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オーレリウス・ベルベッドという敗残兵③

この時期の村というものは、大体冬期に備えて「籠り」の準備を行う。

 冬期では農作業などが行えないため、狩りを行うための銃の手入れや弾丸の調達。

 税として納めた収穫物の残りを塩漬けや乾燥させることで冬の間も食べることが出来るようにしておくなど意外とやることが多い。

 

 この二階建ての小屋の中で、オーレリウスが黙々と取り掛かっている作業も、まさにそれにあたる。

 滾々と焚き木が中央でくべられており、ドライサウナのように肌をあぶられながら村人に混ざって斧を振り続ける。

 上半身を露に、厚手の革グローブで斧を握り、振り続けている。

 倒した木を村まで運び、皮を剥いだ後統一された長さで鋸を引く。その材木をこの小屋に運び込み、薪に加工するのだ。

 オーレリウスに与えられた役目はこの薪に加工する作業。

 乾燥のため熱されたこの小屋の中で木を斧で割り、外周の棚に並べていく。

 額には玉のような汗がいくつもできており、吐く息が肌にあたる度熱風を浴びせられたかのような錯覚に陥ってしまう。

 村人たちはオーレリウスの様子を横目で見ながら、自分たちの仕事を黙々とこなしていった。

 この仕事はこの第二雨期から行う都合上薪を乾かす作業と並行して行う必要があり、また雨を避けるためこうやって小屋の中、熱にさらされながら永遠と斧を振り続けなければならない過酷な作業のため出来るならやりたくはないのだ。

 小屋の外では入りきらない丸太が積みあがっており、小屋の埋まり具合を見ながら追加で木を切ることとなっている。

 つまり、オーレリウスの作業速度が冬を超えることができるかどうかの一つの基準となってくるのだ。

 冬期にも薪を作る作業は続けるものだが、薪自体を絶やすことがないよう、この村では保管する用に同じ小屋を2つ建てている。オーレリウスは1週間で可能な限り、薪で埋め尽くさないといけないのだ。

 丸太を2つに、4つに、8つに斧を振って割っていく。それを脇に抱え丁寧に棚へ並べていく。なお、剥いだ木の皮は網で吊るされてこれまた乾燥させることで着火剤の代わりとして使うのだ。

 そんな作業を、オーレリウスは今現在朝日が登ってからというものの、ひたすら続けていた。既に太陽は真上に登り、薄い雲の上で白く光っている。

 しとしとと振り続ける雨は未だやむ様子がない。

 オーレリウスは小さく息をつくと、再び斧を振るうのだった。


 瓶に詰めた黄乳白色の蠢くニシオウベルトアースワームの幼虫を2、3匹口に放り込むと無言で咀嚼する。

 気持ち悪い上に阿保ほど不味いが今はこれしか食うものがない。イノシシ肉が手に入ればもうちょい豪華な昼食にすることもできるだろう。

 そんな時、傘を差した村長が現れた。

 オーレリウスの持っていた瓶詰めアースワームを見るとぎょっとした様子をしたが、すぐに取り繕う。

 「やはり、こんなものを食べていらっしゃいましたか」と口を開く村長。

 「金がないんでね。誰かさんと代替物による契約をしちまったせいでね」

 一気の飲み干し、水で胃に押し込むオーレリウスを見てなぜか納得した顔をした村長は小屋を一瞥して驚いた様子であった。

 既に3分の1程が終わっているではないか。と。

 小屋といっても冬期には薪以外も入れる倉庫も兼ねているため相応の大きさを持っている、その外周をぐるりと覆う棚はこの村が雪が降る冬期の間村民たちの暖を取り続ける薪を保管する役割を持つ。この作業量は、村の男が3人がかりでやっとである。

 もっと言えば間に1度は休みを入れて体の熱を落とし、水分をとらなければ倒れてしまうだろう。一昨年はそれで加減を知らぬ若い男が一人小屋の中で倒れたのだ。 

 (一人でこれほどの作業をやることができるとは)と外の冒険者に驚きを隠せない村長であったが、そんなことは露知らずオーレリウスは再び作業を始めようと斧をもって薪割り台へと丸太を運び込んでいく。

 「もう、休憩は終わりなのですか?」

 流石に無理しすぎなのでは。という村長に対し、オーレリウスは

「今日は夜まで何もすることがないので、可能な限り進めておこうかと」

 そういって斧を振り上げた。

 村長はその時、改めて彼-オーレリウス-の躰をまじまじと見ることができた。

 冒険者ゆえ、鍛えている故の整った体つきであることは理解できるとして、一体いくつの、どれほどの冒険をしたのだろうか。

 大小の傷がその苛烈さを雄弁に語り。

 彼の躰、その右半分が炎を拭きつけられたかのように右わき腹から全身にかけて出来ている酷い火傷跡が、地獄の足跡を強烈に伝えるのであった。


 小気味の良い音が、小屋の中で鳴り響く。

 既に夕方に差し掛かり、雨は上がっていた。今日は一段と冷えるだろう。

 壁に斧を立てかけ、軽く伸びをする。

 火の近くで乾かしていたタオルは汗で濡れ、火で乾かされを繰り返したおかげですっかりゴワゴワとした触り心地になっていた。

 肌にこすりつける度に鑢にかけられているような気がするが、汗を拭ければ何でもいい。

 風呂に入ることはできないだろうが、水浴びをするのもなかなか厳しい季節になったなと思っている中で、家々に戻る村人やその子供たちを見た。

 皆が皆、オーレリウスの異様な傷痕を奇異の目でみる。

 オーレリウスはズボンのポケットから煙草を取り出し、小型着火機(マナ・ライター)で火をつける。

 紫煙を吐くその口の右端から頬にかけて、煙草を持つ右手は痛々しいほどの火傷跡に覆われている。

 そんな時、子供の幾人が物珍しそうにオーレリウスを見ていた。どうやらライターが気になる様子であった。

 まぁ、今でいうところの「忌物(いぶつ)」-帝国が生み出した様々な器物や技術の総称-の一つに数える事の出来るこの小型着火機は、オーレリウスが愛用している道具の一つでもあった。

 オーレリウスは左手で人差し指を口先にあて、「シーッ」というと

 「これは仕事の報酬代わりにもらったものだよ。かつての帝国が作ったものらしくってな。ただ火を付けるだけの道具らしいんだけどね」

 といって子供たちに小型着火機を見せる。

 偏火マナクリスタルを火打石として内蔵した「超小型マナ集積機関」へ蓄えた空気中に存在するマナに着火。という道具だ。

 精々小指ほどの大きさの火を維持し続ける事ができるだけの道具故か、古物商などでも取り扱われている「低級忌物」ではあるが。これも立派な帝国の「文明の象徴(そうぞうぶつ)」である。

 子供たちは最初こそオーレリウスの物々しさに怖気ついてはいたものの、好奇心が勝ったのかそろそろと近づいてくる。

 オーレリウスは小型着火機の上部にある金属製の保護カバー右手親指で弾くようを左上にスライドさせる。

 パキン、という金属音と共に機構が露出される。

 右手で器用に機構右側のフリント・ホイールに親指をかけ、下に素早く引く。

 偏火マナクリスタルが摩擦によって削られ、火花を放つと超小型マナ集積機関に蓄えられたマナに触れることで着火する。

 小型着火機、フリント・ホイールの左側にある暴風ガード内で小さな火を生み出した。

 

 子供たちはまるで魔法を見たかのように目を輝かせ、その小さく揺らめく火を見つめた。

 そしてバチンという音とともに保護カバーを閉じることで、中の火を消す。


 「子供にあまり火遊びさせると、夢の中で滑り火トカゲ(サラマンダー)が出てくるっていうからね。オネショしたくなければここまでだ」


 そういって親もとへと帰る子供たちに変わり、今度は村長がこちらへとやってくる。


 「余り、子供たちにそういうものを見せないでいただけますかな?冒険者様。いくら低級とはいえ忌物は忌物ですので」

 釘を刺す村長を尻目に、いそいそと衣服を着ていくオーレリウス。

 「以後気を付けるよ。それで」


 着替え終わったオーレリウスは再度煙草を咥えている。

 「そろそろ、動こうと思うんだが」


 そういうと、村長の後ろより2名の男がやってくる。見張り、ということだろう。

 村長は男達に「ついでに、山に行ってるミュルとアナを連れてきてくれ」と話をしている。知り合いだろうか。

 (まぁ、俺には関係ない話か)

 オーレリウスはそう思いながら、山へ向かう準備を進めることにしたのだった。


 夕日も傾き、夜の闇が村を覆い始めたころ山の中に明りが2つ灯っている。

 2人の男がそれぞれ一つづつランタンを手に持ち、猟銃を肩に担いでいる。


 男と共にそれを探すべくオーレリウスは足元を気にしながら山を進み続けている。


 村長から聞いた話ではこうだ。

 冬期に差し掛かる準備のため、収穫したものは一度各家の床下にある石庫と呼ばれる貯蔵室に入れておき、屋内で乾燥などの作業を行うらしいのだがここ最近、特にヒュンドラの蝙蝠が倒されてからというものこの石庫の中にあるはずの作物が村の外に転がっており、周辺の森でイノシシが散見されることが多くなったのだという。

 村人の男達が猟銃で仕留めていたらしいのだが、被害は一向に収まらず困り果てていたところ、オーレリウスがやってきたのだという。

 オーレリウスは木の下側を観察しながら森を歩いていく。

 ランタンに背後から照らされていることを指しい引いても、まるで昼間と同じような迷いのない足取りをしている。

 

 「おい、あんた。急ぎすぎて転ぶなよ?」

 と村人の一人がオーレリウスに声をかける。

 もう一方の村人はそんな様子を見て鼻で笑いながら口を開いた。

 「いやいや、渡り人の冒険者様には灯りなんて最初からいらないのだろうよ。なんたって帝国の者たちは赤ん坊の時にその目ん玉をくりぬいて、化け物の目を埋め込んだっていうんだからよ」

 そんな村人に、オーレリウスは振り返る。

 化け物の眼といわれた、紫水晶(アメジスト)の瞳で。


「ならよかったよ。あんたがもし、ランタンを落としたりして怖くてションベンちびったのなら、詳細に村長へ報告できるからな」


 オーレリウスを嘲笑した村人がランタンを地面に置き、猟銃を向ける。もう一人の村人の制止を聞いているそぶりはない。


 「もう一度言ってみろ、帝国人(インペリアン)。明日から真っ赤なションベンしかできないようにしてやろうか?」

 

 オーレリウスは静かに笑って返す。

 「粋がるなよ伊達男。縮み上がった手前の『愚息』をイキらせても鼻糞しか飛ばせねぇだろ?」

 そういって、すいすいと森へ進む。

 「それに、俺たちはイノシシの痕跡を探すほかに人探しもするんだろ?なら野郎共が手前らの『タマ自慢』なんかやってる場合じゃねぇと思うがね」


 怒り心頭の村人がその猟銃の引き金(トリガー)に指をかける。


 猟銃の正式名称は「七大同盟正式採用型ハンティングライフル」。中型から小型の獣を対象とした別名「ショットライフル」というあだ名がある。

 特徴としては30口径FS(フレイム・ソフト)p(・ポイント)弾のほかに、8ケージ散弾を砲身の交換なしで両立させることができる。という実際に帝国で銃を扱う仕事をしていた身としては耳を疑いたくなる仕様があることだ。

 これゆえに、ショットガンとしての機能と、ライフルとしての機能を一丁で両立できる。というなかなかに奇妙だがこのメルカッタではポピュラーな猟銃となっている。


 「お、おい。止めろって」

 制止したい村人を「うるせぇ!」という怒号で黙らせるその村人。

 背中に銃を突きつけられているというのに、オーレリウスは静かに森を見ている。

 しかしながらその左手は、旅装の裏側へ隠している「ダンダリアン」に触れている。

 静かに、安全装置を解除し、ハーフ・コックの状態にする。撃鉄(ハンマー)が小さく「カチリ」と音を鳴らす。

 瞬間、トリガーに刻まれた刻印が仄かな緑色に輝く。

 その間も、オーレリウスは静かに森を見ている。

 「もう我慢ならねぇ!死にやがれ帝国人が‼」

 村人が猟銃の引き金を引き絞る。

 その刹那、オーレリウスは眼を見開いた。

 猟銃から火薬を炸裂させながら放たれんとする30口径FSP弾が、オーレリウスの背をめがけまっすぐに突き立てられんと思われたその時

 

 オーレリウスはそのまま前に跳びあがる。目の前にある木の枝へと手を伸ばす。

 枝をつかみ、飛び上がった勢いそのままに自身をぐるりと樹上に体を運んだ。

 

  ランタンの光が木々で遮られたその闇の中で、オーレリウスはダンダリアンを抜く。

 研ぎ澄まされた感覚の中で、まるで泥濘のように進む時間。

 引き抜きざまに、撃鉄を引き切る。

 ゆっくりと、どろりとした時間の流れのような感覚の中で、オーレリウスは引き金を絞る。

 放たれた50口径MC(マナ・コンバーター)HB(・ハンド・バレット)の閃光や発砲音はハーフ・コックされたときに起動した「隠滅(インヴィジブル)」の魔法刻印。あの時仄かな緑色に光ったあの魔法によりかき消され、ほんの僅かな光と

 「パヒュッ」という小さな音だけが発せられた。


 それこそ、猟銃の咆哮にかき消されるほどの小さな音。

 だがその威力がかき消されることはない。

 50口径の獣が30口径の猟犬を脇に弾き、家主がいる猟銃へと迫る。

 そしてその家をわがものとするがごとく、砲身へと衝突する。

 悲鳴のような金属音とともに、引き裂かれ、ひしゃげた猟銃の砲身。

 衝撃で後ろへ吹き飛ぶようその場に崩れ落ちた、あまりの光景にオーレリウスのことなぞ既に眼中から消えている村人たち。

 村人をよそに、オーレリウスは木の枝の上から飛び跳ね、駆けていく。


 その光景の先に見たもの。

 その先にあるもの。


 オーレリウスがその場についたとき

 血を流して倒れた少女と、それをかばうようにしながらそれを見やる少女。


 そして、血走った眼をした数匹のイノシシたちが

 今まさに、少女の命を散らすべく迫りくるその刹那であった。

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