この世に潜む亡霊たち⑥
「なんでって。そりゃぁ」
オーレリウスは壁に背を預けるようにしてミュレの質問を返す。
「しがない旅人。世を捨て天下の裏街道を歩む身分とあればあれよあれよと世の風に吹かれ流され…」
「はいはい。そういうのいいから」とオーレリウスの言葉をミュレが遮る。
くるくるとペンを手で回しながらミュレは手帳を広げて話を急かす。
「あんたが用もなくこんな場所まで来るわけないでしょ?わざわざ自分から見えてる罠にかかるような奴でもないのはこっちも判ってるんだから」
「なんだよ。俺のことは何でもお見通しってか?精々猪一匹倒しただけの関係だってのに」
「あら?女の感ってやつを甘く見ないことね」
「年端もいかねぇガキが色気づくんじゃねぇよ。雌鶏」
その瞬間鉄の扉にある格子窓からペンが投げ込まれる。それをオーレリウスが首をそらすだけで回避すると、壁にぶつかる直線に再び鉄の扉の向こうへと戻っていく。
「お前やっぱりあれだな。キレると先に手が出るタイプか?」というオーレリウスに
「うっさいわね火傷男。今度はその左半分も全部焼いてやろうかしら?」
と返すミュレ。
話が、全く進まない。
オーレリウス的にはこのまま面談終了で構わないのだが、向こうがそうもいかないのだ。
こほん、と咳をするミュレは改めて、と話を始める。
「早速だけど、質問に答えてもらうわよ」
「はい、はい。雌鶏」
オーレリウスの煽り文句は流された様子で、ミュレはメモへ手に持ったペンを走らせる。
「まず、名前は」
―マンダリル・ラムウェイ
「出身」
―ノース・クォリア東の小さな村。
「生年月日」
―新暦173年。西のギンシズクモンハナ15日
「渡来目的」
―呑んだくれ親父をぶん殴って家出。
「…スクール直轄地域への侵入について」
―腹が減ったから魚を捕りに。
「……これまでの質問で噓をついた回数」
―そっちがちゃんと数えてろよ、尋問官さま。
補足だが、新暦とはメルカッタが帝国支配を脱したことを記念し七大連合が設立した翌年を新暦元年と定められた。
メルカッタの季節には、それぞれ特徴的な蝶が舞うことでかつてのメルカッタの人々は季節の移り変わりを把握していたとされている。
例えばオーレリウスが言った「ギンシズクモンハナ」とは、メルカッタにおける第一雨期に多く見られる銀色の雫模様を持つモンハナチョウが多く出現する。
第一雨期は春期を過ぎたのち、気温の上昇とともにメルカッタの南方に広がる海、黒羊海で形成された雨雲が季節風によって運ばれ、各地で大雨が降る時期であり、その気流に乗り「烈魔」―全長1kmをゆうに超える超巨大な緑色のエイが空を跳び、メルカッタを超えウロラ大陸北方部へ大移動を始める。
それに際し、季節の前期を「東の」後期を「西の」と例え
各始まりから30日刻みでカウントした日数がこの世界における誕生日の表し方なのである。*1
これらの質問が意味をなさないと察したのか、ミュレはメモ帳をぱたんと閉じる。
「あんたが何をしに来たかは知らないけども、大人しくしていることね。それがどういうことを指しているか理解できないような脳みそは持ってないでしょ?」
「安心しなよ。俺は昔から模範的な生き方しか知らないからよ」
そんなオーレリウスの発言をいよいよ呆れ返ったミュレがため息で返答する。
領域を解除する前、オーレリウスはミュレに逆に問いかける。
「俺の質問に答えてくれれば、嬉しくなって口が滑っちまうかもな」
そういわれたミュレは鉄の扉の裏から「どうぞ」と答える。
「まず、夏期休暇はどうした?」
―私、仕事に生きる女だから。貴族様やアンタとは訳が違うの。
「俺はこの後どうなる?」
―手続きのために数日はここに拘留される。その後略式裁判を経て罰金の支払いか居留地へ移送されるわ。
オーレリウスはふむ、と一拍置いたのち質問を続けた。
「アナ…だったっけ?あの娘は元気にしているのか」
―おかげさまで元気に過ごしてるわ。
「そんじゃぁ…道中で見たあの軍用車両。何があった?」
―夜のドライブで痛い目を見たんじゃないかしら?
「んじゃ最後に2つ。まず一つ」
そういい、鉄の扉の格子窓からミュレを見る。藍色の髪をきれいに整えた、その奥に整った顔つきが見える。
くりくりとしたエメラルドグリーンの瞳に、ほんのり桃色の頬と唇を持つシルクのような肌。
あの時は薄暗がりの奥でしか彼女の顔を見ていなかったこともあり、オーレリウスとしては改めてミュレの顔を見る機会となった。
「なんで俺を庇うような真似をする?俺の本性と素顔を知っているのならなぜスクールに報告しないんだ」
その問いに、その桃色の唇が微笑みを浮かべる。
まるでこちらを値踏みするような眼にオーレリウスは感じた。
―さぁ?あなたを気に入ってるからかしらね。
オーレリウスは鼻で笑い最後の質問をする。
「これまでの質問で、何回嘘をついた?」
―自分で数えなさい?契約者様。
そして、領域魔法は鳴りを潜め再びの静寂が戻るのであった。
留置所を出たミュレは、早速思案する。
この嘘だらけのパーソナル・データにペンで大きく×を書き込むと、オーレリウスにされた先ほどの質問を振り返る。
明らかに一つだけ、違うものがある。
それを手帳へと書き込んでいく。
『道中で見たあの軍用車両。何があった?』
あの質問だけなのだ。手帳に書き記した後、それを大きく何度も円で囲むようにペンを走らせる。
あの質問だけ、ミュレに対してでもオーレリウス自身に関する質問でもなかった。
独立した立ち位置を持つ質問であった。
状況証拠的に、オーレリウスのやつが湖へ潜る前に見たとする線が濃厚だ。
だが、何か…僅かに何かがミュレの中で引っかかって抜けない。
オーレリウスという男が、その本質として困っている人間を見捨てられない。傷ついている人間を放っておけないようなところがあるのは先のイノシシの件で見やることができた。
だとしても、ただそこに転がっている車両に関する質問をわざわざするだろうか?
別に不思議なことではない。ではないが、何かがミュレの脳裏で異を唱えている。
「…少し、調べてみようかしら」
オーレリウス・ベルベットという人間の後ろには、もっと黒く、もっとドロドロとしたものがこびりついている。
それは、帝国という亡国の影であり
契約者、もとい竜騎兵という因果によってそれを引き寄せてしまうのだろう。
それこそが…きっと私たちが戦うべきものだ。この時のミュレはそう、考えていた。
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オーレリウスは留置所の石壁を手でなぞり、改めてこの状況を確認する。
ミュレの質問の中で真実味を帯びていそうな点はいくつかあった。それが意図的か無意識によるものかまではオーレリウスの知る由ではない。
まず、夏期休暇を満喫するのは主に貴族階級。ということだ。
そして逆説的にミュレは平民出身のスクール生徒。ということになる。ただこれ自体は熟考する必要性はない。
次に、あと数日はここで過ごすことになるということ。
おそらくオーレリウスの情報がスクールの中で精査され、略式裁判にて判決を下されるまでの準備期間ということなのだろう。
ウェンリーの依頼を果たすには、この数日間が勝負となる。
(ストルム)
⦅まだ生きてるようで安心したぜ。相棒⦆
(早速だが、お前にやってほしいことがある)
⦅…まぁ、大体察してはいるさ。視覚共有するぜ⦆
そういい、オーレリウスの瞳の奥に投影されたストルムの視線の先には、狼がいた。
狼、というにはその毛並みはメルカッタで多く見られる茶褐色のものではなくヘルウェス砂漠周辺に村れるサバクオオカミの黄土色である。
(珍しいな。そいつでアタリか?)
⦅付与:拝瞳を使うぜ⦆
そういい、メルカッタの森を駆けるサバクオオカミの瞳を見やるオーレリウスは、納得した様子で相棒に(さすがだな)と念話で賛辞を贈る。
サバクオオカミは、オッドアイであった。
契約者となる段階で、自身の体の一部を双方が喰らう。という儀式を行うのだが、その際最も効率的な部位はどこかと言えば、それは瞳である。
瞳であれば虹彩の色をごまかせるレンズを瞳に入れたり、帽子のつばなどである程度ごまかしがきく上にオーレリウスのような部位を使用した場合、徐々に契約対象の性質へと引っ張られてしまう「異化」の変異の影響がその部位全体に現れてしまうのだが瞳はそれが一番わかりにくいというメリットがある。
それゆえ、お互いの瞳を食らうことで契約とすることは帝国の時代より存在しており、基本的にはそのように契約をするため、「亡霊は双眸の色が違うもの」などという伝承として伝えられる。そのため生来のオッドアイはかなり肩身が狭い扱いを受けるのだという。
そして、そこからわかる真実もある。
⦅あれが生きているってことは、ウェンリーの依頼のうち一人は生きているってことになるわけだな⦆
そうなるのだ。
契約は双方を喰らった肉を楔に命で結ぶ。
片方の死はもう片方の死となる。
片翼をもがれた鳥が飛ぶことができなくなるように。その命を絶たれるのだ。
心に傷を負ってそうな奴。
故郷を追われてそうな奴。
生活を奪われてそうな奴。
その内誰かが、かの狼との契約者だろう。
オーレリウスはこのことから仮説を一つ立てておいた。
その日、ドロツゴへ向かうはずだったこの3名は何らかの理由でこの場所近くまで逃走することとなった。
スクールの飛竜兵たちの襲撃を受けた3名は車両を捨てそれぞれ散り散りになって逃亡。
そのうちの一組の片割れをストルムが発見した。という風に立てることができる。
だが、問題そのものは何一つ解決できたわけではない。数式が持つ文字と数字を僅かに動かしただけで、まだ証明には程遠い。
なんせ契約者3人分。つまり計6体分の対象を発見しなければならないうえそれを無事にドロツゴへと届けなければならない。つまり、逃走用の「足」の調達も必要となる。
サバクオオカミとその契約者のセットだけならストルムに括りつければなんとかなるかもしれない。だがもう2名の契約したであろう対象の詳細がまるで判明していないのだ。
あの戦時中車両はトラックのような大型車両ではないため、それに収まるサイズであると仮定することもできるは今はまだ判断材料が少ない。
空を飛んでいるかもしれないし、地面の下を潜っていた可能性もあるのだ。
それならそれでもいいが…。
そう考えていた時だ。オーレリウスはふとその足元を視た。
水中に沈んだものはここ数年いなかったというが、もしくは…
⦅おい、相棒。それなら一つ判断材料があるぜ。結論から言えば地面に潜るタイプではないはずだ⦆
(話を伺おうか、相棒)
⦅仮に地面を潜るタイプだったとしてその振動をデュランデイールの爺さんが察知できねぇとは思えねぇ。久々に会ったが、あれが食ったのは年と飯だけで耄碌にはまだ遠いように感じたぜ⦆
(そうなると…)
オーレリウスの考えを、ストルムが口にする。
⦅あぁ、空か、「空」かだ⦆
(とりあえず、サバクオオカミの契約者を確認したい。接触は出来そうか?)
⦅あいつをちょいと驚かせば出てくるかもな。おすすめは尻尾に火をつけるとかだが⦆
(冗談は休み休み言えバカ。信用関係っていうこの世で最も儚い宝石があってだな)
そうため息をつくオーレリウスのことなど気にする様子もなく、相棒はサバクオオカミへと「接触」を試みていた。
「…アイツにとって信用ってやつは、ガラス玉以下かよ」
そうぼやいた時だった。
留置所のドアを、ガンガンと鳴らしながら何かが入ってくる。
それは声高な声を上げ、哀れな囚人たちにその時間を告げる。
ガラガラと何かを動かす音とともに、その足音はどっしりとした重厚感すら感じた。
その男は、刈り上げた灰色の髪に整った髭。橙琥珀の瞳をしていた。
清潔感のあるスーツをサスペンダーとピンで纏めその腕を露出させている。
よく鍛え上げられ引き締まった筋肉を持つ腕であった。
そして、声を発した。
「囚人諸君、整列!」
その瞬間、留置所内の囚人はその場に起立して待機姿勢を取った。
まるで鬼軍曹に活を入れられた哀れな二等兵諸君を見ているような気分だ。こんな女ばかりの学園で懐かしいものが見られるとは…などと思いもよらなかったオーレリウスはその様子をゆっくりと眺めていた。
そして食事を乗せた台車を押しながら男は続けて声を発する。
「おまたせぇ、皆。お夕飯の時間よぉ」
とんでもないほどの、猫撫で声で。
*1 つまり、われわれの使っている暦の上でいうならば「西のギンシズクモンハナ15日」とは6月15日を指す。




