましいくらいのさらりとした栗色のストレートヘアーに、大きめの丸眼鏡をつけた生徒が走ってくる。アメリアである。
ミュレは実のところ、髪を短くしていないと無尽蔵に膨らむ程の癖っ毛の持ち主であり、この長さが癖っ毛であるとばれないギリギリの長さなのである。
だからこそ、アメリアの流れるようなストレートロングを見ると内心嫉妬しそうである。
赤橙の瞳がよく似合う。
「ミュレは何をしに?」
そういうアメリアに返答するミュレ。
「借りてたものを返しに来たのよ。あなたは?」
「んー。資料の借用手続きをしに、かな」
「資料?何の資料かしら」
そういうミュレを、きょとんとした目で見るアメリア。
「ミュレ?やっぱちゃんと寝てないから、おかしくなってるんじゃない?」
その次に飛んできたアメリアの発言は、ミュレの目をいろいろな意味で覚まさせる一撃を撃ち込んでくる。
「明日、総合獣学の小試験があるよ?」
総合獣学。
スクールが対峙してきた、もしくはそれ以前に存在を確認された「禍つ獣」を歴史的、身体構造的、生物学的、地質学的に研究をする「獣学」の基礎科目。
スクールの授業の中でも地理と並び立つほどの難易度を誇る難関科目である。
「…あ」
ミュレは思わず、そんな声を上げた。
その様子に、アメリアも気が付いたのか口を手で覆い驚愕する。
「忘れてた…」
「忘れちゃってたんだ…」
お互いにそう声が重なる。
こうなると個人的な調査どころではない。
闇を暴く前に成績不十分でスクールを後にしなくてはいけなくなってしまう。
「アメリア…範囲ってどのあたりだっけ?」
震える声で、アメリアに範囲を訪ねるミュレ。
アメリアにはそれが、プルプル震える子ネズミのように見えた。
「えーっと。確か…旧暦の最初のほう…帝国建国期の「象徴たるもの」に関してだったと思うよ」
いうが早いかミュレはダッシュでその場を後にする。
早い話、これらの記録媒体を引き出せるデバイスは早い者勝ちである。
とっとと取りにいかないと学ぶ手段すら失ってしまう。
ミュレ自身、バカではない。むしろ平民派の中でも優秀な方であると自負している。
だが、問題はこの小試験の担当が偏屈なへそ曲がりと揶揄されるヘメリック教諭なのだ。
あの女教諭、碌でもない問題を出すに違いない。
ミュレは駆け抜けた。残り1日で可能な限り勉学を行うために。
「…あははー。ダメだったら貸してあげるからねぇ」
そういってミュレの背後より手を振るアメリアは、ふと見降ろした視線の先に、それがあった。
ミュレの手帳がそこに、主を失った子犬のようにぽつんと落ちていたのだった。
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夜、留置所内にてオーレリウスは月を静かに眺めていた。
レーヴァがよこしてきた夕食の残りであるパンを齧りながら月を眺めていたオーレリウスが口を開く。
「…で、俺のところにきたと」
周囲の先輩囚人たちが寝静まった中、その空間の奥にいるミュレへと声をかける。
わざわざおあつらえ向きに領域魔法を感知されないギリギリの強度に細めつつ、そのうえで小さな声で話しかけてくる。
そのためオーレリウスは鉄柵に身を預けるようにして月を眺めているような様相を呈さなければミュレの声を聞き取れすらしなかった。
「そうよ。悪い?」
残念ながらミュレは、資料の獲得に失敗したのであった。
そういうミュレにいっそ大声で「聞こえねぇよ」と言ってみたくなったが、面白そうなのでもう少しだけ付き合ってやることにする。
「探偵ごっこに現を抜かした挙句、まさか小試験を頭から完全にすっ飛ばすなんてな。学生の本分を履き違えたお前の責任だろうが…まぁ、俺もわからないでもないが」
かくいうオーレリウスも遠い昔、帝国軍学校ではそういう類の奴ではあったのでふと昔を懐かしんでいた。
「とにかく、あのへそ曲がり教諭の小試験を無勉強で挑むほど馬鹿じゃない。けど試験勉強の時間は足りない。そこで、あんたの出番ってわけ」
「俺にその範囲を教わるってのか?」
オーレリウスの問いに首を振るミュレ。
「あんたに教わっても仕方がないわ。だからいっそ徹底してズルをする」
「学生らしくなってきたな。手の中にカンニングペーパー仕込むより難易度高いぞ」
「そう、当然一切の持ち込みなし。カンニングペーパーどころかそれ以外のものなら糸くず一つ持ち込むこともできない。会場にはペンと修正液以外は服くらいしか持ち込めないもの」
「よかったな。帝国軍学校なら服すら持ち込めなかった試験もあったぞ」
顔を真っ赤に資するミュレを視ながら「身体検査っていうんだけどな」と答えるオーレリウス。
で、と話を戻るオーレリウス。
「お前さんは今回どんな悪だくみをするつもりだ?」
その言葉を待っていたといわんがばかりにミュレは説明する。
一通り、話を聞いたオーレリウスはため息をつく。
「不可能だ。できっこない」
「なんでよ、あんたならできるでしょ?」
そう怪訝な表情を浮かべるミュレに、オーレリウスは講義を行う。
「俺では出力が強すぎる。どこの世界に16気筒エンジンで手回しできる石臼回して小麦を挽く奴がいる」
「限界まで絞ることってできないの?」
ミュレの質問はごもっともだったが、オーレリウスは首を振る。
「ショットグラスに水滴を垂らし続けるようなもんだよ。最初こそいいだろうが…表面張力ギリギリになるまで注がれればいずれ決壊しあふれ出す。時間が長ければ長いほど集中力が保ちにくいんだよ。5分ならまだしも90分は無理だ。一度でも集中が途切れたが最後、魔法の残滓があふれ出してアホでも気が付くぞ」
ミュレは腕を組み、思案する。
「なら…逆を言えば5分であればいいのね?」
そういうミュレに、オーレリウスはため息をつく。
「だから、無理だ」と。
「今度はなにが問題よ」
ミュレの質問に、オーレリウスは答えた。
「俺に何のメリットもない」と。
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試験当日。
ミュレとアメリアは二人とも目の下に隈を作っていた。
何ならちょっと燃え尽きたかのようになっている。
オーレリウスとの密会の後、部屋に戻ったミュレはアメリアと一緒に資料を視ながら可能な限り試験内容を勉強していたが、なまじ覚えることが多すぎる。
一夜漬けでどこまでできるかは謎であったが、やらないよりはましだ。そんな精神で可能な限り脳に情報を刻み込んでいったのだ。
そうしてミュレは2度目の徹夜で試験を挑むこととなっていた。
「どーしよぉ…眠いぃ。自信ないいぃ」
そういって長机に突っ伏すアメリアの肩を揺するミュレ。
「やめなさいって。下手に突っ伏すと睡魔に殺されるわよ」
そうこうしているうちに、奥の教員控室より教諭が出てきた。
真っ赤な赤髪に、赤い瞳を持つその女性、ヘメリック教諭が氷のような釣り目でこちらを睨む。
「これより小試験の準備を行う」
そういって配布された答案用紙と問題用紙が生徒たちの間に行き届いたのを確認すると
「平民派のお前らは、こういう機会でもって抜き打ちで試験をすることで自分がどこにいるのか再認識してもらう。当然、既定の正答数以下のものは休暇明けに行われる定期試験にも影響するからな。そのつもりで」
では、開始。
ヘメリック教諭の掛け声とともに問題用紙を開くミュレ。
問題をひとしきり確認したのち、頬杖をつく。
僅かに睡魔が迫りくるが、頬の内側を噛むことで必死に耐える。
そうして、それを始める。
(始めるわよ)
それは、念話であった。
⦅はいよ⦆
ミュレが頬杖を突くふりをしながら掌で耳を覆う。
そこから仄かに燐光文字が浮かび上がる。
奥から、オーレリウスの声が聞こえてくる。
ミュレの、戦いが始まった。




